2013年07月27日

ホリプレ論文編21 「命を削って論文を書く」


「論文は鉛筆を削って書くものではありません。命を削って書くものです。その覚悟がないのなら研究者をやめなさい」というのは、盟友アベッチの恩師である深沢俊夫先生の言葉であるそうな。アベッチからの聞きかじりで正確ではないかもしれないが、深沢先生の意図は掴んでいると思う。けだし名言である。
 しかし、「鉛筆を削って論文を書く」という状況は、今や思い描くにむずかしいし、「命を削って」などと云うと「仕事なんかで命を削るのはおやめなさい」と、したり顔で反論したりする輩がきっといる。云うまでもないが「命を削る」というのは、「命を削るほど精力を傾けて、細心の注意を払う」という意味であって、生命の維持とは関係はない。念のため。
 と、細かい解説を加えたとしても、経験の乏しい人に深沢先生の思いをわかってもらうのは難しいようだ。

 以下はずっと前から感じていたことである。

 どうもメンバーの書いてくる論文原稿の出来が甘い。甘すぎる。英語が拙いのは仕方ない(意味のわからん英語は論外だけど)。しかし、論文を通じて用語の表記が不統一だったり、方法論の記述のない実験の結果があったり、基本的な論文の記述作法や投稿先の雑誌の要項に合っていない書きぶりが随所に見られたり、、。これは不注意のなせる技で、経験不足とは別の話だ。経験不足は仕方ない。しかし不注意の連続は許せない。どうやらこういう人たちは、実験についての英文をなんとなく並べていれば論文になると勘違いしているんじゃないか?と疑ってしまう。どこからどう見ても、深沢先生の仰る「命を削って論文を書く」というのとは程遠い。

 深沢先生とは少し違うが、論文執筆についてちょっと下世話な言い方をすれば「論文を書かない研究者は評価されない」あるいは「論文を書けない研究者は研究者として無価値である」ということだと思う。まわりを見てごらん。論文を書いて、投稿して、雑誌に掲載されて名を上げようと必死になって「命を削って」いる若手研究者はたくさんいる。論文を書くという行為に甘い態度で臨むのはやめたほうがいい。そういうことを続ける人はきっと研究者の世界で生き残れない。


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