2014年07月28日

夏来たりなば、、

 先週の金曜日。府立大教授の三宅眞実先生が冷凍ピザを送り届けてくれた。眞実ちゃんに限らず、いつもこの季節には何人かの OB から贈り物をいただいている。みなさん。いつもありがとうございます。お心遣いに感謝いたします。

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 このピザ、有名なイタリア料理店「ポンテ・ベッキオ」が贈答用に通販しているらしい。5枚で1組になっている。早速、そのうちの何枚かを焼いていただいた。いわゆるアメリカンピザとは違うイタリア系のピザで、控えめなソースで小麦粉の香りと具材そのものが味わえて、大変美味しゅうございました。
 焼けたピザの写真を撮るのを忘れたので、パンフレットをどうぞ、、。



 さらにこの日は夏の慰労会とのことで、研究室の有志で近くの千里阪急ホテルのプールサイド・ビアガーデンに出向いた。場所は千里中央だ。山の上でも何でもない屋外なので暑いうえに、到着したときはまだ陽が沈んでいないので、直射日光下の暑い最中にビールを飲み始めることになった。暑い暑い。、、しかしやがて陽が沈み、涼風が吹いて、、、爽やかにビールを楽しめる、のかなと思っていたが、さにあらず。陽が沈んでも、日中に温められたプールサイドのコンクリートが熱を含んでていつまでも暑い。風は吹くが、生ぬるい、、、。そのおかげと言うべきなのか何なのか、とにかくビールは進む。、、、アニメの話、漫画の話、トリビア話に馬鹿話。平日は忙しく立ち働いていて、なかなかみんなでゆっくり話をしたりする機会がないので、いい懇親の機会にはなった。暑かったけど、、。

 写真は、漫画の話のついでに、矢吹丈の伝家の宝刀「トリプルクロスカウンター」をイッシーにせつめいしているところ、、、(撮影:なかぴょん)
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 ということで、夏は真っ盛りである。来週から8月だ。研究室では公式な夏休みは設けないが、メンバーはみんな思い思いに休暇を取る。研究室のジャーナルクラブやプログレスミーティングも8月中はお休みする。適度に休暇を取って、また仕事に邁進していただければ結構だ。

 そんなことを書いていて、ふと教授室のベランダを見ると夕方の日影が少し前よりも長く伸びているのに気がついた。そうか、夏至は6月下旬だから、もう太陽が低くなって日が短くなり始めてるのだ、。そうか、地球は秋に近づいている(?)。、、季節は巡っているのだ。

 そうか、まだ暑いけど、これからも暑くなるけど、もうすぐ秋だ。

 仕事しなきゃ、,。
 
 
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2014年07月24日

久しぶりの東京と、千葉大学で講義/講演

 今週の火曜日に千葉大学大学院の医学薬学府の講義に行ってきた。

 前日の月曜日の夕方に東京に到着して、愚息と愚息の彼女と一緒に焼き肉を食べた。場所は西麻布。北里のあべっちお奨めのお店である。場所柄、さぞ高いだろと覚悟していたが大したことはなかった。肉も美味しかった。愚息は大学院博士課程の最終学年である。研究に関わる仕事に就くつもりのようなので、来年度からの人生設計などを聞く。いい大人だし心配はしていないが、私とは研究分野が違うのでポスドク事情などが違うかもと思って聞いてみたら、どうやら同じようなものらしい。そうか、これからイバラの研究人生を始めるのか、、と心中思いながら話を聞いた。

 食後、歩いて広尾駅から地下鉄に乗って東京駅に出て、総武線経由で千葉駅に到着。駅前のホテルに泊まった。

 次の日は午前中10時半からの講義である。対象は薬学系の大学院生だが、生物系の学生だけではなく化学系の学生も含まれているとのことだった。ここでも「細菌毒素学」の talking class を展開する。概ね反応は良かったが、やっぱり化学系とおぼしき学生さんにはキツい講義になったようだ。招待いただいた山本友子先生、高屋明子先生と昼食を楽しませていただいたあと、さらに午後に一コマの講義である。あらかじめ「講演を兼ねたような講義で、、」とお話を聞いていたので、この時間は「細菌毒素学実践編」と称して思いっきり未発表の up-to-date な仕事の話をしたら、半分くらいの学生が寝た。わはは、。しかしこれは覚悟の上である。ナマの研究の様子を大学院生に紹介するのと同時に、実は山本先生や高屋先生に聞いてもらってご批判いただこうと思っていたのだった。んで、先生方にはいろいろと興味を持っていただいたようで、当初の目的を達成した気分で嬉しく千葉大学を辞した。

 夕方には都内に戻り、毎度おなじみ北里大学のあべっち、くわえっちの両先生と、久しぶりに田町の「湯浅」で飲んだ。同じ業界で数少ない、全く遠慮なくハナシができる二人である。共同研究の話、予算獲得の話、学会のあり方の話、日々の馬鹿話で3時間、あっという間に過ごした。医科研のミムミムも誘っていたのだが、彼女は到着が遅れたので最後の30分だけしか一緒に飲むことができなかった、、もっとも、彼女は今は○○中なので(あえて伏せ字)飲むわけにはいかんのだが、。

 帰りの新幹線は iPad で「清洲会議」を観た。三谷幸喜作品にしてはくだらんギャグが少なくて(ちょっと寂しい)、芸術的アングルを意識したような映画だった。まぁ、これもいいかも、、。

 んで昨日のこと。また別の大学などから、二件の講演依頼をいただいた。研究の話題にしろ、プレゼンのハウツーにしろ、業界で自分に需要があるのはよいこと、と最近は考えていてありがたくお受けすることにした。んで、山本友子先生からもメールが届いた。儀礼上の挨拶メールかと思ったら、それだけではなく「『細菌毒素学』の講義を、今度は学部生に講義してもらえないか」とのご依頼もいただいた。もちろんお受けした。なので、今年中にもう一度千葉大学を訪れることになった。

 何であれ、自分に需要があるのはありがたい。


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2014年07月21日

実験は失敗する。時間はない。やっとの思いで取れたデータはすぐに陳腐化する。

いま開催されているツール・ド・フランスに刺激されてか、ここのところ自転車通勤の頻度が少し高い。自転車通勤を始めてもう10年以上になるが、その間に自宅−大学間のコースがすっかり固まってしまって、実は目新しいことが殆ど無いのでそういう意味ではあまり面白いわけではない。伊丹から旧西国街道をひたすら走って小野原から大学に入るか、旧西国街道よりも北側の箕面の住宅地を走って小野原から大学に入るか、あるいは伊丹空港の地下道路を抜けて千里川沿いをひたすら走って、豊中緑丘から小野原に抜けて大学に入るか、、といったところである。

大阪といっても、北摂はまだまだ田畑が多い。どのコースをとっても、箕面のあたりでは広々とした田んぼ風景も楽しむことができる(小野原にもかつては、のんびりとした田園風景が広がっていた。)。そこで、今頃の季節になるといつも感じることがある。田植えの時期は同じ頃のはずなのにこの時期には稲の成長具合が田んぼによってずいぶんと変わってくるのだ。成長の早い田んぼは毎年成長が早いし、稲穂の成長が遅くて、なんか貧相な田んぼは毎年貧相である。同じ時期に苗を植えてるのに、種籾が違うのやら田んぼが違うのやら日当たりが違うのやら世話をする人の能力が違うのやら、、、。なんだか研究室ごとの業績に差がでるのを見ているようで、辛いものがある。

プロジェクトが何種類か動き出して、数年前のピンチはなんとか脱することができたと以前に書いた当研究室の仕事だけれど、なかなか区切りをつけて論文を書き始めるところまでいかない。研究室のメンバーはみんな勤勉で、サボっているというわけではないが、大切な局面で仕事の進捗が遅いのは確かだ。絶対に失敗を繰り返せない時や大事な実験がピークを迎える時は、集中して仕事をしないと進捗を大幅に遅らせることになる。これができない人が目につく。私が自分で実験をやっていた頃の私を含めた同年代の人達と最近の人達を比べてみると、いまの人達にはおっとりしている人が多いのかもしれない。いや、昔の人たちがガツガツしていたというべきか、、。あの頃、私の周囲にいた人はみんなせっかちで、競争するかのように(実際競争していたのだけれど)実験のスケジュールを詰めるだけ詰め込んで、無駄をしながらたくさんデータを取っていた。「実験は失敗する。時間はない。やっとの思いで取れたデータはすぐに陳腐化する」そんなふうに思って焦っていた。それに比べると、いまの人達はずいぶんとおっとりとしている。

実験を計画し、何日もかけて実験結果を出して、その結果を見て次の計画を立てる。普通はそうして研究は進むが、急いでデータを出す必要があったり、大切な局面などではそれでは遅い。1つずつ実験をしていたのでは、実験が失敗した時にそれをリカバーするためには必ず2倍の時日がかかってしまう。計画した実験が上手く行っても行かなくても、仕事が立ち止まらないように複数の実験や準備を並行させる必要がある。けれど、それを上手く出来る人がなかなかいない。どうも、計画した実験は必ずうまく行くと潜在的に思っているようである。競争することに慣れていないのか、上げ膳据え膳で育ってきて「うまくいかない」という感覚を知らないのか、。そういう意味では、昔は(というか私の周囲にはというべきか、)ハングリーだったというかギスギスしてたというか、「いらち」(関西弁でせっかちのことです)が多かったというか、、。おっとりと生まれ育ってきた人に、その感覚を教えこむのは難しい。でもそれができないと、複雑な実験を乗り越えたり、思い切ってプロジェクトに踏ん切りをつけて論文化するというのはなかなかできないと思う。テクニックの一つとして、実験のスケジュールを重ねるということを教えないといけないのかも、と最近思い始めている。

ところで、いま新幹線車内。明日(22日)の午前中から午後にかけて、ふたコマの講義を仰せつかって千葉に向かっているところである。


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posted by Yas at 15:48| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月09日

梅雨の最中、決死の査読

 先月末、別の科学雑誌2カ所から同時に論文査読の依頼が来た。どちらも中堅の雑誌で、いわゆる一般誌(general journal)に掲載を拒否されたときに細菌学関連では、その次かその次の次くらいの候補に考えるような雑誌だ。査読期限は2週間。

 その2週間は、実はそこそこ忙しいのだが、ひとつの査読依頼は編集者を務める知り合いの研究者が私信で依頼してきたもので、もうひとつは論文の著者が私のよく知る人だった。編集者の苦労を知っている私としては、前者の依頼は断りにくいし、後者も私が断って変なレビューア(前みたいに)に査読が回ったりすると著者が余計な苦労をする羽目になるかもしれない。、、というので、決死の覚悟でふたつとも引き受けることにした。

 皆さんは査読論文をどれくらい読まれているのだろうか? 私の場合、まず軽く一度読んで大意を知る。この時にだいたい、reject か major revision か minor revision かの結論を決めている。この段階で accept の判断はない。それから日を置いて、また読む。この時は少し時間をかけて、論文の論理性、実験方法や結果の妥当性、論文の正確性を吟味して、前に決めた結論を著者に伝えるための、レビューアとしての論理を考える。関連の論文も一応調べる。気になる関連論文は読む。また日を置いて、今度はレビューコメントを書きながら、自分の主張が間違っていないかどうか確かめるために読む。計3回、読むことになる。他の人がどんな作法で査読されているのか知らないが、私としては割合と労力を使っているつもりだ。こんな査読論文が同時にふたつである。私としては結構つらい。断れるのに、自分が査読を引き受けたんですけどね、、、。

 季節は梅雨。いつもこの季節になるとここで文句を書いているけれど、私の教授室の空調は性能が良くない。

IMG_2141.JPG 先日もこれこの通り、温度はともかく湿度が69%だと。これで空調を働かせてるんですぜ。絶対に空調の調子がおかしいと思うのだが、事務方に依頼して検査してもらっても、異常はないと言われる。、、、、ちなみに、この温湿度計の数字の横にある二本のバーは、健康への影響度を示すものだ。これがたしか4本になると熱中症になる危険性があるとかいう。そのうち2本のバーが表示されている、、。 まだ夏のほんの入り口なのにこの有り様だ。デスクもキーボードもトラックパッドも、なんだかベタベタする。じっと考え事をしていると、ポタリと汗がデスクに落ちる。空調の設定は25度の冷房なのに。、、

 んで、さっき。ひとつ目の論文の査読がほぼ終わった。やれやれ、、。ところが、ホッとして、この2,3日に受信したメールを見なおしていたら、学会関連の提出書類の締め切りが今週中なのに気がついた。もうひとつの論文の査読期限はこの週明けだ。、、

 、、もう、、。暑さニモマケズ、湿気ニモマケズ、、、必死にやってますですよ。


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posted by Yas at 22:26| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月05日

「研究者の劇的プレゼン術」電子版の発行

 拙著「研究者の劇的プレゼン術」の電子書籍版が発売されるようになった。

 M2PLUS という医学電子書籍を取り扱うサイトから、冊子体と全く同じ2,900円+消費税で購入することができるので、どぞよろしく。さて今回はその電子書籍の話。

 国内では アップル社が iBooks Store という販売サイトを開いてからようやく話題になりはじめた電子書籍だが、みなさんお使いだろうか? 私は iPad mini と Kindle paperwhite を電子書籍リーダーに使っているが、実は当初思ったほど電子書籍そのものを買っていない。それは、私の本もそうであるように、電子版と冊子体の値段がほとんど変わらないからだ。

 冊子体は商品としての実体がそこにあり、手に取ることができる。それに、読み進むにつれて、開いた本の表紙側のページ数が増えて分厚くなり、反対側が薄くなっていく感覚も好きだ。電子書籍ではそのような感覚は得られないのに、同じ価格。あるいは冊子体の本は「これは良い本だから、キミも読みたまい」と言って、人に譲ったり貸したりできる。これも間違いなく読書の魅力なのだが、電子書籍ではこれができない(端末機器を譲るというならべつだが、、)。なのに冊子体と同じ価格。これはやはり納得がいかない。こうなるとどうしても冊子体の方を購入してしまう。さらに、同じ価格ならまだしも、逆に電子書籍の方が高い場合もあるから解せない。例えば、Amazon Kindle 版の「スティーブ・ジョブズ(ウォルター・アイザックソン、井口耕二)」の価格はハードカバーの冊子体と同じ価格(2,052円)で、ソフトカバー版(1,080円)の倍近い。なぜ電子書籍はハードカバーと同じ値段なのか? これで電子書籍を買えというのは無茶な話だ。iPad を核にして世界に電子書籍を広めようとしたジョブズがこの現状を見たら、どう思うだろう?

 電子書籍のもうひとつの利点は、買った本が邪魔にならないというところだ。けれど、これもどうも効果が薄い。電子書籍になりやすいベストセラーしか読まないという人ならいざ知らず、普通の人は自分の興味で読みたい本を読む。そして、そんな本の多くは電子化されていない。だから、購入する書籍の種類の割合は電子書籍よりも冊子体の方がどうしても多くなる。そして、昔も今も、冊子体の本は自分の部屋に溜まっていく。ということで、電子書籍の充分な利点が見いだせないでいる人は私以外にもたくさんいるのではないだろうか?

 そんなことを常々考えていたら、「書籍販売大手の『ツタヤ』が電子書籍サービス『BookLive』と提携」という新聞記事を目にした。ツタヤで本を買えば、同じ本の電子版を無料で閲覧できるサービスを始めるという。つまり、本を買えば電子版がついてくるということだ。この発想、電子書籍の普及のきっかけになるかどうかはわからないけれど、ユーザーにとってはお得感があるので書籍購入の敷居は低くなるかも知れない。あと、やっぱり、出版される全ての書籍が電子化されるシステムが必要かな、。関係業界の皆様、、ご検討のほどよろしくお願いします。

 ところで、拙著「研究者の劇的プレゼン術」の電子版だが、著者は無料だというのでダウンロードして iPad mini で見てみたら、当たり前だけれど冊子体と全く同じだった。んで、全く同じ値段である。ふーむ、、と考えたところで、回し読みできない(できにくい)電子書籍は、それぞれの人が購入しないといけないのでもしかすると著者や出版社側には都合がいいのかも、と言うことに気がついた。

 そうか、じゃぁ、みなさん、ぜひ電子版をご購入くださいませ、、、うひょひょ、、。


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posted by Yas at 15:23| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月02日

高度副プログラム「感染症学免疫学融合プログラム」

 昨日は「高度副プログラム『感染症学免疫学融合プログラム』」の私の講義担当の第一回目であった。このプログラムは、感染症・免疫に特化した大学院教育を目指して微生物病研究所を中心に企画された。もうこれが始められて4−5年は経っているだろうか? 1シリーズ2年間の課程なので、担当講義は2年に一度の割合で巡ってくる。毎回、テーマをどうするのか考えるのだが、錚々(そうそう)たる担当講師陣の中にあって、生半可な細菌学の大学院講義はできない。それに、講演ではないので自分の仕事の話ばかりするのはよろしくない。ということで、私はずっと「細菌毒素学」の専門的概論(なんじゃそら?)を講義している。細菌毒素の定義と分類、毒素の分子作用機構と病気の関連性などを90分かけて話す。「○○のひとつ覚え」みたいでイヤなので、そろそろ違ったテーマを取り上げたいのだが、そう思っても毎年準備にかける時間が足りずに断念している。しかたないので、これだけまとまった細菌毒素の講義はなかなか聴けるもんではありませんぜ、と自分で自分を慰めたりしている。
 
 講義のスタイルはいつものように「talking class」。学生に質問をしながら話を進めていく。しかし、他大学の学部生を対象にした講義と違って多少高度な話題も盛り込むので、矢継ぎ早に基本的な質問を繰り出すというよりは、どうしても私が話をする時間が長くなって雰囲気が少し重くなる。しかし、さすがにわざわざ「高度副プログラム」を選択してくる学生さん達である。私の質問に対する応答がすこぶる良いし、その内容もなかなかよろしい。ときおり、私の話を止めて質問する学生さんも何人かいた。まぁたまに「わかりません」の一言で済まそうとする奴もいるが、、、全体的には学生さん達がよく考えながら私の話を聞いてくれているのがわかった。気のせいか、みんな私の方をじっと見て、食い入るように講義を聴いているように思えた。

 気持ちよく予定の話を終えて、講義を終えたのが午後12時半。予定通りぴったり終わった。、、、、と思ってラボに戻ると、私と一緒に昼食に出かけるメンバーのみんなが「えらく遅かったじゃないですか〜、、どうしたんですか」と言う。、、、なに言っとる、予定通りやがな、、、なに? 講義は12時まで?、、、がびぃーん(あ、べたな表現)。どうやら私は終了時間を間違えて30分も余計に講義をしたらしい。、、そうだ、そういえば講義開始当初は終了は12時と意識していた記憶がある。それが気持ちよく喋っている間に、どこかで勘違いが入ったようだ。がびぃーん。じゃ、2時間も講義をしていたのか、このワタクシは。途中、「12時半までまだ時間があるな」と、予定にないエピソードを盛り込んで時間調整までしてしまった。、、、あかんがな。拙著「研究者の劇的プレゼン術」でも時間超過は悪であるとはっきり書いたこのワタクシが、、30分も時間を超過するなんて。それで講義の後半、みんな私の方を食い入るようにじっと見ていたのか、、。「このおっさん、悦に入って時間超過して滔々と喋りやがって」と思われてたやろな、きっと。それにしても聴講生の中には、ウチのラボのイッシーもいたのだから、一言「せんせ、講義は12時終了の予定なんですけど」と言ってくれれば良かったのに、、、、ここでも最近の学生さんはおとなしいのだ。、、、、それにしても、みんな、すまんすまん。

 しかし、えらい失態である。来週の講義は、お詫びに30分早く終わろうかと検討中である。、、早く終わるべきかな、。


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2014年06月18日

京都府立大学

 この月曜日に、京都に出向いて京都府立大学で講義をした。以前に書いたが、生命環境学部の岡さん(食保健学科・准教授)のご依頼で、南山教授にご招待いただいた。「食」に関わる学科で「微生物」の講義ですから「食中毒の分子細菌学」にしましょうかと、わりと安易に講義テーマを決めた。食中毒の研究は今はあまりしていないけれど(といっても全くしていないわけでもない。研究とはビミョーなものなのだ)、もともと私は食品衛生学を守備範囲に含める獣医公衆衛生学出身だったから、食中毒への親和性は高い。これに細菌感染の分子機構を交えて話をすれば講義なんてオチャノコサイサイだ(といっても、手を抜いて講義をするわけでは決してありません。念のため)

 受講生は学部2年次と大学院生を含めて30名と少しほどだった。ほぼ全員が女性で、男子学生は2名のみ(だったと思う)。さすが食保健学科である(?)。まぁ、女性が多かろうが、男性が少なかろうが、私の講義は毎度おなじみ talking class で変わらない。 そこでいつものように学生さんに質問を重ねながら講義をした。この大学の学生さんは、しっかり勉強しているという印象はいまひとつだったが、講義内容への喰いつきが良かった。多くの学生さんが、一生懸命聴いてくれている。寝ている者はいなかった(矢継ぎ早に質問する私の講義で寝る奴はだいたいおらんが)し、目の死んだようなのもいなかった。こういう雰囲気は講師を気持ちよくさせてくれるものだ。余計なことを喋りすぎて最後は少し時間が足りなかったけれど、おおむね納得のいく講義をさせていただいた。学生さんの方は納得のいく講義を受けることができたのかどうかは知らんが、、、、とにかくみなさんありがとう。

 京都府立大学のキャンパスはそれほど広くないように思う。しかし、建物の余裕のある配置や豊かな植栽で、決して貧相なムードはない。落ち着きのある、私の好きなタイプの大学キャンパスだ。そのキャンパスで何人かの学生さんとすれ違ったら、みんなお辞儀をしてくれた。これは大学の教育か?あるいはゆったりとしたキャンパスが自然と学生に礼儀正しくさせるのか、、、、あるいはタマタマか、、、、。タマタマでもいいや。気持ちのいいことには変わりない。実は学生時代、バスケットボールの試合にこのキャンパスを訪れて好印象を持っていたのだけれど、30年以上経った今もそれは変わらなかった。京都府立大っ! また来るぞっ(機会があったらね)

 そのあと夕刻遅くまで共同研究の関係でもうひと仕事して京都で夕食をいただいた。場所は、前回京都府立医大で講義をしたあとに訪れた、さくらももこ画伯のふすま絵のあるイタリアンキッチンである。

IMG_2103.JPG 今回はともぞうさんをアップ。
 この日は鴨川の床(納涼床というらしい)が出ていた。そこでいただくのはボルドーワイン。なんでイタリアンキッチンでボルドー?とかいうのは置いといて、鴨川と東山を望みながら床でいただくイタリアン。鴨川と東山三十六峰がそこにある。それだけでも京都はよろしい。いいなぁいいなぁと、調子にのって大阪にいるつもりで10時過ぎまで飲んでいたら、JR京都経由で伊丹駅に帰り着いたのは午前0時だった(レストランのあった五条木屋町からJR京都にでるのはとても不便なのだ)。

 京都はいいけど、実は遠い。街の規模の割に地下鉄の便が悪いのはなんとかしてほしいな、、。


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2014年06月04日

上げ潮


 少し前に、堀口研は史上最大メンバー数になったと報告した。その研究室の近況など、、。

 研究テーマの方向性を大幅に変更して3−4年。漸く基本的なデータが固まって、そこからスピンアウトしたプロジェクトのカタチが見え始めた。ここしばらくは業績が止まってしまって、わがラボは私のキャリアにおいて最大のピンチに直面していたのだが、トンネルは抜けた。この春は、共同研究員のスズコー、医学修士入学のテルチーとニィくん。医学博士入学のイッシーが、新メンバーとして参加してきた(テルチーは半モグリで以前からラボにいたけどね)。D4のオカケーは学位論文のためのデータを整え、D3のサーヤもそれなりに研究を進めて、今夏の「第8回 細菌学若手コロッセウム」で渾身の発表をする予定である。シショーの論文は雑誌投稿を済ませ、アヤッチの今の仕事は最終局面に入っている。いずれの研究もそれなりのクォリティはあるのではないかと、ラボのボスである私は思って(願って)いる。シンザーは、百日咳関連の同業他者が驚くような新しい方法論でホニャララのフニャララを解析しようとしていて、なかぴょんは百日咳で最後に残された大問題であるヘニャララを解明すべく、ストレス太りするほど実験を繰り返す毎日である。砂漠に水を撒くような、努力しても満たされないような状況はどうやら終わった(と信じている)。

 今週の土曜日は微研のソフトボール大会がある。我が分子細菌学分野の参加する混成チーム「火の玉ストレンジャーズ」も、これまでの強力メンバーに加えて野球経験者のスズコーとイッシーが参加して、チーム結成以来最強のメンバーになった。今回は目加田研の面々もチームに参加する予定である。、、、もうはっきり云って優勝しかありませんわ。先日は有力メンバーでバッティングセンターに強化練習に出向いた、、。が、生憎の雨で近くのラウンドワンのバッティングセンターは閉鎖、、、。仕方ないのでゲームセンターフロアを抜けて帰ろうとすると、その途中でサーヤがパンチングマシーンに飛びついた。
 やおらコインをゲーム機に投入したかと思うと、狂ったように標的にパンチを繰り出し始めた。、、、どや? この気合い、。、、、魅入られたかのようにコインを何度も投入し続けて、何度もパンチを繰り出し続ける、、、。どや? この迫力、、。挙句の果てに、自分でコインを入れては、イッシーやスズコーや私にパンチをしろと、盛んにすすめる、、、振る舞い酒ならぬ、振る舞いパンチというべきか、、、、。とにかくサーヤは異常にパンチングマシーンが好きなようだ。さすが武闘系細菌学者の異名をとる西川禎一教授の娘である。


 先週の土曜日はなかぴょんの誕生日だったらしい、、。教授室で仕事をしていると、部員室が何やら騒がしい。見てみると、学生さん達がなかぴょんのためにバースディーケーキを買ってきた様子である。土曜日の昼下がり。やおら巻き起こる「ハッピーバースディー・ツーユー」。「仲良きことは美しき哉」でございます、、なかぴょん33歳独身。これからも頑張ってくれ。

IMG_2122.JPG 時節柄、研究室にある観葉植物の植え替えをして、さらに数鉢を新たに買い増した。私も教授室にドラセナ・コンシンネを置くことにした。観葉植物のハウツー本によると、この木は1年で50 cm も幹が伸びるらしい。、、なかなか縁起がええがな、、。研究室のムードも上げ潮だし、コンシンネのように研究業績も伸びればなおよろし、、。
部員室に置いてある植え替えをすませたばかりのパキラも元気よく枝葉を伸ばしている、、いいよ、いいよー、、。、、が、、「枝が横に伸びすぎとんな、、、」と思って、ちょっと手でもって曲げてみたら、枝が真ん中からボキッと折れた。縁起わる、、い、いやいやっ、、ここから新芽がムニュッッと出てくるのだ、きっと、、。


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2014年05月22日

オープンアクセス・査読つき

 科学雑誌に投稿された論文の査読をするのは研究者の務めである。私は自分にそう言い聞かせて、よほど仕事が詰まってない限りは依頼された査読を引き受けることにしている。

 数カ月前にそんな調子で引き受けた論文は、中堅の電子ジャーナル(オープンアクセス・査読つきのあれ)に投稿されたものだった。論文を読んでみると、関係領域の研究者には有用な情報が含まれていて、知見は良いように思えた。電気泳動データの切り貼りもない(すいません、いらんこと書きました)。しかし実験の構成が緻密ではない。データの取り方も雑だ。とてもこのままでは雑誌への掲載を認めるわけにはいかないが、掲載を拒否するほどでもない。私の査読のモットーは「75点主義」である。だから、この場合は雑誌掲載の価値を認めつつ、新たな実験を3種類ほど提案し「そのうち少なくとも2つくらいの実験をすれば結論の正当性が確かになるよ」とコメントを付け、さらに本文や図表のいくつかの不備を指摘して、「Major revision(大幅修正)」の結論で雑誌社に報告をした。
 
 先日、その論文が修正されて再投稿されてきたようだ。雑誌社は再度私に査読を求めてきた。もちろん引き受ける。これは初投稿時にコメントを返した者の務めである。二回目の査読の時は、私の以前のコメントはもちろんだが、私以外の査読者のコメントとそれに対する論文著者の対応も目にすることができる。、、、それを見て、えらい驚いた。
 もう一人の査読者は、もしかするとあまり査読経験がないか、あるいは論文中の何かが琴線に触れて気負ってしまったか、あるいは性格が細かいのか、かなり長文のコメントを著者に返していた。その中でこの査読者は、思いつく限りの実験の追加を要求し、重箱の隅をつつくように執拗に論文の文言修正を指摘していた。、、、こいつは粘着気質か? 

 私の知っている生命科学の研究では、普通、ある作業仮説を検証するための実験は何通りも考え得るものである。しかしそれを全てやる研究者は普通はいない。それらを全てやったとしても、著しく研究内容の価値が高まるものではないし、100%の確度の結論が下せるようになるわけでもない。生命科学の実験は、ある条件に限った生命現象の一面を覗き見るようなものだ。それをいくら重ねても絶対の結論は得られない(何かを発見したとか同定したとかいう場合はそれもあり得るが、それは横に置く。この論文の場合は、解析的な仕事で仮説を確かめるという類の仕事である)。限りなく近づいても曲線が決して漸近線と接しないのと同じで、いくらデータを重ねても結論を支える知見としてはほぼ飽和してしまって完璧に結論を証明することはできないのが普通だ。それに、時間も予算も限られているのにそんなことをするのは現実的ではない。しかし、この査読者はそれを要求していた。これは妥当な査読コメントとはとても言えない。

 そしてさらに驚いたのは、それに対する著者の対応だった。

 この著者は、やっぱり何かが頭に来て気負ってしまったのかあるいはもともと粘着基質なのか、その査読者のコメントに逐一細かい反論をして見せ、その反論ごとに何種類もの文献を引用してかなり大部の文献リストまで作成していた。論文査読におけるやりとりとしては、私には経験がないくらい長い長い反論のメールを返してきたのだった。それもほとんどが科学的に意味のない子供の言い合いのような反駁だ。あるいは、査読者の意味のよくわからない追加実験要求に(意地になったかのように)応えたりもして、意味のわからないただ混乱を招くだけのデータを新たな図として付け加えていたりした。もう1人の査読者である私は、そんな幼稚な査読者と著者にはさまれて戸惑うばかりで、なんだか知り合い夫婦の痴話喧嘩に巻き込まれたような気分である、、。

 そこでできるだけ巻き込まれないように(巻き込まれることなんてないと思いますけどね)、「私のコメントに関しては充分に対処していただいている」として、「Accept(採択)」の結論にしようと思った。、が、、、追加実験のデータはあまりにひどい。研究の質を損なっているだけだ、、と思い直して、「この追加実験はもう1人の査読者のコメントに対処した結果だと理解はするけど、著者らの仮説を支持するデータになってないし、そもそも第三者である読者には意味がわからない("make no sense" というキツいかも知れない表現を使ってしまった)」と付記し、「Minor revision(若干の修正)」の結論に変えて雑誌社に返信した。そして、返信してしばらくしてから、科学論文の査読なのだから「なぜ仮説を支持しないのか」とか「なぜ意味がわからないのか」とかの理由を具体的に書くべきだったと後悔した。しかしそれよりも、その場を早く立ち去りたい「夫婦喧嘩を見た知人」の気分の方が強かったのだ。、実に後味の悪い論文査読だった。たまたま査読者と著者の相性が悪かっただけなのか、イマドキの中堅雑誌の査読って、あんなものなのか、、。なんか、世界の科学は大丈夫か? と余計な心配までしてしまった。

 そして今朝、雑誌社からその論文の取扱の最終結論を伝えるメールが届いた。「Minor revision」だった。私が再査読の返信をしてからずいぶんと時間が経っていたので、気になってその雑誌社からのメールを見ると、査読者が5人に増えていた。査読者の意見が大幅に違ったときは、査読人数を増やすことはよくあるが、、それにしても3人も増えていた(この3人は実に大人なコメントをしていた)。ところが、、あの粘着基質の査読者は再査読を拒否したとみえて、そのメールには彼(彼女?)のコメントは全く載っていなかった。もうっ、文句を一杯書いたのなら、最後まで責任もって査読しろよ、、、。

 最後は大人な結論で終わってホッとしたけれど、、、ほんと、世界の科学は大丈夫か?、、、、、

*:その結論が定説あるいは事実として受け入れられるためには、その結論に基づいて第三者が異なる目的で実験を構築して良好な結果を得るようなことが繰り返されなければならない。


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posted by Yas at 18:57| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月20日

「わかりません」は禁句にしたい

 前回からの続き(続編モノにするほど、話題がたくさんあるわけではないんですけどね、、)。

 16日。泊まっていた岡山三井ガーデンホテルで目が覚めたら、まだ頭のなかで「外は白い雪の夜」が鳴っていた。ちょっとだるい。朝食をとってタクシーで岡山大学医学部のある鹿田キャンパスに向かう。この日の講義の相手は学部3回生である。これまで様々な大学や学部で細菌学の総論や各論の講義を仰せつかってきたので、私には色んな話題を提供できる準備があるのだけれど、松下教授は「細菌毒素学の話題でみっちりやってくれ」とおっしゃる。そうですか、それではと「細菌毒素」だけの話題で3時間の講義をすることになった。基礎編60分、実例編60分、研究編60分。そんなマニアックな講義は全国を見回してもなかなかないんじゃないかと思う。

 いつもここで書いているが、私の講義はQ&Aを交えた会話形式である。これを私は talking class と呼ぶ。それぞれの話題ごとに次々と学生さんに質問をしながら講義を進めるやり方だ。この質問は学生さんの知識を問う類のものではない。わからなければウソでも口から出まかせでもいい、自分なりに論理的な説明をしてくれればよいのだ。そんな時に人は最も頭を働かせる。そういう作業を学生さんにして欲しいと思って質問しているのだ。いくら知識を問わないと云ったって、論理建てて説明するためには最低限の知識は必要だが、それを駆使して必死になって小理屈をこねてくれれば最高に嬉しい。そう思っていつも質問をしている。

 もちろん、こういった講義が楽しくなるかどうかは学生さんの回答の質に依存する。ところが、残念ながらこの時の講義は低調だった。みんな反応が鈍い。多くの学生さんは、基本的な生物学の知識が足りないように見えた。質問されてもまるで他人事のように空疎な受け答えをする学生さんも何人かいた。おかげで、いつもなら3時間でのべ120〜130人に質問するところが、この日は調子が悪くてその半分にも質問が進まなかった。こういう講義は時々経験するが、いつも同じ大学で同じように経験するわけではないので、決して岡山大学の何かに特有の問題があるわけではないと思う。実際、6年前の岡山大学医学部では実に楽しく質疑応答ができた。だから、たまたまこのクラスがそんな雰囲気だっただけなのだろう。しかし、、、。

 「学生さんには、自分の生活に関わる現実世界と教科書に載っているリアリティのない学問の世界があって、後者は自分に関わりがないと思っているんです」と松下さんが済まなそうに云う。体調が回復して、講義を見に来てくれていた岡大准教授で私の後輩のニシキくんも「彼らは知識の断片はあるんですけど、それぞれを関連付けて考えることができないんです。だから、知識の断片だけを『穴あけ問題のように』尋ねれば、かなりの正答率になるんですけど、論理的思考を要求されるとその断片的な知識も出なくなるんです」と寂しそうに云った。通年のカリキュラムに則った講義をしたことがない私には何も言えないけれど、二人の言葉に思い当たることはある。確かに、私に質問されると、多くの学生さんは質問に関した記憶を頭の中でただ探っているだけのような、無機質な顔になっていたような気がする。そこで一杯一杯になっていたら、論理的な思考なんかできるわけがない。

 でも、6年前は楽しかったよと言うと、「少し前に講義シラバスの細分化と強化が進んで、結果として大量の知識偏重の講義になってしまったのが影響しているのかもしれません」という答えが返ってきた。松下さんやニシキくんの話を聞く限り、岡山大医学部は様々な面で学生の教育にかなりの腐心をしている。けれど、肝心の講義カリキュラムが定型化しているために、◯✕問題や穴埋め問題しか答えられない学生を育ててしまっているとしたら残念なことだ。彼らは、一体いつになったら論理的な考え方ができるようになるのだろうか? それができなければ医者など務まるわけがないのは確かだ。臨床の現場に出てはじめて物事を考えるようになるのだろうか? 大学教育ではそういうのはもはや無理なのか? 学部も大学院学科も独自に持たない、学部の先生方の苦労も知らない附置研究所の教員だが、ちょっと心配になった。

 そんな話をしながら松下、ニシキ両先生と昼食をとったあと、岡山駅まで歩いて新幹線に乗った。
 来月には京都府立大学・生命環境学部で講義がある。ここでもやっぱり学生さんにたくさん質問をして、talking class をするつもりである。


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posted by Yas at 16:31| Comment(2) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月04日

研究室の人数

本年度の研究室の集合写真を撮った。総勢14名。

多くも少なくもない普通の規模のラボの人数だ。が、実はうちの研究室にとっては、今年の14人というのが史上最多人数になるのである。

DSC01348.JPG自分の研究グループを持って16年、教授になって13年。その間、メンバーの数は多くても8−9人くらいだった。べつに、たくさんのメンバーがいるビッグラボを望んでいるわけではない。でも、少なすぎては研究の最低限のクォリティーを保つのが難しい(とか言いながら、実際はかなりつらい時期もあったけど)。これまでの変遷を思い返してみると、ラボの人数は獲得研究費の多寡や、研究の進捗や成果とは全く関係がなかった。研究費が比較的潤沢にあってもメンバーが少なくて困ったことがあるくらいだ(あんまり書くと怒られるけど、その時はつまり、予算が余り気味で困った。、、、あくまで昔のことね)。その逆のパターンの、獲得予算に対してメンバーの人数が多すぎて研究費が足りなくなったということは幸いにもなかった。これまで少人数だったから、それなりに何とかなったわけだ。

このブログでは何度も書いているけれど、数年前に研究室のプロジェクトを大幅に方向転換させた。その前後の期間に、もし新しい学生さんがたくさんやって来ていたとしたら、それぞれに研究テーマを与えるのにも一苦労しただろう。しかし今はもういくつかのプロジェクトが動き始めているのでそういうことはない。もし人数が増えて問題があるとすれば、新人のためのスペースの確保だろう。もしそうなったら新しいデスクを買って、今は精製機器やディープフリーザーが置いてあるだけの上階の別部屋を整備しないといけないのかもしれない。それと、ボスとしての私の能力にも問題があるかも。メンバーが増えてプロジェクトの数があまりに増えると、きっと私の手に負えない。それに私は人間関係を丁寧につくり上げるタイプではない(つまり、人づき合いがゾンザイだ)から、たくさんの人間がラボをウロウロしていたら、それに耐え切れず精神的に病んじゃうかもしれない、、。

ということで、あと3−4人。総勢17−18人が限度だ、、と、研究室への参加希望者が殺到しているわけでもないのに、勝手な心配をしていたりする、。


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posted by Yas at 18:24| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月28日

京都だまる子だ鴨川だ

先週金曜日は京都府立医大で出前講義した。この講義は3年目。毎年の講義だけれど、受講する学生さんは毎年違う(あたりまえですけど)。今年の学生さんは一言で云うと「『堅実』だけど頭を使わない」。私の繰り出す質問に対して、知っていることに関してはかなりの正解を答える。だけど自分で考えないので、条件を設定して「どう思う?」と質問すると、何も答えられない。こうした学生さんの反応は、実は毎年違う。大学によっても違う。んで、この大学にかぎらず何回かに1回位は楽しそうに奔放に口から出まかせを言う(実は、私はそんな受け答えを学生さんに求めている)学生さんがたくさんいるクラスに出くわすのだが、今回はちょっと惜しいけど、そこまではいかなかった。

京都府立医大は鴨川西岸にあって、キャンパスから直接河原に降りることができる。講義前に時間があったのでその河原にでてみたが、のんびりと散歩する人たちやベンチで佇む人たちで、実にゆったりうららかな雰囲気が満点で少し癒やされた。さすが京都である。(あ、そうだ。この昼は、京都高島屋に勤める高校同級生のバンちゃんに昼飯をおごってもらった。バンちゃんありがとー) 思えば受験生のころ、「京都の学生さん」に漠然と憧れていたものだ。志望学部の関係や当時の家庭の事情で、願書を出すことも受験することも実際にはなかったのだが、そのせいか、ほのかな憧れはかえってしっかり心のなかに残ってしまった。京都に来るといつもそのことを思う。

IMG_2102.JPG講義後、かねてからの約束通り京都府大のオカさんと五条木屋町で食事をした。高瀬川や鴨川を望めるお店で、美味しいお酒をいただく。写真は二軒目のお店のフスマにあった「ちびまる子」。以前に来店したさくらももこさんが、マネージャーの止めるのも聞かずに興に乗って描いたらしい(隣に、とも蔵じいさんの絵もあった)。靴を脱いで上がる京町家風のバー、美味しいお酒、窓の外には鴨川〜♪(字足らず)。京都だ京都だ。

んで、飲んでる最中に、そのオカさんから京都府大での講義を依頼された。学部を持たない附置研の職員は、外部から依頼された講義はできるだけ引き受けるべきである、というのが私の思い込みである。ということで、近いうちに再び、京都の大学で講義をすることになった。

京都の学生さんにはならなかったけれど、京都の大学で時々講義や講演をやっている。高校生時代には思いもよらぬ36年後である。


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posted by Yas at 23:12| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月13日

昼はクネクネ

世は研究助成金報告書の季節である。

先週のあいだに取り掛かっていた論文を一度書き上げたので、土曜日はそんな報告書の作成だ。申請書と違って報告書を書くのにはそれほどプレッシャーを感じない(もう貰っちゃった研究費だからね、、)のだが、何種類もあるので手間はかかる。書かねばならない報告書の枚数が多いということは、それだけ助成金をいただいたと云うことだ。文句を言ってはバチが当たる。んで、時間はかかったけれどそれなりに仕上げることができた。

今月初めに通知された文部科学省(日本学術振興会)科研費の獲得状況も近年ではかなり良い方だったし、メンバーの仕事は順調にデータが積み上げられているし、やる気のある新人学生さんやその他の研究員が数人増えて、今春から堀口研はたぶん歴代で最多人数になった。一見、順風満帆風になってきた。ただ、肝心の論文を書き上げていかないと本当に順調とはいえないけれど。

でもとにかく、ここ数年では最も仕事が落ち着いてきたように思う。そこで、暖かくなってきたし、久しぶりに土曜日ポタリングをしてみた。

140412 at EveryTrail
EveryTrail - Findtrail maps for Californiaand beyond
目的地を設定すると、現在地から目的地までを直線で結んで示してくれる Car Navi ppoi という iPhone アプリをセットして自転車(この日はTikitくん)に取り付け、とにかく茨木−摂津を流れる大正川沿いに摂津まで走って、そこからひたすら直線で示された自宅の方向に向かって、街中を好き勝手に走ってみた。こうすると、目的地(この場合自宅)の方向を間違うことなく全く知らない街を楽しくポタリングできる。これが、小さな発見がたくさんあってとても楽しい。大阪にもまだまだちっとも知らない街がたくさんあるのだ。



IMG_2078 - バージョン 2.jpgむかし、関西ローカルテレビでタレントさんがただ街中をウロウロ歩きまわる「夜はクネクネ」という番組があったが、こっちは「昼はクネクネ」だ。最後は伊丹空港の飛行機進入路の下を通って(ここでは、着陸する飛行機をこんなふうに迫力たっぷりで見ることができる。)伊丹市内に帰った。

ふひー、気持よく走ったわいと満足してこの日は寝たが、今朝、目が覚めてみると身体が熱っぽくて、ノドが痛い。、、どうやら風邪を引いてしまった。、、

何でもかんでも気持ち良くうまくいくなんてことは、あんまり無いということですわ。


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posted by Yas at 19:23| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月09日

タマに「集中」の神が舞い降りるのだ

 私は元来、遅筆で遅読で集中力がない。およそこの商売には向いていない性質だと思うのだが、なんとかここまでやってきている。しかし今でも、研究教育に携わる大学教員としての仕事は私にとっては楽ではないのだ(まぁ、「仕事がラクだ」とかいう人はあんまりいないと思うけど)。毎日毎日、教授室でのたうちまわっているのだが、それでもタマに自分でも信じられないくらい集中できて仕事が進む時がある。今日、そんな時が久しぶりにやって来た。

 ちょうど関わっている論文の執筆が難物で、かなりの苦労をしていたのだがそれがウソのように今日は朝から筆が進む。論文構成もあっさりすっきりと整理し直すことができて、本当にやっと最終的なカタチが見えてきたのである。大きな達成感に浸って、嬉しくなってこれも久しぶりの、ブログの更新を今こうしてしている。

 思えば細菌学会からこっち、ずっと体調がよろしくなかった。これはもしかすると全てこの論文が原因だったのかもしれない。そうだ。ずっと身体がだるかったのも、下痢気味だったのも、高血圧も耳鳴りもピロリ菌感染も、全部この論文のせいだ。そうだそうだ、、と思いながら自転車で帰宅する。この季節の自転車通勤は、どのルートを辿ってももれなく桜満開のご褒美がある。おかげでさらに嬉しくなって超ごきげんである。

 この勢いで、明日はやっと初稿になる論文を仕上げるつもりである。もちろんこの論文には悪意のある改竄も捏造も悪意のない捏造も改竄もありません。


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posted by Yas at 21:55| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月02日

まだ2年も先の話(第87回日本細菌学会総会3)


 この第87回の日本細菌学会総会では、再来年の総会を担当する総会長が決定する。その総会長の任がなんと私に下ってしまった。

 話は2ヶ月ほど前に遡る。ある先輩の先生と出張先の老舗料亭でお酒をいただきながら色々とお話をしていて、自然と話題が細菌学会のことになった。先生は、学会の運営が苦境に立たされているということでひとしきり心配の言葉を並べられ、そして「そうですねぇ、そうですねぇ」と相槌を打つ私に「ところで、再来年の総会長にキミを推すという動きがあるみたいなんだけど、、」とニコニコしながら仰った。しまった。学会の苦境話に相槌を打った手前、ここで私があっさりお断りするわけにはいかない。「うー、あー」と適当にごまかそうとする私に、この先生は、総会長としては若い私が学会を引き受ける意義や、負担をかけずに総会を運営するやり方などを熱弁されたのだった。翌日、帰阪する列車の中で、細菌学会理事長が私の居所を探しておられるというメールが追いかけるように届いた。さらに数日後、理事長と電話で何度かやりとりして、結局お引き受けすることになった。

 会員数が減少しつつある学会とはいえ、この年齢で総会長を務める例はあまりない。一方で「若いんだから、斬新な企画をして学会を盛り上げてくださいね」のようなプレッシャーも感じる(というか、実際に数人の先生にそのような意味のことを言われた)。しゃぁない。まだ2年も先の話だが、今からまじめに考えちゃる。
 んで、まだ2年も先の話だが、規模が規模であるだけに会場は早めに押さえておかなければならない。んで、学会運営会社に依頼して、すぐに会場を決めて予約していただいた。その会場は大阪国際交流センター。実は、私の生まれ育った上本町にある。幼なじみの皆様、小中学校の同窓会でも度々使った会場でございます。再来年、お邪魔します。、、、別に断る必要もないが、一応お知らせまで。

 まだ2年先の話だが、ホントに今からまじめに企画を考える。と、自分にプレッシャーを掛ける私であった。 

* お知らせ。訳あって、ブログ更新の Facebook ページヘの告知を止めようと思います。Facebook を通じて当ブログを御覧頂いている皆様、すいませんが個別に当ブログページに訪問していただくか、RSSフィードをご設定ください。まもなくFacebook へのリンクを切ることにいたします。ご不便をお掛けしますが、何卒ご理解いただけますようおねがいします。


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posted by Yas at 23:28| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月29日

飲んで飲んで飲まれて飲んで(細菌学会総会1)

 この25日から28日まで、東京で開催された第87回日本細菌学会総会(会期は26-28日)に出席していた。ラボからは安倍、新澤、おかけー、サーヤも参加した。
 25日の夜に東京入りし、門前仲町の「魚三酒場」で群馬大学の富田さんのセットしてくださった飲み会に出た。富田さんは相変わらずである。どう相変わらずなのか、業界の方なら皆さんよく知っておられるが、、、教授になってもほんとに相変わらずである。
 このときは総勢8名。「魚三酒場」というのは新鮮な魚を格安で提供してくれる超有名店である。私は昔から門前仲町が好きで、しばらく定宿をその界隈で決めていたことがあるのでこの店のことをよく知っている。ただしいつも満員なので入ったことはなかった。その憧れの店でお酒を飲めて楽しく過ごさせていただいた。二軒目を出たのが12時前。そこから今回のホテルのある浜町まで歩いて帰る。

 次の日。学会初日。細菌学会総会は7年ほど前から、一般演題がポスター発表になり、プログラム委員会や総会長の提案によるシンポジウムやワークショップの各テーマでまとまった研究成果が講演されるようになった。このことによって、本学会は以前と比べてずいぶんと学問的に興味深い話題を議論できる場を提供できるようになった。今回も朝からセッション会場に居座って、昼は各種委員会の会議に出席。午後からはまた別のセッション会場で夕方まで過ごして、その後はポスター会場でワイワイと議論したり近況を語り合ったり、、、。んで、国立感染研の岩城さんにお誘いいただいて、この夜は都営新宿線森下駅近くで深川ムード満載の見知らぬ飲み屋さんに入ってみると、お客さんが誰もいない。店内の一部は照明が消されていて薄暗い。、、、と嫌な予感がしたが、料理は美味しくて静かで(他に客がいないからね)実はとてもいい店だった。いい店で話は弾む。そしてばかみたいに飲み続ける我々を見て、女将さんがあきれてまだ2−3割中身が残っている一升瓶(酔鯨だったか?)をくれた。この時のメンバーは岩城さん、藤永さん(微研)、三澤さん(宮崎大)、三宅マミちゃん(府大)と、シンザー、サーヤの7名。

 総会二日目。この日の夜は懇親会だ。その後は「若手懇親会(といっても年齢制限はない)」だ。このダブル懇親会では年上・年下を問わずたくさんの先生方とお話させて頂いた。懇親会では久保田萬寿、羅生門、十四代などの日本酒を美味しくいただいた。粋なお酒をご用意くださった総会長の渡辺治雄先生、ありがとうございました。若手懇親会では、普段飲まないアサヒスーパードライブラックをたくさん飲んだ。

 最終日。ポスター発表していたサーヤの演題が優秀賞に選ばれた。仕事は未完成なのだが、どこを評価していただけたのか。シンザーの指導で作成したポスターが見やすかったのか、どこかに将来性を感じていただいたのか、それとも再来年に総会長を仰せつかった私の研究グループへの配慮か(そんなことはないやろ)。学会プログラムが全て終了して、東大医科研のミムミムのグループと「どこかでお茶をしますか」と東京駅構内で適当な店を探すがどこも満員で断念して、そのまま帰阪する。その代わり(なにがその代わりかわからんが)、同じ新幹線で帰ったマミちゃんとサーヤと新大阪駅で飲んだ。この時に入った店も(チェーン店なんだけど)、思いのほかしっかりした美味しい肴を出してくれた。

 いつもながらよく飲んだ、いつもの学会であった。

  (総会の話題はまだしばらく続く)

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posted by Yas at 21:41| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月12日

奇縁

研究室のプロジェクトの方向性を大きく転換させて4年目を迎えた。転換の中身を簡単に言うなら「毒素の生化学」から「感染現象の解析」ということになると思う。これ、もう少し説明しないとわかってもらえないと思うけれど、それは紙面の都合で(ホントはめんどくさいので)割愛させていただく。とにかく、毒素分子のマニアックなあーしたどーしたから感染現象全体に仕事の話題を広げたので、その分、われわれの研究に興味の目を向けてくださる人が以前よりも増えたように感じている。

その一番手が、財団法人阪大微研会かもしれない。われわれは単にザイダンと呼んでいる。昨年、ザイダンの理事長に元阪大教授、元医学部長で元医薬基盤研理事長の山西弘一先生が就任された。ちょうどわれわれの新しい仕事でデータが出始めたのでその話を申し上げたら「もっと話を聞きたいので、研究所のある観音寺に来てくれ」とさらに話を聞いて下さって、直ちに共同研究を結ばせていただく運びになった。この間、数ヶ月。この手の話の進展度合いとしてはかなり早い。ありがたいことである。そうして、先週に、共同研究員としてザイダンからスズキくんが配属されてきた。

IMG_2063.JPG非常に折り目正しいオトコである。岡山大学大学院出身。話を聞くと、なんと私の大学時代の研究室の後輩のニシキくん(現岡山大学大学院准教授)の薫陶を受けたという。ニシキくんは、大学院時代にB型ボツリヌス毒素の受容体がシナプトタグミンであることを解明した男である。いまも開口分泌の研究をやっているそうだ。そのニシキくんが「スズキくんは、ガッツがあってよく勉強して、能力の高いとても優秀な大学院生でした」という。

ふむ、、。では弟弟子の弟子であるからして、スズキくんは私にとって甥弟子に当たるのか、、、? 学究の世界で師弟関係を振り回すのはあまり好きではないが、それでもやはり弟弟子が絶賛する人ならば、安心できるのでありがたい。

今から何年間に及ぶのかわからないが、、スズキくんこれからどうぞよろしく、、。


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posted by Yas at 23:23| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月10日

Misty

 さらに前回の続き。

 どんなに優秀な研究者であっても、一人で論文を科学雑誌に公表するのは不可能である。その辺は当たり前だがブログなどとはずいぶん違う。まず原稿の段階で、論文は研究グループの間で何度もやりとりされて修正される(はずである)。雑誌社に投稿すれば、科学者である academic editor の手を経て、一般には複数の査読者に回されて内容を精査される(はずである)。つまり、論文が公表されるまでには、執筆者以外の多数の科学者が論文をチェックする(はずである)。一方、当時私が関係したこの不正行為は、全部で30件以上、1件に数カ所から数十カ所の不適切なデータの貼り合わせや重複が認められた極めて悪質なケースだった。それがなぜ、8年間も誰からも指摘を受けることなく続けられたのか? 残念ながら、査読者がまともに査読していないことを伺わせるような論文は巷の科学雑誌にあふれているので、百歩譲って、査読の段階では上手くチェックの目を逃れられたということにしておいてもよい(よくはないが)。しかしそれでも、同じ研究グループの人間がなぜ8年間も、100カ所以上ものデータの不正使用を見抜けなかったのか? 

 調査を始めた時、私はひと目で不正使用を発見することができた。別に私の目が良いというわけではない。実に無造作にデータが使いまわされていたのですぐに見つけることができただけである。大した隠蔽工作をするでもないおびただしい数のデータの使い回しを見て、鳥肌が立つほどだった。私の調査結果を見た知人は「この人は、ほんとは不正行為を見つけて欲しかったんじゃないか?」とまで言った。それが、長年の共著者であり論文の内容に応分の責任がある研究者たちの目には止まらなかったのだ。不思議でならない。

 共著者の一人は「彼/彼女が、そんな不正行為をするなんて信じられない」という言葉を繰り返した。「共著者である以上、あなたも『不正行為をした』ことになるんですよ」と私は思ったが、私の役目は調査であって糾弾ではないのでそれは言わずにおいた。別の共著者は「私は何も知りません」と憮然としていた。私は、共著者が何も知らないなんて言うべきじゃないでしょ?と思いながら、被害者然としているその人を眺めるばかりだった。それと、あの筆頭著者の憔悴しきった顔。奇妙な印象だけが残った。私がこの件で知っている話はこれだけである。その後の調査委員会の報告では、私が当初報告したものよりも小さい範囲で不正を認定し、ほぼすべての論文の筆頭著者で説明責任があるとされた研究者は所属機関を去った。

 あの筆頭著者は果たしてデータを流用することが不正行為に当たると理解していたのかどうか。私は今でもよくわからない。もしかすると「結論に間違いはないのだから、データなど流用しても構わない。論文の中身が杜撰でも構わない」と本気で思っていたのかもしれない。あるいはそんな考え方が普通であると錯覚するような経験をしたのかもしれない。

 今や、研究に関わる多くの人間が研究のインパクトや新規性やストーリーの整合性ばかりに気を取られて、論文の客観性や正確性には注意を払わなくなった。研究グループ内においても、論文の査読段階でも、さらには出版社の編集者の頭のなかにも、そんな悪習(悪臭でもいいか)が蔓延るようになったと感じることが多い。研究員や学生の書いてきた論文の Introduction や Discussion には熱心に添削を入れて意見を言うが、Materials & Methods や図表やその legend (説明文)は全く見ないという指導者が結構いる、という話も聞く。科学雑誌の数は増える一方で、しっかりとした倫理観と方法論をもってしっかりとした論文を書ける研究者は、もしかして減っていくのか? 悪貨は良貨を駆逐する。いま、そんなことが起きているとしたら、間に合わなくならないうちに、若手研究者や学生を指導する立場の人間は厳とした論文作成の指導についてまじめに考えるべきだ、と思う。

 以上、最近のSTAP細胞にまつわる一連の報道を見て私が思い出したことを先月末からダラダラと書いた。私の経験した不正行為の事例と今回の STAP 細胞の不正疑惑は、とても状況が似ているように感じている。 


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posted by Yas at 20:23| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月08日

It's a sin to tell a lie 2

 前回の続き。

 この一連の論文データの不正使用の調査が始まった当初、説明責任のある研究者側からは不正箇所ごとに三通りの対応が示された。いわく、「著者が確認したところ、『問題ない』と判断する」「データの重複等を確認したが、不注意によるミスである。再実験をして再度データを提出する」「データの重複等を確認した。不注意によるミスである。出版社に著者訂正を申し出る」というものであった。
「『問題無い』と判断する」というコメントも「不注意によるミスである」というコメントも、問題を調べあげた側から見ればとても容認できるものではない。さらに納得いかなかったのは、前回に書いたように「(一連の研究結果とその)結論に間違いはない」という著者らからのコメントだ。「結論に間違いがなければ、データの使い回しなど(百歩譲ってケアレスミスならばなおさら)大したことではない」というコンセンサス(共通認識)がもし科学界に存在するのなら、誰が4日間もかけて不毛な調査などするものか。データが際限なく重複するような杜撰な論文は、科学への信頼を揺るがすものだ。そんな論文を許せるはずがない。その認識がないとしたら、それだけでも科学者としての資質を問われるべきだ。誠実さがない。私はその研究者のことをそう思った。

 科学における不正行為には、剽窃、改竄、捏造、二重投稿などがある。なぜ科学者はこうした不正行為に手を染めるのか。上司からの圧力で止むに止まれぬ状況になったのか、立身出世主義者が手っ取り早く一旗揚げるために企んだのか。この時の問題も、そんなことが原因なのだろうと私は漠然と思っていた。

 しかし、調査が始まると不思議な印象を受けるようになった。この時の問題で最も責任が重いとされていた研究者は、私が調査中に会った時にはかなり憔悴して疲れているように見えた。調査のために提出を依頼した実験ノートや生データは保管が悪く、またそもそも記録を正確に残すことをしていなかった(たしか、この人は『そういう習慣がない』と驚愕の説明をしたように覚えている)らしく、すでに存在しないものが多数に及んだ。コンピュータのハードデスクに保存してあったデータなどは、ある日、突然何者かに消去されていたという。にわかには信じられない説明である。そして、とにかく疲れきっているが誠心誠意調査には協力する、というこの研究者の奇妙な姿勢が強く印象に残った。少なくとも、手っ取り早く成果を挙げるために本人が自分で計画的に不正行為に及んだようには思えなかった。

 その後、私は調査委員会から外れた。しかし奇妙な印象は残った。事の発端となった最初の私の調査では、不正とみられるデータの修正や使い回しは、あの研究者が初めて筆頭著者となった論文から始まっている。その時、本人が大学院在学中かあるいは修了後だったのかは今では思い出せないが、どちらにしてもこれから研究人生を歩む最初の一歩を記すような論文で故意にデータの不正使用などするだろうか? またこんな話も聞いた。データの不正使用は電気泳動の内部標準の泳動バンドで多数見られたのだが、その人は「内部標準などというのは、何度やっても同じようにバンドが出るので実験毎にデータを取るのは無駄である。だから写真を使いまわした。何の問題もないはずだ」と弁明したという。これはつまり、本人が実は科学的な考え方を涵養するような教育をまともに受けてなかったのかもしれないことを示している。

 ところで、一連の問題の論文はほとんど全て同じ研究室から発表されている。だから、その研究室に属する何人かは問題となるすべて(あるいはほぼすべて)の論文に共著者として名を連ねている。

 この人達は一体何をしていたのか? 、、、、つづく。


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2014年02月28日

It's a sin to tell a lie

 前回の続き。ずっとずっと昔の、ある時ある所で起こった出来事について書く。

 その頃私は、ある学会で雑務一般を受け持つ担当役員だった。円滑に学会運営ができるように雑多な仕事を処理するのが役目だ。色々な事例に対応しなければならない。ある日、ある学会員の関係する論文のデータに不正があるらしい、という噂が私の耳に入った。しかしその段階ではただの噂だ。忙しいのにそんな噂話にいちいち対応していては、いくら身体があっても足りなくなる。だからその噂話は噂話としてしばらく放っておいた。しかしその数カ月後、別の情報筋から全く同じ話を聞いた。別のところから同じ話、それも良くない話を耳にしてしまっては、そのままにしておく訳にはいかない。仕方ないので(ほんとにそんな気持ちだった)、その真偽を確かめるべく噂話のターゲットになっている研究者の論文をダウンロードして読んでみることにした。、、、すると、内容を理解する必要もなく、ひと目でその論文にデータの使い回しや改竄(かいざん)のあることがわかった。そうしたいわゆる「不適切な」データの使用は、電気泳動や細胞の顕微鏡写真などの画像データ、FACSプロファイル、データグラフにまで及んだ。

 信じられない気持ちで、該当の研究者の論文をリストアップして発表年順に調べてみると、不正使用があると思われる論文は8年間に発表された15篇以上で、不正件数は30件以上。1件の不正使用に数カ所から数十カ所のデータの使い回しや改竄が見られ、それは150カ所を超えた。凄まじい数のデータの不正使用である。同じデータが別個の論文にわたって使用されている例も多数認められた。ある論文では、サンプル数が8種しかないのに、そのサンプルの内部標準だけがなぜか9種ある電気泳動像(つまり、1枚のゲルの電気泳動の同じレーンであるべきところが、試験データと内部標準でレーン位置がずれている)まであった。このデータを掲載した雑誌は、いわゆる中堅の、研究者から信頼されていた(はずの)雑誌である。この論文を査読したレビューアの目は全く節穴であると云うしかない。数十枚の顕微鏡写真から構成された図では、そのうちの3分の1ほどが縦横の比率を変えたり微妙に視野をずらした同じ細胞の写真だった。そしてそれらの写真は複数の論文で使いまわしされていた。

 研究の不正行為、すなわち論文に掲載された実験データの不正使用の調査などという行為は、このうえもなく不毛である。正確で詳細な調査には膨大な時間を要する。そして誰も得をしない。そんなことを思いながら4日間かかってすべての論文を調査し、報告書を書いた。それを学会が受理し、所轄省庁に報告した。そして、該当の研究者が所属する機関に調査委員会が設置された。私はその調査にもいくらか関係することになった。その調査中に何度も耳にしたのが、説明責任のある研究者側が口にする「結論に間違いはない」というセリフであった。

 つづく。

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posted by Yas at 22:33| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月23日

「研究成果そのものは正しい」と言ってしまう不見識

 現役の研究者としては何とも書きづらい話を、ちょっと書いてみることにした。

 先月末に発表された STAP 細胞の論文および以前に公表された関連の論文で、掲載された実験データの画像に不自然な点があるという問題についてである。新聞記事にもなったのでご存知の方も多いと思う。現在、関係機関等で調査中というのでその中身については問わない。書きたいのは、この問題を調査すると発表したその時に関係機関が「現時点では、研究成果は揺るぎないと考えている」とコメントしたことについてである。私は、まるで「結論は正しいんだから、まぁいいんじゃない?」と聞こえるようなこの言い方が気に入らない。とくに、この言い方が気に入らないと強く感じるきっかけとなった経験もしたのだが、そのことについては後述する。

 「結論は正しいから、まぁいいんじゃない?」? 冗談ではない。研究の世界は結論(成果)が全てではない。適正なルール(作法と云ってもいい)に則ったコミュニケーションのあり方そのものも、科学全体の質を維持するのには重要なのだ。科学の世界のコミュニケーションとは、つまり、論文である。科学論文は一定のルールに従って作成されるべきで、これに従わない論文は質の良くない論文ということになる。「結論は正しいから、いいんじゃない?」と、質の良くない論文ばかりが横行すると、科学の質も必ず低下する。

 科学論文の内容や構成には一定のルールがある。「要約・導入・材料と方法・結果・考察」の各セクションで構成され、「結果」で示したデータを獲った実験の方法は全て「材料と方法」のセクションに記載されなければならない。読者はそれを見て、論文に書かれた実験をそっくりそのまま再現できなければならない。「結果」では実験を発想した経緯を簡潔に述べるのはよいが、それ以外は淡々と実験結果のみを述べるべきで、「考察」では「結果」から言及できる理論あるいはこれまでの研究と今回の結果との関連性や普遍性、矛盾について簡潔に述べる。そこには無駄に敷衍した議論や粉飾があってはならない。ざっと挙げてみれば、こんなところが論文作成の基本的なルールだ。無論、実験データの使い回しや捏造はもってのほかである。そこには「単純なミス」では許されない厳格さが求められるべきだ。

 ところが、もしかすると私の専門分野だけのことなのかもしれないが、こうしたルールから外れた粉飾に満ちた論文が、最近、特に超一流と言われる雑誌でよく目にするようになった。論文全体は、売りになるデータ(インパクトのあるデータ)を飾り立てるためのきらびやかな修辞に満ちているが、細かな検証性に欠けている。本文に説明のないデータが図表として掲載されていたり、本文で指示された番号の図表が実際には存在しなかったり。冗長なデータが「Supplemental Information」としてダラダラと掲載されているわりに、「材料と方法」を読んでも情報が足りないために論文に記載された実験を第三者が再現することはできない。全てとはもちろん言わないが、こういう論文が際立って横行するようになった。このような論文を読むたびに「結果は正しい(すごい)のだから、細かい論文の内容は別にどうでもいいでしょ?」と言われているようで実に不愉快になる。

 以前、投稿した論文のレビューアに「『結果』のセッションにもっと実験方法を書け」とコメントされて激昂したことがあるが、こういう出来事も、質の良くない論文が横行している現状と(結果か原因かは知らんが)関係があるに違いない。また、少し前に Dr. Schekman が超一流雑誌を批判して話題になった(日本語速報はここ)が、これも同根だと思う。もし、STAP細胞の関係論文に不適切なデータの取扱があったとしたならば、それも今の風潮とは無関係ではないはずだ。とまぁ、この辺で「超一流雑誌に論文を掲載したこともないホリグチがエラソーなことを云うな」と言われそうだから、この話はとりあえず置く。

 しかし研究や論文作成の作法を軽視した仕事はやはりキライだ。それは「結論は正しいのだから、まぁいいでしょ?」などと言われても変わるはずはない。もともと、私は大学院時代にボスから論文作法を徹底的に教育されたからだと思うが、それだけではない。ずいぶんと以前、実は私は論文不正の調査に関わったことがあるのだ。次回(いつになるか知りませんけど)は、そのことについて書く。
 

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posted by Yas at 19:17| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月05日

人間科学部での卒論発表

 当研究室には、人間科学部所属の異色の学生さんテルテル・チョコチップス(最近は縮めてテルチ−と呼んでいる)がいる。彼女の学部一年次に私が開講していた「基礎セミナー」という講義シリーズが縁で研究室で実験を始めるようになったのだが、そもそも人間科学部と微生物病研究所には教員が兼任したり教育カリキュラムを共有したりという仕組みがない。そこで、彼女は人間科学部の先生に直談判して卒論テーマに微研での実験研究を選択する許可をもらって実験をできるように自分で環境を整えた。それだけではない。昨今の生命科学研究では遺伝子操作に関わる実験は不可欠だが、そのような実験に従事するためには、それに対応する講習や健康診断を受けなければならない。そのためには微研でのなにがしかの身分が必要である。本来、人間科学部とは交流のない微研だが、そこは同じ大学だ。事務方の努力であっさりと微研での身分が保証された。同じ学内だから当然といえば当然なのかもしれないが、やはりこの辺りの大学の柔軟性はありがたかった。

 そのテルチ−も4年次までの全てのカリキュラムを終え、卒論を書き、残すは卒論発表だけとなった。今日は、その卒論発表会があった。これまで人間科学部の先生方には無理をお願いしておきながら、一度もご挨拶に出向いたことがない私だったが、この日ばかりは会場に出向いて本人の発表に立ち会うことにした。発表会が始まる前にはもちろん、担当の中村安秀先生にもご挨拶申し上げた。

 テルチーの所属するのは、人間科学部グローバル人間学科である。実験科学の分野ではない。一般にはテーマに沿ったフィールドワークと文献分析で卒業論文を書く。今日の卒論発表会でも、プログラムに並んでいる卒論テーマは
「外国ルーツの子どもへの学習支援における学生ボランティアの役割」
「グローバル社会における帰国生としての特性と自己意識」
「フェアトレードはなぜ日本で広まらないのか」
「日本における仮放免者問題」
「ムスリムとの結婚」
等々である。一方、この発表会でテルチーが発表するのは「百日咳菌壊死毒(DNT)の細胞受容体探索」だ。どうしたって浮きまくる。聴いている私はなかなかビビッドな気分で楽しかったが、しかし、分野が異なるとこんなにも違うのか? と驚くほど、スライドの使い方や発表の作法も違う。テルチーの発表時には、会場に妙な緊張感が漂って、参加学生たちはまさに水を打ったようにしんと静まりかえっていた。

 科学的に物事を考えるセンスに恵まれている、というのが私のテルチー評だ。だからこそ「基礎セミナー」の受講生だった彼女を実験に誘ったのだけれど。、、、そして確かに彼女は、ある程度のヒントを与えるだけで完成度の高いスライドや講演原稿、それに卒論まで作成してきた。学部生としては出色の出来といってよい。しかし、決して、それだけで良質の研究ができたり、研究者としてやっていけたりするわけではない。テルチーはこの春から医学修士課程に進学して正式に微研の学生になる。んで、これからきっとたくさんの壁にぶつかると思う。自分の経験をもったいつける気はないが、そうしたたくさんの壁を乗り越えられないとプロの研究者にはなれない(ホントのことだ)。

 テルチー、キミはきっと壁にぶつかる。ボクはその時を楽しみにしている。ふっふっふ。


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posted by Yas at 23:30| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月30日

熊本・長崎・STAP細胞

一昨日から2泊3日で九州に出張していた。初日は熊本大学、2日目は長崎大学で用務があり、3日目に帰阪するという旅程である。

同時期に出張依頼を受けたので、日程のアレンジをお願いして一度の出張で熊本から長崎に回れるようにしたわけだ。九州出張は、福岡以外なら、大抵は飛行機で往復を考える。しかし今回は中日に熊本から長崎に移動しなければならないし、九州新幹線も開通したことでもあるし、何より飛行機の国内出張は結構慌ただしくて疲れる。ということで今回の出張は、すべてを陸路で済ませてみることにした。

熊本には新大阪から新幹線で3時間半ほどで着く。そう書くと近いようだけれど、さすが九州である。大阪に比べてずいぶん暖かい。朝の寒さに恐れをなして、コートにダウン裏地を取り付けて出発したのだけれど、熊本では暑くて大汗をかく羽目になった。熊本大学での用務はプレゼンのプレゼン。熊本大学マーケティング推進部・研究推進ユニットという部署からの招聘で、教職員・学生向けのいわゆる啓発に「プレゼンテーションのやり方」を講演するというものだった。

seminar_140128.jpg講演が終わったあとでポスターをアップしても仕方ないんだけどね。一応、記念に。

熊本大学医学部の会場は満員。お世話いただいた先生方の話によると、強力に宣伝を張ることも動員をかけることもせずに、異例の140名の参加希望申し込みがあったとか。これは、連載や単行本の出版でお世話になった羊土社さんやその月刊誌「実験医学」の認知度によるところが大きいのだろう。嬉しいけれど、しかし、これは私の本業ではない。もし、細菌学の話題で熊本大学医学部で私が講演をしたとしても、こんなに沢山の方々が集まるとはとても思えない。そう考えると少し複雑な気持ちになる。講演の後は、お世話になった事務の方々や先生方と、夕飯をご一緒させていただいた。副学長の原田先生をはじめ、皆様方、色々とありがとうございました。

DSC01341.JPG次の日。朝早くホテルを出て熊本港から有明海を渡り、島原・諫早経由で長崎に向かった。普通はJRで陸路を行くべきなのかもしれないけれど、長崎での用務は夕方からなので時間はある。島原から島原鉄道とJRで、長崎までは1時間半ほどだから遠回りというわけでもない。と、、思っていたのだけれど、その島原鉄道は日中は1時間に1本程度しかないのに気がついたのは、島原外港駅に着いてからのことだった。、、おかげで、テレビ大阪(テレビ東京)の土曜スペシャル「なんとか縦断ぐるり旅」みたいな情緒たっぷりの移動になった。まぁゆっくりできてよかったというか、ちょっとイラッとしたというか、、。

長崎大学では熱帯医学研究所の平山壽哉先生のところに出向いた。平山先生はピロリ菌が産生するVacAという毒素の研究で素晴らしい成果を上げられている。いわば、私のテーマの一つである細菌毒素研究の大先輩にあたる。それだけではなく、公私にわたって色々と私に目をかけてくださっている恩人でもある。研究にも学会活動にも誠にまじめに取り組まれていて、私は平山先生から多くのことを学ばせていただいた。この日は、いわゆる仕事のディスカッションで招聘してくださったのだが、研究の細かい話、大学研究者としての考え方、学会運営についてと話題は尽きず、夕食のためにセッティングしてくださった料亭「花月」でも、延々と話をさせていただいた。

IMG_2042.JPG料亭「花月」は、幕末の志士が集まったことで有名である。何年か前に、「一度は『花月』で飲んでみたいですね」という私の何気ない一言を平山先生が覚えてらして、この日は私のために予約をとってくださっていたのだ。通された部屋は、小説「長崎ぶらぶら節」でも重要な舞台になったという部屋だった。、、「長崎ぶらぶら節」、、読んでないけれど、、。

その部屋で、平山先生と卓袱料理を楽しむ。もしかすると、サシで平山先生と飲むのは初めてだったかもしれない。いつも穏やかで機嫌の悪いところを見たことがない平山先生だが、この日はことのほか上機嫌で学生時代のことや定年退職後の計画など、いろんなことを話してくださった。平山先生、ありがとうございました。また、これからもよろしくお願いします。

そして出張最終日。長崎から博多経由のJRで帰阪する。4時間10分ほどの道のりだった。しかしそれほどゆっくりと車内で過ごせるわけでもない。初日の往路でもそうだったけれど、車中で過ごす半分ほどの時間は届いたメールの返事や、ちょっとした雑用処理で終わってしまうのだ。この日も、JR車内でかなり私にとって大変なメールを受け取った。そのことについてはいずれ(気が向いたら)ここで書くかも、、。

ところで、昨夜、長崎のホテルのテレビでSTAP細胞のことを知った。こりゃまぁ、えらいこって、、。ぜんぜん知らない人だけど、小保方晴子さんもこれから大変だ、、、

とりあえず、明日大学に行ったら論文を取ろうっと。


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posted by Yas at 20:40| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月27日

ちょっと節目の模様替え

 今年は、当研究室「分子細菌学分野」にとって節目の年であると自分で勝手に決めて、気分を変えようとメンバーの居室である部員室と教授室の整頓と模様替えを始めた。詳しいことはまた別の機会に紹介するけれど、部員室のミーティング用のイスを取り替えて、天井吊り下げの液晶プロジェクタとスクリーンを設置して、見栄えのいいように電気やLANの配線を整理して、少しばかり机の配置も変更して。

IMG_2013.JPG 教授室も、サイドテーブルを入れて作業スペースを拡げて、書棚を整理して古くなって少しくたびれた小物を入れ替えた。写真はその小物のひとつ、いやふたつ。手製の筆立てである。左の赤いのは息子、右のプラスチック製のものは娘が、たぶん幼稚園か小学生低学年の時に工作で作ったものだ。左の赤いのには、「おとうさん」と書かれているのがうっすらと判別できる。もう今は忘れてしまったけれど、その「おとうさん」にホロッと来て、仕事のデスクで使いはじめたのだろうと思う。娘のプラスチック製はともかく、牛乳の紙パックで作られた赤い筆立てはもうボロボロで、そこには何本ものチビた鉛筆とインクのでないボールペンが刺さっていた。鉛筆もボールペンも、もう使わない。息子と娘はそれぞれもう26歳と24歳になっている。

 そこで、長く長く使った筆立てだけれど、この機会に引退してもらうことにした。もちろん捨てずに仕舞っておくことにするけれど、この筆立ての交換は私にとっては今回の模様替えのシンボルみたいなものだ。これで心機一転、このラボの仕事は転機を迎える。と自分で思い込んでいる。

 ところで、この模様替えの機会にふと「今の iMac も、新しくてカッチョいい MacPro に買い替えるか?」と思ったら、途端にその iMac の調子が悪くなった。起動が遅くなったし、ファイルの保存にやたらと時間がかかるようになった。今日は Keynote を使ってプレゼンの準備をしていたのだけれど、その間に何度もフリーズするようになった。Mac ユーザーの間で秘かに語られる都市伝説、「買い替えを考えると現行機種の調子が悪くなる」という、あれだ。明日から出張で、とくに大きな Keynote ファイルを使ってプレゼンをする予定なのだけれど、、ちょっとヤバいかも。

 とりあえず、 MacBook Air に移したプレゼン用ファイルはなんとか動いている。でも iMac は調子が悪いままだ。まぁいいや、このまま調子悪けりゃホントに MacPro に買い替えてやる。


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posted by Yas at 23:18| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月07日

ぷぉーんぷぉーんと音がする

 先日から大量の書類を目の前にしてゴソゴソと仕事をしている。自分の研究に関係がないわけではないが、それほど興味をそそる仕事でもない。この仕事には、あまり余裕のない締め切り日が設定されている。それまでに、すべての書類を処理しなければならない。不愉快なわけではないが、愉快でもない。ただ悶々と1日のほとんどの時間を使ってこの仕事をしなければならない。そんな毎日を過ごしている。

 集中できるのは1時間半ほどだ。だから1時間半おきに20分ほど休憩を取る。そんな合間の時間に、ラボのメンバーと研究の進捗について話をしたりする。んで、このときはオカケーの論文の進捗が気になって話をしてみた。すると、どうやら私が昨年末に指示した、(彼が執筆すべき)論文のストーリーボード(フローチャートみたいなもの)の作成をいまだにやってない。、、、論文執筆というものを甘く見ているようである。

「先月の早い時期に言っておいたのに、どうしてしないの? だめじゃ〜ん」という意味のことを、私なりにはっきりと伝える。さらに、
「もう今月は2週間目に入ってるよ。先月の最終週にボクがキミに指示したとすると、もう2週間以上経っている。これが2回続くと1ヶ月だよ、。そんなこっちゃ、いつになったら論文が完成するかワカンナイでしょー」という意味のことを、私なりの言い方で言う。そして、
「どうしてボクが言ったことをしないの? そんなことでは信用されなくなるよ? だいたいキミは、机に座ってぼんやりとコンピュータを叩いてれば論文が何となく出来上がるとでも思ってるの? 言っとくけどそんな甘い考えでは、ずぇったい論文なんて書けないよ? 経験が足りないんだから、ひとつずつ少しずつ確実に論文の作成過程を踏まないと、、。ボクはそれができなくて論文を書けなかった人を何人も知ってるよ? どう思ってるのー?ねぇ?」という意味のことを、私なりに厳しく言って教え諭した。

 その間にどうやらテンションが上がってきてしまったらしい。突発性難聴になって以来、持病になってた耳鳴りが、説教の最中に急に激しくなった。左耳の中で、遠くでサイレンが鳴っているような音がする。ラボのみんなの声が二重に聞こえる。だめだ、このあと続きの仕事をしようとしたけれど、とてもできそうにないので、少し早いがそのまま帰ることにした。

「くそー、おまー、どうしてくれるんやっ。明日の朝、一緒にフローチャート作るから用意しとけっ」と八つ当たりの捨て台詞を置いて帰る。が、耳鳴りは止まない。気を紛らわせようと、帰りのクルマの中でカーステレオからチャゲアスの曲を流して一緒に熱唱してみたが、家に到着しても耳鳴りは止まない。そらそうか、、。

 それからかなりの時間が経ったが、まだ耳鳴りは止まない。もう寝るしかないな。
 あぁびっくりした。でもハッキリした。私の持病の耳鳴りは、ストレスでひどくなる。このままだと、説教もできん身体になるかも、、とかくだらんことを考えながら、もう寝ます。


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posted by Yas at 22:30| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする