2006年11月26日

愛国心と攘夷


 教育基本法改正案。「愛国心」の扱いで議論がかまびすしい。今朝、テレビで見た報道バラエティ番組では、街頭インタビューに応える多くのひと(もちろんテレビ局側の編集が入っていると思うが)が「愛国心ってなんだか怪しい」とか「愛国心を唱える政府の姿勢は軍国主義に突っ走った昔の政府を彷彿とさせる」とか、否定的なハナシが多かった。「国を思うて何が悪い」と言ったのは阿川弘之さんだったと思うが、愛国心を持ち出すと、右翼か? と思われる社会は窮屈で異常だと思う。わたしは国が国民に愛国心を持ってもらえるように努力するのは当たり前じゃないかと思う。
 国際会議で海外に出張すると、自分が日本人であることを思い知らされる。欧米の出張先で日の丸を見るとなにやら嬉しい。海外の友人たちは時折「、、、、だけど、日本ではどうだ?」と、私が日本代表であるかのように時々ものを尋ねたりする。彼らは無論、日本国民である私は日本が当然好きであると思っている。外国にいると、自国の国旗を恥じたり、国歌を認められないとするような態度は少なくとも私にとってはあり得ない。愛国心がうさんくさいと思い、日の丸を国旗として認められず敬えないというひとが私にはわからない。サッカーのワールドカップでもオリンピックでも、ファンやサポーターたちは熱心に「日本」を応援するのだ。

 んで、幕末の攘夷運動のこと。当時、攘夷を唱えるのは海外の事情を知り得ない人たちであった。欧米の国力を知り海外の情勢を知る人たちは(たとえ表向きは攘夷を唱えたとしても)攘夷が無理であることを知っていた。物事をアナロジーで考えたがる研究者の悪い癖を許していただければ、私は今の愛国心論争が当時の攘夷論争に似ているような気がしてならない。海外を知れば攘夷が無理であるのが理解できたのと同じで、海外を知れば愛国心を疑う態度は普通ではないことが理解できる、と思うんだがどうだろう? 今朝見たテレビ番組のインタビューの様子がハンでついたように「愛国心教育」に盲目的に否定的だったので寂しく感じて、そのようなことを思った。
posted by Yas at 22:23| Comment(0) | 非科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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