2014年03月31日

ホリプレ論文篇22「なぜ論文が書けないのか?」(第87回日本細菌学会総会2)

 今回の学会では、昨年の第7回若手コロッセウムで奨励賞をいただいたオカケ−が、受賞者の義務である若手セッションでの口頭発表を務めた。それと、サーヤがポスター発表。これは前回書いたように、優秀賞なるものを頂戴した。そして私は、若手の先生に依頼されて若手向けの講演をすることになっていた。依頼されたテーマは「論文の書き方」である。

 一度は断ったのだが、セッション世話人の徳島大の田端さんに「どうしてもお願いします」と粘られた。粘られると弱いのが私の欠点で、結局引き受けることになった。んで、どうせ引き受けるのなら言いたいことを言ってやろと心に決めて書いたのが、ちょっとエラそうで厳しい、以下の講演抄録である。

なぜ論文が書けないのか? ー「ホリプレ」論文篇ー

 科学論文とは、科学研究成果を記載した報告書のことをいう。しかしそれだけではなく、それが「科学論文」であると一般に認められるためには、その報告書が雑誌・書籍で掲載(公表)されなければならない。掲載(公表)されるためには、その報告書は一定の様式に則って記述されなければならないし、研究者仲間の批評に晒されかつその批評に適正に対応しなければならない。こうした「must-do」を乗り越えて、はじめて正当な「科学論文」であるということが認められるのである。一方、こうしたハードルのない学会発表の抄録や研究助成金の報告書の類いは科学論文とは認められない。
 上記のように一定の手順を踏んで公表した科学論文の質や量は、ほぼそのまま著者である研究者の評価につながる。この事実に対して色々と異論を唱えるのは自由だが、研究者のコミュニティーでモノを言うためにはとりあえず論文を書かないと一人前とは見なされず、一人前ではない人間のいうことなどには誰も耳を傾けたりしない。研究者は論文を書いてこそ、研究者なのである。しかし、周囲を見渡すと年齢や研究歴に関わらず、学会抄録は書けても論文は書けないという人は実は非常に多い。そこで、本演題では「なぜ論文が書けないのか?」を中心に科学論文の書き方について考えてみたいと思う。論文が書けない理由は様々だと思うが、本演題の議論で「書く」ためのヒントを掴んでいただければ幸いである。

 

 私は、生命科学系の大学や研究機関に所属する研究者のうち3−5割くらいの人が論文を書けないのではないかと経験上感じている。初学者はもちろんだが、年齢を重ねた研究者でも論文を書けない人は書けない。そんな思いが「なぜ論文を書けないのか」というタイトルを私に選ばせた。科学的論理を構築する能力があれば、科学論文を書くのに文才はいらない。書き方の作法やルールを勉強して訓練すればよいだけの話だ。それを怠るから書けない(もっとも、科学的論理性のない人には別のトレーニングが必要だが)。この講演ではそのようなことを伝えようと思った。当初、発表時間が20分だというので「それは無理だ」と25分程度に延長してもらった。論文の書き方を話すには25分でも本当は足りないのだ。、、、最初は断ったくせに、えらい気合の入れようである。

 用意したスライドは39枚。日頃ホリプレで「スライドは講演時間1分あたり1枚」と言っている私にすれば異常な枚数である。これを超早口で喋って24分で講演を終えた。話している最中のフロアの反応は割り合い良かったし、講演後には多くの方にも色々とよろしげな感想を頂いたので、出来栄えはそんなに悪くはなかったろうと思っている。
 
 さて、今回の学会場では、羊土社さんがブースを設けて拙著「研究者の劇的プレゼン術」や盟友アベッチの著した「もっとよくわかる! 感染症」を販売してくださっていた。拙著のことは、私と同じセッションで講演した新潟大の小田さんが講演中に宣伝してくれてもいた。そこで、会期途中にブースにいらした担当の方に聞いてみると拙著は完売したという。どひゃー、すげぇーじゃん、と東京弁で驚いたが、さらによく聞くと今回用意していただいたのは10冊だったという、ちょっと微妙な話だった。


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2013年07月27日

ホリプレ論文編21 「命を削って論文を書く」


「論文は鉛筆を削って書くものではありません。命を削って書くものです。その覚悟がないのなら研究者をやめなさい」というのは、盟友アベッチの恩師である深沢俊夫先生の言葉であるそうな。アベッチからの聞きかじりで正確ではないかもしれないが、深沢先生の意図は掴んでいると思う。けだし名言である。
 しかし、「鉛筆を削って論文を書く」という状況は、今や思い描くにむずかしいし、「命を削って」などと云うと「仕事なんかで命を削るのはおやめなさい」と、したり顔で反論したりする輩がきっといる。云うまでもないが「命を削る」というのは、「命を削るほど精力を傾けて、細心の注意を払う」という意味であって、生命の維持とは関係はない。念のため。
 と、細かい解説を加えたとしても、経験の乏しい人に深沢先生の思いをわかってもらうのは難しいようだ。

 以下はずっと前から感じていたことである。

 どうもメンバーの書いてくる論文原稿の出来が甘い。甘すぎる。英語が拙いのは仕方ない(意味のわからん英語は論外だけど)。しかし、論文を通じて用語の表記が不統一だったり、方法論の記述のない実験の結果があったり、基本的な論文の記述作法や投稿先の雑誌の要項に合っていない書きぶりが随所に見られたり、、。これは不注意のなせる技で、経験不足とは別の話だ。経験不足は仕方ない。しかし不注意の連続は許せない。どうやらこういう人たちは、実験についての英文をなんとなく並べていれば論文になると勘違いしているんじゃないか?と疑ってしまう。どこからどう見ても、深沢先生の仰る「命を削って論文を書く」というのとは程遠い。

 深沢先生とは少し違うが、論文執筆についてちょっと下世話な言い方をすれば「論文を書かない研究者は評価されない」あるいは「論文を書けない研究者は研究者として無価値である」ということだと思う。まわりを見てごらん。論文を書いて、投稿して、雑誌に掲載されて名を上げようと必死になって「命を削って」いる若手研究者はたくさんいる。論文を書くという行為に甘い態度で臨むのはやめたほうがいい。そういうことを続ける人はきっと研究者の世界で生き残れない。


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2013年05月16日

ホリプレ論文篇20 「辞書3『Logophile』」

 思い出したように再開するホリプレ論文篇。

 9ヶ月前の前回は、コンピュータのストレージに格納している辞書のことを書いた。ロゴヴィスタ電子辞典シリーズの辞書5冊(American Heritage Dictionary, リーダーズ英和辞典, 研究社 新英和活用大辞典,斎藤和英大辞典,広辞苑)と1冊の文法書(ロイヤル英文法改訂新版)である。これに加えて、10ヶ月前に書いた前々回で紹介した「Cobuild, Advanced Learner’s English Dictionary」と「Oxford Advanced Learner’s Dictionary 8th edition (OALD)」の付属CDの内容もストレージに保存しているので、計 8 冊分の辞書や文法書の内容が電子ファイルとしてあるわけだ。このうち、前者6冊は、ロゴヴィスタ電子辞典シリーズの専用閲覧ソフトで使うことができるが,CobuildとOALDはそれぞれ専用ソフトでないと活用できない。

 これは実に不便である。そこで、Logophile というソフトを紹介したい。このソフトはいわゆる電子辞書ブラウザで、対応する辞書ソフトの種類がとっても多いというのが特徴だ。電子辞典の標準規格(?)であるEPWING形式ファイルをはじめとして、ロゴヴィスタ電子辞典は言うに及ばず、OALDもCobuild も、その他のめぼしい電子辞書規格ほとんど全てに対応している。さらに便利なのは、Logophile のひとつのウインドウで、登録した全ての辞書による検索結果が閲覧できるところだ。

logophile.tiff 左は Logophile の検索ウインドウである。”afford”を調べた結果を示しているが、横線で区切られたその上段は登録辞書の「リーダーズ英和辞典」、中段は「AHD」、下段は「OALD」の “afford”に関する記述内容が順に表示されている。このウインドウをスクロールすると、さらに「Cobuild」、「研究社 新編英和活用辞典」「斉藤和英大辞典」と登録してある辞書の検索結果が続いている。検索単語が辞書に収録されてさえいれば、スクロールするだけで登録してある電子辞書全てでその説明を読むことができるのだ。こうして色んな辞書で単語の意味解釈を読んでいけば、日本人にとって掴みにくいような英単語の意味の輪郭も見えてくる。これはとっても嬉しい。

 さらに、Logophile はMacOS のサービス機能に対応しているので、Web ブラウザやMacOS標準装備のPDFリーダーで表示された英文の単語をコンテクストメニュー(いわゆる右クリック)でLogophile を呼び出して調べることができる。Papers でも使える。(たぶん Windows 版でもこの機能は装備されていると思います。、、、悪いね。いつも Windows に冷たい解説で、、、)。

 30日間の無料試用もできるシェアウェアだ。価格は消費税込みの3,675円。私はこのソフトとWeb の英辞郎 on the Web で論文を書いている。どうでしょう?


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2012年08月06日

ホリプレ論文篇19「辞書2『電子辞典ロゴヴィスタシリーズ』」

 前回のホリプレ論文篇では、私が使っている(使っていた)冊子体のリアル辞書の紹介をした。今回は、コンピュータのストレージに入っている辞書について書く。

 コンピュータのドライブにCDを挿入して使用することのできる電子辞典は、コンピュータのテクノロジーが成熟しはじめた割合と早い時期から売り出されていた。しかし、機動性の高い電子辞典の利点を生かすためには、ハードディスク(いまならソリッドステートドライブ)に格納して使う方がいいに決まっている。そう考えて、その頃(今から16−17年前)からハードディスク格納型の電子辞典を探していたら、ロゴヴィスタ(当時はシステムソフト)の電子辞典シリーズというのを見つけた。「こりゃいいわい」と思ったが、それぞれの電子辞書の単価が高い。そこで、半年から1年に1冊ずつくらいの割合で買い増して、いま、私のコンピュータには以下のような5冊の辞典と1冊の文法書が入っている。

「American Heritage Dictionary 3rd edition」
 通称AHD。収録語数も例文数もそれほど多くないが、スタンダードに使える英英辞典だと思う。ただ、英語の得意でない日本人がこの辞書だけを使って論文を執筆するのは難しい。単語の説明はミニマムである。この辞書で私が気に入っているのは、単語の用法 (usage note) や同義単語(synonyms) の使い分けの解説である。例えば、「comprise」という単語を調べると、単語の意味に続いて以下のような用法に関するコメントが記載されている。
USAGE NOTE:
The traditional rule states that the whole comprises the parts; the parts compose the whole. In strict usage: The Union comprises 50 states. Fifty states compose (or constitute or make up) the Union. While this distinction is still maintained by many writers, comprise is increasingly used, especially in the passive, in place of compose: The Union is comprised of 50 states. In an earlier survey, a majority of the Usage Panel found this use of comprise unacceptable.
 こうした説明はほかの英英辞典でもあるが、私にはこのAHDの説明が最もわかりやすい。私は、もっぱらこの「USAGE NOTE」や「SYNONYMS」を読むために AHD を使っている。
 なお、このAHDには、AHD idioms と AHD Thesaurus が同梱されているが、あまり役には立っていない。

「リーダーズ英和辞典」
 あまり使わないけれど一冊は置いておきたいということで買ったロゴヴィスタシリーズの英和辞典。まことに普通の英和辞典である。最近は頭に浮かんだ英単語について「これを日本語でなんと云うんやっけ?」という時に使うことが多い。

「研究社 新編英和活用大辞典」
 単語の意味とともに、その単語と連携する単語や用例を調べることができるのが特徴である。たとえば「consider」と引いてみると、

consider v. →#
考える, 考察する; 考慮に入れる; 見なす.
→【副詞1】
→【+前置詞】
→【+to do】
→【+doing】
→【+that節】
→【+wh.】
→【+-self】
→【+補】
→【雑】

のような、consider につながる品詞のインデックスが現れる。これらのインデックスの下層、たとえば【+前置詞】の下には consider のあとに取りうる種々の前置詞を使った文例が現れる。つまり、目的の単語を中心にした構文がわかる、という辞典である。私は、英語論文作成の時に補助的によく使う。

「斎藤和英大辞典」
 和英辞典の超定番という評判を聞いて購入した。しかし、このブログの辞典シリーズの前回にも書いたが、私にはどうも和英辞典というものの使い方が分からない、、。ただ、この辞典は昭和3年に発刊されたものが元になっているだけに、用例の日本語の言い回しには趣があって読んでいると面白い。例えば「容赦」で調べると、
◆平にご容赦を I humbly beg your pardon.
◆その罪容赦し難し Your offence is not to be pardoned―unpardonable.
◆英語の拙いところはご容赦を願います I beg you will excuse my poor English―I hope you will be charitable towards my poor English.
◆今後こんなことがあったら断じて容赦しませんよ I will not put up with this sort of thing in future.
◆もう容赦はできぬ I can't stand it any longer.

と、いう感じ。しかし調べ物をするにはどうだろう?、、少なくとも英語論文作成で大いに役に立つとは残念ながら思えない。


「広辞苑 第5版」
 ロゴヴィスタシリーズでも一冊は国語辞典が欲しいと思って購入した。普通の国語辞典である。 iPhone のアプリである「大辞林」が調べる楽しみを引き出してくれるのに比べると、かなり物足りない。


「ロイヤル英文法改訂新版」
 英語解説に関して私が信奉するマーク・ピーターセン先生が英文を監修しているという理由だけで購入した。リアル本の方も持っている。電子辞書形式で閲覧できる方が見やすいかなと思ったが、文法書の場合はリアル本の方が短時間でたくさんの情報を収集することができるようだ。ということで、電子版はあまり使っていない。


 これらの電子辞典はロゴヴィスタから配布されている閲覧ソフトを通じて使用できるようになっている。しかし、私は前回のホリプレ論文篇で書いたように、OALD や Cobuild 等のリアル辞書に付属するCDのデータもストレージに格納して使っている。そのことについては次回書く。

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2012年07月17日

ホリプレ論文篇18「辞書1『リアル辞書』」

 へっぽこ論文指南と題して「ホリプレ論文篇」を書くと宣言してずいぶん経った。実際にこれまでに何編かは書いてきたが、なかなか筆が進まない。というか、最後の投稿からもう10ヶ月も放ったらかしになってしまった。書きはじめた頃から簡単なことではないと思っていたが、やっぱり論文の書き方をちょこちょこと、しかも順を追って解説するなんて無理だ。私の力量から言っても無理だし、論文作成の複雑な工程を考えても無理だ。そこで、これからは論文執筆にかかわることで思いついたことがあったらその都度このブログで書いてみる、という風にスタイルを変えることにしたっ。

 んで、今回からしばらく、「ホリプレ論文篇」では辞書のことを書きたい。無論、語学辞書のことである。研究職という商売は、英文にしろ和文にしろ文章を書くことは避けられない。このブログのようないい加減な文章ではない、たくさんの人(その中には研究の競争相手もいる)の目に触れる、場合によっては長く引用されるかもしれない論文である。そんなところで間違った言葉の使い方をしていては恥ずかしい。もし執筆しているのが英語論文なら、間違った用法や意味で単語を使っていてはいつまでたっても完成には至らない。だから、研究者を看板に掲げている(あるいはその予備軍として勉強している)ならば、精選した良質の辞書を座右にはべらしていなければならん。、、、ということで、これから数回、辞書談義をしてみる。すこしでも皆様のお役に立てば欣快至極でございます。


 さて、コンピュータで操作できる電子辞書がきわめて一般的になった今頃だが、私の机の上には何冊かのリアル辞書がある。今回はその、リアル辞書の紹介をする。

例えば、
「角川 国語辞典 昭和44年改訂173版」
 この辞書は、私が小学生の頃から使っていて、今も教授室の机の目の前の棚に鎮座している。中学生の頃に、たとえ知っている単語でも「辞書ならなんと表現しているのだろう」とふと思って以来、何でもかんでも気になった単語を片っ端から引くようになった。いま眺めてみると、かなり字が小さくて読むのに苦労する。かなり使い込んだので、ページをめくる時に親指の当たる、背表紙に対していうならページ紙の端っこが束になった腹の部分(正式名称はなんというのでしょうか?、、と思って調べたら「小口」ということがわかった、、)が真っ黒になっている。さすがに今は使ってないが、捨てるのはちょっとイヤだ。

それと「三省堂 ニューコンサイス 和英辞典 昭和48年第8版新装第15刷」というのもある。これはいつからあるのかわからない。やはり私が中学生だった頃からだろうか(英語を習い始めるのは、当時は中学生からでしたからね)。ほぼ全く使っていないけれど、何故か今も本棚にある。これは捨ててもいいかな、。この辞書の「使えなさ」がトラウマになったのでもないだろうけれど、私はいまだに和英辞典というものの使い方が分からない。

「Oxford Advanced Learner’s Dictionary of Current English (A.S. Hornby) 1982年 第3刷」
 現在、OALDとして知られる定番の英英辞典は、日本で英語教師をしていた Hornby という人が編纂した辞書がもとになっている。この辞書はその第3版に当たるようだ。私は、英語論文執筆で厳しい指導を受けた恩師の故阪口玄二先生の薦めに従って、大学院に入学した頃にこの辞書を買った。Hornby版のOALDの凄いところは、動詞が取りうる主語、間接目的語、直接目的語、補語、文節の組み合わせで、52種類の文型(Hornby のOALD では「verb pattern」と呼ばれる)に分けられているところである。この辞書で動詞を調べると、単語見出しに続く vi(自動詞)とか vt (他動詞)といった馴染みのある記号のあとに VP1 とかVP3A とか VP4B とかの文型を示す記号が示されている。この記号に従って巻頭にある文型リストを参照すると、その動詞で取りうる英語構文がわかるようになっている。阪口先生は「論文を書いている時に、この辞書に何度助けられたかわからない」とおっしゃっていたのだが、まさしく私も何度助かったか分からない、いやいや、今も助けていただいている。実際、いまでもコンスタントに使う機会のあるリアル辞書はこの OALD Hornby 版のみである。残念ながら、現在の第8版の OALD にはこの verb pattern の情報は盛り込まれていない。ネットでの情報によると、開拓社がいまも verb pattern を盛り込んだ、昔ながらの Hornby の辞典を「新英英大辞典」として出版しているらしい。もし興味をお持ちなら、こちらの方なら新品を手に入れることができる(ただし、私はこの中身を見ていないので、verb pattern が載っていなくても責任は取りません。あしからず)。

「Cobuild, Advanced Learner’s English Dictionary」
 有名なコウビルド英英辞典である。ペーパーバックでページが捲りやすく、見出しも見やすいが、私は附属CDをコンピュータに取り込んで使っているので、このリアル辞書の使い勝手はよくわからない。この辞書の内容については、次回以降のハードディスク格納型辞書の話題で取り上げたい。

「Oxford Advanced Learner’s Dictionary 8th edition」
 OALD の最新版である。残念ながら verb pattern の説明はない。これもリアル辞書ではなく附属のCDを使って、コンピュータ上の電子辞書として使用している。上と同じく、次回以降に話題にしたい、、。

 リアル辞書は、ページをめくる感覚を楽しんだり、周辺情報(調べた単語の前後の語句や解説など)を読み込んだりすると、それはそれで楽しいものであるが、いかんせん世知辛い今日この頃、論文を書くのにそのようなことをしていては時間がいくらあっても足りない。だから論文執筆や e-mail を書いたりする時には、コンピュータを使ってスタンドアローンの辞書やネット辞書を使いまくっているのが実情である。次回のホリプレ論文篇(いつになるかわかりませんけど、)では、そんな「コンピュータで使う辞書」のことを書きます。よろすく、、。

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2011年09月19日

ホリプレ論文篇17「正確な文章 ー 修飾語と被修飾語の関係をよく考える ー」

 先日の若手コロッセウムの少し前、本会への毎年の連続参加が途切れることになったトッシーがあまりに寂しがるので 
「じゃ、トッシーの可愛い写真を研究室紹介のときにスライドにしてプレゼンしてもろたらええがな」と慰めたところ、
「きゃー、先生、私のこと『可愛い』だなんて、、、」と有頂天な反応が返ってきた。

 これって一種のセクハラちゃうんか、という話はまぁ置いといて、、ここではトッシーの誤解をとりあげたい。私は「トッシーの可愛い写真」と言ったのであって「可愛いトッシーの写真」とは言ってない。「可愛い」は「写真」に係っているのだ。このあと、トッシーの誤解を解くために、懇切丁寧に私の意図を彼女に説明したのは言うまでもない。(あえて説明せんでもええがな、、という意見もあるが)

 この例のような日常のやり取りで生じる行違いはたいしたことにはならないが、科学論文でこういう曖昧な書き方をすると大きな誤解の元になる。長い論文でこのような表現が繰り返されていると、たぶんわかりにくい読みにくい論文になっているはずだ。

 例えば以下の文章。無理矢理に作成したので、多少ぎこちないのは無視して読んでいただきたい。

 食中毒の原因となるウエルシュ菌の CPE 毒素は強い細胞毒性と致死活性を持つ。近年、作用機序が明らかにされた CPE 毒素の受容体はクローディンであると考えられている。

 一見すると内容が読み取れるように錯覚するが、実はこの文章は科学的に正確ではない。一体、食中毒の原因となるのはウエルシュ菌か? CPE 毒素か? 強いのは細胞毒性と致死活性の両方か、細胞毒性だけか? 近年「作用機序が明らかにされた」のか、近年「受容体はクローディンと考えられている」のか? こうしたことが明確でないと、科学論文は成り立たない。

 修飾語(句/節)が何を修飾しているのか、明らかにしよう、、。ということだが、これが実は簡単なことではない。基本的には修飾語は被修飾語の直近(直前)に置く。そうすることで、かなり問題は改善する。しかし、どうしようもない時は文章の構成から変えないといけなかったり、文章をふたつに割ったりすることも必要になってくる。つまり定型的な処方箋がない。ということで、とにかく上の文章を直してみる。

 ウエルシュ菌の CPE 毒素は食中毒の原因として知られている。本毒素は強い細胞毒性を有し、動物個体に対しては致死作用を示す。すでに作用機序が明らかにされた CPE 毒素の受容体はクローディンであると、近年考えられている。

 あるいは、以下のようになる。

 食中毒の原因となるウエルシュ菌は CPE 毒素を産生する。本毒素は細胞毒作用や致死作用など、強い生物活性を持つ。近年、CPE 毒素の作用機序が明らかにされた。本毒素の受容体はクローディンと考えられている。

 うーむ、、。ちょこちょこっと考えた文章なのでなんかぎこちないが、私の言いたいことはわかっていただけたでしょうか? この文章で、少なくとも不正確な表現は排除できたと思う。

 科学的な文章は、正確性が厳しく要求されるが、これを一息に書いた文章で実現するのは難しい。そのために、何度も読み直すことが大切だ。

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2011年07月21日

ホリプレ論文篇16「ひとつの文章にひとつの事項」

 文章を短くするためのコツは、ひとつの文章でひとつのことだけを述べるようにすることにある。短い文章が続くと、流れが悪くなるとか細切れになるとかいうのは気のせいである。ことに科学的な記述であれば、そんなことを気にする必要はない。

 さて、前回に修正した文章について、少し解説を加えたい。まず、修正前の文章をもう一度繰り返す。

 パスツレラが産生する皮膚壊死毒素(PMT)は気管支敗血症菌との混合感染により、ブタの進行性萎縮性鼻炎を引き起こす病原因子の1つと考えられ、細胞への作用には、GqとG12/13を介したシグナル経路の活性化が必要である。

 この文章には少なくとも3つの事柄が述べられている。ひとつは、ブタ進行性萎縮性鼻炎がパスツレラと気管支敗血症菌の混合感染で起こること。PMT がパスツレラの病原因子であること、PMT の作用が Gq系のシグナル伝達系を介していることである。だからそれぞれをひとつずつの文章で述べる。それだけである。簡単だ。

 次に後半の文章を見てみる。

 PMTは1285残基からなる146kDaのAB型タンパク質毒素で、N末端領域が細胞への結合と細胞内への移行に、C末端領域は毒素活性に関与すると考えられている。

 前回、この文章を以下のように書き直した。

 PMT は1285アミノ酸残基からなる分子量146kDa の AB 型タンパク質毒素である。その N 末端領域が細胞への結合と細胞内への移行に関与し、C 末端領域は毒素活性に関与すると考えられている。

 最後の文章は N 末端領域と C 末端領域の機能のことを書いている。だから先述の法則に従って二つの文章に分けるべきかというと、そうではない。タンパク質の N 末と C 末は一対のものであり、ここではそれぞれが別の機能を担っていることを書いている。このように相互に比較するべきものや対をなすような事項を述べる時は、ひとつの文章で書いた方がその対比が鮮明になる。なんというか、「花は紅、柳は緑」とか「イヌが西向きゃ、尾は東」みたいなことを思い浮かべて欲しい。この場合、「イヌが西を向く。尾は東だ。」みたいに文章を切ると司馬遼太郎さんの文章のような趣きがでるかもしれないが(司馬先生、変なこと書いてすいません)、比較とか対称とかいう意味においては不明確になる、というとわかっていただけるだろうか? (今回の話題からは離れるが、修正後の文章に「関与」という単語が繰り返されているのも同じ理由だ。)

 さて最後に、文章を短くしたことで少し話が理解しにくくなってしまった箇所を修正する。それは修正後の文章の前半にある。

 ブタの進行性萎縮性鼻炎はパスツレラと気管支敗血症菌との混合感染によって起こる。パスツレラが産生する皮膚壊死毒素(PMT)は、本菌の病原因子のひとつと考えられている。

 これでは、PMT と萎縮性鼻炎の関係がわかりにくくなってしまっているので、下のように書き直す。

 ブタの進行性萎縮性鼻炎はパスツレラと気管支敗血症菌との混合感染によって起こる。パスツレラが産生する皮膚壊死毒素(PMT)は、本症の病態形成に関与すると考えられている。

 ということになる。ちょっとハナシが具体的になりすぎたけど、どうでしょう? 

 ひとつの文章にはひとつの事項(特別な目的がある場合を除く)。この精神で文章を短くする、というのが今回のキモである。

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2011年07月20日

ホリプレ論文篇15「文章を短くする」

 お久しぶりでございます。ホリプレ論文篇です。

 今回は「文章を短くする」ことについて考えてみる。

 日本語の文章を書く際に、私が気をつけているポイントは4つほどある。
 ひとつは、文章を短くすること、ふたつめは、修飾語と被修飾語は近くに並べること、みっつめは主語と述語の関係を考えること、よっつめは助詞の使い方に気を使うこと、である。まだ他にも細かなポイントがあるようにも思うけど、とりあえず今思い出したのはこの4つ。
 
 文章を短くする作業は、書類を作成していると日常茶飯である。技術的に難しいことは何もない。語句を単純に構成して文章を切ればいいだけである。しかし、これができない人が多い。会話をしていると「沈黙が怖い」とばかり喋りまくるような人がいるが、あれと同じで、文章が長い人は、どうも文章を切るのが怖いと感じてしまってダラダラと文章を続けてしまうように私には見える。

 以下の文章は、私の研究室にいた学生さんが書いた、学会発表の抄録である。

 パスツレラが産生する皮膚壊死毒素(PMT)は気管支敗血症菌との混合感染により、ブタの進行性萎縮性鼻炎を引き起こす病原因子の1つと考えられ、細胞への作用には、GqとG12/13を介したシグナル経路の活性化が必要である。PMTは1285残基からなる146kDaのAB型タンパク質毒素で、N末端領域が細胞への結合と細胞内への移行に、C末端領域は毒素活性に関与すると考えられている。

 これを読むと、この学生さんは「文章を切るのが怖い」と考えていたとしか思えない。この文章には他にもたくさんの問題があるし、内容にも明らかな間違いがある。しかしそういうことは無視して、とりあえず文章を短くしてみると以下のようになる。

 ブタの進行性萎縮性鼻炎はパスツレラと気管支敗血症菌の混合感染によって起こる。パスツレラが産生する皮膚壊死毒素(PMT)は、本菌の病原因子のひとつと考えられている。本毒素の細胞への作用には、Gq と G12/13を介したシグナル経路の活性化が必要である。PMT は1285アミノ酸残基からなる分子量146kDa の AB 型タンパク質毒素である。その N 末端領域が細胞への結合と細胞内への移行に関与し、C 末端領域は毒素活性に関与すると考えられている。

 ということになる。先にも書いたように、基本的に短く文章を切ればいいのだが、それ以外にも考慮したことがある。ちょっと説明が長くなると思うのでまた次回。

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2011年06月13日

ホリプレ論文篇14「日本語作文のキホンのキホンの」

 久しぶりの「ホリプレ/論文篇」である。長いこと書いていなかったが、別に忘れていたわけでも、連載を断念した(いつ断念するかわからんが)というわけでもない。ちょっと気になることを調べてから書きたかったので、ちょこちょこっと書くわけにもいかず、つい月日が経ってしまったのだ(いいわけ、、)。

 何を調べていたのかについては、いずれ説明するとして、とにかくホリプレ論文篇。今回は文章について考える。

 前回までに、論文は断片をつないで作成していくことを書いてきたが、その断片を構成するのはいうまでもなく文章である。そこで今回は日本語の文章のことを書きたいと思う。私たち(あ、このブログの読者の方々と言う意味)は日本人だから日本語を書くのは簡単だ。変な文章を書くはずはない、のだが、仕事柄、目にする学生さんなどが書く文章には変なのが多い。そこで、日本語で文章を書く際のポイントなどを考えてみたい。こうしたことを考えて、たちどころに名文が書けるわけではないが、それでも何かの役には立つだろう。

 最初に、作文に自信のない人は、適当な指南書を読もう。私が若い頃に読んだ代表的な指南書は「日本語の作文技術/本多勝一」と「理科系の作文技術/木下是雄」である。定番だが、それだけに内容はしっかりしている。とりわけ私は後者の「理科系の作文技術」には影響を受けたように思う。日本語の作文に悩む人は、この二冊に限らず、これはと思う参考書には若いうちに目を通した方がいい。歳を重ねて研究に忙しくなってしまうときっと読まなくなるから、、。

 それから、日本語でそれなりの文章を書くためには、「書いた後に自分の文章を何度も読み返す」ことが大切である。何度も読み直して、よりわかり易い表現や語順がないか何度も考えることは、自分の文章のクセを知るうえでも大切だ。いわゆる推敲というやつである。推敲は、想像以上に文章作成の経験値を上げるのに役に立つ。

 ということで、今回は基本の基本のポイントを少しだけ、、、このあとは日本語の文法を考えながら作文について書く(つもり、、、、)

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2011年03月30日

ホリプレ・論文篇 番外

 先日から何度か話題にしていた投稿論文のこと。

 JBCに投稿したのだが、戻ってきた査読者のコメントには追加実験の要求はなく、図表の微調整と英語表現の修正が指摘されただけで、ほぼ採択されそうなムードだった。んで今日、再提出した改訂稿のコメントが返信されてきた。査読者の一人はコメントなし。つまりはOKということだろう。もう一人も3ヶ所の英語表現に修正の要求があったのみ。

 その、査読者のコメントだが、、一連の修正要求のあと最後の箇所で、「、、This is a subtle change, but better conveys the idea、、、」とあった。Associate Editor は云う。「s/he requests that you proof-read and make editorial corrections to enhance the readability of the manuscript. I encourage you to enlist the services of a native English speaker to help with the corrections. 」

 おいおい、私らはいつも業者に英文校正を依頼しているよ、。もちろん。

 われわれの研究グループの身近に、親しい native speaker はいない。致命的な文法間違いがたくさんあるとか、JBCに掲載するには品のない英語だというのなら、、まぁ納得はしないが、高いお金を出して別の業者に校正を依頼するということも考えられる。でも、a subtle change でしょ?  better conveys the idea,,,,でしょ? われわれが利用している校正業者はもう20年ほどの付き合いである。これまで、英語の拙さを指摘されたことはないが、それほど上質な校正ではないのはうすうす理解しているつもりだ。だから、校正業者を代えることもありうる。しかし、たとえ別の校正業者の手を経たとしても、こうした微妙な表現が改善されたのかどうかは、non-native のわれわれには判断がつかない。それでも、英文校正をさらに依頼するべきなの?

 ということで、早速、Associate Editor に上の内容を陳述したメールを出した。

 今回の件で、あらためて native speaker と non-native の間にある深い溝を実感した。彼らにとっては何でもないちょっとした修正なんだろうが、われわれにとっては、「よりわかり易い」英語は闇の中なのだ。それを彼らにも理解して欲しいが、、、まぁ、無理か。

 コテコテの日本人にとって、正しい英語を書くことは難しい。文法的に正しいのみならず、わかり易く美しい英語で論文を飾るのはほぼ無理だ。では(しつこいけど)コテコテの日本人は英語論文を書くためにどんな努力をするべきか? いずれ、本編の「ホリプレ・論文篇」で書きたいと思う。

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2011年03月28日

ホリプレ論文篇13「断片(項目)のつながりを考える」

論文の断片(段落)について、もう少し書く(前回記事と重複あり。すまん)。

 「起」「承」「転」「結」などの断片(段落)をつないで論文を作成する、と前回書いた。今回は断片(段落)の中身を書くための簡単なコツについて書いてみたい。

「導入」について、。
 「導入」を書くためには、最初に引用論文を整理してそろえることが大切である。
 「導入」の「起」と「承」はそれぞれ、研究題材の教科書的な定義や説明と、最近の研究の焦点や動向を書く、と前回書いた。つまり、その内容は本質的にはよく似ている。この二つの断片のネタは、これまでに発表された論文(つまりこの論文にとっては引用論文)である。そこで、その論文の表現を借りて文章を書き、末尾にその論文を引用する。その繰り返しで断片を作成していくと考えればいい。

*あなたが書こうとする論文の研究が全く新しい着想から成立していて、引用すべき論文がほとんどない、という場合はこの限りではない。心配することはない。新米のあなたにそんな独創的な論文を書く機会が与えられることは滅多にないはずだから。

「材料と方法」について。
 「材料と方法」は比較的書きやすい。行った実験の種類ごとに断片としてまとめて書けばよいのだから考え方は簡単だ。特に英語論文を書くために(ほとんどがそうだと思うが)、英語でプロトコールや実験ノートを作成することをお勧めする。最初は色々と苦労があると思うが、慣れれば論文を書くときにプロトコールの英文をそのまま書けばいいので簡単であるばかりでなく、日頃の英語の勉強にもなる。わが分子細菌学分野は、この英語プロトコール制を採用している。

「結果」
 「結果」も「材料と方法」と同じで、書きやすいと思う。「導入」を書くために引用論文を整理してそろえることが大切だと先に書いたが、「結果」を書くためには、データを論文用の図表にしてそろえることが大切である。それぞれの図表について説明の文章の断片(段落)を作成する。図表の説明を書くだけだ。ただし、図表の順番を決める必要がある。この場合、実験を行った順番ではなくて、論理展開に沿ったかたちで図表の順番を決める。

「考察」
 「考察」を書くのは難しい。文章を断片(段落)ごとに作成して組み合わせるのは「材料と方法」や「結果」と同じだが、断片の組み合わせには独自の工夫が必要だ。「導入」の「起承転結」も「考察」の「起承承承承承結」も、構成が難しい。

 この、段落の構成を組み立てるやり方は、ひとそれぞれである。以前に書いた「ナカプレ・論文篇」のレクチャーの中で、なかのとおる先生は、項目(結果かも?)をカードにして、それを並べながら構想を練る、という話をされた。カードで順番を決めることによってストーリーを組み立てながら、過剰なデータを削ぎ、足りないデータを見つけ出す、ということだった。さらに以前に「ホリプレ」で書いたように、色々と利用可能なアウトラインプロセッサやOmni Graffle、さらには MindMap などのコンピュータアプリケーションを使って構成を考えるのもよい。あるいは手書きでメモに書いた項目を矢印でつないでみる、という方法もありだ。要は自分にあった方法で、断片(文章の段落や項目)を論理が理解しやすいようにつなげることである。

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2011年02月20日

ホリプレ論文篇 12 「論文の起承転結」

 論文作成は断片を書くことから始めよう、と前回書いた。特に「材料と方法」や「結果」はそもそも断片の情報からできているので、書きやすい。では、「導入」や「考察」の断片は、どのように考えれば良いのか?

 物語の骨子を「起承転結」で組み立てる、とはよく言われることだ。この概念をもとに、論文の断片も考えることができる。「導入」では起承転結、考察では「起承結」で構成する。考察に「転」は要らない。

 「導入」での「起承転結」は以下のように構成する。
起:題材(研究対象の分子や方法、生命現象など)の教科書的な定義や説明をする。
承:題材に関する研究の焦点やその動向を書く。
転:現在も不明な問題(つまり、この論文の研究で明らかにした問題)を挙げる。
結:論文の研究内容、あるいはその結果を簡潔に書く。

 「考察」の「起承結」はこんな感じだ。
起:「導入」の「結」のように、論文の研究内容やその結果をまとめて書く。この場合、「導入」の「結」と内容が過度に重複しないように気をつけねばならない。そのため、「導入」の「転」の部分で取り扱った問題を表現を変えて書き始めるといい(ちょっと高度な技かもしれません)。
承:結果についての考察が連続する。だから、「承・承・承・承」のような構成だと考えた方が良い。
結:研究の総括と意義を書く。最後に、残された問題とそれに対して研究が進行中であることを書くと、論文を結びやすい。

 論文の断片について、次回も続く。

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2011年02月12日

ホリプレ論文篇11「断片を書く」

 英語の論文でも日本語の論文でも、あまり経験のない学生さんなどの原稿を見ると、文章や段落をつなぐための接続詞がやたらと多いのに気になる時がある。英語の場合は語彙力の問題もあるのでそれほどでもないが、日本語の場合は目立つ。

 「まず、」「しかしながら、」「それで」「ところで」「さて」といった接続詞が目につくが、ほとんどの場合このような接続詞は必要ない。こうした接続詞は、文脈が途切れるのを怖れて多用されているようだ。この接続詞問題についてはいずれ取り上げることとして、ここでは「文脈(ここではあくまで文章上のつながりのことを言っている)が途切れるのを怖れる」必要はない、ということを強調しておきたい。

 前回書いたように、論文は情報の断片の積み重ねで出来上がる。断片とは個々の実験結果や議論の対象だ。筋の通った論旨で研究が進められているのなら、その論旨に基づいた断片を並べるだけで充分に意味の通った論文になる。文章上のつながりを気にする必要はない。

 ということで納得していただけただろうか? もし納得していただけたなら、論文の断片から書き始めよう。最も簡単な断片は「材料と方法(Materials and Methods)」である。試薬とか発現プラスミドの作製とか、細胞毒性の定量とか、実験ノートをもとにそれぞれの断片を文章にする。それだけだ。簡単でしょ? このとき、断片ごとのつながりを気にする人はいないだろう。そういう意味で、この「材料と方法」の部分が最も科学論文らしい体裁になっていると私は思う。

 しかし、論文は「材料と方法」だけではない。「導入(Introduction)」とか「結果(Results)」とか「考察(Discussion)」の断片をどう考えるべきか? この中では「結果」が比較的簡単だ。それぞれの実験結果の図表に対応させるように、ひとつずつ断片を設定すれば良い。図表の説明の断片を文章にするわけだ。この際も、断片ごとのつながりを気にする読み手はいないと思う。

 「導入」や「考察」も基本的には同様で、結果の図表にあたるような小さな話題を断片にするのだが、実験が終わった時点ですでに断片とする話題が出来上がっている「材料と方法」や「結果」とは異なり、「導入」や「考察」では断片の話題を組み立てるのには若干の工夫が必要だ。

 次回は、その工夫について書くつもり、、。

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2011年02月06日

ホリプレ論文篇10「論文を書けない人/大作を書こうと思うな」

 論文を書けない人のことをもう少し考えてみた。昔のハナシだが、ある「論文を書けない人」が 、「実験をやって、自分の中で結果がわかっちゃったことを、改めて文章にしたり図を描いたりしてわざわざ論文にする気が起こらない」と私に言ったことがある。こういうタイプの「論文を書けない人」もいるが、とりあえずこういう人には研究職とは何かをゆっくり考え直してもらうことが先決だ(いうまでもないが、結果を公表して第三者の批判にさらされなければ、その結果は『研究成果』として成立しない)。

 また別の人は、『論文を書く』というプレッシャーに気持ちが萎えてしまって執筆にとりかかれないと云った。『論文を書く』ことを大仰に感じてしまうのだろうか。こういう人は、最初から大作の論文を書こうと思ったり、執筆前から論文の完成型を思い描いたりしないことだ。連続性のあるストーリーで構成される小説とは違って、科学論文は情報の断片の積み重ねにすぎない。だから、その小さな断片を書けばいいのだ。ひとつの実験方法の説明から、あるいはひとつの図の説明から初めてみよう。その断片をつなぎ合わせれば論文は出来上がる。

 次回は、その論文の断片のことを書こうと思う。

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2011年01月31日

ホリプレ論文篇9「論文を書けない人/机の前に座ろう」

 この仕事を長くしていると、大学や研究所の研究員や教員など、およそ科学者の看板を掲げて生活をしている人の中に、実は論文を書けない人がたくさんいることに気づく。私の実感では半数以上の「研究者」が論文を書けない。

 ここでいう論文を書けない人とは、研究をしないので実験データがなくて論文を書けない、という人のことではない。実験はできる。論文も読める。データもまとめることができる。でも論文を書くことはできない。そんな人たちのことだ。なぜ実験を組み立ててデータをまとめることができるのに、論文が書けないのか? そんなことを考えてみた。

 文章を書くのが苦手なので論文が書けない、という人はいるかもしれない。しかし、作文能力などというのは経験を積めば養われる。とくに科学論文の文章は単純(であるべき)なので、それほど高い作文能力が要求されるわけではない。私は、そうではなくて、論文を書くための時間をしっかりと作らないことに原因があるのではないかと思う。

 劇画の原作者で優れた作品をいくつも生み出した小池一夫さんは、自身が設立した「劇画村塾」という作家養成塾で、「原作を書くのに最も大切なことは、机の前に座ることですよ」と盛んに塾生にアドバイスをしていたという。このことを、塾の1期生だった高橋留美子さんが何かの記事で回想していた。最初は「なに云ってんだろ、このひと?」と思ったそうだが、実際に仕事を始めると「机の前に座る」ことがとてもたいへんなことだということがわかったらしい。その後、高橋留美子さんが「うる星奴ら」「めぞん一刻」「犬夜叉」などの名作を世に出したのは皆様ご存知の通りである。

 論文の結論を強化する実験をやっておきたい。細胞を飼ってるので継代をしないとだめだ。次の実験のためのサンプルを今のうちにとっとかないと、、。などと、机の前に座らない言い訳はいくらでも並べ立てることができる。しかし、机の前に座らないと絶対に論文は書けない。もしあなたが論文を書くのは苦手だと感じているのなら、なおさら無理してでも机に向かって、じっくり時間を使って論文を書いてみるべきだ。たとえ拙い文章でも書かないと論文はできない。論文ができないと経験を積むことができない。経験を積まないと文章は上手くならず、論文を書くことの敷居は高いままだ。

 研究者は論文業績で評価されるのだから、机の前に座って論文を書くことはベンチで実験をするよりも研究者にとっては大事なことだ。このことをよく心に留めて、じっくり机の前に座って、さぁ論文を書こう。

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2011年01月24日

ホリプレ論文篇8「ホリグチの場合6」

 さて大学院を修了し、英語論文を見ていただくメンターをなくした私は、ひたすら大学院時代のやり方を繰り返して論文を書き続けた。その間にコンピュータが発達して他人の論文の検索や閲覧が簡単にできるようになった。さらに電子辞書や Google のようなネット検索が発達して、文書や単語の検索も容易になった。そのような周辺環境の変化を論文作成スタイルに取り入れながら、四苦八苦してここまでやってきた。

 ということで、これまでの「ホリプレ論文篇・ホリグチの場合」特集はおしまい。次回からは、そうして経験した苦労や、私なりに考えてた工夫などを紹介したい。それでは、、、これからもホリプレ論文篇をよろしく。


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2011年01月12日

ホリプレ論文篇7「ホリグチの場合5」


 大学院生時代に、論文執筆に関して影響を受けたことがもうひとつあった。Editor's Manual という指南書を読んだことだ。

 学生時代、「外書講読」という、配属された研究室ごとで行われる必修科目講義があった。洋書を輪読する、というだけの講義なのだが、研究室ごとの講義であるからして講師はやはり阪口先生である。その阪口先生が選ばれた教材が、 Editor's Manual だった。教材は毎回コピーされて渡されていたので、もとの本がどういうものだったか実はよく知らない。ただ、国際誌の編集者たるもの、これだけは知っときなさい、という類いのマニュアル本で、学術雑誌社のコンソーシアムのようなところが出版していたように覚えている。この本は、論文の構成はこうあるべきだっ、Abstract にはこんなことを書くべきだっ、Introduction の精神はこうだっ、Materials and Methods はこう書けっ、Results と Discussion はこう書き分けろっ、引用論文雑誌の正しい略号はここで調べろっ、みたいなことがてんこ盛りである。大学院生(あるいは学部生だったかもしれない)にそんなマニュアルを読ませてどうする?という疑問を持ちつつ、それでも目の前の英語の解釈に四苦八苦してこの講義に臨んだ(ときどきサボったけど)ものだ。

 ホリプレや実験医学の連載で書いた図の書き方や表の行列の選び方などは、この「外書講読」で学んだことが元になっている。さらに論文のタイトルや Introduction, Materials and Methods, Results, Discussion, Figure legend, をどう書くか、という基礎もこの Manual から習った。けれど、Editor's Manual というものが存在するほど科学論文の書き方というのは厳格なものなのだ、あるいは厳格であるべきだという共通認識がある、ということを印象づけられたことがもっとも大きかった。

 そうだ、科学論文の書き方には厳格なルールがあるのだ。というので、「いい加減に論文は書けない」と、いつも意識しながら論文作成に向かうようになった。


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2011年01月05日

ホリプレ論文篇6「ホリグチの場合4」

  大学院生のときに、阪口先生から英語論文作成の厳しい指導を受けたことは前回に書いた。この経験で、英作文を文法から徹底的に考えるという姿勢を学んだように思う。 しかし実は、最初の頃に阪口先生に見ていただいた原稿のほとんどは私のオリジナルではなくて、直近の指導教員であった小崎先生に手を入れていただいたあとのモノだった。前回書いたように阪口先生に3時間ほどの指導を受けていても、その添削していただいた原稿は私のナマの文章のものではなかった。

 それであるとき、「小崎・阪口の両先生に同時に自分のナマの原稿を見ていただいたらどうなるだろう?」と、不遜なことを思った。思いついたら、それをやらないですますことなどできない性分である。で、実際にある論文のときに、両先生に黙って自分の生原稿をそれぞれの先生に同時に見ていただいてもらうことにした(両先生を試すようなこの所業は、云うまでもなく大変失礼なことである。厳しいお叱りを受けても仕方のないところだ。良い子のみなさんはキケンなので決してまねをしないように、、)。するとどうなったか? 

 経験や個性の違う先生方に添削していただいたのだから、その結果に色々と違うところがあるのは当然だ。だが、まるで示し合わされたかのように同じ箇所で同じように添削がはいっている。それが論文の至る所に複数箇所あった。
 それと、それまでに阪口先生に添削していただいた原稿も残していたのだが、それと見比べてみても、やはり同じような言い回しのところで同じように添削されているところが何ヶ所もあった。

 同じような表現で同じように添削されているのは、実は基本的にやってはいけない(あるいは全然ダメダメの)間違いのある箇所だった。それで、慣れない英語で論文を書くときには、上手い書き方を覚えることよりも基本的な間違いを犯さない方が大切だということを知った。

 やってはいけないことを先に覚えるのは、論文に限らず新しい技術を習得する時の基本だ。ということもほぼ同じ頃に悟った。


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2010年12月28日

ホリプレ・論文篇5「ホリグチの場合3」

 さて、たくさんの論文の文章を抜き写して修士論文を書いたことで日本語論文の作法をある程度知ることができた私だが、英語論文は一度の写経経験でコツを掴めるほど甘くはない。こちらの方は修士課程修了のその時期から、いま現在までずっと苦しむことになる。

 私は修士課程(博士前期課程)を修了したあと、博士課程の学生としてそのまま同じ研究室に在籍することにした。以前にも書いたが、この研究室の教授、すなわち当時の私のボスは「科学者のための英文手紙文例集/講談社サイエンティフィック」というベストセラーを上梓した阪口玄二先生である。英文に関する本をものするだけあって、阪口先生の英作文に対する執念というか根気というか、エネルギーの注ぎ方はたいへんなものであった。

 博士後期課程在籍中の3年間に、幸運にも私は4編の論文の筆頭著者になり、3編の論文の作成に関わることができた。これは実に貴重な経験であった。論文作成の道具は、電動タイプライター、ワープロ専用機からパソコンのワープロソフトへと移り変わっていくような時代である。いずれにしても一人一台の機械などない。原稿をノートで書き、それを短時間に一息でタイプアウトして見直す、と言うことの繰り返しである。その時のノートの一部はいまも残っている。というか、残している。それを見ると、40枚綴じ込みのノートに4編の論文分の下書きがある。ということは1編の論文当たり10枚裏表で20ページの下書きを書いていたようだ。このことが英語論文執筆の訓練に役立ったかどうかはわからない。でも少しは役に立ったのだろうか。前回に「写経」と書いたが、本当に手書きで写経のようなことをしていたのだから、何かためになったと思いたい。しかし、基本的には色んな論文の英語をパッチワークのように切り貼りして作成していたのには変わりない。

 そうして作成した原稿を阪口先生に見ていただくためにお渡しする。一週間ほどで先生に呼ばれて教授室に出向くと、「お前はオレをなめとんのか? こんなひどい英語を読ませやがって」とまずお叱りを受ける。それから長い長い時間を使って論文の検討が始まる。そこは正しい英文を書くことに情熱を燃やされている阪口先生である。「ここはなぜ the か? あんたがこれを固有名詞と考えるなら、the はいらんぞ」とか、「この名詞は countable として使っているのか? Uncountable として使っているのか? Countable なら単数無冠詞はおかしい」とか、、「これは主語の取り方が悪い」とか、、。こちらは「知りませんがな、、適当に使える文章を切り貼りしただけですから、、そんな難しいことわかりまへん」と心の中で思っているがそんなことを言えるはずもなく、教授室で大抵は3時間ほど(の長さに思えた)、ほとんど説教というか拷問というか、とにかく英文作成指導が毎回繰り広げられた。これはしかし私の中では強烈な経験となって今も論文作成時に生かされている。

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2010年12月12日

ホリプレ・論文篇4「ホリグチの場合2」

 修士課程2年次の冬。獣医師の国家試験対策と修士論文の作成をせねばならない時期に、ほぼ同時に私は雑誌投稿用の英語論文を書いた。なぜ、経験の少ない大学院生にそんなことができたのか? というのが前回までのハナシ。この論文のタイトルは「逆受身ラテックス凝集反応によるボツリヌス毒素の検出/Determination of Clostridium botulinum toxin by reversed passive latex agglutination.」である。

 このタイトルにある「凝集反応」は当時の細菌検査において抗原を検出する一般的な方法だった。とくに、固定化した赤血球に抗体をコートして、対応する抗原の検出に用いる「逆受身赤血球凝集反応」は非常にポピュラーで、多数の関連論文がすでに発表されていた。ボツリヌス毒素に関する論文は、所属した研究室から多数発表されている。逆受身ラテックス凝集反応は、赤血球をラテックスビーズに代えたものである。つまり、ラテックスを赤血球に代えれば、参考論文がたくさんあった。

 そこでまず、和文も英文もとにかく関連論文をできるだけ多く集めた。そして、自分の能力を越えた質と量の論文を短い期間で書くために、関連論文中の使える文章をそのまま、あるいは必要な箇所だけ変えて、書き写したのだ。だから私の最初の修士論文と英語論文は、文章に限っていえば多くの論文の寄せ集めである。自分のオリジナルな文章で論文を書こうという気持ちは毫もなかった。それくらい焦っていたのだと思う。

 しかし、それが結果としてよかった。論文には論文に共通で特有な言い回しがある。数多くの論文から写経のように文章を写し取ったおかげで、英語は別にして、少なくとも日本語の論文の作法をある程度知ることができた。この一度の経験で日本語論文作成の敷居がずいぶんと低くなった。

 先達のやることを盗んだり真似たりというのは、「学び」の第一歩である。それを意識したわけでは断じてないが、やむにやまれぬ事情が偶然私にそれをさせた。このことは本当によかったと思っている。


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2010年12月05日

ホリプレ・論文篇 3 「ホリグチの場合」


「ホリプレ・論文篇」は、論文の書き方の作法を若い方に伝えたい、というのが目的だ。
ところが、論文の書き方は千差万別で、同じ人でも状況によって作法を変えることもありうる。だから、論文の書き方について平易に説明するのは難しい、という言い訳を前回に書いた。
 ということでいろいろ考えた、、、んで、最初に、これも何かの参考になるかもしれないので、とりあえず私の経験を書いてみることにした。

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 私が最初に書いた科学論文は、博士前期課程修了時のいわゆる修士論文である。それは「逆受身ラテックス凝集反応によるボツリヌス毒素の検出」というタイトルだった。これは学部4年生のときの課題で、必要な実験はずいぶん以前にほとんど終わっていた。そのあとの修士過程の2年間には、わりとチャレンジングな課題をいただいていたのだがそれは上手くいかなかった。そんな経緯で、学部時代のデータをまとめて修士論文にすることになった。

 当時の獣医学科の修士課程の修了時は今で言う6年次にあたる。つまり国家試験が控えている。なのに、当時の指導教員だった小崎俊司先生の指示で、国家試験までに修士論文(これは当たり前だが)と学術雑誌に投稿する英語論文を書き上げることになった。当時の私は、日本語論文も書いたことのない学生である。修士論文と雑誌投稿用の英語論文と国家試験対策をほぼ同時期にするのは難しいと思うのだが、なぜか私は素直に「はい」と答えたようだ。

 この時の論文は日本獣医学雑誌(現在の J. Vet. Med. Sci.)の1984年8月号に掲載されている。投稿日は同年の2月20日になっている。3月には国家試験があったので、切羽詰まった時期に曲がりなりにも論文を書き、そして無事投稿できたことになる。しかも、和文とはいえ、初体験の修士論文の執筆と同時に、である。どうしてこういうことができたのか? それは次回。
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 と、こういう感じで数回書いてみます。ではまた次回。


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2010年11月15日

ホリプレ・論文篇 「はじめのはじめに」

 午前中にちょっとした雑用をすませたあと、北所さんとの共著になる論文の Discussion のパートを書く。タンパク質の構造の仕事なので、結果のパートは専門家である北所さんに基本的にお願いしている。それで、北所さんの構成した図表と結果の最終形を想像しながらDiscussion を書くことになる。原稿があがってくるまで待てばいいのだが、他の研究グループと競合しているようなので急がなければならない事情がある。

 ところで、「ホリプレ・論文篇を始めます」と書いてからしばらく経った。その間にもうすでに何人かの方から励ましのお言葉までいただいた。けれど実は、何をどう書きはじめたらよいのやら、本人は悩んでいる。例えば、結果の内容を見ずにとりあえず Discussion を書くような今回の論文の書き方は、もちろん私の普通の論文の書き方ではない。でも、おそらく今回はそうして論文を仕上げてしまう。その次に論文を書く時は、また違うやり方になるだろう。つまり、状況によって論文執筆の作法は違う。

 それに、論文作成の過程は他人からは見えにくい。だから、みんなが一体どんなやり方で論文を書いているのか、実はよくわからない。さらに論文の出来上がりまでには、共著者やレビューア、あるいは編集者などの手が入るのが普通なので、プレゼンのように演者のナマの作品に触れる機会も少ない。つまり、出来上がって雑誌に掲載されている論文を見ても、作成過程の瑕疵は見えにくいのだ(実験の手順や論理の展開が拙かったりすると、それはわかるけれどね)。

 ということで、「『ホリプレ・論文篇』で論文の書き方を順を追って説明するのは難しい」ということに思い至って少し悩んでいる。

 もうちょっと考えてみる。本編をはじめるまでちょいと時間がかかるかも、、でもみんな別に待ってないですよね、、。

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2010年11月02日

へっぽこ論文作成指南(ホリプレ・論文篇)1

 先日まで書いていた「ホリプレ」では多くの方からご声援をいただいた。皆様どうもありがとうございました。
 どうしたことか、その「ホリプレ」がスピンアウトして実験医学の連載にまでなった。機会を与えてくださった羊土社・実験医学の関係者様、また実験医学編集部にホリプレを紹介してくださった方にも感謝いたします。

 さて、「プレゼンのことを書いたら次は論文だ」と誰しも思うところ。、、、んで、「論文をどのように書くか?」というのを書くか書くまいかちょっと考えていたのだが、やっぱり恐る恐る書いてみることにした。ホリプレ・論文篇である。前回のホリグチのプレゼン、ホリプレと同じく、わたしの論文の書き方を紹介する、というカタチで書いてみたい。あくまで「ホリグチの論文の書き方」である。ホリグチのプレゼンがホリプレなら、ホリグチのロンブンはホリロンだが、何かシマリが悪い。ホリグチの英語ロンブンならホリエロになって、何か違う話題になってしまいそうだ。そこでこのシリーズは「ホリプレ・論文篇」ということで、へっぽこ論文作成指南をさせていただくということにする。

 英語は嫌いだ。高校の頃、英語の授業でいきなりシェークスピアなんぞを読まされて、一層嫌いになった。入試の英語試験は、長文読解を雰囲気で乗り越えるばかりで英作文問題での得点はハナっから諦めていた。、、、、そんな人間が英語論文を書くためにどんな苦労をしてきたのか?というようなことを書いてみたい。英語が得意で論文なんてオチャノコサイサイ、という人は、ホリプレ・論文篇には用がないと思うので読まないようにお願いしたい。読まれたら恥ずかしい。だから、「へっぽこ」論文作成指南なのである。

 それから英語だけではなくて、論文の構成や文章の構成について、日本語論文も含めて私なりの工夫を書いてみたい。やはり「ホリプレ・プレゼン篇」と同じように、ゆっくりと少しずつ、書いていくつもり(突然やめるかも)。、、、よろしくご愛顧のほどを、、。


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