2007年12月09日

まだまだヒヨコ


 先週の金曜日、微研の学術講演会と同窓会および忘年会。仕事が容赦なく詰まっていて学術講演会には出ることができなかったが、近くのホテルで行われた同窓会・忘年会には何とか参加できた。そのあとのお流れで、微研のOBであり徳島大酵素研を黎明期で支えられた市原明先生とご一緒する機会を得た。

 化学啓蒙書や指南書の中でしか知らない市原先生だ。同席は、目加田英輔、松浦善治、仲野徹、吉森保、といった方々。それだけでもビビッドでハイブローな面々。場所は北新地。否が応でも気分は高揚する。

 ナマの市原明先生は80歳を過ぎて豪放磊落。先生の口から繰り出される、私にとって伝説上の先生方のエピソードがまた面白いというか怖いというか、、。いやぁ、貴重な体験じゃった。
 先生はBBRC の編集者を13年間務められた。私も、その間に何度か投稿論文や査読のことで市原先生と手紙でやりとりした記憶がある。
「あの頃は投稿された論文を年間400編ほど、全部読んどった」とおっしゃる。
ひぇ〜、、。年間400編、、編集者の立場で読まれるならかなりきちっと読まれているはず。毎日一編以上を13年間、、。大変恐れ入りました。月5〜6編の投稿論文で文句を言ってた私が恥ずかしい。

 市原先生は徳島からバスで来阪され、かなり遅くまでお酒を飲まれて明日またバスで帰られるという。80歳過ぎて、このパワー。いやぁ、いいエネルギーをいただきました。

 あ、そうそう。市原先生の奥様は市原エリザベス先生である。著書の「ライフサイエンスにおける英語論文の書き方」は、背表紙がボロボロになるまで読ませていただいた。この分野で仕事をする多くの方も同じだったのではないだろうか。

posted by Yas at 21:50| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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