2015年05月20日

鴨川をはさんで、、

 昨日、京都大学医学部に出張講義に行った。先月末には、鴨川を隔てた対岸にある京都府立医大で講義した。来月は大阪市立大と京都府立大での講義が予定されている。今年度の出張講義やセミナーがぼちぼち始まりだしたというわけだ。

 私の講義ネタは依頼元の要請によって変わる。基本的には「細菌毒素学」だが、細菌学の基礎概論を依頼されるときもあるし、さらには細菌学を理解するための基礎生物学の話を交えることを求められることもある。獣医系の大学だと、動物の感染症の話もする。セミナーでも、外国人留学生相手の場合、大学院生のカリキュラムの一端として開催される場合、プロフェッショナルな研究者相手に話す場合などでもちろん内容が異なる。研究者相手でも、細菌学者が主な聴者なのか、それ以外の分野の研究者が多いのかによっても異なる。つまり何が言いたいのかというと、同じスライドを用意してホイホイとどこに行っても同じ話をするわけではない、ということだ。そのたびに数枚の新しいスライドを用意し、順序を変えて構成を練る。これでも割と時間をかけているつもりだ。

 今回の京大医学部の講義はずばり「細菌毒素学」だ。私を呼んでくれたイチロー先生は無論立派な細菌学者でらっしゃるので、余計な講釈は反ってイチロー先生の普段の講義の邪魔になる。そこで清く、細菌毒素の定義、分類、病気のとの関わり、毒素遺伝子の起源なんかの話をした。先月の京都府立医大は100名程度の学生で埋まった大講義室での講義だったが、この日の京都大学の講義棟は、解剖棟を改修してできたとかいうことで、スクリーンと演壇をぐるりと囲んで扇状に階段席が並んでいる。

IMG_2326 (1).jpg だから、スクリーンの左側に立って話すと、向かって左側最前列の学生さんからスライドが見にくくなり、右側に立っても同じ側の最前列の学生さんからはスライドが見にくくなる。それが気になったので、3時間の講義の間、ずっと左に行ったり右に行ったり歩き続けながら講義した。学生さんから見たら、「なんちゅう落ち着きのない先生や?」と思われたかもしれん。

 京都府立医大の講義では厳しく出欠を取られているためか、学生の出席率が高かかった。はじめから100人程度の学生がいるのはそのためだ。一方、京都大学の講義では、開始時間当初は30人程度しか学生がいなかった。講義の後半に入っても、60人程度までではなかっただろうか? しかし出席している学生さんはみんな熱心である。京都府立医大(あぁややこしい)でも、熱心な学生さんの数は京都大と変わらないかもしれないが、なにせ総数が多いぶん講師と学生のあいだに距離を感じたのに対して、京都大学では学生がかなり近くに感じた(色んな意味で)。ただしたぶん、出席率は良くない。このあたりは大学によっての考え方の違いだろう。

 学生が多人数だと、こちらが質問したときに「わかりません」と一言答えて流そうとしたり、質問されることに嫌悪の表情を表す奴もいるが、少人数ではそういうことは滅多にない。これはやっぱり講師と学生との間の距離感の違いかもしれない。そして、「わかりません」と答えても「考えてみろ」と返すと、必ずそれほど的外れではない答えが出てくる。医学部に合格する素養があれば、やはりそれくらいのことはできるのだろう。なのに、講義中に全くモノを考えないのはもったいない。

 間に15分の休憩をはさんで3時間、そんな調子で講義した(京都府立医大の時も同じ時間構成だった。ただし、講義内容はちょっと違う)。3時間の講義というのは結構疲れるものだ。しかもこの日は、上に書いたような理由で無用に歩き回った感があって、いっそう足が疲れていた。和書・洋書を問わず、たくさんの学術本やプロトコール集や、小説・雑誌などで囲まれた実に教授室らしいイチロー先生の教授室で美味しいコーヒーをいただき、午後のスケジュールの都合で乗ってきたクルマで帰阪したが、クルマの中でアクセルペダルやブレーキペダルを踏む度に、なんども脚が攣りそうになった。

 講義がエクササイズになるなんて、情けない。


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posted by Yas at 18:54| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月15日

科研費審査結果の開示(怪事?)

 今年度の文部科学省科学研究費補助金(科研費)の採否と審査結果内容がそれぞれ4月はじめと5月はじめに発表された。前年度からの継続課題がある私は、今年度は挑戦的萌芽研究のみを応募して不採択に終わった。わりと野心的なテーマで、計画調書もそれなりにまとまって書けていると思っていたが、その一方で自前の実験データが全くなくて他グループの先行研究を下敷きにした発案だったので、いくら挑戦的萌芽研究といっても不採択も充分あり得ると予想していた。だから、それほど残念な思いはなかった。

 ところが、今月に発表された審査結果の内容を見て少し困惑した。審査結果は、日本学術振興会の電子申請システムのウェブサイトから個人ページを開くと見ることができる。開示の内容は、その種目の採択率、各研究領域における全応募課題中のおおよその順位、絶対評価による評定要素(点数で表される)などである。

 そこで私の応募した研究課題だが、おおよその順位は「A」だった。これは不採択課題の中で上位20%に位置することを意味している。これはいいが、問題はそのあとだ。絶対評価による評定要素は1−4の4段階に分かれている。これを複数の審査員が点数付けをして、その平均点が応募者に知らされることになっている。評定のための観点は1)挑戦的萌芽研究としての妥当性、2)研究課題の波及効果、3)研究計画・方法の妥当性の3項目である。私の応募した研究課題の平均点は、それぞれ、1)3.67(採択課題の平均点:3.41)、2)3.67(同:3.44)、3)3.33(同:3.28)であった。つまり、全ての観点において私の評点は採択された課題の平均点よりも高かった、ということだ。評点は4点が最高点だから前者2項目では9割以上、残りの1項目も8割以上の評点を獲得していることになる。これでなぜ不採択?

 いやいや、一部の評点が著しく低かったのかもしれん(平均点から見て考えられないけど)と思い直して、さらに審査結果を読む。審査結果には評点2以下となった項目が明示されるが、私の研究課題では2以下の評点をつけた審査員は一人もいない。なので、研究計画に問題があると判断されたわけではなさそうだ。

 では、総合評点か? 見てみると、総合評点の平均点が「3.00」、相対評価では1名の審査員が上位6-25%を示す「A」評価を下していた。ただし上位5%以上を示す AA 評価はない。ここが問題だったのかもしれない。ということで、ちょっとだけ(ほんとちょっとだけ)納得したが、しかしやはりわからない。上に書いたように、私の評点はどの項目においても採択課題の平均点を上回っていたのに、なぜ総合評点が高くないのか? しばらく一段審査員の気持ちになって考えてみた(一応、私は一段審査員・二段審査員のどちらの経験もある)が、やはりよくわからない。採択課題の平均点より高い研究課題が不採択って、、? 審査結果を最後まで見ても、「研究経費の妥当性」や「法令遵守・人権保護を必要とする研究課題の適切性」で問題を指摘されているわけでもなかった。

 わからん。審査結果の開示制度は、不採択になった応募者にある程度納得してもらうためにもあると思うのだが、こうなると開示されたために余計に疑問が出てきてしまう。

 、、だれか、考えられる理由を教えてもらえませんか? 「オマエが審査員に嫌われとるからや」とかいうのはナシで、、、。


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2015年04月27日

日本細菌学会のこと 5

 基礎細菌学をキーワードにして、あらゆる領域で細菌・真菌を扱っている基礎科学研究者との連携を可能にする学会が、細菌学会の将来の姿としてはもっとも現実的である。というのが前回の話。

 このことによって、他の学会にはない特色ある活動ができると私は思っている。それで学会員が増えるかどうかはわからないが、少なくとも、今やたくさんの学会の選択肢がある臨床・検査系の医者・研究者の復帰を期待して医学細菌学に固執していては先は拓けない。それに感染症学会や臨床微生物学会などの学会は、そもそも細菌学会でフォローできない問題を扱い、それが評価されて今の隆盛をみているのだから、例えば感染症学会と同じような活動を細菌学会が今から試みても、長い年月の間に離れた参加者が戻ってくるとは思えない。すでに、その分野のパイは他学会に取られてしまっているのだ(ちょっと表現が悪いけどね、そういうことだ)。

 一方、基礎細菌学を追求する立場で、病原細菌に限らぬ多種類の細菌・真菌を扱える学会は、国内では細菌学会をおいて他にはない。このアドバンテージは絶対に生かすべきである。ただ前回の最後に書いたように、ここにも問題はある。植物細菌でも環境細菌でも、応用微生物でも、生物モデル系細菌でも、それらを議論するための学会がすでに存在する。そんな学会の人達を誘引する必要があるのだが、それはきっと難しい。

 そこで、それぞれの立場の細菌学に共通する問題を横串にして異分野連携を促すような仕組みが必要になってくると思う。難しいが、国内でこれが可能なのは細菌学会だけである。私が会長になる次回の学術集会で、「横断的微生物研究コミュニティーの創生と確立」をメインテーマに掲げたのは、そんな考えを反映させてのことだ。もちろん、この「微生物研究コミュニティー」には、細菌感染症の分野も細菌検査系の分野も、農獣医系細菌も、理学工学系細菌も、すべてが含まれる。ほんとにそんなことができるのかまだわからないが、とにかくこのテーマの下でシンポジウム・ワークショップの企画をお願いしているところである。

 われながらダラダラと書いたが、組織としての学会がどうあるべきかということを順を追って考えてみた。しかし、本当に大切なのは細菌学会の存続ではない。重要なのは、我が国の細菌学が科学として健全に発展することである。それが達成できるのなら、何かの問題が生じて日本細菌学会が潰れたって別に構わない。(潰れないように努力しますけど)
 基本的に、良い研究をすれば人は集まるものだ。良い仕事を育むためには、お互いの研究を評価して切磋琢磨する土壌が必要だ。その土壌の役割は学会が果たすべきだが、それは学会員にインセンティブを与えて会員増を図るような努力とは全く別の話である。幸いにも、このシリーズの冒頭で書いたように、細菌学会の学術集会は再び活気を取り戻しつつあり、たくさんの良質な研究を育む準備はできはじめているように私は思っている。

 あとは、良い仕事をするだけだ。良い仕事をしましょう。みなさん。

と思っても、なかなか思い通りに行かんところがもどかしい。
、、、、私も頑張ります。

:研究費のある所に人は集まるものでもある。細菌学を看板にした高額のグループグラントの獲得を目指すのは、もう一つの重要な「細菌学活性化」の方策だと思う。



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2015年04月20日

日本細菌学会のこと 4

前回、年1回の学術総会は盛況なのにもかかわらず、日本細菌学会は3割(1,000人)程度の会員を失い、また長い歴史の間に医学細菌学における中心的な立ち位置を失って、さらに基礎細菌学を育むコミュニティーとしての力強さも失った(のかもしれない)、と指摘した。そこで今回、再び本学会が活性を取り戻し、上質な細菌学研究を生み出す土壌となるためには何をどうすればいいのかについて考えてみた。

実は、同じようなことは10年以上前から指摘されていて、2004年に本学会は「学会活性化小委員会」なるものを立ち上げている。この委員会の使命はその名の通り「学会の活性化」であった。この小委員会の活動に当たって当時の内山竹彦理事長は若手の学会員の意見を重視した。その意見のまとめ役の担当が、なぜか私になっていたのである。コンピュータに保存された当時のファイルを探ると「活性化及び予算増 試案」というのがあった。この試案では「学術総会のポスターを作成して、広報に努めるべき」「シンポジウム・ワークショップの数やタイムスケジュールの基準を作り、テーマを公募制とする。これを何らかの委員会が企画調整して毎回のプログラムを決定する」「大学院生および若手研究者を特に encourage するための合宿セミナーを企画する」などのアイデアが盛り込まれていた。現在、これらは全て実現している。

また、この試案の冒頭には、(私はすっかり忘れていたのだが)以下のようなコメントが記載されている。
ーーーーーーーーーー
「学会活性化」の各論を討議する前に、学会の方向性について見解を統一する必要があると思います。特に、会員増を図って規模拡大を目指すのか、医学細菌学に焦点を当てた小規模であるが濃密な学会を目指すのか、という点は各論の内容を左右することでもあるので重要かと思います。当日に理事長の見解をお示しいただけたら幸いです。
ーーーーーーーーーー
この指摘は今もまさに通用する。

前回に書いたように、感染症学会や臨床微生物学会が「臨床・感染症」をキーワードに活発に活動している現在、細菌学会が、時計の針を逆行させるように、この領域(同じキーワード)で再び中心的な役割を果たすようになるのは極めて難しい。もし医学細菌学にこだわるのならば、基礎医学細菌学に特化した小規模学会として活動し、それなりに成果を生むことなら可能だと思う。これが細菌学会活性化(あるいは再生)のひとつのパターンである。そうではなくて会員増を視野に入れて、学会を活性化させるというのならば、本学会の得意な基礎細菌学を中心にあらゆる細菌の基礎研究を取り込んで活動の裾野を広げる、という別のパターンも考え得る。今後の細菌学会が取り得る方向性としては、試案のコメントのように、この二通りのパターンしかない(と思う)。

そして現実には、細菌学会にはすでに医科系細菌学以外の領域の研究者の方々が多数参入されている。つまり、本学会はすでに後者の方向性で舵を切っている。答えは明白である。

ただし、これにも問題はある。

あまり時間が取れず、一週間に少しずつしか書けないので書いている本人も焦れてきましたけど、もう少しお付き合いください。、、、ということで、、、つづく。



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2015年04月13日

日本細菌学会のこと 3

引き続き、日本細菌学会の話。

学術総会が盛況なのに、学会本体はなぜ不調と言われるのか? 私の考えるところでは、これには日本細菌学会の歴史が関係している。

日本細菌学会が昭和2年に発足し、まもなく90周年を迎えることは前々回のエントリで書いた。その間、本学会には長きに渡って日本の医学微生物学を支えてきたという自負がある。世界的に著名な北里柴三郎先生や志賀潔先生を輩出したばかりでなく、R プラスミド(耐性プラスミド)の研究や細菌毒素の研究では日本が世界の最先端を走っていた。それが、ほんの数十年前の話である。

しかし現在、細菌学を取り巻く環境はすっかり変わってしまった。日本細菌学会と同時期に発足した日本感染症学会(大正15年設立、以下括弧内は設立年)や、食品微生物学会(昭和55年発足)、日本環境感染学会(昭和61年発足)、日本臨床微生物学会(平成2年発足)などがそれぞれの専門性を発揮した活動を展開しつつ住み分けを進めるなかで、医学系細菌学における日本細菌学会の絶対的な重要性は(いまでももちろん重要であることには変わりないのだけど)失われた。しかし、それに気づかず「医学系細菌学・感染症制圧」のみが伝統ある日本細菌学会の学会活動の本流であると勘違いし続けたのである。そして、細菌学会のもう一方の重要な柱であるはずの充実した基礎細菌学研究領域の裾野を広げる努力を怠り、学会の内側を向くばかりで、それ以外の領域に研究をアピールすることをしなかった。私が自分のラボのウェブサイトで「日本細菌学会には『細菌学とはどうあるべきか?』という陳腐な問答が存在する」と書いたのはその頃を指してのことだ。以下、少しだけ引用する(自分の文章ですけど)。

ーーーーーーーーーーーー
さらに、日本の細菌学会に目を向けると、「病原細菌を研究せねば意味がない」「感染予防・治療に結びつけねばならない」という話を今でも耳にする。「細菌学とはどうあるべきか?」という陳腐な問答が存在するのである。もちろん、すべての日本の細菌学者がそのようなことを考えているわけではないし、研究機関などの立場によって研究者の考え方が違うことは認める。それにしても、科学の世界で「XX学とは○○でなくてはならない」という話がまかり通るのはどういうことであろうか? 他の領域の、例えば生化学で「生化学とは○○であるべきである」という人がいるだろうか? このような発想の中ではセレンディピティもなにもあったものではない。
ーーーーーーーーーーーー

その結果、日本細菌学会で輝きを増さねばならないはずであった基礎細菌学も萎縮した。そして、細菌学領域以外の研究者から見て、細菌学が基礎科学とは思われなくなったのである(と私は思っている)。実際、最近の大学医学部の細菌学系教室の教授人事は「基礎細菌学」研究ではなく「感染制御」研究を念頭にした人選が進められているように見受けられる。医学部でいう感染制御とは院内感染である。院内感染の原因病原体のほとんどは細菌だ。しかし、「感染制御」を看板に医学部の細菌学系教室に赴任する先生方の多くは、(日本感染症学会員であっても)日本細菌学会の会員ではない。あるいは、日本細菌学会では活発に活動をされていない。そうした方々が主宰する研究室のメンバーが細菌学会から足が遠のくのは自然なことだ。そして、学会員数が減少する。これが、日本細菌学会が危ないと感じられてしまうひとつの理由である(と私は思っている)。

もうひとつ、細菌学会では長い間、3,500人前後の会員を擁するのが普通のことであった、という(歴史にかかわる)問題もあると私は思っている。現在、本学会の会員数は学生会員を含めて約2,500人程度である。1,000人も会員が減ったのだから、学会が危ない、と思うのだろう。しかし、この会員数は日本ウイルス学会のそれとほぼ同数である。日本ウイルス学会は、私は内情は知らないが、外から見て日本細菌学会ほど危機が叫ばれているわけではない。むしろ順調に人材を輩出していて学会あるいは学問領域としては堅調だ。同じく活発に活動している日本寄生虫学会の会員数は1,000人足らずで日本細菌学会よりもずっと少ない。すなわち、3,500人から2,500人への会員数の減少そのものは、学会の活性とは関係がないのである。問題は、研究の方向性と質であって、会員数ではない。だから私は細菌学会内部で時々いわれる、「学会の会員数を増やすにはどうすれば良いか」という議論に与しない。「学会活動によって上質な細菌学研究を涵養するにはどうすれば良いか」という議論の方がよほど大切である。

今回はおしまい。細菌学会の「明日はどっちだ?」につづく、、。


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2015年04月06日

日本細菌学会のこと2

 前回からの続き。

 本年の日本細菌学会総会は第88回となる。会場は岐阜市内の長良川国際会議場であった。会場を少し離れて堤防を越えると長良川の清々しい流れを楽しめたらしいが、あいにく私は会場内をあちらこちらと立ち歩くばかりで、そのような時間をゆっくりと取ることはできなかった。基本的に、アカデミックプログラムのある時間は興味のあるセッション会場に居たし、そうでない時は学会の委員会か、学会運営に関わる何某かの担当の先生方と、色々な相談事をしていた。今回、そんなに忙しかったのには理由がある。

 ひとつは、来年の第89回の総会を私が担当するということに関係している。来期の総会長として、今回の総会の各会場の規模はどうか、参加者の入りはどうか、ポスター会場の掲示板の間隔や大きさはどうか? 関係企業の展示ブースや土産物屋の出店の様子などをスカウティングさせていただいた。
 もうひとつの理由は、やはり理事長としての任務に関係している。前回に書いたように、本学会は絶望的な赤字体質に陥っている。学会は基本的に収益団体ではないので、何かの事業で爆発的な収益を上げて黒字転換することは無理だ。そうであれば、支出を大幅に削るしかない。しかし、個々の事業をとり上げて、それらを廃止したり保留したり縮小したりしていても「大幅」な支出の削減は難しい。根本的に赤字体質を改善するためには、組織全体を効率化するべく作り替えるのがもっとも効果的である。というか、それしかない。それほど膨大な赤字を生み続けてきたのだ。この学会は。ということで、そのために総会の会期中に開催されるあちらこちらの委員会に顔を出し、様々な方面の先生方に様々なお願いをしていた。おかげで理事会のある前日から総会会期の3日間の合わせて4日間は、私にとってあっという間に過ぎていった。(すいません。ちょっとウソついてます。一度、会場を離れて、金華山に登ってました。)

 学会の危機とは裏腹に、学術総会はそれ自体、非常に活気があった。各会場は(巨大な第一会場を除いて)、たいてい6-7割の席が埋まっていたし、もちろんセッションによっては立見が出ている会場もあった。なぜこの学会が、会員の減少や財務危機に晒されて斜陽状態と思われているのか、不思議である。私の学生時代は、細菌学会といえば会場よりもロビーの方に人が溢れ、会場では玉石混淆(はっきり言って「石」の方が多かった)の一般口頭発表がトコロテンのように短い時間で立て続けに行われていて、学問的には欲求不満の溜まる、とても面白いと言えるものではなかった。さらに、懇親会で初めて「こんなにたくさんの参加者がいたのか?」と驚くほど、学会場では人の気配が薄く、学術総会としては全く活気がなかった(と、私は記憶している)。それが、一般講演がポスターになり、口演はシンポジウムとワークショップで比較的まとまった発表が聴けるようになってからは、面白く学術総会を過ごせるようになった。また、一般演題がポスターになって、見る気になれば全ての演題を閲覧して、その中から気になった演題で発表者と議論することがかなうようになった。これも一般演題がトコロテンの口頭発表だった時代にはできなかったことだ。ここ十数年で、学術総会は充実してきていると言っていい。

 すなわち日本細菌学会の学術総会は(開催年度によってテーマに偏りがあるとしても)、破綻していない。それなりに勉強しようと思えば、ちゃんと勉強できる、しっかりとした総会が開催されているとと思う。

 それが、なぜ、日本細菌学会の危機が云われるようになったのか? 
 次回はその辺のことを書く。

 つづく。


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posted by Yas at 19:05| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月30日

日本細菌学会のこと

 実は、本年1月に、日本細菌学会の理事長を拝命した。任期は3年である。来年の春には日本細菌学会の学術集会の総会長も担当することになっている。つまり、何の因果か、来年は理事長と総会長を兼務することになる(ちょっとめずらしい)。

 日本細菌学会は、昭和2年に北里柴三郎先生の会長で開催された第一回衛生学微生物学寄生虫学聯合学会を源流としている。その後、研究グループの分離独立と学会名称の変更があったりして、昭和22年に日本細菌学会になった。昭和2年に発足したと考えると、もうすぐ90周年を迎えるということになる(私が担当する学術集会は『第89回』ということだ)。まことに歴史のある学会である。

 しかし、ここ数年は低迷の度合を深めている。学生を除く正会員数は10数年前から減少し、最盛期に比べて約千人減った。また、過去5年間では支出超過の財政状態が続き、赤字総額はふにゃらら万円(郊外に家を1軒建てることができるくらいの額)に及ぶ。歴史はあるが運営状況は火の車である。まるでどこかの老舗旅館とか老舗料亭のようだ。

「こんなときにどうして理事長などになってしまったのだろうか?」と自問してみるが、逆に言えばこんなときだから若輩の私にお鉢が回ってきた、とも考えられなくはない。任期は3年。その間に何ができて何ができないか? そんなことを考えてみた。というか、今年に入ってずっと考え続けている。

       *             *

、、、、と、以上のような下書きを書いたのが2週間ほど前である。その後、先週末に細菌学会総会が岐阜で開催された。

 更新が滞りがちになった本ブログだが、今回から暫くは細菌学会のことを書いてみたい。それでちょこっと更新頻度が上がるかも、、、。って、別に誰も期待していないでしょうけど、、。



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posted by Yas at 18:52| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月15日

「ガツン」と行け

 先週のこと。愚息が久しぶりに帰省してきた。「学位を取りました」という報告のためらしい。

 彼は学部を京大の工学部で過ごし、「やりたいことが東大の大学院にある」と言って修士課程から東大大学院工学研究科のお世話になっていた。もともとは化学専攻である。

IMG_2297.jpg 学位論文は iPS 細胞の浮遊培養法に関するものらしい。生来、血を見るのがキライで、親と同じ生命系分野を専攻するのにも抵抗があったといい、それで有機化学を専攻したはずが、なぜか iPS 細胞を研究テーマに博士号を取った。ここらあたりの心境の変化は興味あるが、息子を相手にそんな話をしてもはじまらん。ということで、親に渡すために持ってきた学位論文を黙って受け取った。あ、、「おめでとう」くらいは言ったかもしれん。
 写真中、隣にあるのは30年近く前の私の学位論文である。当時の研究室の標準用紙であったレターサイズの紙に印刷したので、A4版の息子の学位よりもタテが短くヨコが長い。

 ikki.jpg 私の家は、親族に学問・教育系に関わっている者が何人かいるが、学問家族というわけではない。私の親父は商売人だったし、兄は会社員だ。だから彼が研究分野に進んだのは私の影響だ(と私は勝手に思っているが、間違ってないと思う)。そんな影響を与えてしまって、これから本人はイバラの道を歩むのかと思うと、ちょっと心配だ。ポスドク(特任研究員)のあいだはなんとかなるが、そこで篩にかけられて常勤職に就けないと、大学・研究機関以外で就職先を見つけ出すのは極めて難しい世界なのである。この仕事に向いていれば良いが、とびきり優秀な場合を除いて、それは学位を取ったくらいではわからない。 似たような業界にいても、おそらく親にしてやれることは何もない(本人も望んでないと思うけど)。あとは自分の才能と努力で乗り切ってくれ。

 ところで、彼は今秋に結婚したいらしい。どうも今回の帰省は学位取得の報告よりも、結婚の相談の方がメインの目的だったようだ。大学院修了、結婚と、今年は彼にとって大変な年になるのかもしれない。まぁ「ガツン」とやるしかないな。、、「ガツン」と行け、「ガツン」と。、、、と書いていて思い出した。私は大学院在学中に結婚したのだった、、。そしてその半年後に大学院を修了した。

 同じような人生を送っとんな。、、まぁ「ガツン」と行け。


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2015年02月23日

ベッドで待つアクセプト


最近、当研究室で書いた二つの論文が立て続けに雑誌にアクセプト(採択)された。そんなに大きな仕事の論文ではないので、「嬉しい」というよりは肩の荷が下りて「ほっとした」、という気持ちの方が強い。そんな仕事である。

ずっと以前は、紙に印刷した論文を航空便で雑誌社に投稿したものである。発送はできるだけ早いのがよかろうと郵便局本局まで走り、2ヶ月ほどして、また航空便で返送されてくる雑誌社からの A4サイズの書類の入る封筒の返事を心待ちに待ったものだ。しかしそれも今は昔のこと。論文投稿も雑誌社からの返事も、すべてインターネット経由で済まされる時代になった。

論文を投稿した先が海外の雑誌社の場合(ほとんどの場合がそうだ)、返事は日本時間で夜の間に届くことがほとんどだ。それでも、少し前なら、コンピュータの前に座らなければメールボックスを開けることはできなかったので、返事のメールを目にするのはたいてい翌日の朝だった。しかし、最近ではスマホというのがある。んで、私は眠りが極端に浅い。睡眠中、何度も夜間に目が覚めることなど日常のことである。

そこで目が覚めてしまうと、よせばいいのにスマホでメールをチェックしたりする。そして、そんなときに、寝ている間に届いていた雑誌社からの返事を、ベッドの中で読むようなことが多くなった。「ベッドで待つアクセプト」。ユーミンの曲のタイトルのようである。

アクセプトならいいが、その返事に査読者の不愉快なコメントが書いてあったり、面倒な追加実験の指示があったり、リジェクト(不採択)の決定が書かれてあったりすると大変である。ムカムカして確実にその後は眠れない。

ベッドの中で目にするのは論文の採択/不採択の通知だけではない。私が編集を担当している雑誌社から届く、他の研究者が投稿した論文の査読依頼も夜中にベッドの中で読んでしまう。投稿された論文のタイトルを見て、アブストラクト(要約)を読んで、自分が編集を引き受けるべきか、引き受けるとしたら査読者をどのようにして選ぶのか、ということまで考えてしまう。不運なときは、そのまま朝を迎えることになる。

インターネットのせいで、えらいことになったものである。ひとの睡眠時間を奪いよって、、、。とにかく「あぁやだやだ、こんな生活」とか思うけれど、やっぱり夜中に目が覚めるとスマホでメールチェックをしてしまう。

われながら因果な仕事である。ん?、、、性格なのかもしれん?、、


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posted by Yas at 22:09| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月19日

ちょっとまとまりのないハナシかも


 阪神・淡路大震災から20年が経った。

 その時を思い出して「研究者は基本的に世間の穀潰しだ」とブログに書いたのは8年前。もちろん、応用技術に手の届くところで研究をされている方もたくさんいるので、そうとばかりは言えないが、これは自戒を込めた思いだった。「いずれ役に立つだろう」という建前と「面白いからやっている」という本音とを抱えながら、自分で稼いだわけではない大金を使って研究をさせていただいている。だから、「穀潰し」でも新知見を求めて真面目に研究はする。そう思っているのは本当だ。なのに、メンツとか名誉とか予算獲得とかのためなのか、はたまた論文を書くということの教育を受けていないのか、加工したデータを使って論文を書くような研究者たちがいるという話(最近もありましたね)を聞くのはつらい。

IMG_2268.jpg


 ところで先週末、あやっちが2度目の出産のために産休に入った。産休前の最終日には、ケーキを用意して産休祝い(?)をした。


 あやっち。ゆっくりしてくださいね。




IMG_2267.jpg しかし、あやっちがいま担当しているプロジェクトを止めるわけにはいかないので、シンザーにこれを引き継いでもらうことにした。このプロジェクトは、8年前まで当ラボに在籍していたオーニシ2号の、ある発見がキッカケになって始まった。それを5〜6年かけてトッシーが広げて、あやっちが締めようとして2年経ったが、とりあえず時間切れだ。つまりこのプロジェクトは8年かけても終わることができなかった。そんなに大プロジェクトというわけではない。データは溜まりに溜まっている。でも納得のいく結論が得られていない。あやっちが復帰するまでシンザーに頑張ってもらうが、いつになったら終われるのやら、、。しかし、、。

 このプロジェクトを始めたのは、冒頭の「研究者は基本的に世間の穀潰しだ」と書いた頃だ。穀潰しにも五分の魂。ちゃんと終わるまで、終われない。


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2015年01月14日

2015年の2週間


 2015年も2週間が過ぎようとしている。

「今年はまだスケジュールが空いていて気がラクだわい」と思っていたのもつかの間、降り積もる雪のように会議や出張の予定がやってきて、あっという間にカレンダーが埋まっていく。今日も、余裕があるはずだったのに、続けさまに会議の日程調整のメールや雑多な事どもの問い合わせメールなどが届き、その対応に追われて新着論文チェックもできず、読みたかった論文も充分に読めず、悶々とほぼ1日を過ごす羽目になった(しかしブログは書いている、、)。正月が過ぎて成人の日も終わって、従来の仕事のペースになってきているということかもしれない。

      *          *

 昨年の暮れ、ある製薬会社から、拙著「劇的プレゼン術」の二次使用をしたいという申し出が出版社にあった。なんでもその会社が運営する会員専用の Web サイトに内容を掲載したいとか、。ありがたいことである。本というのは、大評判の大人気にでもならない限り、出版して少したってしまえば売れてるのだか売れてないのだか、著者にはちっともわからない(ということは多分それほど売れていないということだろうけど)。出版直後に韓国での翻訳書出版の話があったが、それも沙汰やみになってすっかり動きの見えなかった拙著にとっては、嬉しいお知らせであった。これがきっかけで、またちょっと売れてくれたら嬉しいな。

      *          *

 大阪大学大学院の医学系研究科では、医学博士の審査対象論文を iThenticate というソフトにかけて、世間に出回る論文や Webサイトにあるテキストとの類似性を検証して、その結果を報告する必要がある。その論文とは、よほど優秀な学生の手によるものを除けば、大抵は指導教員の手直しが入って入って原文はほとんどなくなってしまているものである。つまり、指導教員が書いたものに限りなく近くなる。その結果、指導教員がほとんど書いたような論文のテキストの類似性を指導教員の責任で検証せねばならんという、なんとなく不毛に近い状況が生まれる。先日の検証では15%の類似性という結果が出た。失礼なっ! 他人の論文のテキストなんか丸写しするもんかっ。と思って調べてみると、論文中にある URL や、引用論文が「類似性がある」とカウントされるようだ。設定を細かに変更して、そのような箇所の類似性は削除できるのだが、忙しいのに年に1度や2度の検証のために細かな設定をするのも面倒だ。ということで、私が(ほとんどを)書いた論文は「15%の類似性」というレッテルがついて、医学系研究科の審査に付されることになった。なんか納得がいかん、プライドにも傷がつく、、、。ということでやっぱり、次の機会にはちゃんと設定して検証にかけることに決めた。

、、2015年の2週間はこんな感じ、、、。


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posted by Yas at 22:19| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月31日

12月のツラツラ2

12月のツラツラのつづき


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 12月12日。文部科学省の遺伝子組換え技術等専門委員会に出席した。この委員会の委員を拝命して10年が経つが、この日が私の最後のお務め日だった。

 10年前に初めて会議に出席した時は、遺伝子組換えに関わるカルタヘナ法を碌々理解してもおらず、会議の内容はチンプンカンプンだった。3時間ほどかけて霞が関にやってきて、会議中に一言もしゃべらずに、また3時間かけて大阪に帰るような日々が最初は続いた。しかし立場上必要ということはおそろしいことだ、何度も関連法規を読んでいるうちにポイントがわかるようになってきた。遺伝子組換えの大臣確認申請で、最も多いものはウイルスの作製実験だ。これも門外漢の私にはよくわからないテクニックや材料が多かったのだが、そのうち慣れた。

 最初の数年は確か3ヶ月に2回ほど開催されていた委員会は、途中から2ヶ月に一度と決められた。だから私の任期中には60回以上の委員会が開催されて、そのうち多分40回くらいは出席したのだと思う。私に期待されたのは「細菌毒素の組換え」の知識である。10年の間に何度か更新の時期があったが、その度に「細菌毒素となると、やはり堀口先生にお願いしたいので、、」と言われて再任してきたのだった。しかしその任期中に、細菌毒素の組換えが問題になるような案件は、実は数えるほどしかなかった。だから、私が委員会に貢献したというよりも、委員会を通じて遺伝子組換えに関わる様々なことを教えていただいた、という方が的を射ている。

 最終日のこの日、しかし偶然、細菌毒素の組換え案件があった。大した事は発言していないけれど、「まぁ、これでも有終の美を飾ることができた、と言っていいのでしょうか」と最後の挨拶のネタに使わせていただいた。これで当分、霞が関を定期的に訪れるようなことはなくなると思う。が、、実は先月から、本学の遺伝子組換え委員会の委員長を仰せつかってしまっている。
 
 遺伝子組換え申請の審議とはまだしばらく縁が切れそうにない。
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 もう少し書こうと思っていたけど、残念ながら時間切れで、今回はエピソード一つです、、。すまん。

、、、みなさま、また来年。
よいお年をお迎えくださいませ、、。


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posted by Yas at 18:55| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月18日

研究室のささやかな1日

 STAP 細胞の作製実験が再現できなかったというニュースがネット上で流れた今日、当研究室ではささやかな研究の進展があった。社会的に大きな騒動になった STAP 細胞は、研究者の誰もが「不毛」と感じ、「うまくいくわけがない」と予想した通り、やはり再現はできなかった。この件については、明日(19日)の午前中に理研が正式に発表するらしいので、もう少しマスコミ報道は続くかもしれないけれど、ようやくこれで結末を迎えることになる(んでしょうね)。

 一方、当研究室では、2年ほど前にテルチー(当時はテルテル・チョコチップスという芸名だった)が作製に成功して研究室が盛り上がったプローブを使った本実験がようやくワンサイクル終了し、今日その結果が出てきたのだった。思えば長い道のりだったけれど、その実験結果は予想以上に期待を抱かせるものだった。もっと混乱したデータが出るだろうと思っていたのだが、現時点でもある程度は現象の説明が可能な傾向を示していた。この日のうちに、テルチーは那覇の実家に23日に帰省する予定だったのを大晦日まで延期して、年内に次の実験をすることに決めた(私は強要してませんよー)。STAP 細胞の話題に比べれば、はるかにささやかだが、われわれにとってはもしかすると記念すべき日になるのかもしれない。そんな予感さえした。

 ささやか、と言えば、先週末にすったもんだして仕上げたオカケーの論文がやっと、ささやかなオンラインジャーナルにアクセプトされた。散々苦労させられてきた論文だったが、ようやく日の目をみる運びになったわけだ。そこで、ささやかに研究室でスパークリングワインを開けてお祝いをした。オカケーはこれで無事に大学院博士課程を学位取得修了できることになる。
IMG_2255.jpg
 季節はクリスマスだ。サーヤとイッシーが、研究室の熱帯魚水槽から生やしているポトスにクリスマスの飾り付けをしてくれた。

 ささやかな研究室の営みである。




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posted by Yas at 19:44| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月17日

インドネシア4

バンドン工科大生命科学部では酷い目にあった我々だが、インドネシアの滞在そのものは楽しかった。

バンドンで宿泊したホテルの名前は Hotel California。同年代の方々には懐かしい、Eagles の名曲と同じ名前である。ドアの前には Eagles/Hotel California のCD(本物ではないと思うけど)が貼付けられていた。ホテル内に三つある会議場の名前は The Beatles と Beethoven と Pink Floyd。朝食をとったレストランでは初日にはその Eagles の Hotel California が、2日目には It never rains in Southern California (カリフォルニアの青い空/アルバート・ハモンド)や Have you ever seen the rain?(雨を見たかい/クリーディンス・クリアウォーター・リバイバル) が流れていた。夕方にビールを飲んだラウンジでは Angie/The Rolling Stones だ。ビールを運んでくれたボーイさんに「ここのオーナーは、70-80年代のロックが好きなのか?」と聞くと、嬉しそうに「もちろん!」と答えてくれた。いやー、インドネシアとは思えない(って勝手な思い込みです。インドネシアの皆さんすいません)、なかなか楽しいホテルだった。部屋も広くてキレイで、アメニティもしっかりしていた。

最後の夜は三木さん堀田さんと私で、近くのショッピングモールで夕食をとった。「旅行好きの目加田先生に知られたら、絶対怒られるぜっ」と言いながら、有名ブランドショップの居並ぶモール内の、しかも和食屋さんに入った。店の入り口にあるメニューに「モダン焼き」があるのを見て、堀田さんが「きゃー、モダン焼き。私食べたことがないんです」という。堀田さんは大阪出身である。大阪出身で、しかも堀田さんくらいの年齢になって(何歳かは知らんが)、モダン焼きを食べたことがないというのはどういうことじゃ? きっといいとこの娘さんに違いない。とか考えながら、ここは堀田さんの希望を酌んで、モダン焼きを中心に餃子やらビーフ豚カツ(イスラム教徒の多いインドネシアでは、豚肉が提供されることはない)を注文した。ビーフ豚カツやら餃子(たぶん豚肉は入っていない)はまずまずだったが、モダン焼きは、日本でいうところのオムそばであった。ビールはインドネシアのビンタンビール。暑い国にあう、すっきりとした飲み口であった。

IMG_2226.jpg
翌日の最終日は、バンドン空港からシンガポールに飛んだ。バンドン空港は国際空港なのだが、かなり小さくて搭乗口は一つしかない。搭乗券の改札を通ると、結構な距離を歩いて飛行機に向かう。まるで千原せいじさんみたい。ここからシンガポールを経由して10時間以上かけて関西国際空港へと帰る。

連れは三木教授、堀田さんと私の三人である。日頃は微研内で顔をあわせることはあっても、それほど長話をすることはない。だが今回はとにかく道のりが長い。いい機会なので(と思っていたのは私だけかもしれない)、飛行機の待合や空港のスタンドバーで馬鹿話をしまくった。すると最初は楽しそうに相槌を打ってくれていた三木さんの反応が、だんだんと鈍くなってきた。どうやら話疲れてきたらしい。このおっさん、喋りすぎ、と呆れられたのかもしれん。、、、三木さんは大阪府立高津高校出身である。私の高津高校出身の友達たちは、私以上に皆んなむちゃくちゃ喋り好きの馬鹿話好きなのに、、、「三木さん、ほんま高津出身か?」とか言い掛かりをつけながら、さらにバカ話を強要してやった(しかし岡部先生も審良先生も高津高校出身だ。中には普通の人もいるみたい。あたりまえか)

関西国際空港に到着したのは午後9時20分。入国(帰国)手続きも荷物受け取りも税関もスムーズに通過して、午後9時45分の尼崎行きのリムジンバスに乗った。関西国際空港は優秀だ。

んで、実は、帰国してもう一週間以上経つ(ブログの更新が遅すぎっ)。帰国の翌日に宮崎に出張。ホリプレ講演を90分して、その夜は一泊(いつものように、三澤さん宅に泊めていただいた。いつもありがとうございます)。先週末は京都大学大学院医学研究科の合宿プログラムで90分の英語講演をした(バンドン工科大生命科学部とちがって、もちろん先生方もその場にいらっしゃったばかりか、丁寧に私を紹介してくださった。ありがとうございました)。

この一ヶ月。嵐のようであった(ベタな喩えですまん)。今年もあと一月半。なだれ込むようにして年末に突入する。


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2014年11月13日

インドネシア3

 前回の続き。

 そして昼食後、東京で翌日に用務のある目加田所長と松浦副所長と別れて再び生命科学部に向かった。到着したのは午後1時直前である。誰か生命科学の先生が待ち構えているかな、と思っていたが誰もいない。建物に入って、オフィスとおぼしき部屋に行っても誰もいない。周辺の部屋を探しまわると、事務方のような男性がいたので尋ねると、別の部屋に連れて行ってくれた。そこには午前中にあった教員スタッフがいて、男性を指差し「彼に案内してもらいますわ。私もあとで参ります」と云った。

 男性に連れられて行った部屋は鍵が閉まっている。もちろん誰もいない。男性は「ここだ」といって部屋の鍵を開けて出て行った。残されたのは私と、私に付き合ってくれた三木さんと堀田さんだけだ。「なんじゃ、これは? どういうことや?」と、三人ですることもなく佇んでいると、やがて10人程度の学部学生(と彼らは云った)が部屋に入ってきた。「日本人の講師が講義するのを聴きにきたのか?」と聞くと「そうだ」という。ただし、30分前に先生からこの講義のことを初めて聞いたらしい。この時で午後1時20分。教員は来ない。さらに何か動きがあるようでもないので、仕方なく勝手にコンピュータをプロジェクタにつなぎ、マイクを準備して講義を始めることにした。10分後には大学院生という10名ほどの一団が来たが、やはり教員は来ない。

 講義すること1時間。3ー4名ほどは講義の内容に食いついている様子だったが、他の学生はぼんやりとスクリーンを眺めているばかりである。「質問はあるか?」と聞くと、講義の内容について質問したのは一人。あとは、やはりぼんやりと座っている。「もしかすると、われわれの研究所が提供する奨学金のことを聞きに来たのか?」と聞くと、「そうだ」という。なんじゃそら? 細菌学の講義は要らんかったんちゃうんか、。

「じゃぁ、仕方ないので奨学金の話をしますか」と三人で相談するが、松浦副所長が帰ってしまったので資料もないし、説明の準備もしていない。そこで堀田さんが、Google mail に添付してあったファイルを急遽ダウンロードして資料スライドを準備してくれた。説明は三木さんにお願いした。だってオレ、1時間の講義で疲れてるもん。

IMG_2216.jpg んで、三木さんが必死のパッチで概要を説明してくれて、詳細はさらになんと堀田さんが説明してくれた。その説明でさらに1時間。「どう?この奨学金制度って、魅力あると思わん?」と聞くと、しかし残念ながら「思わない」というのがその場に居た学生さん達の総意のようだった。一般的な学部学生である彼らには、どうやら留学志望も研究志望もないようだ。そんな学生達に留学生奨学金制度が魅力的なわけはない。

IMG_2218.jpg 計2時間。ついに最後まで、「私もあとで参ります」と言った人も含めて、生命科学部の教員は一人も来なかった。どこかで話の行き違いがあったのだと思うが、どうしてこうなってしまったのかわからない。倒れ込むようにしてホテルに戻り、費やした2時間を思い返しながら、みんなでビールを飲んで反省会をした。

 海外に出ると、いろいろなことが起こるものである。


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2014年11月09日

インドネシア2

前回の続き。

バンドン滞在の二日目、午前9時過ぎにバンドン工科大学に到着し、生命科学部の執行部の教員に微研の奨学制度の説明をする。しかし、先方は単位互換による学生の交換留学の話を繰り返しするばかりで、なかなか話が噛み合わない。話し合い終盤に、ようやくバンドン工科大学の教員から学生に奨学制度を紹介してもらうことで会議は終了した。その時に「すでに少し話をしてあるけれど、5ー10人は希望者がでそうですよ」と先方の教授が話し、「午後からの講義、楽しみにしています」と私に言ってくれたのだが、、、、。

もう一件、バンドン工科大学では薬学部も訪問し、ここではすでに学部長が選んでくれていた奨学生候補者と面談した。やはり、優秀で素直そうな学生さんだった。

そして昼食後、午後1時からの私の講義だが、ここで予想外のことが起こった。

(つづく。すまん。今日は疲れていて根気がないので、また次回です)


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2014年11月05日

インドネシア

 インドネシアのバンドンにいる。11月3日の昼前に関西国際空港を出発、シンガポール経由で夜にジャカルタ市内に着いた。同道者は私と同じ微研の三木教授と今回の仕事の秘書業務をしてくれている堀田さんである。ジャカルタ市内のホテルで、先着されていた目加田所長と松浦副所長と落ち合って、4日の朝にインドネシア大学の医学部を訪ねた。微研が来年度から計画している外国人留学生支援制度に応募する学生の面接のためである。

 この奨学金制度はこれまでのものと少し違う。大学院在学中に250万円/年の奨学金を支給する(ここまでは普通の奨学金と変わらない)のに加えて、奨学生の就学態度や業績、将来性などが評価されると、有給研究員さらには微研教員としてのポストが用意される。優秀な学生には存分に研究業績を挙げていただき、学者としての地位を確立してから母国に戻ってもらう、という計画である。留学元の国の研究教育機関にとっては、小さいながらも人材育成の道が立ち、微研にとっては国際交流とともに優秀な外国人学生の確保につながるというわけだ。今回は微研の紹介をかねて、そんな留学制度に応募を希望する学生と面接するのが主要な目的である。

 インドネシア大学医学部はオランダ植民地時代に建築された堂々たる建物にあった。面接した学生はそれぞれみんな優秀で、控えめだが意欲があって近頃の日本の大学ではあまり見ないタイプの学生ばかりであった。残念ながらインドネシア大学に提供できる奨学生の枠は多くてふたつである。「できればみんな採用したいね」と先生方と話をしながら大学をあとにした。そのあと、チャーターしたタクシーで100 km ほど離れたバンドンに移動した。今度はバンドン工科大学の学生達に会う。今、11月5日の午前6時15分。午前中にホテルを出る予定である。まぁそれは予定通りでいいのだけれど、。

 実は、10月下旬に、急にバンドン工科大学から「訪問される先生に学生対象の講義をして欲しい」という要望があった。しかも、Bacteriology が専門であることがポイントだったのかどうか、なぜか Prof. Horiguchi にお願いしたい」と名指しされた。講義時間は1時間。英語の講義はそれなりに準備しないといけないのだけれど、他の仕事も詰まっていたのでいかにも時間がない。急遽、自分にとって(英語で)喋りやすい内容を選んでスライドを組んだ。その講義は今日の午後1時から始まる。どうなることやら。

IMG_2213.jpg んで昨晩。スライドの確認をしていて、帰国後すぐ(次の日)の宮崎出張で使うために用意していたスライドファイルが壊れていることに気がついた。ラボの iMac で作成したファイルを Dropbox にアップロードする時に何かをやっちまったらしい(決して Dropbox のせいではないと思う)。
、、、、ちょっとピンチである。

(写真はバンドンの夜明け。宮崎用スライドを朝から修復していて、イライラしていてもいかんと気晴らしにホテルの窓から撮った。)


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2014年11月02日

世界 細菌学系のどじまん

 現在、私は少なくとも3つ(実はちゃんと覚えていないので、他にもあるかもしれない)の科学雑誌のアカデミックエディターを務めている。

 ひとつめの出版社からはほとんど論文が回ってこない。ホントに編集業務をやってんのかね?と思うくらい何の連絡もないが、その雑誌のウェブサイトを見ると確かに自分の名前が Editorial Board に載っているので、正式に編集委員ではあるらしい。
 ふたつめは、私の所属する日本の学会が国際的な出版社に委託して出版している雑誌である。色んな行きがかり上、最初の5ー6年間は編集長を務め、その任期を終えたあとも編集業務から足を洗うのを許してもらえずに、いまだに associate editor を務めている。

 みっつめの雑誌の associate editor は、三ヶ月ほど前に依頼された。これ以上忙しいのもイヤやしなー、、と躊躇したが、私には「これも経験である」とすぐに考えてしまう悪いクセがある。そのクセが災いして、結局引き受けることになった(、、「なった」って、自分で決めたんですけどね)。この雑誌は、超メジャー誌を筆頭に多数の有力誌を擁する有名出版社が発行している。そんな雑誌から編集担当の依頼があったのだから、研究者としては光栄に思ってもいいのかもしれない。それに、噂ではこの雑誌の編集委員になっても、年間に処理を割り当てられる論文は4ー5編だということだった。

 ところが、実際に引き受けてみると全く違った。引き受けて少し経ってから、ほぼ確実に2週間に1編の割合で論文が割り当てられる。ふたつ目の雑誌でも、2ー3週間に1編の割合で論文が割り当てられるので、わりに忙しい。

 Associate editor の最初の仕事は、割り当てられた論文を読んでしかるべき研究者に論文の査読を依頼するか、あるいは査読依頼をせずに不採択の結論にするか決定することにある。モタモタしていると次の論文がやって来るので、どうするのか即決しなければならない。それでこの三つめの雑誌だが、実は、届いてくる論文の質が必ずしも高くないことがわかった(よく知られている雑誌なんですけどね)。今まで、論文を査読者に回したのは一編だけである。あとはすべて associate editor (つまり私)の段階で不採択だ。そんな論文を読んでいると、読み終わるまでにだいたい不採択にする結論が出る。のど自慢で出演者が歌っている最中に「カン」と鐘が鳴って歌を中断させて、出演者には退場してもらうのとよく似ている。

 論文を読むと、だいたい results の途中当たりで「カン」と私の頭の中で鐘が鳴る。不採択だ。それより先に論文を読むことはない。Immature とか entirely inconclusive とか理由を付けて in-depth review は行ないません、と宣言して不採択とする。

 んで、この頃は、2週間に一度くらい、私の頭の中で「カン」と鐘が鳴っている。


、、、ところで、明日からインドネシアに出張してきます。リアルタイムで更新していないブログなので、別に予告しなくてもいいのだけれど、、3泊4日で帰ってきたら、次の日からは宮崎出張。一週間はちょいと飛び回ってます。


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2014年10月27日

今年三度目の北海道・札幌

先週末の24ー25日、北海道大学にホリプレ講演で出張した。ホリプレ、すなわちプレゼンや論文作成に関わる講演はそろそろお断りしようと考えているが、まだ以前に引き受けた講演がいくつか残っている。先々週は武庫川女子大に行ったし、再来週は宮崎大学に同じ用件で行く。それでとりあえず、ホリプレ講演のご依頼は受付を終了させていただきます。関係の皆様にはご了解いただけますよう、よろしくお願いします、、。

北海道は今年3度目であった。1回目は2月。吹雪の札幌を歩いてウニ丼を食べて、雪の中に埋もれそうになりながら北海道大学・人獣共通感染症リサーチセンターに行った。2度目は8月に千歳空港からニセコで開催された細菌学若手コロッセウムに参加した。夏とは思えない肌寒さで、風邪を引いて咽喉をつぶした。んで、今回は、北海道大学・獣医学部でのホリプレ講演である。高校生の頃、北大の獣医に入りたいと漠然と思っていた(その希望は諸般の事情で受験する事なく頓挫した。もっとも、受験しても合格したかどうか、入学後に無事に獣医学部に入れたか(北大は入学後に配属学部が決まる)わかったものではないが、、)私にとっては、ある意味で特別な場所である。これまで、人獣共通感染症リサーチセンターまで出向いた事は何度もあるが、獣医学部に足を踏み入れるのは初めてだった。

IMG_2205.jpgこの日は午後1時半に千歳空港に到着、快速エアポートライナーで札幌駅についたのは午後2時半であった。人獣共通感染症リサーチセンターの大西なおみさんにお迎えにきていただき、海外出張でボスの東さんが居ない研究室で、しばし情報交換して獣医学部に到着したのは講演の10分前であった。関係者の皆さん、ヤキモキさせてすいませんでした、、。写真はこの日の北大構内のイチョウ並木。ちょうど良い感じだった。

講演時間は1時間半。いつものスライドでいつものように喋りだしたのだが、やはり同じネタで喋り過ぎなのか、イマイチ気合いが入らない。こういうときはあまり良い結果にならない。決して滑らかとは云えない調子で話すこと60分。早々と用意した話題をすべて話してしまった。以前、山口大学で同じ話をした時には、90分間一杯使い切ったのに、今回はえらく早かった。やはり演者本人が面白がって話さないと、淡々と講演が進んでしまって早く終わるのかもしれない。いやー、あんまりよくなかったなー、、と思っていたら、存外質問が多くて結局90分をちゃんと消化することができた。講演終了後も、何人かの方からご質問を頂き、面白かったですとお褒めの言葉も頂いたが、、でも潮時かな、と本人は思う。演者が飽きているような講演はするべきではない(といっても、再来週には宮崎でまだ講演しますけど)。次にこのような講演依頼を受けるとしたら、続編「研究者の劇的プレゼン術 2」でも出版したときかも、、そんな予定も依頼もありませんけどね。

講演終了後、この日偶然にも来札していた帯広畜産大学の川本先生(かわもっちゃん)と一緒に、今回ご招待いただいた北大獣医の石塚先生とでススキノに繰り出した。石塚先生に連れていただいたのは狸小路3丁目にある「おたる 魚一心」というお店である。これまで、観光客相手の上品な北海料理店にはよく入ったが、このお店は全く違っていた。店内は小振りで、メニューの紙札と日本ハムファイターズとソフトバンクホークス(なぜにソフトバンク?)の野球選手のサイン色紙が所狭しと貼り付けられていたりして、とてもオシャレとは云えないが,豪快に盛られたお刺身や焼き物が気軽に楽しめる。地元の人に人気のお店のようだ。店の親父さんもおかみさんも気さくで居心地がいい。次に札幌に来た時には,また訪れたいと思わせるような店だった。ここに大西さんも合流して、ビールが苦手なかわもっちゃんを除いた三人で生ビールを飲みまくった。石塚先生はビール以外飲まないという、一徹な酒飲みである。2軒目は、以前も訪れたことのある北大関係者御用達の居酒屋コーシカだ。前回、この店を訪ねた時は、コーシカのマスターが何かの病気で検査手術を受けるという前日だった。不安気なマスターを肴にして、人獣共通感染症リサーチセンターの鈴木定彦先生と遅くまで飲んだのだった。
んで、この日。コーシカを訪ねたら、マスターは元気だった。「2ー3年前に大阪からの出張で、スズキさんと一緒にここに来たんですけど、覚えてます?」と尋ねてみたが、「覚えてない」と言われた。これが大阪なら絶対「覚えてるで、、」と客商売をやっている人なら云うところだが、あいにくここは札幌である。大阪人の文脈は通じない。が、コーシカは相変わらず居心地のよいお店だった。あれよあれよという間に午前0時をまわり、1時になる前に店を出た。

翌日は、午前中に新千歳空港に戻り、かねてから食べたかった「あじさい」の塩ラーメンをいただいた。新千歳空港には「あじさい」が2軒ある。空港ビル3階のラーメン横丁みたいな一角にある店はいつも混んでいるが、1階の到着ロビーにある店は空いていてすぐに食べることができる。前回8月に来たときに知った裏技である。

今回は、短い滞在だったけれど非常に濃密な札幌出張であった。


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2014年10月14日

東京でうどんとシューマイ

ただいま新幹線車中。ある用務で東京に出張した帰りである。10年間この用務に携わってきたのだが、ようやく今年でそれも終わる。この用務のおかげでずいぶん勉強になったけれど、やっぱりようやく終わったぜとホッとした気持ちになる。もっとも、12月中にあともう一度会合があるかもしれないけれど。

台風19号の通過で新幹線が遅延するようなら今回の会議はキャンセルしようと構えていた。けれど肝心の台風さんがさっさと列島を縦断してしまったので、午前中に乗った新幹線は全く時間通りで昼過ぎに東京に着いた。新幹線の予約の都合で、会議の開始まで少し時間がある。何か昼飯を食べようかしらんと駅周辺をウロウロしていたら八重洲側から丸の内側に出る通路の途中で、「釜たけうどん」を見つけたので迷わず入る。「釜たけうどん」は知る人ぞ知る、大阪千日前のうどんの名店である。その千日前の店には行ったことがなかったのだが、思わぬところで名物の「ちく玉ぶっかけ」を味わうことができた。

「釜たけうどん」を出ても、まだ会議まで時間が充分あったので、天気もいいことだし東京駅から霞ヶ関まで歩くことにした。少し風は強いがいい天気だ。有名ブランド店が軒を連ねる大手前の官庁街を抜け、日比谷の交差点から日比谷公園に入って斜めに横断し、用務地である虎ノ門に着いた。

会議はほぼ3時間。午後5時過ぎに終わった。即座に iPhone から、午後5時40分の「のぞみ」の席を予約して、霞ヶ関駅から丸の内線で東京駅に出て、ビールと崎陽軒のシューマイを買い込んで遅延なく新幹線に乗り込んだ。んで、いま三河あたりである。しかし、昼は釜たけうどんで、夕方は崎陽軒の折り詰めシューマイなんて、我ながらお気軽にできているものである(といったら釜たけうどんと崎陽軒に怒られるかな、、)。

明日は夕方から武庫川女子大学にて出張講演。今週後半の生化学会でも座長を担当しそうだったのだが、事前にダブルブッキングが発覚して事務局にお願いしてキャンセルさせていただいた、、。、、、先日、学会プログラムを見たら、担当するはずだったセッションの座長名が私のままになっていた、、、。大丈夫かな、、、。交替をお願いした K 大の NKGW 先生、、よろしくお願いします。

気が少し早い気がするけど、今年ももう少しだ、、。

年賀状買わなきゃ、、(気が早いか、、)。


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2014年09月30日

9月の出来事2

 前回にひき続いて、9月の出来事のツラツラ、、。

 AIFII が開催された新公会堂のある奈良公園は、私にとって想い出深いところである。小学生の頃、私はお寺さんと仏像が好きという、それはそれは落ち着いた子供であった。当時、近鉄奈良駅の近くに親戚が住んでいて、夏休みに1週間ほど泊まらせてもらって一人で仏像見学に市内のお寺を回ったことがあるほどである。興福寺は言うに及ばず、東大寺二月堂・三月堂・戒壇院、新薬師寺や白毫寺など、当時に巡った寺院には結構な思い入れがある。春日大社のある原始林を南に抜けた高畑町には、小学生時代にクラス担任だった先生のご自宅もあって、小学校卒業後に一度お邪魔したこともある。

 そんな思い出の地でありながら、今回の学会では昼間はずっと会場にいて、どこにも訪れることはなかった。残念だけれど、大阪から奈良はすぐの距離だ。機会はいくらでもある。
、、と思っているうちは、大抵はそこには行かないんですけどね。

 もし今、家族で訪れるとすれば、愛犬のミューも同伴させなければならないけど、、シカがたくさんいる奈良公園って、イヌを連れて入ってもいいのかしらん?

*     *

 今月は AIFII のほかにも、初旬に毒素(トキシン)シンポジウムという学術集会にも参加した。こちらの方は徳島県の鳴門市で開催された。この時のエクスカーションに、大塚国際美術館に連れて行っていただいた。この美術館は世界の名画を陶板で再現して展示陳列していることで知られている。陶板に焼かれた色彩は決して色褪せることがないというので、資料価値が高いとかのことだ。もちろん画の再現性は高い。山を繰り抜いて建てられたこの美術館にはそんな陶板名画・壁画が1000点以上展示されている。ただ歩きまわっても、かなりの時間を要する。そして、名画中の名画(の複製)が目白押しである。しかし、これでもかこれでもかと名画ばかり見せられていると、それはそれで疲れるものだ。なんかこう、ちょっと、緊張と緩和というか、動と静というか、チェンジ・オブ・ペースも欲しい気がした。

 美術館には、私の好きなセガンティーニさんの画もあった。好きな画家さんの絵は遠くから見てもすぐ判る。彼の作品を見つけた時は嬉しかったが、名画のミニ陶板が売られていた土産物ブースには、セガンティーニさんのミニ陶板はなかった。あれば買ったのに、、。店内にあるのは超売れ筋、超人気名画の陶板ばかりだった。、、やっぱ、緊張と緩和というか、酒と肴というか、、、、、土産物のラインナップにもそれが欲しかったな。

*     *

 毒素シンポジウムの会場でも AIFII の会場でも、たくさんの方に「ブログ見てますよ、、でも最近は更新が少ないですね」と声をかけていただいた。みなさん、ほとんどは社交辞令で、それほど心待ちにされているわけではないと思うけれど、、でもすいませんすいません。確かにサボってます。

 しかし、これには理由がある。ブログを始めて8年だが、その間にインターネットで提供される情報は圧倒的に増えた。 今や、Web ページを開設するよりもはるかに簡単に、 Twitter や LINE や Facebookを利用して沢山の人が気軽に近況報告したりエッセーのようなものを書いたりしている。そんな中にあって、もはやブログというフォーマットはいかにも大仰で古臭いように(私は)感じてしまう。簡単な近況報告なら Facebook で充分だろう。ブログなんて必要ないじゃん、と思う。あるいは、この時代にあえてブログを続けるからには、ちゃんとしたまとまった記事を書くべきなのかも、、と勝手に身構えて、それが妙なプレッシャーになって更新頻度を少なくさせている。

 ブログのようなフォーマットには、以前のホリプレのようなまとまった記事がやはり合っている(と思う)。まとまった記事を書くためには構想を練らねばならない。そうだ。何か新基軸で、、、新たな構想で、、、まとまったものを、、、、とぶつくさ言いながら、でも、やっぱりだらだらと駄文を書き続けるんやろな、、更新頻度が少なくなっても、、、。すいません、もう少しお付き合いお願いします。みなさん、、。

 それとやっぱり心に余裕がないと、仕事が終わったプライベートタイムにまとまった文章を書く気になれない。これも更新頻度が減った原因のひとつかもしれない。

*     *

 私は人間が小さいせいか、仕事でやらねばならないことがたくさん残っていたり、上手くいかないことがあったりすると、すぐに心に余裕がなくなる。とくに今月はスケジュールが詰まっていて、その余裕のなさに拍車がかかっているようだ。スケジュール表を見ると、今月の平日で、会議や出張などの予定が全くない日は二日しかなかった。最近は、事前に対応可能な日時が調査されてから、出張なり会議なりの日程が決定されることが多い。その調査メールに正直にスケジュールの空いている日時を申告してしまうから、空いている日程がどんどん出張や会議で埋まる。そういう仕組みだ。だから今月などは空いている日が二日しか確保できなかったのだ。

 これはいかん。スケジュール調査で正直に予定を知らせるのはやめよう。これからは毎月、絶対に自分の仕事(研究)で確保したい日を決めて、その日はいかなる問い合わせがきたとしても、出張不可・会議出席不可で返信してやる。ふっふっふ。そうすれば、毎日毎日どこかに走り回るようなことはなくなるはずだ。これを、ウソのスケジュール申告&仕事日確保大作戦と呼ぶことにしよう、、。

 しかし、今年はもう遅いかも。年末まで、割とスケジュールがすでに詰まってしまっている。11月には5日間のインドネシア出張の翌日に宮崎出張があったりする、、。ウソのスケジュール申告・仕事日確保大作戦は来年から決行かな、、、。残念である。しかしいやまぁ、私ばかりがつらいわけではない。うちの大学には、フルマラソンを走ったその日に海外出張に出かけられるというマゾヒスティックな先生もいらっしゃることだし、グチを云ってはバチが当たる(ちょっとちがうかもしれんけど)。

 と、ウダウダと云っていても明日からは10月だ。ウダウダ云いながら、仕事もブログも続けます。ではみなさま、ごきげんよう。


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posted by Yas at 21:17| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月28日

9月の出来事

みなさん、ずいぶんご無沙汰しております。
久しぶりですので、更新の滞っていた間の出来事などをつらつらと書いてみますです。

*     *

 今月初めに、 UQUA というBluetooth スピーカーを買った。防水性があって、お風呂に浮かべてiPhone やiPod の音楽を楽しめるというやつだ。その宣伝文句そのまんま、お風呂で使うために買った。

IMG_2195.jpg ただし音楽ではなくて、購読しているPodcastを聴くためである。Podcast は、主に英語の勉強のために聴いているのだが、クルマでの通勤の時間以外に聴くヒマがないので、お風呂の時間にも番組を流して気楽に聴いてみようと思ったのである。お風呂での使用が可能なスピーカーをネットで物色し、値段的にも手頃でユーザーの評判も悪くない本機を選んだ。Bluetooth での接続を毎回しないといけないので少し面倒だが、それ以外に不満はない。が、誤算があった。実は私はそんなに風呂好きではないのだ。なので夏場などの入浴時間は10分ほどしかない。さらに、シャワーを流しているときは水音でスピーカーからの音声は聞こえないので、このスピーカーを楽しむのは湯船に入っている時間に限られる。、、ということで、1日に5分ほどしかこのスピーカーを使っていない。企画倒れかも、、と思いながら、しかし長風呂に宗旨変えする気もなく、二週間ほど経った。こんな私でも、冬場はきっと、もう少し風呂に入る時間が長くなるだろうさと、寒くなるのを楽しみに待っている。
、、、ということで、英会話のお勉強はちっとも進まない。

*     *

 先々週、オレゴン州立大学の Prof. Mahfuzur Sarker が研究室を訪問してくれた。 彼とはそれまで面識はなかったが、ウエルシュ菌の研究に長く携わっている彼は、本菌の産生するエンテロトキシンという毒素を研究している(いた)私のことを知っていて、大府大のマミちゃんを通じてメールを送ってくれて、この日の面会が実現した。日本好きの彼はどうやら何度も日本を訪問しているようだ。今回も JSPS の予算で6週間、日本に滞在していた。その間、親日派の彼は日本国中のたくさんの細菌学者のもとを訪れ、私の研究室にやって来たのは離日する2日前だった。

 彼は「ホスピタリティあふれる日本人が大好きだ」という。バングラデシュ出身だがアメリカ生活が長い。日本好きが関係あるのかどうか分からないが、日本人にわかりやすい英語を話してくれる。世界の人がみんな、Mahfuzur みたいな英語を話してくれたらありがたいのにな。と思いながら一緒にランチをして、そのまま飯田研、永井研、藤永研と微研の細菌学関係の研究室に案内した。うちの研究室では、シショーが論文化に苦労している IVET-IP の話を紹介したら、えらく感心してくれて(社交辞令かもしれないけれど)、「微研を訪問するのに1日だけでは足りなかった。もっと皆さんと話をしたかった。きっとまた来る。だから外国人招聘のグラントが取れるようだったらいつでも呼んでくれ」と言って帰っていった。

 いや、、Mahfuzur さんがアメリカでグラントを取って我々を呼んでくれてもええんやけど、、と思ったが、そこはホスピタリティあふれる日本人のこと、「必ずまた呼ぶよ」と言って見送った。

*     *

 Mahfuzur さん訪問の次の日、 医学部学生の選択必修科目「感染症/免疫学」の講義を担当した。ずいぶん以前に担当していたのだが、あまりの学生の態度の悪さに辟易し、しばらく担当を断っていたのだが、3年前に知り合いの先生に依頼されて担当を再開していた科目である。その再開1年目の3年前はとても反応のいい学生さんばかりで楽しかったのだが、昨年はそれほどでもなく、今年ははっきりと良くなかった。前向きに講義に参加する学生が3分の1、可もなく不可もないのが3分の1、残りの3分の1は「大学の講義をなめとんのか」と言いたくなる(実際、質問に答える気がない学生には「お前はもうええっ」と言った)ほど態度が良くなかった。

 一口に学生と云っても色々なキャラクターがあるのは認めるが、教員にとってよろしくないクラスの学生たちというのは、たいてい共通して講師の人格や感情に無頓着である。こちらを感情のないティーチングマシンか何かと勘違いしているかのようで、講義最初に挨拶もないし、アイコンタクトもないし、ただ仏頂面で座っているだけである。質問しても全く考える気がないか、面倒くさそうに適当な単語を口にするだけである。こちらはとっても不愉快だ。

 いつも書くけれど、こういうことになるのは大学の責任でもある。学部生活をおくる間に「講義なんて、テキトーにこなしていればいいものなのだ」と暗黙のうちに学生たちに教えてしまっているのはきっと大学だ。

 来年は担当を断るか、、あるいは興味を持ってもらえるように色々と工夫するべきか。
くそっ、小学生でもあるまいし、60分や90分の講義くらいちゃんと聞けっ、、と愚痴っても始まらないので、講義のやり方をまた考えることにする。それにしても、あの学生たちの、こちらを無視するかのような態度は改めてもらいたいけれど。

*    *

 23日から26日まで、奈良市の新公会堂で「あわじ感染症・免疫フォーラム(AIFII)」が開催された。この学会は淡路島で開催されるのが常なのだが、今年は変則的に開催地が奈良になった。「AIFII in 奈良」というわけである。本会は今年で13回目を迎えた。会場の新公会堂には能舞台が設えられていて、演者と座長は靴を上履きに履き替えて、いわゆる檜舞台に上がってそれぞれの役目を果たす。外国人ならずとも、なかなかに面白い趣向だ。

 この学会、マンネリ化を危ぶむ声もあるが、やはり世界的な最高レベルの講演が集まる国内では貴重な集会だ。会場に座って素晴らしい講演を聞きながら「自分の仕事のクォリティーはどうか?」といつも内省させられるせいか、4日間経ったあとの閉会時にはかなり疲れる。私にとってはそんな学会である。

 ところで、会期中に何人かの先生に「国内の細菌学分野の演題登録や参加者が少ないんじゃない?」と指摘を受けた。確かに国内からの参加演題を見ると、免疫学関係が約40演題、ウイルス学がやはり約40演題、寄生虫学と細菌学がそれぞれ20演題ほどのようで、国内学会の会員数の比率で見ると、細菌学関連の参加が少ない。AIFII を主催・共催する国内研究機関に細菌学関連の研究室が少ないことも影響しているとは思うけれど、それは別にして、日本細菌学会を通じてもっと AIFII を宣伝しないといけないのかもしれない。細菌学会の理事でも監事でもないのだけれど、そんなことを考えた。

 ツラツラと書く、とは言ったものの、さすがに長くなったので次回に続く、、。


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posted by Yas at 16:10| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月10日

過ぎゆく夏と研究ストレス

 ここのところずいぶんと涼しくなって、夏が足早に去ってしまったかのようである。新聞によると、8月のあいだ大阪では猛暑日がゼロだったということだ。

「今年は、大阪には夏が来ぇへんかったな、、、」と研究室で喋っていたら、今春に帯広畜産大学からやってきた福島県出身のイッシーが「えっ?充分暑かったじゃないですか?」と戯(たわ)けたことを言う。なに言っとる、そんなたるんだ奴には大阪の夏の本当の恐ろしさを見せて懲らしめてやらねばならん。こやつを懲らしめるために(なんでやねん)、来年は夏らしい夏が来てくれますように、、と心から天に祈ってやった。しかしほんと、今夏に新調した七分丈ジーンズもリゲッタ・カヌーサンダルも半袖シャツも、活躍の場があまりなかったのでちょっと欲求不満気味である。

 夏が過ぎたといえば、この夏の間に書き上げたかった論文の進捗がはかばかしくなくて、こんなに涼しくなっているのにまだ完成からはほど遠い状態だ。仕事自体の進捗もあまりよくない。もうそろそろ科研費の申請時期が近づいてくるが、その計画調書の業績欄に前年と同じ業績を書かねばならないことに気がついて愕然とする、、、そんなことが今年も繰り返されるかもしれんと思うとぞっとする。これって、研究者にとっては結構なストレスである。

 論文が書き進められないのに、この7月中旬あたりから出張用務は次々とあるわ、天から用事が降ってくるわ(人はこれを雑用と呼ぶ)で、先週あたりからストレス絶頂の日々を送っている。ストレスが溜まると溜息が出る。これは真摯に人生を送っている人間の真っ当な生理である。今日も朝から知らない間に何度もため息をついていたらしい、それをテクニシャンの小林さんに「もうっ、センセ、さっきからため息ばっかりりついて、、」と叱られた。私は心のうちを隠せないオープンなタイプだ。ため息くらい出るわっ。

 んで、今日は午後から長い会議に出席。「うぅっ、またストレスが溜まるっ、、」とフラフラになってラボに戻ってくると、テルチーとテルチーを指導しているなかぴょんが待ち構えていた。仕事の進捗の報告と相談をしたいということだ。
「うぅっ、、またストレスが増えるのか?、、」と思って話を聞いていると、しかし実は彼らはよく頑張っていて、この数週間でかなり進展した研究の様子を聞かせてくれた。ここ20年来、少しずつ試しては止めていた仕事にようやく光明が差すかと期待させてくれるかのような話だった。テルチー、なかぴょん、、頑張ってくれてありがとう、、。この調子で、行けるとこまで行きましょー。、、、いきなりストレスが晴れて元気になった。研究する生活とはそんなものだ(と信じたい)。

 ということで、その晴れやかな気分で嬉しくなって、用もないのに実験室をスキップしながら歩き廻っていると、イッシーのずっと上手くいっていなかった実験にも明るい兆しの結果が出たらしいことをさらに聞いた。

 これを聞いて、ストレスはすっかり晴れた。

 研究する生活とはそんなものだ、、。


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posted by Yas at 22:44| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月30日

解体的出直し

理研:再生研の規模半減の解体的出直し 改革行動計画発表
ーー毎日新聞 2014年08月27日 10時02分(最終更新 08月27日 13時06分)より抜粋ーー
 STAP細胞の論文不正問題を受け、理化学研究所(野依良治理事長)は27日、論文作成の舞台となった発生・再生科学総合研究センター(CDB、神戸市)の「解体的出直し」などを柱とした改革のアクションプラン(行動計画)を発表した。CDBは規模を現在の半分程度に縮小し、今年11月までに「多細胞システム形成研究センター(仮称)」に再編される。
 CDBには現在、約40研究室あり、所属する研究者は約450人。その研究室を半減する。まず5種類の研究プログラムのうち、ベテラン研究者を中心とした「中核プログラム」とセンター長直轄の「センター長戦略プログラム」を廃止する。残る研究室は一部を理研の他のセンターに移すなどして再編する。所属する研究者の雇用は維持する。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 理研にとってよろしくない出来事(大半は理研自身の責任によるのだが)が重なったとはいえ、研究室半減の措置は決して軽くないと思う。何らかの基準をもって、存続させる研究室と廃止させる研究室を決めたのだろうが、線引きされて廃止が決定した研究室のメンバーはやりきれない気持ちだろう。雇用は維持されるというが、真摯に実験をしてきた研究グループに手を入れられる、その心情は察するにあまりある。

 先日、サーヤが少し嬉しそうに実験データを私に見せにきた。これまでどうしてもはっきりとした実験結果が得られずに一度は放棄した作業仮説を裏付けるデータが出たのだという。その実験の結果だけを見ると、なるほどそのように解釈できる。しかし私は「この実験結果は、自分に都合のいいデータだけをピックアップしたように見える。現時点ではこの結果に基づいた結論を支持できない」と言って突き放した。嬉しそうにしていたサーヤには悪いが、私としては客観的に見た当然の判断である。
 彼女には、1)上手くいったときの実験条件と上手くいかなかったときの実験条件を比べて違いを洗い出し(このためには実験ノートに実験過程が適切に記載されている必要がある)、上手くいくための条件を確定すること、2)その条件で実験が上手くいくことを確かめるのと同時に、上手くいかないと思われる条件でやはり上手くいかないことの再現を取ること(つまり、見い出した条件が実験データを確定するのに必須であることを証明すること)を求めた。でなきゃ、STAP 細胞と同じになってしまうがな、、。と付け加えた。現在、検証実験が進行中という STAP 現象問題は、未熟な研究者にとって「舌切り雀」くらいの教訓話にはなっている。

 冒頭で引用したのと同じ毎日新聞がその後の社説で、理研の改革アクションプランが手ぬるいと批判した(8月29日版)。曰く、「理事が刷新されていない」「改革が CDB にとどまる」「理研本部の幹部責任を含め、もっと踏み込んだ改革が必要だ」「CDB の研究者約450人の雇用は維持される。多くの研究室の場所も当面は変わらない。STAP 問題とは関係のない研究者に配慮した対応だが、看板の掛け替えに終わらせてはならない」
 相変わらずの大新聞の大上段で嵩(かさ)にかかった批判には首を傾げる。この社説氏は、STAP問題にかかわる理研の何が問題で改革案が手ぬるいと批判するのか、私にはわからない。広報のやり方や、論文の不適正な内容が発覚した後の対処が悪かったとしても、、(さらに、実力のない研究者をよく調べもせずに PI( リーダー)として 採用したり、実験結果の吟味もせずに論文化に邁進したとか、、確かにたくさん拙い部分はあるとしても)、理研が組織ぐるみで故意に不適正な内容の論文を公表し、反社会的なやり方で Nature 誌にその掲載を強要したわけではないのだ。ついでに言えば、私は、自分の経験から考えて、小保方氏には不正をしたという認識はないと思っている(関係の一連の記事はこちらからどうぞ)。ただひたすら未熟であったために致命的な誤謬を犯してしまったということではないのか。無論、これは法に触れる犯罪ではない。

 高額の予算を使って実験をして、再現性のない結果を公表しているのは反社会的な行為である、という論評も目にしたことがあるが、これは実験科学のことをあまり知らない人の考え方だ。巷には再現性のない実験結果を含む科学論文などたくさん存在する。だからSTAP問題も別に構わないと言っているのではない。ある時ある場所での実験結果が再現できないなどということの原因はたくさんあって、つまり実験結果がなぜか再現できないということはたくさんあって、それは研究の不正とは別の問題なのである。不正を働いて再現性のない結果を雑誌に掲載している研究者など全くいないとまで言うつもりはないが、,。それに、通常、研究の80%は上手くいかない(ホリグチの実感)ものだ。もし前出の意見が「予算を無駄にするのが反社会的行為」という意味を含むのなら、80%の予算を無駄にする(真の意味で無駄ではないのだけれど、、)科学研究そのものが反社会行為ということになってしまう。たくさんの失敗や誤りの先に、研究の進展はある。、、ただし、先述のように、高額の予算を獲得している研究組織として、STAP問題にまつわる理研の対応が拙かったのは確かだと思う。
 
 それ相応の責任が理研にあるのは否めない。しかし、もう少し静かに理研の改革の努力を見守ることはできないのか。STAP 細胞にも理研にも、直接には縁もゆかりもないそこら辺の細菌学者はそう思う。


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posted by Yas at 14:52| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月12日

若手コロッセウム・8月上旬

長いこと更新が滞っていた。すまん。

8月6日から9日まで北海道にいた。6日から3日間の日程で開催された「細菌学・若手コロッセウム」に出席するためである。今回の開催地はニセコ。札幌から車で2時間と少しの距離である。この研究会のことは第1回から前回の第7回まで、全てこのブログでアップしているので「若手コロッセウム」で記事検索してみてちょ(さぼってすまん)。

夏の北海道ということで爽やかな気候を期待していたのだが生憎の天気で、じめじめとしてかつ肌寒い天候の続いた研究会だった。この会は細菌(含真菌)を題材にした研究ならどの分野でも OK という懐の深い研究会である。モデル細菌の転写・翻訳制御、病原細菌、エコロジー、極限細菌、なんでもありだ。発表者は概ね若いが「若手コロッセウム」という名前がついているからといって、年齢制限があるわけではない。今回は一般演題に加えて二つの特別講演と多数の招待演者による企画セッションがあって、プログラムはてんこ盛り状態である。昼食時間にもランチョンセミナ−がセットされているので、息をつく間もない。

特別講演のひとつは漫画「もやしもん」の作者である石川雅之さんによるパネルディスカッション(といっていいのかな、、)であった。いくら人気の漫画家さんとはいえ、学術集会で招いたりしたら本人も困るやろ、と心配したが、石川さんご本人は周囲に非常に気を使う方のようで、上手く会場をコントロールして話を進められたので楽しく時間を過ごすことができた。、、なかには石川さんがいらっしゃるというので研究会に参加を決めたというけしからん人もいたが、、、まぁいいか、、。その本人は石川さんに会えて、見ているこっちがほのぼのとするほど無茶苦茶喜んでいたし、、。

IMG_2161.JPG石川さん、参加者全員にオリゼー(コウジカビ)つきの名札を夜中の間に作成してくれた。やはり非常に周囲に気を使う方である。石川さん、ありがとう、、。一緒に写真を撮っていただいたとき、私は「あしたのジョー」の T シャツを着ていた。全く失礼なやつである。「『もやしもん』の T シャツじゃなくてすいません」と言ったら、「いや、そんなことないです。私、ちば(てつや)命ですから、、」と仰った。、、ほんとに非常に気を使われる方である。

ところで、私。会場で空調の風の当たる場所に陣取って口演をずっと聴いていたら、ノドが激しく痛くなってきて、夕食後の懇親会(飲み会)ではすっかり声が出なくなってしまった。大阪を発つ前から少しノドが痛いなと思っていたのだが、どうやら空調の風で悪化したらしい。最終日には少し回復したが、ガラガラ声で質問して会場で失笑を買ったり、閉会のご挨拶を務めたり、、。研究会終了後、飛行機の都合で札幌で一泊したら、再び悪化して声が出なくなっていた。この状態で、空港の案内で土産物屋を尋ねるのにひと苦労したり、騒々しい飛行機内で毛布をもらうのに「もうふっ! もううふっ!!」と出ない声でお願いしても、CA さんは耳に手を当てて「はっ? はぁ?」と何度も聞き返すばかり(吉本新喜劇かっ!?)でラチがあかんかったり、、。

そうこうして、自宅に着いた頃には関節痛と悪寒の風邪の典型症状が出て、激しく咳も出始めた。日曜日は自宅でノタクタ、月曜日は大学に出たものの必要最低限の仕事をして昼過ぎに早退して、、、。

そうして、8月6日から11日までが過ぎていったのであった、,。あ、おかげで今日はかなり元気になりました。声はまだハスキーですけど、、。


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posted by Yas at 19:09| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする