2017年03月12日

確定申告の季節に

 確定申告の季節である。ことしも取っておいた源泉徴収票を引っ張り出して、e-taxのWebサイトで申告書を作成した。昨年から出張依頼をお断りすることが多くなったので、それほどの手間は掛からない。昨年に比べれば随分と簡単だった。この確定申告の作業、今年は”ある事”を思い出しながらの作業になった。きっと、このあと毎年確定申告のたびに同じように思い出すことになると思う。”その事”とは友人の急逝である。その友人は、昨年のこのブログでの確定申告の話題のFaceBookリンクにコメントを付けてくれた。

「すごい量の源泉徴収票!こんなにあるのに返ってこなくて逆に納税?ややこしいね。私はパソコンから送信するのはカードリーダーがいるとかで、あきらめて、プリントアウトして送りました。混雑した税務署に並ぶ体力がなかったから助かりました。」

 このコメントのあと、4ヶ月と少しで彼女は卵巣癌で亡くなった。何度か私のブログ記事にコメントしてくれていた彼女だが、これが最後のコメントになった。彼女(仮にシオと呼ぶ)は高校の同級生で、やはり同じ同級生で私の親友のバンちゃんの奧さんになった。シオは3年生時のクラスメートで、バンちゃんは同じバスケットボール部のチームメートだった。卒業後もほかの仲間達と一緒によく飲みにいった。バンちゃんは大学卒業後は大手百貨店に就職し、シオは趣味と仕事と主婦業をバランス良くこなす良妻になった。笑顔が無敵の八頭身美人で、私はシオがまゆを引きつらせて怒ったような姿を見た事がない。ひょうきんなところもあって、高校3年生の時、文化祭にクラスで製作した映画(私が脚本・監督を務めた)では女性としては恥ずかしい(と思う)ギャグ連発の脇役を喜んで引き受けてくれた。そんな女性だった。

 これほど親しい友人を失ったのは、わたしにとっては初めてのことである。彼女が亡くなったあと何ヶ月もしてから、例えば夜遅くまで飲み歩いて帰る時、ふと彼女の生前を思い出して涙が出そうになったりする。あるいは何かの事あるごとに「こんなええ加減な事してたら、シオに叱られるな〜」と考えたりする。親しい友人を亡くすというのはそういうことだと思い知った。

 シオの人柄を示すエピソードがある。ある日バンちゃんとシオが、何かの事で言い争いになった。シオにとってはバンちゃんに非があるのに、夫であるバンちゃんは決して頭を下げて謝らない。腹に据えかねたシオは一計を案じた。後日、朝に何気なくバンちゃんの出勤を見送った彼女は、そのあと追うようにしてバンちゃんの勤める百貨店に向かい、開店と同時に入店した。当時、店頭に立つバンちゃんは当然百貨店の玄関で開店直後の来客に頭を下げる。そのバンちゃんの前にニコニコと立ち、見事「いらっしゃいませ」と頭を下げさせて溜飲を下げたそうだ。

 このエピソード、友人の間ではまことにシオらしいと評判なのだが、バンちゃんは「そんな出来事はなかった」と今でも言い張っている。


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posted by Yas at 18:50| Comment(2) | 非科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントは初めてです.
このエピソードは素敵ですね.
私も昨日の友人13回忌でシミジミしていました.
この記事を拝見し,生きてる責任を果たそうと元気付けられました.
Posted by T at 2017年04月01日 13:58
T 様.

 コメントありがとうございます。また遅いレスポンスで失礼いたしました。
 恩師を亡くしたり、友人を亡くしたり、そういう年齢になってきたといえばそれまでなのですが、もう若い頃のように時間が無限にあるかのように無邪気には過ごせないないですね、。それこそが歳をとったということなんでしょうね、。
Posted by Yas at 2017年04月23日 18:27
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