2017年07月23日

ミュウ

愛犬のミュウが亡くなった。ヨークシャテリアの17歳と2ヶ月。寿命を全うしたと云っていいと思う。

DSC00128.jpg亡くなったのは、7月11日午後9時50分。私は有馬温泉で開催されていた毒素シンポジウムに参加していた。ちょうどこの時間は、懇親会の最中だった。もしかすると隣に居た金沢大の藤永さんとペット談義をしていた頃かもしれない。その夜には家内から連絡があったがどうすることもできず、シンポジウムの終了を待って早いうちに帰宅し、すぐにペット霊園に行って荼毘に付した。

それまでほとんど何の病気も無く元気に暮らしていたのが、昨年末に白内障が出始めるのと同時にほとんどの躾が外れて(要するに「おすわり」も「待て」も「お手」もしなくなった)、トイレのルールもほぼ守れなくなった。今年に入るとほとんど寝てばかりになって、6月には足腰が立たなくなった。それから1ヶ月は流動食などで繋いできたが、ついに大きな欠伸を三度繰り返したかと思うと静かに息を引き取ったということだ。

ミュウが我が家にやってきたのは2000年の6月下旬のことだ。生後50日くらいだった。ほとんどの躾は3日ほどで入ったし無駄吠えもないし、実にやりやすい愛犬だった。絶妙な甘えん坊で、必ず家族の誰かとスキンシップをしていないと落ち着かないようで、いつもみんなの後をついて回っていた。そんなミュウに飼い主達はあっさりと籠絡されたものだ。そのミュウがもういない。巷ではペットロス・ストレスがしばしば問題になったりするが、それも「宜なるかな」と実感するほどである。

IMG_2829.jpg

ペット霊園では充分な配慮のもとねんごろに弔っていただいた。いま彼は、我が家のリビングで静かに佇んでいる。




、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく




posted by Yas at 19:08| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月17日

ガチャピンが来た

 6年前に大学院修士を出たガチャピンがラボを訪ねてきてくれた。

 ガチャピンとは、もちろん本名ではない(当たり前ですけど)。ハシモトマキコという歴とした名前があるのだが、博士前期課程(修士課程)に入学しラボに参加してきた彼女が、「ガチャピンが好きなんです」とばかりガチャピングッズで身を固めていたためにあっさり「ガチャピン」というあだ名が付いた。それ以来、たぶん私は彼女をガチャピンと呼び、ハシモトとも、マキコさんとも呼んだことはない。

 ガチャピンは笑いの閾値が低くてなんでも笑ってくれるのでよいが、「笑かし」のテクニックを磨く(何のために?)相手としては向いていない、というまぁ、とにかくいつも陽気な学生だった。彼女の地元である徳島にある化学系のメーカーで、バイオ系の研究をするというので就職したがバイオ部門はすぐに閉鎖されたために今は純然たる化学系の仕事をしているらしい。しかし、そのことを気に病んでいる様子はない。久しぶりのわがラボで見かけたオートクレーブテープ(生物系の実験でしか使わない消耗品)を見て、「なつかしいですわー」とケラケラと笑う。その化学系の仕事に関わる学会が、すぐ近くの関西大学で開催されるというので立ち寄ってくれたらしい。

IMG_2798.jpg 学会の開始時間にはまだ少し間があるというので、一緒に昼食に出た。時々、本ブログを覗いてくれているようで、私の近況もよく知ってくれている。

 パスタを楽しみながらの話は徳島での生活のことにおよんだ。そうだ、徳島に帰ったら「いさみ寿司」というところに行ってみてよ。いさみ寿司の若主人はオレの行きつけやった福島/奴寿司で板前をやっていたのでよく知ってるんや。名前はね、「スズエユースケ」やったかな、、、。と言うと、「『スズエユースケ』という幼稚園の同級生がいました」とガチャピンが言う。スズエくんはFacebookの友達だ。生年月日を調べてみたら、まさしくガチャピンと同い年だった。
 へぇそりゃ、もしかするともしかするかもね。じゃ「いさみ寿司」には必ず行って、知り合いだったかどうかわかったら、また知らせに来てね。北千里駅まで送りながらそう言うと、ガチャピンはまたケラケラと笑いながらクルマを降りた。

 じゃぁガチャピン、今度は「いさみ寿司」で会おう。その時はよろしくね。

、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく


 
posted by Yas at 18:49| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月29日

丹生都比売神社とあまの凡愚

 先週の土曜日、和歌山県の橋本近辺に出かけた。同行者は菊谷先生、目加田先生と菊谷先生の研究室の方々(ブログにお名前を書く許可をもらってないので匿名)である。どちらかというと、私は菊谷先生と目加田先生のお供をさせてもらったというのが実際のところかもしれない。

 行き先は丹生都比売神社(にうつひめじんじゃ)とその近くにある蕎麦屋「あまの凡愚」である。どうやら、菊谷先生と目加田先生(と私)が、いつぞやにどこかで飲んでいたときに、以前は大正区にあった蕎麦屋「凡愚」が和歌山県かつらぎ町の天野というところに移転したらしいこと、その天野は菊谷先生のご実家ゆかりの地であることなどが話題になって盛り上がり、ハイキングがてらにそばを食べに行こうということになったらしい(「らしい」というのは、つまり、私はそのことをよく覚えていない。まぁ、お酒を飲んでればよくあることである)。

 北摂からは新今宮か天下茶屋から南海高野線に乗って橋本まで行って JR 和歌山線に乗り換えて4-5駅先の笠田というところで降りる。そこからコミュニティーバスに乗って30分ほど揺られて天野に到着する。結構な距離である。私の住む伊丹からだと朝の7時過ぎのバスに乗って、10時半過ぎに丹生都比売神社に到着する、という案配だ。

IMG_2737.jpg  丹生都比売神社は1700年前の創建。応神天皇が社殿や社領を寄進したと由緒書にある。弘法大師の高野山開山にも関与したという、まさに由緒正しき神社である。菊谷先生はその社家の47代目に当たるということだ。これまた由緒正しい家柄である。神社で、菊谷先生の親類筋に当たる宮司さんから神社の由緒についてお話をしていただき、いい頃合いになったので「あまの凡愚」に向かう。丹生都比売神社からは歩いて5-6分ほどであった。

 IMG_2742.jpg あまの凡愚は蕎麦屋と言うよりも、山小屋でお蕎麦を出しているような風情と佇まいである。間仕切りのない広いフロアには暖炉と石油ストーブが焚かれている。季節の野菜から始まって、太切そば、手挽きそば、変わりそば、そばがき、かも汁そばと続いてデザートとコーヒーで締める。これを3時間ほどかけてゆっくりといただく。まことに贅沢な時間を過ごさせていただいた。


IMG_2743.jpg 腹ごなしに周囲を散策して午後4時半のコミュニティーバスで笠田駅に戻り、往路をそのまま辿って天下茶屋に着く頃にはすっかり夜になった。非常にゆったりとした休日だったのだが、地下鉄堺筋線に乗ったところで「夕飯、食べに行く?」ということで菊谷/目加田先生と私は南森町で下車、そのあとは毎度変わらぬウダウダ言い合うただの飲み会になった。

 せっかくゆっくりした時間を過ごしたのに、、そのまま終われずに最後にウダウダガサガサと飲むのは、きっと自分の落ち着きのない性分のせいである、と思ってワインをたくさんいただいた。

、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく


posted by Yas at 18:02| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月26日

バイリンガルニュース

 ポッドキャストの番組、「バイリンガルニュース」を紹介したのは2年半以上前だ。以来、毎週木曜日に更新されるエピソードを通勤中のクルマのなかで欠かさず聴いている。それで英語が聴けるようになったかどうかはよくわからないが、なんとなく英語担当のキャスターのマイケルの言っていることが以前よりはわかるようになった気がしている。

スクリーンショット 2014-07-23 20.05.58.png 以前にも書いたが、この番組は一週間の間にキャスターのマイケルとマミが様々な分野から拾い上げてきたニュースを英語と日本語の両方で解説したりコメントしたりするという構成でできている。そして時折、ゲストを交えて英語と日本語でインタビューする特別番組が通常番組の間にはさまれる。んで、実は、先週木曜日に配信された特別番組のゲストがなんと網膜の再生医療で活躍されている理研の高橋政代先生だった。

 高橋先生をゲストに選び、また本当に番組に迎えるマイケルとマミの目の付け所の良さや行動力にはまったく驚かされる。おかげで、2時間の高橋先生のインタビューを無料で聴けるのだ。何とも得した気分である。彼らはスポンサーを付けずに、特製Tシャツや番組のトランスクリプション(文字書き起こしテキスト)ファイルを販売したりして番組を維持している。私は応援の意味を兼ねてトランスクリプションの定期購読(月額240円)をしている。

 なんか宣伝してしまってますけど、。英語(勉強用)のポッドキャストを探している方々にはやはりお勧めしたいと思う。


、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく


posted by Yas at 16:30| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月30日

高校生のためのWinter School @微研

 先日(12月27日)に、「高校生のための Winter School@微研」という催し物が開催された。研究活動を広く外部に伝える、いわゆるアウトリーチ活動のひとつである。 とても盛況で、会場は今回の対象の高校生達で溢れていた。

Wintersch.jpg 私が様子を見に来た時は、ブース展示の説明の時間だったのか高校生の質問とそれに応える展示者達の声でとても賑やかだった。開催準備がよかったということだろう、微生物病研究所広報室の方々のご努力には感謝するばかりである。当研究室からは助教のシンザーと大学院生のイッシーが細菌の顕微鏡観察のブースで参加してくれていた。ラボのメンバーがこうした形で参加してくれるのは、ラボを主宰する立場としてはとても嬉しいものでもある。

 微研は最近、広報に力を入れ始めている。そのための予算措置の比重も高くなった。社会に向けて活動をアピールすることはいまの国立大学(法人)にとって非常に大切なことなので当然と言えば当然かもしれない。微研内でも「広報に力を入れる」ことは暗黙の合意事項のようになっている。しかし「なぜ広報に力を入れないといけないのか?」を考えると、すこし暗澹とした気持ちになってくる。無論、広報は必要だし、いまの微研の広報室の皆さんの努力をみると頭が下がるばかりなのだが、ことはそんなに単純でもなさそうだ。

 なぜ広報が必要なのか? 社会へのアウトリーチ活動は、一般の方々に基礎科学(の営み)を理解していただくために絶対に必要である。今回のように高校生が対象ならば、理科教育における啓発とか将来の科学者を育成するという観点で大切だ。一般社会人対象だと、基礎科学を支援する空気を醸成するのに役に立つかもしれない。基礎科学の存在意義を知っていただくために、こういったことは必要だ。その報いはいずれ、大学に戻ってくる。しかしそれはずっと先の話だ。これに私たちは今現在の研究所の予算を使っている。

 一方、大学の運営費交付金は「大学改革促進係数」というわけのわからない名前の係数(大阪大学は確か1.3%)分を毎年削減されるという仕打ちに遭っている。まるで財務省や文部科学省から「国立大学(法人)は自助努力で稼ぎなさい」と言われているようだ。私はそのような文言を官公庁が発行する文書で読んだことはないが、多分そう言うことで間違いないだろう。これに対応するために国立大学の授業料を値上げするのには限界がある。(今でも私たちが学生時代だった頃に比べ充分高い。ちなみに私の学部生時代の授業料は確か9万6千円/年だった)。知財で大学の運営費を稼ぐなどは、現段階では夢物語だ。そもそも資金に乏しい大学が、自己資金で特許申請できる件数などわずかである。では、寄附はどうか? 大学の活動を理解していただいて寄附を潤沢に頂戴できるようになるまでには、寄附という行為がそれほど社会に根付いていない我が国では、かなりの時間が必要だ。そして繰り返しになるが、そんなことをも視野において、私たちは減額され続けてている予算内で広報活動に注力している。今年も来年もそのために予算を使う。これはまちがいなく自助努力のひとつである。しかしそれで「大学改革促進係数」で減額された交付金分を稼ぐのは今は無理だ(ひとによっては「永久に無理だ」というかもしれない)。つまりこれは、今のところ、砂漠に水を撒いて池を作ろうというような努力に似ている。水を撒くのが無駄だというのではない。砂漠に身を置かざるを得ない状況が理不尽だという意味だ。

 繰り返すが、微研の広報室の方々の活動は微研として自慢できるし、無くてはならないものだ。しかしその先に明るい見通しがあるのかと考えると、脳天気なことは言っていられない。と思う。


、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく


posted by Yas at 19:05| Comment(3) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月23日

実験ノート

 お久しぶりです。

 一昨年あたりから「出張を減らして研究室に居る日を絶対増やすぜっ」と考え始めて、ようやく今年度あたりからそれが実現できるようになった。、、、、講義や講演出張をお断りした他大学の皆様方、お許しくださいませ。ホリグチは幸せにやっております。

 ところが、出張を減らして油断していたのかもしれない。雑誌や教科書の原稿依頼を迂闊に引き受けていたら結構な数になっていた。そのそれぞれの締め切りが 7月−9月のうちに迫っていて、実は密かに焦っている。その上、当研究室では珍しくというか久しぶりにと言うべきか、論文(もちろん原著ね)の作成・投稿ラッシュ現象が起こっている。メンバーの論文がふたつ。これはメンバーの書いてきた原稿を私が添削することで作成が進む。それから8年がかりで紆余曲折の末にデータを集めた仕事の論文。こちらの方は実験に関わった主要メンバー全員がすでに異動しているので、図表などの粗稿は残してくれているものの、私が全て生データの所在を確認しながら論文を作成しなければならない。この図表の再作成に二日間かかって、あまりに疲れたので一息つきながらこの記事を書いている。しかし、こんなことが二日間でできるのも当研究室の実験記録システムがそれなりに機能しているおかげかなと思っている。

 当研究室では、研究室に参加したメンバーには実験者記号が与えられる。YhとかNaとか、大抵は名前のイニシャルに由来した記号になるがそうでない場合もある。そしてそれぞれが行う(行った)実験は、その目的によって実験者記号の入った実験番号が振られることになっている。もちろん、実験で作成した材料にはその実験番号が付くし、図表に成形された実験データにも実験番号がつく。実験記録にも実験番号がつく。そうすることで、すでになされた仕事は実験番号と日付をもとにノートを遡って生データや実験方法を確認することができるという仕組みである。今回のように何らかの事情で私がメンバーの仕事で論文を書かないといけない時には、このシステムが大いに威力を発揮する。

 しかし実験番号のつけ方、実験記録の取り方のガイドラインは説明していても、その実験ノートの出来具合はメンバーによって大きな差ができるものだ。気持ちよく元データに辿れるノートもあれば、整理の悪さに愕然として四苦八苦しながら実験方法を探らなければならないノートもある。それでもなんとかなるのは、この方法が長い年月をかけて工夫されて成熟してきたからだと思う(実はこの実験記録方法は、私の学生時代のボスがアメリカに留学していた時に学んだ方法らしい)。私のような雑駁な人間が多人数の実験を管理するのには非常に有効な方法だと思っている。

 ところが世の中、コンプライアンス、コンプライアンスと煩くなってきている。おまけに莫大な額の研究費を不正使用した輩などが本学で出てきたりして、どうやら学内全体あるいは部局全体で共通した実験ノートを作る計画が検討されているとかいう話が聞こえてきている。全くもって余計なお世話なのだが、しかし不正を働いた奴がいたのは事実だし、小保方さんみたいに「笑かしたいんか?」と思ってしまうような実験ノートがあちこちで出回ったりするのは困るし、、、如何ともしがたいか、となんやらすっきりしない気持ちで悶々としている。

 でも、今さら実験ノートのつけ方を変えろと言われたら、やっぱり嫌やなぁ、、。


、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく


posted by Yas at 19:43| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月02日

少し前の出来事4・一撃必殺

 もはや不定期日記とさえも呼べないほどの更新頻度だが、とりあえず気が向いた時に気が向いた事を書くということにして、、「少し前の出来事4」である。

IMG_2505.jpg
 3月下旬吉日。D4のサーヤが所定の単位を取得し、必要な論文の掲載もなり、学位を取得して無事大学院課程を修了して当ラボから巣立っていった。4月からは動物衛生研究所でポスドクとして研究に従事する(している)。

 このブログでも何度か書いているが、彼女の父親は武闘家系細菌学者の大阪市大・西川教授である。んで、彼女は間違いなく父親の血を引き継いでいる(こことかこことかを見てちょ)。んで、朗らかで明るい。ベタな表現を許していただければ、まさに太陽のような娘であった。大学院博士課程の4年間といえばきっと辛い時期もあったはずなのだが、ほとんどそのような素振りも見せずによく頑張った。周囲への気配りもきめ細やかで、上手に人間関係を作る実に大人な女性だった。彼女が去った後の研究室は、他のメンバーも同時に数人が異動した事も相まって実に(再びベタな表現を許していただければ)、火が消えたように寂しい雰囲気になってしまっている。しかしその分、これから仕事をする先々を明るくしていくに違いない。そんなことを思わせる学生であった。

 ところで、当研究室では、メンバーの贈る言葉を書いた色紙を卒業生にプレゼントする風習がある(多くの研究室でそうかもしれない)。少し前までは、私が卒業生に贈る言葉は相手が誰であっても「根性」であったのだが、最近はその人となりによって言葉を選ぶことにしている。んで、サーヤには「一撃必殺」の言葉を贈った。

 我ながら彼女にぴったりの言葉を選んだものだと、勝手に満足している。


、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく


posted by Yas at 21:28| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月30日

少し前の出来事2・あと9年

 少し前の出来事写真のふたつめ。

IMG_2490.jpg 当研究所の菊谷教授と目加田教授である。菊谷教授は平成27年度で定年退職される(た)。写真は、所内で執り行われた最終講演・祝賀会のあと、天神橋界隈まで繰り出した時のスナップである。上機嫌の菊谷先生は珍しくカメラ(iPhoneですけど)に顔をそむけることなく写真におさまってくださったばかりか、これをブログに掲載することさえ許してくださった。天邪鬼な菊谷先生(失礼なこと書いてえらいすいません)は、決して実名掲載も写真掲載もこれまで許してくださらなかったのにもかかわらず、である。定年退職とはそれほど人の気分を変えるものなのかもしれない。

 写真のバーで珍しいワインを飲み、チーズを楽しみ、研究を語る。菊谷先生と目加田先生にはよくお誘いいただいたので、こうしたことは今までにも何度もあったが、やはり何か「ゆるい空気」を感じたのは気のせいか、、。目加田先生も来年には定年で退職される予定である。「僕もあと9年で定年です」と言うと、菊谷先生はいつもの口調で「そんなん、あっという間やで」と仰る。いつの間にか先生とのお付き合いは20年以上に及んでいる。経験不足で未熟で面倒くさい私に、菊谷先生は根気よく様々なことを教えてくださったものだ。まぁ、それもこの3月で一区切りである。

 先生の最終講演はしかし、最終講演とは思えないほどエネルギッシュでかつ将来展望に満ちたものだった。それもそのはずで、菊谷先生は定年後も寄附講座のかたちで研究室を維持されて研究を続けられる予定なのである。そういうことが出来るのは業績が優れ集金能力に秀でた研究者だけで、平凡な教授である私には出来るはずもない。、、、ということは、私の研究生活はあと9年で否応なしに終わるということだ。

 あと9年か、、年齢を重ねてきた教授などが研究以外にも世間を広げてみたいと、色々なことに手を出して面白い経験をされるというのはよく聞くし、自分もそろそろ何かしようかと考えてもみたが、定年まであと9年。研究を楽しめる期間はあと9年しかない、。ワインを飲みながらそんなことを考えてみて、やっぱり定年までは研究を中心に生活することにした。そう決めると、不器用なので私はきっと他のことには興味を向けることができない(テキトーに遊びますけどね)だろう。そういうことは、定年して研究ができなくなってから考えることにした。

 ということで菊谷先生。これまでも色々と教えていただいてまいりましたが、これからもガッツリよろしくお願いします、。


、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく


posted by Yas at 18:44| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月27日

第89回日本細菌学会、終了しました

前回のエントリで書いた日本細菌学会が無事終わった。

初日の23日は、受付開始前に会場を見廻りたいので早朝に家を出て午前6時半に会場に到着。早く着きすぎて、7時の会場までぼんやりと玄関前で待つというおまけつきで、初日を迎えることになった。

今回は、5会場でシンポジウム9題、ワークショップ23題の併せて32題を企画した。これだけのセッション数は近年最多である。「学会は勉強するところである」という意図もあって、意識して詰め込み気味のプログラムにしてみた。

IMG_2497.jpg

学会二日目。ノーベル賞を受賞された大村智先生をお迎えして市民公開講座も開催した。私の研究人生と全く無縁とは言えない大村先生のご講演の司会ができたのは、奇縁というか、、なんとも幸運だった。

たくさんのセッションを企画したおかげで、早朝からセッションが開始するプログラムになったけれど、プログラム自体は概ね好評だったようだ(もっとも、総会長に「こんなプログラムあかんがな」と直接言う人はなかなかいないと思うが、、)。ただ、たくさんの方から「今回の細菌学会は面白い」とお褒めの言葉を頂戴したのは確かだ。特に、私の尊敬する前山口大学教授の中澤晶子先生が「プログラムがいろいろ工夫されていて面白い学会ですね」と声をかけてくださったことが嬉しかった。中澤先生とお話をさせていただいたのはこれが初めてだった。最終日は午後5時までセッションがあった。通常、最終日のお昼頃にプログラムが終了する細菌学会ではこれも異例である。最後は閑古鳥が鳴くかと心配したが、各会場には100人程度(ホリグチ調べ)の参加者が残ってくださっていて杞憂にすんだ。

抄録の検索ができるスマホアプリを用意したのも、細菌学会では今回が初めてである。これも概ね好評でほっとした。私自身、総会長の立場でゆっくりとセッション会場に座っているわけにもいかず(何をするわけでもないんですけどね、、)、数える程度しか講演を聞けなかったのだが、それでもとても興味深い幾つかの演題に出会うことができた。しばらく低迷していたようにも見えていた日本の細菌学も、これからまた盛り返すかもしれない、。そんな期待を抱かせるような演題だった。

IMG_2501.jpg閉会後、会場を立ち去る前に研究室の面々と、。

疲れた顔をしているのが私。学会疲れなんだか、飲み疲れなんだか、、。

閉会後は何人かの方々が学会の感想をメールで伝えてきてくれた。新潟大の寺尾さん、留学中の日吉さん、鈴鹿医療科学大の中山さん、どうもありがとうございました。それから、精力的にプログラム企画をしてくれた、中川一路委員長をはじめシンポジウム企画調整委員の先生方、東京土産を持って本部を訪ねてくださった関矢加智子先生、それから各セッションのコンビーナと招待演者の先生方、学会の運営を担当してくれたエーイー企画の内田さん、今井さん、運営を支えてくださったスタッフ、バイトの皆さん、どうもありがとうございました。

自分の所属するメイン学会の総会長を経験できるのは滅多なことではないし、二度あることでもない。今回の経験はまとめて、次回の総会長である東北大学の赤池教授にはお伝えしたいと思っている。


、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく


posted by Yas at 19:11| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月18日

第89回日本細菌学会が始まります

 私が総会長を務める第89回日本細菌学会総会が、いよいよ来週の3月23日から始まる。会場は私の生まれ育った上本町にある大阪国際交流センターである。学会テーマは「横断的微生物研究コミュニティーの創生と確立:Enjoy Bacteriology!」ということにした。「横断的、、」というテーマは一応掲げてみたものの、実際のプログラム企画は企画委員会にお任せしっぱなしだったので、テーマに一貫したセッションばかりがプログラムされているわけではない(まぁ、大体そうなりますわな)。しかし、「Enjoy Bacteriology !」の方は総会長として実践するつもりでいる。

 最近、私は「細菌学って面白いの?」と自問自答することが多い。その理由はいろいろあるのでまた別の機会に書いてみたいと思っているが、「細菌学は面白い」と言い合えるような場を提供したいという思いで、「横断的、、」のスローガンを掲げて総会を構成することも考えた。

 例えば、今回の総会ではポスター討論の時間を従来よりも長めにプログラムした。おかげで初日は午後7時10分、二日目は午後8時までポスター時間が及ぶことになった。結構遅くなってしまうので、ポスター時間はそのままミキサーの時間に当てて飲み物やスナックを会場で提供する。参加者の方々にはゆっくりとそれぞれの細菌学を語って欲しいと思っている。口演のセッション企画も興味深いものが並んでいると自負している。化学療法学会、獣医学会や微生物生態学会との共催セッションも今までになかったものだし、二日目の昼にはノーベル賞を受賞された大村智先生の公開市民講座も企画した。皆さまには、素晴らしい仕事を成し遂げられた先生、異なる視点を持つ先生方の話を楽しんでいただきたい。

 さらに、今回の総会では会期中とその前後の期間、総会長が色々な事どもをツイートしてみることにした。その様子は日本細菌学会のフェイスブックページや、今回配布している抄録アプリでも見ることができる。#89細菌というハッシュタグで、参加者同士でツイート・リツイートもできる。、、そんな仕掛けを通じて、参加者の皆さんが細菌学をエンジョイしてくれたらいいな、、と願っている。

 とはいうものの、ポスター会場の終盤やツイート#89細菌では閑古鳥が鳴くんじゃないか、と恐れたりもしている。いやいや、どれもこれも Enjoy Bacteriology ! を目指した試みなのだ。とりあえずやってみなければ、、

  、、、ということで、参加者の皆さま。大阪でお待ちしております。


、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく


posted by Yas at 18:46| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月10日

"without any requirement for ,,,"

 研究の世界に長くいると、多かれ少なかれ誰しも何らかの科学雑誌の編集委員(Editorial Board Members)を務めるようになる。私もそうだ。多くはないが幾つかの国際雑誌(と自称、他称しているもの)の編集委員に名を連ねている。

 そのうちの一つに、編集委員を引き受けたものの、その役目を果たすのに少し重荷を感じている雑誌がある。この雑誌の出版社は、いわゆるメジャージャーナルとその姉妹誌をたくさん抱えていて、超高額な講読料や話題性重視(偏重)の編集方針(と世間で思われている)で、時折り研究者コミュニティーからやり玉に挙げられている。その出版社が抱える雑誌のうち、私が編集委員を引き受けたのは Open access, Peer review, Fast decision を唱う、比較的新しい流行りのスタイルをとっている雑誌である。編集方針には「本雑誌に掲載する論文の要件は、技術および方法論が確かな原著であること。インパクトや新規性は問わない」ことが明記されている。論文の重要性の評価は読者に委ねるということだ。同様のコンセプトの雑誌は他の出版社(組織)からも出版されている。しかし実はこの編集方針が、時に編集委員にとって厄介なものになる。

この部分、かつては確かに"without any requirement for novelty or broad interest"のような表現になっていたのだが、最近 ",,without any requirement for impact or conceptual advance" に変更されている。「novelty(新規性)を問わない」ことに無理があると雑誌社も気づいたのだろうか、。

 少し前までの常識では、科学論文は堅固な方法論で成立していることは当たり前で、内容の評価は、新規性とインパクトの大きさに依って立っていた。レビューアは新規性のある結論を確かなものにするために追加実験を要求したり、より良い論文になるように助言を与えたりするものだ。ところがこの雑誌では新規性は問わないといい、その基準に従って論文を評価するように編集者やレビューアにも要求する。つまり、新規性も科学領域に与える影響もほとんどない結論の論文でも、方法論的にちゃんと実験していれば、この雑誌では採用されるということになる。普通に複数の実験をして、何らかの無理のない結論を導けば採用されるということだ。

 無論、この雑誌に投稿されてくる論文の中には、道理のわからない実験と稚拙な考察で構成されたようなものもある。このような論文は問題なく不採用だ。しかし、方法論には問題はないが全く新規性のないものや、結論にも問題はないが何の意義があるのかわからない論文を、この雑誌の基準で評価するのは難しい。基準をまさに尊重するなら、これらの論文は採用されてしかるべきである。しかし新規性や影響力を意識して研究を進めることに慣れた研究者の性が、これを許さない。レビューアは問題点を挙げて厳しい(本来正当な)評価をし、私は不採用を決める。

 不採用を決めると、しばらくして出版社のオフィスからメールが届く。「本当に不採用なのか?あなたが一度不採用を決めると著者は二度と再投稿できないのだが、しかるべき修正を加えることで採用にならないのかどうかもう一度考えてくれないか?」「レビューアのひとりはコメントの冒頭で『興味深い知見を含んでいる』と書いている。興味深いということは改訂をすれば掲載可能なのではないか?」 というのである。編集者としては、編集方針に照らし合わせてどこがどのように問題で不採用となったのかを(もちろん英語で)申し述べなければならない。不採用のたびにこんなやり取りが繰返される。これほど労力がかかって無駄なことはない。これに対して、論文を「採用」とした場合はオフィスからクレームが届いたことはない。それならばいっその事、どんな論文でも「採用」にしてしまえという衝動に駆られてしまうほどである。実際、そこまで極端ではないが、知見の新規性の乏しい(いわゆるつまらない)論文を編集方針の基準に照らして「採用」にしたことはいくつもある。

 なぜこれほどまでにこの雑誌社は論文の不採用を嫌がるのか? もしかすると、インパクトには欠けるが中堅どころのそこそこの論文を根こそぎ自分たちの雑誌で掲載して、他社の雑誌に回したくないのではないか? と勘ぐりたくもなる。

 こういうことをしていると、玉石混淆の論文が大量に投稿されてくるのは想像に難くない。一方、編集委員は今までの経験から、投稿された論文の担当を引き受けてしまうと大変な作業があとに待ち構えていることがわかっている。だから、よほど自分の領域にフィットした論文でなければ、担当を断ることになる(はずだと思う。私はこの雑誌に限ってそうしている)。その結果、大量に投稿された論文はオフィスでスタックし、オフィスのチェックが終わっても、編集委員をたらい回しにされてなかなかレビューアが決まらないということが起こる。

 実際、この雑誌はそんな状況に陥っている。つい先日、オフィスから「あなたの専門領域から外れることはわかっているけれど、担当してくれる編集委員がいないのよ助けて」と懇願するような依頼が来たので仕方なく引き受けた論文の履歴を見ると、12月23日に投稿、オフィスのチェック終了が1月6日、そのあと9人の編集委員に断られて2月5日に私のところに届いている。投稿からレビューアに回るようになるまで一月半である。その前に届いた投稿論文も同じようなものだった。もはや、この雑誌の売りであった Fast decision は望めない。さらにすでに書いたように、この雑誌で採用された論文の質は必ずしも良いものばかりではない。つまるところ「研究のインパクトは論文を掲載した雑誌のインパクトと無関係で、個々の論文がそれぞれ別個に評価されるべきだ」との考え方に基づいて考案されたこのような雑誌の編集システムはかなり危うい状態になっていると私は感じている。

         ー     ー     ー     ー     ー

 一方、有名な雑誌社のブランド名が影響しているのか、この雑誌の Impact factor は実は低くない。その Impact factor を目当てにまた大量の論文が投稿されて、またオフィスにスタックしてと、悪循環に陥っているようにも見える。普通に考えればこのような雑誌の Impact factor が高止まりするはずはないのだが、、、。この雑誌とほぼ同じコンセプトで編集されている別の雑誌の Impact factor は年々下がってきている。しかし、私が編集委員をしている方の雑誌の Impact factor は、驚いたことに上昇傾向にある。そんな Impact factor に見合うだけの論文が本当に掲載されているのか、はなはだ疑問だが、事実上がっているのだから仕方ない。私は別に Impact factor 信奉者ではないが、 この数字が今後どうなるのか少しだけ興味がある。

 こういう状況を見て、昔読んだショートショート(超短編小説)を思い出してしまった。作者は星新一さんか筒井康隆さんだったと思う。こういう話だ。ある日、主人公の男はテレビを見ていて、画面に合わせるかのように自分の目に数字が映るようになったのに気がついた。調べてみると、どうやらその数字は見ている番組の視聴率のようだ。見えた数字を記録しておいて、後日発表された視聴率と照らし合わせるとぴったりと合っている。この特殊能力は、最初は、男にとって特段役に立つものではなかったが、やがてそれが世間に知られるようになると様相は変わる。この男がいれば労力とコストをかけて視聴率を調べる必要がなくなり、テレビ業界は視聴率調査を男の手(目)に委ねるようになった。そしてついには、良い数字が見えたことにしてもらおうと、テレビ局関係者がこぞってこの男を饗応するようにまでなり、男は大金持ちになる。しかしその時、実はもう男には視聴率を感知する能力はなくなっていたのだった。だが男は全く困らない。なぜなら、世間にはすでに視聴率を調査するシステムが完全に失われていて、視聴率は男の思うままに決められるようになってしまっていたのだから、、、。
 
 雑誌の Impact factor は今もしっかりとした調査に基づいて算出されているのは知っているが、その計算に使われる数字が雑誌社のブランド名に引きづられて、掲載されている論文の実態とかけ離れて一人歩きしているとしたらどうだろう? 確かに Impact factor も視聴率も、論文や番組の質とは直接的には関係がない、という意味では同じなのかもしれない。そうだとすると、我々は今、このショートショートと似たような状況の中にいるのかもしれない。ショートショートの中の男の目は、雑誌社のブランド力に当たるのかもしれない。男を饗応する局関係者は、我々自身である。



、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく

 

posted by Yas at 17:13| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月24日

貧乏症

 最近、雑用の交通整理を心がけるようにしたら(とは聞こえがいいが、要するに断ることのできる用務を断っているだけ)、自分の仕事(研究)に関わる時間を比較的取れるようになった気がしている。この日も夕方前からは、最近報告してもらった実験データの吟味や新着論文のチェックやらで時間を過ごすことができた。自分の興味にフィットした論文を見つけ、ダウンロードしてざっくりと拾い読みする。自らピペットを持って実験できなくなった研究者(年数を経た大抵の教授はそうだ)にとっては至福の時間である。

 そうして最近報告してもらった実験データのことを考えながら新着論文を眺めていると、ちょっと気になった記述を見つけた。「これ、ウチの仕事に使えるんちゃうん?」と、もう少し詳しく読んでみたくなる。大げさではなく、こんな時は高揚感があって心臓がドキドキと高鳴ることさえある。この論文を詳しく読みたいっ、気のついたことをその論文に激しく手書きでメモを取りたいっ、、そんな衝動にかられる。

 そのためにはダウンロードした論文を印刷しなければならない。私は専用のプリンタを教授室に置いている(大抵の教授はそうしている)。しかし、教授一人でたくさん印刷するのはコスト面で気がひけるので、比較的コンパクトなインクジェットプリンタを使って、しかも片面使用済みの用紙の裏に印刷する。私の貧乏症なところである。

 コンピュータでプリント操作をしてしばし待つ。早く印刷しないかな、、ええぃっ、じれったい、、、と高鳴る胸を押さえつつ待っていると、用紙の表裏を間違ってすでに印刷された面に印字してしまった。だらぁっ、私としたことがなんということじゃ。気を取り直して、用紙の裏表を確認してもう一度印字する、、。と、次に印刷されてきたものは字が随分とかすれている。どわぁっ、黒インク切れかいっ、、。

 黒インク黒インク、、、研究室には備蓄のインクカートリッジもあるが、やっぱり貧乏症の私はサードパーティー製の詰め替えインクも用意している。、、早く論文を見たいんやけどなぁ、、でも詰め替えインクがせっかくあるし、、、と、実験室からプラスチック手袋を持ってきてインクを詰める、、。、、もうっ、オレはヒマなんかっ、、。

IMG_2461.jpg 空っぽになったカートリッジに細工をしてインクを入れていたら、なんか情けなくなってきた、、。阪大には700人以上の教授がいるが、忙しい時にインクジェットプリンターのインクを手で詰め替える教授が何人いることか、、、。微研や iFReC には絶対おらんな、、。私が常日頃お付き合いいただいて尊敬申し上げている一流と呼ばれるあの先生やあの先生なんか、絶対こういうことはなさらない。「キミ、これをちょっと印刷してくれたまえ」と下々の者にコピーを用意させるに違いない、。

 忙しいのに、インクを自分で詰め替えて、用紙の裏紙を使って印刷しているような教授はあかん。この辺がオレのあかんとこや、、。あ〜、、オレはあかん教授や、、、。

 だいたい、3ヶ月に一度くらい、私はインクを詰め替えてはこうして反省を繰り返している、、。


、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく


posted by Yas at 11:41| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月13日

生化若手の会・九州支部/デヴィッド・ボウイ/竹田圭吾

 この連休の10日に、生化学若手の会九州支部の依頼でプレゼンテーションの講演をしてきた。プレゼン講演に関してはこのあと予定がないので、もしかしたらこれが最後になるのかも知れない。

IMG_2436.jpg 会場は福岡県八女市のグリーンピア八女という宿泊施設である。参加者は30名程度。多くが大学院生のようだった。生化学会若手の会は古い歴史を持っていて、私は若い頃から「こういうのを運営する若い奴というのはどんな奴なんやろな−」とある種の畏敬の念を持って想像していたものだ。それから数十年。そんな「若い奴」の依頼で講演する自分はすっかり歳をとったような気がする。

 当初は「50分でご研究の話とプレゼンテーションの話をお願いします」という依頼だったのだが、それでは時間が短すぎる。それに生化学や生命科学を志す若者の集まりが「細菌感染」を主軸とする私の話を聞きたいと思っていると勘違いするほど私もトロくはない。プログラムの構成は明らかにプレゼンテーションの講演を私に期待している事を示していた(講演後、スライド作成のグループワークが設定されていた)こともあるので、「いやいや、お気遣いなく。50分みっちりプレゼンテーションの話をしましょう」ということにした。

 この会には、九州大学生体防御医学研究所の鈴木淳史教授も招待演者として参加されていた。鈴木先生の方は研究のご講演である。いわゆるダイレクトリプログラミングで線維芽細胞から肝細胞を作製するという研究の話で、大変興味深く聞かせていただいた。こういうところで思いがけず素晴らしい研究の話を聞くと、めちゃくちゃ得した気分になる。さらに鈴木先生の講演のあとには、留学や研究室運営などについての座談会が設定されていた。どうやら若くして教授になられた鈴木先生の経験や考えを聞きたいということのようだ。しかし、、(これは鈴木先生ご本人にも賛成していただいたのだが)成功者の経験談は参考にならんよ、、キミたち、、。少なくとも私はそう思っている(詳しくはこちらをどうぞ)。

 私のプレゼンの講演はいつも通り、、とはいかず、すこし盛り込みすぎて時間を超過してしまった。講演のなかで「講演時間厳守」を唱えていたにもかかわらず、である。これには「そういう失敗をするのがプレゼンというもので、だから難しいんですよ」とよくわからん説明をして誤魔化しておいた。

IMG_2437.jpg そのあとのスライド作成のグループワークでは、スタッフが作成した仮想実験のプロトコールとデータに従って、それぞれ方法を示すスライドとデータグラフのスライドを参加者が作成するという企画だった。それを見て、私が批評するということだったが、参加者それぞれが私のスライド作成における注意事項にもとづいて工夫しているのがわかって面白かった。みんな真面目である。もっとも、こんなときにふざける奴はおらんと思うが、、、。写真はそのグループワークの風景である。


 参加してみて感じたのだが、生化若手の会のミーティングの主眼は参加者の研究発表をもとに議論するという点にはなく、どちらかというと研究者としてやっていく上での諸問題にテーマを決めて話合うなどして相互啓発するような、、そういったところに重点が置かれているように見えた。それはそれで大切なことだが、巨大な生化学会の若手の会なのに、それではすこしもったいないような気がする。しかし、スタッフのひとりに聞いてみると生化学会からの支援はかなり少なく、それなりの規模で研究発表会をするのには無理があるとのことだった、、。学会それぞれによって、若手育成ひとつとっても色々と考え方があるのだろう、、。

 今回の出張は私の都合で日帰りにしたので、早朝に家を出て7時過ぎの新幹線に乗り、久留米駅で送迎バスに乗り換えて12時過ぎに到着し、講演後はスタッフの運転するクルマで久留米に舞い戻り、午後7時前の新幹線で帰阪するという慌ただしい出張になった。帰宅して落ち着いてニュースや新聞を見て、ロック歌手のデヴィッド・ボウイとジャーナリストの竹田圭吾さんが亡くなったことを知った。竹田圭吾さんは客観性・公平性・ユーモア性、全てを備えたとても素敵なジャーナリストで、大好きな人だった。デヴィッド・ボウイに至っては、若い頃「この人は死ぬことなんてないんじゃないか?」と私が何となく思っていたような人だった。生化若手の会もそうだったが、自分が年齢を重ねたことを強く感じさせるような出来事がいくつもあった連休だった。 

 謹んでご冥福をお祈りします。


、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく



posted by Yas at 18:37| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月01日

2016年 おめでとうございます

 あけましておめでとうございます。

 年賀状にも書きましたが、今年のスローガンは「気ぃ抜いたら終わりやんけ」です。時間や仕事に終われる毎日が続く今日この頃、今年は前向きに明るく楽しく元気よく過ごします。

年賀状jpeg.jpg








 今年もよろしくお願いします。


、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく

posted by Yas at 09:23| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月23日

早石修先生・ジフテリア毒素・ADPリボース転移反応

前回、岡本おさみさんが亡くなったことを書いたが、実はその日、新聞では早石修先生が亡くなられたことが報道されていた。

私などがご経歴を紹介するのは畏れ多いのだが、、、早石先生は大阪帝国大学医学部を卒業されて留学後、京都大学医学部教授、大阪大学医学部教授、東京大学医学部教授を併任も含めて歴任され、私などが研究者として物心ついた頃には財団法人大阪バイオサイエンス研究所長を務められていた。世界が認める偉大な生化学者である。

早石先生のご業績を数え上げるとキリがないが、細菌毒素屋である私が取り上げるとすればやはり、本庶佑・西塚泰美・早石修(いずれも恐れ入りまくってしまうような偉大な研究者である)の名前で発表された、ジフテリア毒素が ADP リボース転移反応を触媒する酵素であることを示した研究になる。私が調べたところでは、この研究に関する最初の論文は1968年の J. Biol. Chem.に掲載されている。ウィキペディアによると本庶先生はこの研究で博士号を取られている。この仕事は、単にジフテリア毒素の作用を解明したということにとどまらない。私の知識では、この研究は酵素活性を持つ細菌毒素を初めて示した研究であるし、NAD の ADP リボース部分が酵素によって転移されうる事を初めて示した研究でもある。

その後、コレラ毒素や百日咳毒素が三量体 GTP結合タンパク質を ADP リボシル化する同様の酵素毒素であることが明らかになり(百日咳毒素の作用は当時北海道大学の宇井理生先生の手によって明らかにされた)、いまではたくさんの細菌毒素が ADPリボース転移酵素であることがわかっている。こうした知見に先鞭をつけたのが早石先生のグループなのである。なぜ多数多種類の細菌毒素が揃いも揃って特殊な ADP リボース転移酵素活性を持っているのか、科学的な理由はわかっていない。あるいは、二匹目三匹目(十匹目とか二十匹目かもしれん)のドジョウを狙った細菌学者がこぞって ADP リボース転移反応を目印に毒素機能の解析をした結果なのかも知れない。

最近はさすがに、新しい ADPリボース転移酵素毒素の発見ラッシュは止んでいるが、それにしても生化学者であり分子生物学者であった本庶先生・早石先生のご研究は、多大な影響を細菌学研究にも与えたのだと言っていいと思う。

謹んでご冥福をお祈りいたします。


、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく


posted by Yas at 17:42| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月05日

11月は、、、んで、来年は、、、、


 先月はブログ更新が一度だけ。ついに更新回数の最低記録を作ってしまった。こういう事は気にしても仕方ないのだけれど、やっぱり健全じゃない余裕のない生活を送っているのかも、と反省してしまうこの頃である。

 振り返ってみると、先月からこっちにかけて、準備に時間のかかる会議がふたつ。京産大での講演、阪大での講義、宮崎大での講義、若手コロッセウム鹿児島への出席、細菌学会理事会、細菌学会関西支部会、とある研究費の報告会、BMB2015 での講演、、、大切なグラントの申請書作成、、と息つく間もなく時が過ぎ、気がつくと12月になっていた。BMB2015の講演が終わる頃には、「先生、もうこれで少しスケジュールに余裕ができるんですよね、、?」と何人ものラボのメンバーに言われる(慰められる?)ほどであった。

 「師走」に入るたびに毎年同じようなことを書いているけれど、やはり来年こそは仕事のやり方を整理しないと「あぁ忙しい、忙しい、、」とか言っているあいだにやがて定年がやってきておしまい、、みたいなことになりそうである。これはあんまりよろしくない。第一、楽しくない。

 んで、たった今、溜まっていた仕事が一応すべて捌けたのでこれを書いている。ラボには誰もいない。とても静かな環境のなかで、一人静かに反省をしたところである。

 来年はやりますよ、、私は、、、。何をどうするかはとりあえず置いといて、、やりますよぉ、、きっと、。

 と、、今年もまだ一ヶ月あるというのに、勝手に新たな決意をしてみた。
、、、どうするかは知らんが、、とにかくやりますよぉ、、、。


、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく


posted by Yas at 12:11| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月17日

キジー

久しぶりのエントリでのっけからグチを書くのもどうかと思うが、最近とても忙しい。

朝から、てんこ盛りで届いたメールの返事を書き、書類や発表スライドを作成したりラボメンバーの書いてきたものを添削したりで、夜になればキーボードに触るのも嫌になるほどである。だからどうしてもブログを更新する気になれない日が続いてあっという間に最後の更新から3週間が経ってしまった。けれど、どうしても今夜は書かないといけないことがあった。この9月の中旬から、新潟大医学部の基礎配属(新潟大学は基礎配属で他組織にも学生を派遣するシステムがあるらしい)で当研究室に参加していたキジーがその配属期間を終えたのである。

先週末に、そのキジーの送別会をした。その時にラボメンバーから「先生、キジーのことは絶対ブログに書いてくださいね」と言われた。新潟大から「阪大微研で細菌学をやってみたい」とわざわざ大阪までやってきて、とても熱心に実験をしてくれたキジーにメンバーも感動しているということだ。

キジーのテーマは、ある細菌にトランスポゾンを飛ばして作製した多数の挿入失活変異体の病原性をスクリーニングするというものだった。計画した当初はシンザーと「そんな実験、ど素人の学部4年生には荷が重いで、、」と云っていたが、フタを開けてみると全く問題はなかった。2ヶ月の間に分子生物学の基礎を覚え、トランスポゾンを実際に細菌に導入してライブラリーを作製し、3,000クローンほどの菌の病原性をある方法で解析し、複数の病原性欠損株を分離した。一部を他のメンバーと分担したとはいえ、そのうちのいくつかの株では、すでにトランスポゾンの挿入位置まで同定してしまった。驚くべきパフォーマンスと言うほかない。

IMG_2416.jpgかといって、別に夜に日を継いで実験をしていたわけではない。定刻の9時頃にラボに出てきて夕方過ぎには帰宅する。近くのテニススクールに入会してテニスを楽しんだり、休日には近在の友人と出かけたりしていたようだ。自然体で大変な仕事量をこなすキジーは、ラボのみんなに好かれた。

最終日の今日、ラボを去る彼女に久しぶりの表彰状(基礎配で優れたパフォーマンスを示した学生にだけ渡していた)を授与し、手土産に拙著「研究者の劇的プレゼン術」を贈呈した。キジー、きっと良い医者になってくれ。いやいやあるいは、細菌学者になってくれてもいいよ。どちらにしても将来が楽しみな学生さんだった。

しかしただひとつ不満がある。大阪滞在の最終週の週末、最後だからとキジーは友達と近くをゆっくり観光するというので、どこに行くのか尋ねたら京都だと答えが返ってきた。

、なんでやねん。、、そこは大阪見物やろ、、。

、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックグッド(上向き矢印)をよろしく

posted by Yas at 21:57| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月06日

大村智先生

大村智先生、ノーベル賞受賞、誠におめでとうございます。かつて北里研究所に所属していた者として、とても嬉しく受賞の一報を聞きました。

また受賞のニュース直後にご連絡いただいた報道関係の皆様、対応をいたしませず失礼いたしました。ちょうどその時、ちょっと複雑な仕事をしていたこともあり、また対応できたとしても大村先生について大したコメントもできませんので、どうぞお許しください。中には、先日のブログで「大村先生と話をさせていただいた」と書いた記事を目ざとく見つけて連絡されてきた方もいらっしゃったようですが、、本当に少しお話しをさせていただいただけですので、、。気の利いたハナシができるはずもございません、、。

*               *

さて、受賞理由になったイベルメクチンのこと。「イベルメクチンってなんですか?」と家内を含めた何人かに尋ねられた。、、我々に身近なものでは、ペットのワンちゃんに夏場に毎月飲ませるフィラリアの薬がある。あの成分がイベルメクチンである。イベルメクチンのおかげで、イヌのフィラリアは死の病から予防できる病になった。もちろんイヌフィラリアのみならず、オンコセルカ症をはじめとしてイベルメクチンの適用範囲はさらに広く大きい。その社会的インパクトは凄まじく、当時私が所属した頃の社団法人北里研究所の経営を財政面で支えた薬でもある。だから、北里関係者(少なくとも薬学部関係者と旧北里研究所関係者)で、イベルメクチンを知らない者はいないと思う。

大村先生は日本細菌学会のただ一人の特別名誉会員でいらっしゃる。最近、あることで学会にご支援をいただいたので、先日はそのお礼とご挨拶を兼ねて訪問させていただいた。実は、大村先生とはそれまで何度も会合などでお会いしているのも関わらず、その時に初めてお話しをする機会を得たのである。短い時間だったが、大村先生はこの時、日本の微生物学(細菌学会かもしれない)の将来についてしきりに心配していらした様子だった。

IMG_2395.jpg


その時にいただいた、大村先生のご著書。いま思えば、サインも頂戴しておけばよかったかも。





ところで、私には、大村先生についてもう一つ思い出がある。30年近く前、博士号を取得した私はあまり深い考えもなしに、北里研究所の支所である家畜衛生研究所に就職した。就職してすぐに、家畜衛生研究所のニーズと私のやりたいことが全く合っていないことに気がついて愕然とし(就職について深く考えなかった私の方に責任があると言っていい)、転職することばかりを考えて仕事をする毎日であった。そうして1年が過ぎ、2年が過ぎようとしたある頃、白金の北里研究所(「本所」と所員は呼んでいた)に2ヶ月の出向が許された。好奇心の強い私は、出向中に所内の様々な研究室に押しかけて実験やディスカッションをして過ごしたのだが、それがきっかけで、私を本所に異動させるという話が持ち上がった。ところが、このことが本所で正式に決まる前に、間接的に家畜衛生研究所長の耳に入ることになって、異動話は本所と支所の間でこじれにこじれる事になってしまったのである。全くの誤解なのだが、「(家畜衛生研究)所長の頭越しで異動の話を進めるような奴(私のこと)はけしからん」というわけだ。
このことが当時(本所の)副所長だった大村先生の耳に入り、「そのホリグチとかいう所員の話を聞いてやるから、連れてきなさい」と、天下の大村先生が本所と支所の仲裁にはいる恰好になった。しかし、異動の話がこじれて長引いている間に、すでに私は退職して研究員で微研に移ることを決めていた。この話を内々に聞いて、ここで大村先生に仲裁いただいては微研に行けないと思った私は、面談の日程調整をされる前に即座に辞職届を出したのだった。

その時は「これが人生の分かれ目になるかもしれない」と、当時の私にすれば必死の思いで辞職したのだが、今は、大村先生に仲裁いただいて本所の所員となっていたらまた違った人生になっていたかも、、と気楽な事を考えたりしている。私が細菌学会の理事長になった時に、私の盟友である北里大学の阿部教授がそのことを少し大村先生に話してくれたらしいが、先生はあまり覚えてらっしゃらず「そんな人もいたかなぁ」と素っ気ない返事だったということだ。
当時の大村先生は、今の私と同年齢くらいだったと思う。あの頃から私にとっては「とっても偉い恐い先生」だったが、今回の受賞で「もっともっととっても偉い先生」になられた。

大村先生、この度は本当におめでとうございます。今後とも日本細菌学会をよろしくお願いいたします。


、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックグッド(上向き矢印)をよろしく


posted by Yas at 19:19| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月17日

東大 弥生講堂

 今週火曜日15日、東京大学の弥生講堂で東大大学院・獣医学専攻の大学院生に講義をした。同大の大学院生は多い。1専攻なのに30-40人はいただろうか、、。講師は私ひとりではない。国立感染症研究所の小川道永先生、千葉大学の高屋明子先生、京都大学の中川一路先生と私との4人で、連続4コマの講義が組まれていた。

 学生の前で外部講師4人が連続で講義するというのは、学生にとってもつらいだろうが、講師の方も講義のやり方のコンテストみたいでなんだかイヤなものだ。私はその中でトリを務めさせていただいた。今回は講演形式の講義(なんかややこしいが)だったので、私のいつもの Talking class スタイルの講義は封印して真っ向から(未発表の)研究の話をしてみたが、概ね学生さん達の反応は良かった。質問は少なかったけれど、、、。まぁどこの大学でも同じようなものかもしれないけれど、、。

 弥生講堂は木造(一部鉄骨とか、、)の落ち着きのある建物である。こんなところで講義を受けることのできる学生さんは幸せだ、、、と感じるのは年取った教員側の勝手なノスタルジーで、学生さんの方は、多分、そんなことはちっとも思ってないだろう。講義が全て終了したあとは、世話人だった関崎教授が根津のかっこいい居酒屋さんに連れてくださった。いいなぁ、大学から歩いて10分ほどですてきな居酒屋さんに行けて、学生さんと楽しくお酒が飲めて、、、、東大の教員生活、、、憧れるなぁ、、、。

 この日は、その根津の居酒屋さんに後ろ髪を引かれながら、午後9時の新幹線に飛び乗って帰宅した。しかし明日から横浜に向かう。土曜日に横浜で、愚息の結婚式がある。


、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックグッド(上向き矢印)をよろしく



posted by Yas at 22:38| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月13日

自宅のリビングにて、、、

 先週初めに久しぶりに研究室に出てきたものの、教授懇談会、教授会と来客で半日を過ごして本来の仕事である研究のことは考えられずに終了。次の日はEditorial member を務めている雑誌に投稿された論文のトラブル(まさしくトラブル。このことについては改めて書きたいと思っている)を処理して、午後から「あわじフォーラム」に向かった。

 あわじフォーラムは8日から11日まで開催される。その間の運営会議や組織委員会議で、さらにお役目を頂戴してしまい(へろへろー)、適当に講演を聴いて(「あわじフォーラム」、この頃は盛り上がらんなーと確かに感じている)、適当に飲んで、、10日の昼には会場の淡路島夢舞台をあとにした。

 11日は宮崎大学である会議に出席。11時50分に宮崎空港着で17時40分には同じ空港を離れた。宮崎には何度も訪れているが、最短の滞在時間だった。12日の土曜日はさすがにヘロヘロで日中は寝込んでしまい、研究室に遊びに来た、以前の留学生ジェーンには会う事ができず。、、ジェーン、すまん。 夜は大学時代の恩師の小崎先生を囲む会に出席したものの、体力が持たず1次会で失礼した。こういう事って、あんまりないんですけどね、、。

 んで今日。朝から、研究室でどうしてもせねばならぬ仕事を終えて帰宅し、いまリビングでヨタクタとこれを書いている。明日に今日の続きの仕事を終えたら、明後日は東大で講義をする。

、、、、、ビールでも飲もっと、、。


、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックグッド(上向き矢印)をよろしく


posted by Yas at 17:39| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月05日

大分空港にて

 大分空港にいる。昨日の朝から参加していた別府で開催された日本細菌学会九州支部総会からの帰り道である。本日の午後6時55分発の飛行機で伊丹に帰る予定で、宿泊付きのパック航空券を購入したのだが、予想外にプログラム(チケット購入時にはプログラムがわからなかった)が早く終了してしまって時間を持てあましている。

 プログラム終了は正午。宮崎大学の三澤さんと昼食を取って空港行きのバスに乗ったのが午後2時過ぎ。そして空港に3時着。なぁんもやることがない。同じバスで空港に到着した、同じ研究所の飯田哲也(今回は特別講演に招かれていた)は早い便でさっさと伊丹に立ってしまった。冷たいやつである。念のためカウンターで搭乗便の変更が可能かどうかきいてみたが、やっぱりダメだった。仕方がないので、さほど大きくない空港ビルを一回りして、コーヒーを買って PC コーナーに陣取ってこれを書いている。だって何もやることがないんだもん。ぶつぶつ、、、。

ファイル 2015-09-05 16 33 56.jpg 九州支部総会は別府の山手にあるビーコンプラザというところで開催された。別府では、建物や施設の名前にやたらと「ビー」という単語がつくのだが、どうやら Bepp の B のようだ。まぁそんなことはどうでも良いが、、。総会の発表演題数は一般講演で32題。先日に参加した東北支部総会と同じである。しかし、発表内容の傾向はかなり違ったし、雰囲気も違った。行ってみないとわからないものである。こうして感じたことは、細菌学会運営の今後の方策に生かしていただこうと思っている。

 昨晩は九州大の林哲也さん、宮崎大の三澤さん、招待演者の京大ウイルス研の朝長さん、それに冷たい飯田哲也と飲んだ。林さんが「関サバと関アジが食べたい」というので、海鮮を看板にする居酒屋に入った。食べるものは大分県産のサカナ、タマゴ、ニラ、シイタケだ。どうも大分には特産品が多い。アジ・サバももちろん食べた。本当に関アジや関サバなのかどうか確認する術もないが、間違いなく美味しかった。午後11時頃に散会してホテルに戻り、シャワーを浴びて寝た。ホテルには温泉岩風呂もあったのだが、あいにく私はあまりお風呂に興味はない。翌る日、早朝入浴もできたが、それもせずさっさと会場に出向いたので、せっかく世界有数の温泉湧出量を誇る別府に滞在したのに、それを楽しむことはなかった。先日、博多に行ったのに「博多ラーメン」を食べなかったし、、。仕方ない。出張ですから、、、

 来週は、あわじしま感染症免疫フォーラムと宮崎出張がある。
 まだしばらく、出張が続く。


、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックグッド(上向き矢印)をよろしく


posted by Yas at 16:40| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月03日

福岡・博多

 福岡大学理学部化学科で、昨日・一昨日と2日間にわたって7コマの講義&講演をした。毒素シンポジウム仲間の塩井さんに依頼されてのことである。福岡というのか博多というのか、、、だいたい博多区って、区なのになんで新幹線の駅名になってるのやら、、他県人にはわからんが、、とにかく私にとって初めての訪問ではないが、ひとりで福岡市内を移動したのは初めてである。博多駅から天神までバスで行き、地下鉄七隈線で福岡大学に到着。

IMG_2382.jpg 理学部で講義や講演をするのは初めてである。私の持っているどんな話なら、理学部の学生さんに楽しく聴いていただけるのか少し迷ったが、「キミたちが『細菌学』の話を聞くのは、人生でこれが最初で最後かも知れませんぜ」と学生さんに細菌学の基本の基本から話を始め、2日間で細菌毒素の各論(と、「ホリプレ」)まで話しきった。聴講生は10名ほど。少ないがみんな極めて真面目である。私の講義は毎度おなじみ「talking class 」で、学生さんと質疑応答を繰り返しながら話が進む。質問されると、みんな真剣な眼差しでスライドの図表を見ながら頭の中で答えを探っている。こういうのを見ていると、講師としてはとても楽しい。おかげでハードワークなはずの7コマ連続講義も、楽しく過ごすことができた。学生の皆さん、ありがとー。

 初日、3コマ分のお勤めを果たしたあとの夜は、天神近くの日本酒の美味しいお店(奈良の「風の森」があった)に連れていただいた。この席には、福岡大の塩井先生や香月先生ばかりか、熊本は崇城大の上田直子教授やら九州大の中島欽一教授までが「ホリグチ、来とるらしいやんけ」とわざわざ来てくださった。上田先生、遠いとこありがとうございます、中島欽ちゃん、ごちそうさんでした。「来阪された時は、ごちそうしまっせ」と皆さんと別れ、次の日に4コマ分の講義をして夕方の新幹線に乗って帰阪した。車内で鑑賞しようと iTunes でレンタルした映画を用意していたのだが、さすがに疲れたと見えて途中で寝入ってしまい、そのまま新大阪に到着した。

 、、、そして明日から大分県は別府に出張する、、、。このパターン、今月後半まで続く予定である。


、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックグッド(上向き矢印)をよろしく


posted by Yas at 21:15| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月31日

国立国会図書館で「黒い秘密兵器」を読む

 先週週末は一泊二日で東京出張だった。初日は国立国会図書館、二日目は北里生命科学研究所と日本学術会議への用務だった。

 国立国会図書館へは、プレゼンテーションのやり方(ホリプレ)の出張講演の依頼を受けての出張であった。なんでも、国会図書館の方々、とくに「調査及び立法考査局」という部署で仕事をされている方々は国会議員に国政の課題を調査・分析してプレゼンテーションすることが業務のひとつとかで、そのプレゼンにおいてのテクニックや心構えを講演して欲しいとのことだった。へぇ、こっちはただの研究者でっせ。国会図書館の方々にお話しできるような内容なんかあるんですかいな? と躊躇したが、「どうしても」と国会図書館の業務内容やこれまでのプレゼンのスライド例のファイルまでお送りいただいたので、「それでは」とお引き受けすることにした。

IMG_2377.jpg 国会図書館。いつも通りにホリプレ講演をした(一部、国会図書館用の話題を盛り込みました)あと、普段は一般人の入ることのできない閉架書庫に案内していただいた。どうやら閉架書庫は地下8階まであるようだ、、、案内いただいたのは、雑誌専門の書架だった。「なにか見てみたい雑誌などはございますか?」と館員の方。昔の雑誌で見てみたいものと言えば、漫画雑誌だろう(皆さんそうですよね?)。そこで、しばらく考えて貸本時代の思い出がある「少年画報」と「ぼくら」が見てみたいと言ってみたが、あいにく両雑誌とも別の書棚に移ったばかりらしく見つからない。それではと、見せていただいたのは初期の少年サンデーや少年マガジンだ。両誌とも1959年創刊。私の生まれ年と同じである。漫画小僧だった私がこのふたつの雑誌を読み出したのは、多分5-6歳頃だったはずだ。そこで1965年発行のものを手にとって見せていただいたら、あら懐かしい、、。「紫電改のタカ」に「黒い秘密兵器」、「伊賀の影丸」に「オバケの Q太郎」。

 「紫電改のタカ」では主人公・滝城太郎の宿敵モスキトンが亡くなる場面だった。「黒い秘密兵器」では椿林太郎が秘球を編み出すためにロケットに野球ボールを投げつけるているし、「伊賀の影丸」では主人公の影丸が宿敵の阿魔野邪鬼(Wikipedia による。私の記憶では天野邪鬼だったんだけど、、、)と対決していた。
 思わず「うひゃぁ、どひゃあ」と興奮して、案内してくださった館員の方に解説したが、、まぁ、迷惑やったでしょうねぇ、、館員の方々は苦笑いするばかりだった。

IMG_2378.jpg この日は、夕方に宿泊するホテルのある清澄白河に行き、近くの飲み屋で夜から群馬大の富田先生と東大医科研のミムミムとで飲んだ。ちょっと微妙に珍しい組み合わせだったが楽しく飲んで、清澄白河・森下界隈が真っ暗になる時分まで飲んだ。

 次の日の午前中は白金の北里大学で、エバメクチンの発見者である大村智先生と少々お話しをさせていただいた。午後は日本学術会議へ、、。夕方には新幹線に乗り、夕食は駅弁で済ました。「湘南シラス弁当」。大変美味しゅうございました。

、、、、んで、明日からは福岡出張であります。


、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックグッド(上向き矢印)をよろしく


posted by Yas at 20:21| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月26日

「なかやパーティー」再び

 あわじしま感染症・免疫フォーラム(AIFII)にご参加の皆様へ。

 今年も「なかやパーティー」を開催します。9月9日、午後7時くらいから、、。場所はもちろん「なかや」さんです。予算は5,000円。今年は、少し小規模で20名程度の参加人数を考えております。

 どなた様も奮ってご参加ください。研究分野、年齢、ポスト、国籍、全く問いません。ご参加希望の方は、ホリグチまでメールか、あるいはこのブログのコメント欄から申し込みください。あるいはどなたか知り合いを通じて連絡いただいても構いません。

 それではみなさま、楽しみにお待ちしております。



、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックグッド(上向き矢印)をよろしく


posted by Yas at 12:06| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月25日

細菌学会東北支部総会

 日本細菌学会の東北支部総会に出席した。関西支部所属の私が東北支部総会に出席したのには、もちろん理由がある。日本細菌学会は財務状況が芳しくない。何かのプロジェクトが足を引っ張ったとかいう個別の問題ではなく、財務状況のよかった昔の状況を引きずって構造的に支出が多い組織になってしまっているからだ。本年から理事長を仰せつかった私の使命は、とりあえず学会の支出規模を縮小させることである。そのための方策のひとつに、全国で7つある学会支部との予算上の関係の見直しがある。しかし、各支部の活動も知らずに、一方的に学会本部の都合のよいように組織改編はできない。そう考えて、今年は理事長として各支部の総会に参加することにしたわけである。東北支部総会はその最初の総会である。

 会場は福島県郡山駅前のビッグ・アイという市民ホールである。実は私は、福島県には初めて滞在する。空港バスを降りてすぐに気がついたのだが、道行く人は、やはり福島弁を話している。私にとって、福島出身と言えば北里大学生命科学研究所の盟友阿部章夫教授である。この人は福島を離れて長いのにもかかわらず、いまでも福島弁を喋る。おかげで福島弁=阿部 という図式が私にはすっかりすり込まれてしまっている。だからここでは、行き交う人(福島弁を話す人)すべてが阿部先生に見えた。コーヒーショップの店員さんも、ラーメン屋のおばさんも、市民ホールの受付の人も、、、小さな子供までが福島弁を喋る。おかげで、どこに行っても阿部先生に囲まれているかのような居心地の悪い(「良い」とも言えるかも知れん)気分になった。もちろん、行き交う福島人に罪はない。

 さて東北支部総会である。この支部会では、本部が「細菌学会」であるにもかかわらず、細菌学者に加えてウイルス学、免疫学、あるいは腫瘍学に関わる先生方もたくさん参加されていた。聞いてみると、東北大・細菌学講座教授であり、総長でいらした故石田名香雄先生の影響が大きいとのことだ。石田先生はセンダイウイルスの発見者として有名なだけではなく、細菌学、腫瘍学、免疫学にも精通され、それぞれで業績を残されている。その石田先生に直接あるいは間接的に薫陶を受けた先生方が集まってくるのが東北支部総会ということだ。それならば様々な先生方が参加されるというのもうなずける。また、本部の細菌学会員ではなく、東北支部だけの支部会員の数が全会員の4割にも及ぶという。2日間の開催で、演題数は30を切ることはないということだ。、、、支部総会の世話人の回し持ちで、漫然と総会を開催しているどこぞの支部会に聞かせてやりたいような活動ぶりであった。まぁそういう話は、別の機会にするが、、。

 福島の滞在は2日間。会場前のホテルに宿泊したので、100メートルも離れていない郡山駅前の範囲をウロウロするだけの2日間だったが、初日の夜と2日目の学会終了後にラーメンを食べた。とくに2日目は福島で有名らしい「郡山ブラック」という独特のラーメンを食した。中身は濃口醤油ラーメンであった。

IMG_2374.jpg 円谷英二さんの故郷、須賀川に近い福島空港はウルトラマンのてんこ盛りである。玄関横にはビートル号、建物のフロアには円谷プロ自慢の怪獣達の像がそこかしこに鎮座している。建物に入る自動ドアには科学特捜隊の基地のような装飾が施してある。

IMG_0070.jpg
 福島-伊丹間の航空便は便数が少なく、飛行機も小さい。けれど、小さい飛行機はあまり高くを飛ぶわけではないようで、富士山をはじめ浜名湖や伊勢湾が近くによく見えた。

 来週の週末は九州支部総会がある。大分県は別府での開催だ。、、、別府には何度か行ったことがあるが、、、、もちろん九州支部総会に参加するのは初めてだ。、、それと、その前に東京出張がある。


、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックグッド(上向き矢印)をよろしく



posted by Yas at 18:52| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする