2011年01月05日

ホリプレ論文篇6「ホリグチの場合4」

  大学院生のときに、阪口先生から英語論文作成の厳しい指導を受けたことは前回に書いた。この経験で、英作文を文法から徹底的に考えるという姿勢を学んだように思う。 しかし実は、最初の頃に阪口先生に見ていただいた原稿のほとんどは私のオリジナルではなくて、直近の指導教員であった小崎先生に手を入れていただいたあとのモノだった。前回書いたように阪口先生に3時間ほどの指導を受けていても、その添削していただいた原稿は私のナマの文章のものではなかった。

 それであるとき、「小崎・阪口の両先生に同時に自分のナマの原稿を見ていただいたらどうなるだろう?」と、不遜なことを思った。思いついたら、それをやらないですますことなどできない性分である。で、実際にある論文のときに、両先生に黙って自分の生原稿をそれぞれの先生に同時に見ていただいてもらうことにした(両先生を試すようなこの所業は、云うまでもなく大変失礼なことである。厳しいお叱りを受けても仕方のないところだ。良い子のみなさんはキケンなので決してまねをしないように、、)。するとどうなったか? 

 経験や個性の違う先生方に添削していただいたのだから、その結果に色々と違うところがあるのは当然だ。だが、まるで示し合わされたかのように同じ箇所で同じように添削がはいっている。それが論文の至る所に複数箇所あった。
 それと、それまでに阪口先生に添削していただいた原稿も残していたのだが、それと見比べてみても、やはり同じような言い回しのところで同じように添削されているところが何ヶ所もあった。

 同じような表現で同じように添削されているのは、実は基本的にやってはいけない(あるいは全然ダメダメの)間違いのある箇所だった。それで、慣れない英語で論文を書くときには、上手い書き方を覚えることよりも基本的な間違いを犯さない方が大切だということを知った。

 やってはいけないことを先に覚えるのは、論文に限らず新しい技術を習得する時の基本だ。ということもほぼ同じ頃に悟った。


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