2009年03月18日

人のセックスを笑うな

 わが盟友の阿部っちが研究のスタンスについて書いている(こことかこことか)。そこで、私も便乗してちょいと書く。

 研究仲間のひとりに、酒を飲むとやたらと他人の研究スタンスに注文をつける奴がいる。断っとくが、彼は素面だと礼儀正しい正義漢である。彼は彼自身が「地方大学」と呼ぶ大学の教員である。酔っ払うと、「われわれ地方大学は、乏しい研空費の中でコツコツと研究をやるしかないんですよ。でもそういう研究が価値があるんです」と愚痴りだす。
「なのに何ですか、ホリグチさんところは、、、たくさんお金もらってるのにもっと論文ださないとダメじゃないですか、,」
「○○さんは流行の研究ばっかやってて、、だめですよあんなんじゃ、、」
まぁまだまだいろいろあると思うが、とにかくこんな風に他人の研究スタイルを批判する(当人さん、事実と違ってたら文句のメール頂戴な)

 今回の細菌学会総会で浅川賞(細菌学会最高の賞)を受賞された京大の光山先生は受賞記念講演を「最後に若い方にお願いしたい。『この研究をやると研究費が取れる』とか言うことではなくて、自分が不思議に思ったこと、解明したいと思ったことをテーマに、是非研究をやっていただきたい」という言葉で締めくくられた。
 これを聞いて、「そうは言ってもなぁー、お金が取れなくなるとどうしようもなくなるしなぁー」と私はちょっと思った。光山先生のおっしゃることはとても理解できるのだけれども、みんながみんな、できることでもないかなぁ、、と。でもそれはそれで、その人その人が選んだ研究スタイルだ。ちなみに私は、光山先生がおっしゃるように、好きな、気になるテーマの研究をやれればそれで基本的には良いと思ってる。ただ、研究費が獲得できるようには努力するけれど、,。質を問わずにただ論文を出せ、というなら論文を量産するやり方は知っているがそんな研究はしたくない。
 そんなことを考えてると、「光山せんせは、あー言うけど、それではお金が取れんがな。そんな脳天気なことでどーなの?」みたいな論評をやっぱり耳にした。大抵、そういう人たちは返す刀で、「××先生はウケる研究をして大雑誌に論文を載せるために、流行のキーワードに絡んだ仕事ばっかりする」と、別の先生を批判したりする。こういった批判は、研究内容に関する忌憚のないディスカッションとは違うレベルのものだ。

 「地方大学」で、「コツコツと研究成果を積み上げる」研究者
 好きなことをテーマに選んで、ひたすら知的好奇心を満たすために研究する研究者
 流行の研究に走って、世間の耳目を集める成果を挙げる研究者

 いろんな考え方があって、研究スタイルが違ってくると思うが、みなさん立派な研究者である。それぞれが違うスタイルの研究者の批判をするのはいかがなものか、,。たとえばロック系の音楽家がクラッシックを批判したり、J-POPシンガーが演歌を批判したり、というのを見るような居心地の悪い気持ちになりはしないか? 渡辺淳一の「遠き落日」によると、野口英世はことあるごとに「あいつはまだ一流半だ、こいつはまだ二流か三流だ」と他の研究者の批判をしていたという。この挿話は、人間・野口英世を貶めるに充分のものだが、、、、あんたがた、おなじことをして、どーする? と思う。

 「人のセックスを笑うな」という小説(映画化もされた)があった(読んでないのでよく知らんが)が、、、、、、みんな真面目なのだ、「人の研究スタイルをとやかく言うな」と思う。

 批判されるべきは、「研究者」の看板を掲げながら何ら努力もせず、研究の名に値するようなことをすることなく、その看板で糊口をしのいだり、収賄したり売名したりというようなヒトタチ、、。
 こういう輩は厳しく批判されるべきだとはおもう。




posted by Yas at 23:26| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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