2016年12月31日

風の森

大晦日

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 奈良のお酒、「風の森」をいただきながら過ごしております。「風の森」は奈良県御所市のお酒。大流行の山田錦ではなく、秋津穂というお米を使って醸造されています。味わい深いお酒です。ぜひ、冷やでどうぞ。

 紅白歌合戦の、タモリさんとマツコさんのよくわからん寸劇。最高です。

 では、また来年。ごきげんよう。


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posted by Yas at 21:10| Comment(0) | 非科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月30日

高校生のためのWinter School @微研

 先日(12月27日)に、「高校生のための Winter School@微研」という催し物が開催された。研究活動を広く外部に伝える、いわゆるアウトリーチ活動のひとつである。 とても盛況で、会場は今回の対象の高校生達で溢れていた。

Wintersch.jpg 私が様子を見に来た時は、ブース展示の説明の時間だったのか高校生の質問とそれに応える展示者達の声でとても賑やかだった。開催準備がよかったということだろう、微生物病研究所広報室の方々のご努力には感謝するばかりである。当研究室からは助教のシンザーと大学院生のイッシーが細菌の顕微鏡観察のブースで参加してくれていた。ラボのメンバーがこうした形で参加してくれるのは、ラボを主宰する立場としてはとても嬉しいものでもある。

 微研は最近、広報に力を入れ始めている。そのための予算措置の比重も高くなった。社会に向けて活動をアピールすることはいまの国立大学(法人)にとって非常に大切なことなので当然と言えば当然かもしれない。微研内でも「広報に力を入れる」ことは暗黙の合意事項のようになっている。しかし「なぜ広報に力を入れないといけないのか?」を考えると、すこし暗澹とした気持ちになってくる。無論、広報は必要だし、いまの微研の広報室の皆さんの努力をみると頭が下がるばかりなのだが、ことはそんなに単純でもなさそうだ。

 なぜ広報が必要なのか? 社会へのアウトリーチ活動は、一般の方々に基礎科学(の営み)を理解していただくために絶対に必要である。今回のように高校生が対象ならば、理科教育における啓発とか将来の科学者を育成するという観点で大切だ。一般社会人対象だと、基礎科学を支援する空気を醸成するのに役に立つかもしれない。基礎科学の存在意義を知っていただくために、こういったことは必要だ。その報いはいずれ、大学に戻ってくる。しかしそれはずっと先の話だ。これに私たちは今現在の研究所の予算を使っている。

 一方、大学の運営費交付金は「大学改革促進係数」というわけのわからない名前の係数(大阪大学は確か1.3%)分を毎年削減されるという仕打ちに遭っている。まるで財務省や文部科学省から「国立大学(法人)は自助努力で稼ぎなさい」と言われているようだ。私はそのような文言を官公庁が発行する文書で読んだことはないが、多分そう言うことで間違いないだろう。これに対応するために国立大学の授業料を値上げするのには限界がある。(今でも私たちが学生時代だった頃に比べ充分高い。ちなみに私の学部生時代の授業料は確か9万6千円/年だった)。知財で大学の運営費を稼ぐなどは、現段階では夢物語だ。そもそも資金に乏しい大学が、自己資金で特許申請できる件数などわずかである。では、寄附はどうか? 大学の活動を理解していただいて寄附を潤沢に頂戴できるようになるまでには、寄附という行為がそれほど社会に根付いていない我が国では、かなりの時間が必要だ。そして繰り返しになるが、そんなことをも視野において、私たちは減額され続けてている予算内で広報活動に注力している。今年も来年もそのために予算を使う。これはまちがいなく自助努力のひとつである。しかしそれで「大学改革促進係数」で減額された交付金分を稼ぐのは今は無理だ(ひとによっては「永久に無理だ」というかもしれない)。つまりこれは、今のところ、砂漠に水を撒いて池を作ろうというような努力に似ている。水を撒くのが無駄だというのではない。砂漠に身を置かざるを得ない状況が理不尽だという意味だ。

 繰り返すが、微研の広報室の方々の活動は微研として自慢できるし、無くてはならないものだ。しかしその先に明るい見通しがあるのかと考えると、脳天気なことは言っていられない。と思う。


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posted by Yas at 19:05| Comment(1) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月26日

吉田拓郎

 先日 NHK で放映された 「SONGS スペシャル 吉田拓郎」を録画で見た。予想していたよりもずっと良かった。

 吉田拓郎さんも70歳になったらしい。拓郎さんは「50歳を過ぎたあたりから保守的に、、内向きになった」と言い、「70歳になって、『エナジーが足りない』と感じるようになった」と言う。どちらも、57歳のいまの私が感じていることだ。

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 私の吉田拓郎アルバムベスト3は「LIVE '73」「今はまだ人生を語らず」と写真の「TOUR 1979」である。前の二つはデジタル版が出回っているが、「TOUR 1979」だけは iTunes でも Amazon Music でも見あたらない。とっても残念である。 





 ブログの更新をご無沙汰している間に、義姉が急逝し、同い年の友人も癌で逝った。否応なしに自分の年齢を考えてしまい「エナジーが足りない」と確かによく感じる様になったし、忙しくて疲れているということにして休日は朝から晩までソファで寝そべっている。そんなこんなで「内向きになってるかな」と感じているのも確かだ。それと、今年に入ってから自分の定年退職までの9年間を逆算して考えるようになって、モノの見方が随分と変わった。すなわち「この仕事をするのに何年かかるので、それからなら定年まであと何年」、「これを済ましておかないと定年間近になって困ることになる」云々、、、それでまだまだ時間に余裕のある(本当は自分だって余裕があるはずなのだが)若い人を頼りにすることを考えたりしている。

 吉田拓郎さんの名曲に「人生を語らず」というのがある。それを受けて「70歳になられた今は、人生を語ることができるのでしょうか?」とインタビュアーの桑子真帆さんに尋ねられて、「そうだねぇ、70年生きてきて太い時も細い時も、色々経験してきたからねぇ、今なら何か語れると思うねぇ」と拓郎さんは応える。それを観て、そうだねぇ、いま少ししんどいのは、これは細い時やからやろねぇ、、と自問自答する。「『エナジーが足りない』のは唄ってないからじゃないかなと思った。だからコンサートを再開してみた」とも拓郎さんは言う。番組内で放映されたそのコンサートでは、エネルギッシュ(エナジッシュ?)に唄う拓郎さんがいた。それを観て、忙しいとかしんどいとかゴチャゴチャ言うてる場合ちゃうな、、と反省した。

 忙しくてふさぎ込んでいるのは、自分の能力に見合わない仕事をたくさん引き受けてしまうからだ。それはわかっていたのだがここ何年も上手く調整できずにいた。しかし今年の後半から真面目に外部から依頼される仕事を大方整理して、あとは来年いっぱいで終わる「あれ」くらいを残すところまで来た。そろそろ「エナジーの足りない細い時」を脱け出さないと恥ずかしい。なにより、拓郎さんの名曲「落陽」の意味がわからんとかいう若い人たちなんぞにまだまだ頼るわけにはいかん、、。

 録画で観た吉田拓郎さんに、勝手に元気づけられたクリスマスである。


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posted by Yas at 19:43| Comment(0) | 私的先生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする