2015年04月27日

日本細菌学会のこと 5

 基礎細菌学をキーワードにして、あらゆる領域で細菌・真菌を扱っている基礎科学研究者との連携を可能にする学会が、細菌学会の将来の姿としてはもっとも現実的である。というのが前回の話。

 このことによって、他の学会にはない特色ある活動ができると私は思っている。それで学会員が増えるかどうかはわからないが、少なくとも、今やたくさんの学会の選択肢がある臨床・検査系の医者・研究者の復帰を期待して医学細菌学に固執していては先は拓けない。それに感染症学会や臨床微生物学会などの学会は、そもそも細菌学会でフォローできない問題を扱い、それが評価されて今の隆盛をみているのだから、例えば感染症学会と同じような活動を細菌学会が今から試みても、長い年月の間に離れた参加者が戻ってくるとは思えない。すでに、その分野のパイは他学会に取られてしまっているのだ(ちょっと表現が悪いけどね、そういうことだ)。

 一方、基礎細菌学を追求する立場で、病原細菌に限らぬ多種類の細菌・真菌を扱える学会は、国内では細菌学会をおいて他にはない。このアドバンテージは絶対に生かすべきである。ただ前回の最後に書いたように、ここにも問題はある。植物細菌でも環境細菌でも、応用微生物でも、生物モデル系細菌でも、それらを議論するための学会がすでに存在する。そんな学会の人達を誘引する必要があるのだが、それはきっと難しい。

 そこで、それぞれの立場の細菌学に共通する問題を横串にして異分野連携を促すような仕組みが必要になってくると思う。難しいが、国内でこれが可能なのは細菌学会だけである。私が会長になる次回の学術集会で、「横断的微生物研究コミュニティーの創生と確立」をメインテーマに掲げたのは、そんな考えを反映させてのことだ。もちろん、この「微生物研究コミュニティー」には、細菌感染症の分野も細菌検査系の分野も、農獣医系細菌も、理学工学系細菌も、すべてが含まれる。ほんとにそんなことができるのかまだわからないが、とにかくこのテーマの下でシンポジウム・ワークショップの企画をお願いしているところである。

 われながらダラダラと書いたが、組織としての学会がどうあるべきかということを順を追って考えてみた。しかし、本当に大切なのは細菌学会の存続ではない。重要なのは、我が国の細菌学が科学として健全に発展することである。それが達成できるのなら、何かの問題が生じて日本細菌学会が潰れたって別に構わない。(潰れないように努力しますけど)
 基本的に、良い研究をすれば人は集まるものだ。良い仕事を育むためには、お互いの研究を評価して切磋琢磨する土壌が必要だ。その土壌の役割は学会が果たすべきだが、それは学会員にインセンティブを与えて会員増を図るような努力とは全く別の話である。幸いにも、このシリーズの冒頭で書いたように、細菌学会の学術集会は再び活気を取り戻しつつあり、たくさんの良質な研究を育む準備はできはじめているように私は思っている。

 あとは、良い仕事をするだけだ。良い仕事をしましょう。みなさん。

と思っても、なかなか思い通りに行かんところがもどかしい。
、、、、私も頑張ります。

:研究費のある所に人は集まるものでもある。細菌学を看板にした高額のグループグラントの獲得を目指すのは、もう一つの重要な「細菌学活性化」の方策だと思う。



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posted by Yas at 19:14| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月20日

日本細菌学会のこと 4

前回、年1回の学術総会は盛況なのにもかかわらず、日本細菌学会は3割(1,000人)程度の会員を失い、また長い歴史の間に医学細菌学における中心的な立ち位置を失って、さらに基礎細菌学を育むコミュニティーとしての力強さも失った(のかもしれない)、と指摘した。そこで今回、再び本学会が活性を取り戻し、上質な細菌学研究を生み出す土壌となるためには何をどうすればいいのかについて考えてみた。

実は、同じようなことは10年以上前から指摘されていて、2004年に本学会は「学会活性化小委員会」なるものを立ち上げている。この委員会の使命はその名の通り「学会の活性化」であった。この小委員会の活動に当たって当時の内山竹彦理事長は若手の学会員の意見を重視した。その意見のまとめ役の担当が、なぜか私になっていたのである。コンピュータに保存された当時のファイルを探ると「活性化及び予算増 試案」というのがあった。この試案では「学術総会のポスターを作成して、広報に努めるべき」「シンポジウム・ワークショップの数やタイムスケジュールの基準を作り、テーマを公募制とする。これを何らかの委員会が企画調整して毎回のプログラムを決定する」「大学院生および若手研究者を特に encourage するための合宿セミナーを企画する」などのアイデアが盛り込まれていた。現在、これらは全て実現している。

また、この試案の冒頭には、(私はすっかり忘れていたのだが)以下のようなコメントが記載されている。
ーーーーーーーーーー
「学会活性化」の各論を討議する前に、学会の方向性について見解を統一する必要があると思います。特に、会員増を図って規模拡大を目指すのか、医学細菌学に焦点を当てた小規模であるが濃密な学会を目指すのか、という点は各論の内容を左右することでもあるので重要かと思います。当日に理事長の見解をお示しいただけたら幸いです。
ーーーーーーーーーー
この指摘は今もまさに通用する。

前回に書いたように、感染症学会や臨床微生物学会が「臨床・感染症」をキーワードに活発に活動している現在、細菌学会が、時計の針を逆行させるように、この領域(同じキーワード)で再び中心的な役割を果たすようになるのは極めて難しい。もし医学細菌学にこだわるのならば、基礎医学細菌学に特化した小規模学会として活動し、それなりに成果を生むことなら可能だと思う。これが細菌学会活性化(あるいは再生)のひとつのパターンである。そうではなくて会員増を視野に入れて、学会を活性化させるというのならば、本学会の得意な基礎細菌学を中心にあらゆる細菌の基礎研究を取り込んで活動の裾野を広げる、という別のパターンも考え得る。今後の細菌学会が取り得る方向性としては、試案のコメントのように、この二通りのパターンしかない(と思う)。

そして現実には、細菌学会にはすでに医科系細菌学以外の領域の研究者の方々が多数参入されている。つまり、本学会はすでに後者の方向性で舵を切っている。答えは明白である。

ただし、これにも問題はある。

あまり時間が取れず、一週間に少しずつしか書けないので書いている本人も焦れてきましたけど、もう少しお付き合いください。、、、ということで、、、つづく。



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posted by Yas at 18:06| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月13日

日本細菌学会のこと 3

引き続き、日本細菌学会の話。

学術総会が盛況なのに、学会本体はなぜ不調と言われるのか? 私の考えるところでは、これには日本細菌学会の歴史が関係している。

日本細菌学会が昭和2年に発足し、まもなく90周年を迎えることは前々回のエントリで書いた。その間、本学会には長きに渡って日本の医学微生物学を支えてきたという自負がある。世界的に著名な北里柴三郎先生や志賀潔先生を輩出したばかりでなく、R プラスミド(耐性プラスミド)の研究や細菌毒素の研究では日本が世界の最先端を走っていた。それが、ほんの数十年前の話である。

しかし現在、細菌学を取り巻く環境はすっかり変わってしまった。日本細菌学会と同時期に発足した日本感染症学会(大正15年設立、以下括弧内は設立年)や、食品微生物学会(昭和55年発足)、日本環境感染学会(昭和61年発足)、日本臨床微生物学会(平成2年発足)などがそれぞれの専門性を発揮した活動を展開しつつ住み分けを進めるなかで、医学系細菌学における日本細菌学会の絶対的な重要性は(いまでももちろん重要であることには変わりないのだけど)失われた。しかし、それに気づかず「医学系細菌学・感染症制圧」のみが伝統ある日本細菌学会の学会活動の本流であると勘違いし続けたのである。そして、細菌学会のもう一方の重要な柱であるはずの充実した基礎細菌学研究領域の裾野を広げる努力を怠り、学会の内側を向くばかりで、それ以外の領域に研究をアピールすることをしなかった。私が自分のラボのウェブサイトで「日本細菌学会には『細菌学とはどうあるべきか?』という陳腐な問答が存在する」と書いたのはその頃を指してのことだ。以下、少しだけ引用する(自分の文章ですけど)。

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さらに、日本の細菌学会に目を向けると、「病原細菌を研究せねば意味がない」「感染予防・治療に結びつけねばならない」という話を今でも耳にする。「細菌学とはどうあるべきか?」という陳腐な問答が存在するのである。もちろん、すべての日本の細菌学者がそのようなことを考えているわけではないし、研究機関などの立場によって研究者の考え方が違うことは認める。それにしても、科学の世界で「XX学とは○○でなくてはならない」という話がまかり通るのはどういうことであろうか? 他の領域の、例えば生化学で「生化学とは○○であるべきである」という人がいるだろうか? このような発想の中ではセレンディピティもなにもあったものではない。
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その結果、日本細菌学会で輝きを増さねばならないはずであった基礎細菌学も萎縮した。そして、細菌学領域以外の研究者から見て、細菌学が基礎科学とは思われなくなったのである(と私は思っている)。実際、最近の大学医学部の細菌学系教室の教授人事は「基礎細菌学」研究ではなく「感染制御」研究を念頭にした人選が進められているように見受けられる。医学部でいう感染制御とは院内感染である。院内感染の原因病原体のほとんどは細菌だ。しかし、「感染制御」を看板に医学部の細菌学系教室に赴任する先生方の多くは、(日本感染症学会員であっても)日本細菌学会の会員ではない。あるいは、日本細菌学会では活発に活動をされていない。そうした方々が主宰する研究室のメンバーが細菌学会から足が遠のくのは自然なことだ。そして、学会員数が減少する。これが、日本細菌学会が危ないと感じられてしまうひとつの理由である(と私は思っている)。

もうひとつ、細菌学会では長い間、3,500人前後の会員を擁するのが普通のことであった、という(歴史にかかわる)問題もあると私は思っている。現在、本学会の会員数は学生会員を含めて約2,500人程度である。1,000人も会員が減ったのだから、学会が危ない、と思うのだろう。しかし、この会員数は日本ウイルス学会のそれとほぼ同数である。日本ウイルス学会は、私は内情は知らないが、外から見て日本細菌学会ほど危機が叫ばれているわけではない。むしろ順調に人材を輩出していて学会あるいは学問領域としては堅調だ。同じく活発に活動している日本寄生虫学会の会員数は1,000人足らずで日本細菌学会よりもずっと少ない。すなわち、3,500人から2,500人への会員数の減少そのものは、学会の活性とは関係がないのである。問題は、研究の方向性と質であって、会員数ではない。だから私は細菌学会内部で時々いわれる、「学会の会員数を増やすにはどうすれば良いか」という議論に与しない。「学会活動によって上質な細菌学研究を涵養するにはどうすれば良いか」という議論の方がよほど大切である。

今回はおしまい。細菌学会の「明日はどっちだ?」につづく、、。


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posted by Yas at 18:37| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月06日

日本細菌学会のこと2

 前回からの続き。

 本年の日本細菌学会総会は第88回となる。会場は岐阜市内の長良川国際会議場であった。会場を少し離れて堤防を越えると長良川の清々しい流れを楽しめたらしいが、あいにく私は会場内をあちらこちらと立ち歩くばかりで、そのような時間をゆっくりと取ることはできなかった。基本的に、アカデミックプログラムのある時間は興味のあるセッション会場に居たし、そうでない時は学会の委員会か、学会運営に関わる何某かの担当の先生方と、色々な相談事をしていた。今回、そんなに忙しかったのには理由がある。

 ひとつは、来年の第89回の総会を私が担当するということに関係している。来期の総会長として、今回の総会の各会場の規模はどうか、参加者の入りはどうか、ポスター会場の掲示板の間隔や大きさはどうか? 関係企業の展示ブースや土産物屋の出店の様子などをスカウティングさせていただいた。
 もうひとつの理由は、やはり理事長としての任務に関係している。前回に書いたように、本学会は絶望的な赤字体質に陥っている。学会は基本的に収益団体ではないので、何かの事業で爆発的な収益を上げて黒字転換することは無理だ。そうであれば、支出を大幅に削るしかない。しかし、個々の事業をとり上げて、それらを廃止したり保留したり縮小したりしていても「大幅」な支出の削減は難しい。根本的に赤字体質を改善するためには、組織全体を効率化するべく作り替えるのがもっとも効果的である。というか、それしかない。それほど膨大な赤字を生み続けてきたのだ。この学会は。ということで、そのために総会の会期中に開催されるあちらこちらの委員会に顔を出し、様々な方面の先生方に様々なお願いをしていた。おかげで理事会のある前日から総会会期の3日間の合わせて4日間は、私にとってあっという間に過ぎていった。(すいません。ちょっとウソついてます。一度、会場を離れて、金華山に登ってました。)

 学会の危機とは裏腹に、学術総会はそれ自体、非常に活気があった。各会場は(巨大な第一会場を除いて)、たいてい6-7割の席が埋まっていたし、もちろんセッションによっては立見が出ている会場もあった。なぜこの学会が、会員の減少や財務危機に晒されて斜陽状態と思われているのか、不思議である。私の学生時代は、細菌学会といえば会場よりもロビーの方に人が溢れ、会場では玉石混淆(はっきり言って「石」の方が多かった)の一般口頭発表がトコロテンのように短い時間で立て続けに行われていて、学問的には欲求不満の溜まる、とても面白いと言えるものではなかった。さらに、懇親会で初めて「こんなにたくさんの参加者がいたのか?」と驚くほど、学会場では人の気配が薄く、学術総会としては全く活気がなかった(と、私は記憶している)。それが、一般講演がポスターになり、口演はシンポジウムとワークショップで比較的まとまった発表が聴けるようになってからは、面白く学術総会を過ごせるようになった。また、一般演題がポスターになって、見る気になれば全ての演題を閲覧して、その中から気になった演題で発表者と議論することがかなうようになった。これも一般演題がトコロテンの口頭発表だった時代にはできなかったことだ。ここ十数年で、学術総会は充実してきていると言っていい。

 すなわち日本細菌学会の学術総会は(開催年度によってテーマに偏りがあるとしても)、破綻していない。それなりに勉強しようと思えば、ちゃんと勉強できる、しっかりとした総会が開催されているとと思う。

 それが、なぜ、日本細菌学会の危機が云われるようになったのか? 
 次回はその辺のことを書く。

 つづく。


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posted by Yas at 19:05| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする