2014年11月18日

野本明男先生

 東京大学名誉教授の野本明男先生が亡くなられた。野本先生には、科研費特定領域研究「感染マトリックス」で大変お世話になった。「感染マトリックス」は、当時の特定領域研究班としては多くの研究者を抱える格別に大きい研究班だった。その中には、野本先生と同じウイルス学者、細菌学者、免疫学者、寄生虫学者がいた。ウイルスや細菌や寄生虫を縦糸に、それぞれの感染のなかで見られる共通の現象を横糸にして、感染症研究者の有機的なネットワークを構成する(なんか、研究費の申請書みたいになってきた)というのが本研究領域の目的だった。野本先生はその領域代表者だったのである。野本先生のことは、これまでに何度かこのブログでも取り上げさせていただいた(こことかここを見てください)。

 私はこの特定領域で細菌毒素班のまとめ役を仰せつかっていた。感染現象を研究テーマに標榜するこの研究領域にあって、生きた寄生体を対象にしない細菌毒素という計画研究斑は、異質だった。「細菌毒素はねぇ、文科省に行っても説明が難しいんだよぉ」と野本先生はニコニコしながら私によく仰っていた。きっと、野本先生にはご苦労をおかけしたに違いない。

 特定領域研究は5年間の研究期間がある。研究班が始まったころは、「堀口さん」と呼んでいただいていたのが、2ー3年経つと「堀口っ」に変わった。さらに、お酒がお好きで、酔うと「お前はなぁ」と肩を叩かれたりした。酒飲み同士のよしみからか可愛がっていただいたように思う。「清濁併せ呑む」とは、野本先生のお人柄を表す時によく耳にした言葉だが、いろんな意味で大先生であった。

 私が長年参加していた霞ヶ関の会議でも、野本先生は座長を務められていた。手術入院から復帰されて会議に出てこられた先生に「復帰おめでとうございます」と無邪気に声をかけると、「いや、あんまりめでたくないんだよ」と遠慮がちに言われた。このとき、何もかもわかっていたわけではもちろんないが、迂闊に「おめでとうございます」という言葉を選んだことを後悔した。そしてこれが、先生と私との最後の会話になった。あの時、どんな言葉をおかけすればよかったのか、今までなんども考えたが、ついにお話しする機会を再び得ることはできなかった。

 謹んでご冥福をお祈りいたします。


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posted by Yas at 21:49| Comment(0) | 私的先生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月17日

インドネシア4

バンドン工科大生命科学部では酷い目にあった我々だが、インドネシアの滞在そのものは楽しかった。

バンドンで宿泊したホテルの名前は Hotel California。同年代の方々には懐かしい、Eagles の名曲と同じ名前である。ドアの前には Eagles/Hotel California のCD(本物ではないと思うけど)が貼付けられていた。ホテル内に三つある会議場の名前は The Beatles と Beethoven と Pink Floyd。朝食をとったレストランでは初日にはその Eagles の Hotel California が、2日目には It never rains in Southern California (カリフォルニアの青い空/アルバート・ハモンド)や Have you ever seen the rain?(雨を見たかい/クリーディンス・クリアウォーター・リバイバル) が流れていた。夕方にビールを飲んだラウンジでは Angie/The Rolling Stones だ。ビールを運んでくれたボーイさんに「ここのオーナーは、70-80年代のロックが好きなのか?」と聞くと、嬉しそうに「もちろん!」と答えてくれた。いやー、インドネシアとは思えない(って勝手な思い込みです。インドネシアの皆さんすいません)、なかなか楽しいホテルだった。部屋も広くてキレイで、アメニティもしっかりしていた。

最後の夜は三木さん堀田さんと私で、近くのショッピングモールで夕食をとった。「旅行好きの目加田先生に知られたら、絶対怒られるぜっ」と言いながら、有名ブランドショップの居並ぶモール内の、しかも和食屋さんに入った。店の入り口にあるメニューに「モダン焼き」があるのを見て、堀田さんが「きゃー、モダン焼き。私食べたことがないんです」という。堀田さんは大阪出身である。大阪出身で、しかも堀田さんくらいの年齢になって(何歳かは知らんが)、モダン焼きを食べたことがないというのはどういうことじゃ? きっといいとこの娘さんに違いない。とか考えながら、ここは堀田さんの希望を酌んで、モダン焼きを中心に餃子やらビーフ豚カツ(イスラム教徒の多いインドネシアでは、豚肉が提供されることはない)を注文した。ビーフ豚カツやら餃子(たぶん豚肉は入っていない)はまずまずだったが、モダン焼きは、日本でいうところのオムそばであった。ビールはインドネシアのビンタンビール。暑い国にあう、すっきりとした飲み口であった。

IMG_2226.jpg
翌日の最終日は、バンドン空港からシンガポールに飛んだ。バンドン空港は国際空港なのだが、かなり小さくて搭乗口は一つしかない。搭乗券の改札を通ると、結構な距離を歩いて飛行機に向かう。まるで千原せいじさんみたい。ここからシンガポールを経由して10時間以上かけて関西国際空港へと帰る。

連れは三木教授、堀田さんと私の三人である。日頃は微研内で顔をあわせることはあっても、それほど長話をすることはない。だが今回はとにかく道のりが長い。いい機会なので(と思っていたのは私だけかもしれない)、飛行機の待合や空港のスタンドバーで馬鹿話をしまくった。すると最初は楽しそうに相槌を打ってくれていた三木さんの反応が、だんだんと鈍くなってきた。どうやら話疲れてきたらしい。このおっさん、喋りすぎ、と呆れられたのかもしれん。、、、三木さんは大阪府立高津高校出身である。私の高津高校出身の友達たちは、私以上に皆んなむちゃくちゃ喋り好きの馬鹿話好きなのに、、、「三木さん、ほんま高津出身か?」とか言い掛かりをつけながら、さらにバカ話を強要してやった(しかし岡部先生も審良先生も高津高校出身だ。中には普通の人もいるみたい。あたりまえか)

関西国際空港に到着したのは午後9時20分。入国(帰国)手続きも荷物受け取りも税関もスムーズに通過して、午後9時45分の尼崎行きのリムジンバスに乗った。関西国際空港は優秀だ。

んで、実は、帰国してもう一週間以上経つ(ブログの更新が遅すぎっ)。帰国の翌日に宮崎に出張。ホリプレ講演を90分して、その夜は一泊(いつものように、三澤さん宅に泊めていただいた。いつもありがとうございます)。先週末は京都大学大学院医学研究科の合宿プログラムで90分の英語講演をした(バンドン工科大生命科学部とちがって、もちろん先生方もその場にいらっしゃったばかりか、丁寧に私を紹介してくださった。ありがとうございました)。

この一ヶ月。嵐のようであった(ベタな喩えですまん)。今年もあと一月半。なだれ込むようにして年末に突入する。


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posted by Yas at 22:36| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月13日

インドネシア3

 前回の続き。

 そして昼食後、東京で翌日に用務のある目加田所長と松浦副所長と別れて再び生命科学部に向かった。到着したのは午後1時直前である。誰か生命科学の先生が待ち構えているかな、と思っていたが誰もいない。建物に入って、オフィスとおぼしき部屋に行っても誰もいない。周辺の部屋を探しまわると、事務方のような男性がいたので尋ねると、別の部屋に連れて行ってくれた。そこには午前中にあった教員スタッフがいて、男性を指差し「彼に案内してもらいますわ。私もあとで参ります」と云った。

 男性に連れられて行った部屋は鍵が閉まっている。もちろん誰もいない。男性は「ここだ」といって部屋の鍵を開けて出て行った。残されたのは私と、私に付き合ってくれた三木さんと堀田さんだけだ。「なんじゃ、これは? どういうことや?」と、三人ですることもなく佇んでいると、やがて10人程度の学部学生(と彼らは云った)が部屋に入ってきた。「日本人の講師が講義するのを聴きにきたのか?」と聞くと「そうだ」という。ただし、30分前に先生からこの講義のことを初めて聞いたらしい。この時で午後1時20分。教員は来ない。さらに何か動きがあるようでもないので、仕方なく勝手にコンピュータをプロジェクタにつなぎ、マイクを準備して講義を始めることにした。10分後には大学院生という10名ほどの一団が来たが、やはり教員は来ない。

 講義すること1時間。3ー4名ほどは講義の内容に食いついている様子だったが、他の学生はぼんやりとスクリーンを眺めているばかりである。「質問はあるか?」と聞くと、講義の内容について質問したのは一人。あとは、やはりぼんやりと座っている。「もしかすると、われわれの研究所が提供する奨学金のことを聞きに来たのか?」と聞くと、「そうだ」という。なんじゃそら? 細菌学の講義は要らんかったんちゃうんか、。

「じゃぁ、仕方ないので奨学金の話をしますか」と三人で相談するが、松浦副所長が帰ってしまったので資料もないし、説明の準備もしていない。そこで堀田さんが、Google mail に添付してあったファイルを急遽ダウンロードして資料スライドを準備してくれた。説明は三木さんにお願いした。だってオレ、1時間の講義で疲れてるもん。

IMG_2216.jpg んで、三木さんが必死のパッチで概要を説明してくれて、詳細はさらになんと堀田さんが説明してくれた。その説明でさらに1時間。「どう?この奨学金制度って、魅力あると思わん?」と聞くと、しかし残念ながら「思わない」というのがその場に居た学生さん達の総意のようだった。一般的な学部学生である彼らには、どうやら留学志望も研究志望もないようだ。そんな学生達に留学生奨学金制度が魅力的なわけはない。

IMG_2218.jpg 計2時間。ついに最後まで、「私もあとで参ります」と言った人も含めて、生命科学部の教員は一人も来なかった。どこかで話の行き違いがあったのだと思うが、どうしてこうなってしまったのかわからない。倒れ込むようにしてホテルに戻り、費やした2時間を思い返しながら、みんなでビールを飲んで反省会をした。

 海外に出ると、いろいろなことが起こるものである。


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posted by Yas at 21:41| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月09日

インドネシア2

前回の続き。

バンドン滞在の二日目、午前9時過ぎにバンドン工科大学に到着し、生命科学部の執行部の教員に微研の奨学制度の説明をする。しかし、先方は単位互換による学生の交換留学の話を繰り返しするばかりで、なかなか話が噛み合わない。話し合い終盤に、ようやくバンドン工科大学の教員から学生に奨学制度を紹介してもらうことで会議は終了した。その時に「すでに少し話をしてあるけれど、5ー10人は希望者がでそうですよ」と先方の教授が話し、「午後からの講義、楽しみにしています」と私に言ってくれたのだが、、、、。

もう一件、バンドン工科大学では薬学部も訪問し、ここではすでに学部長が選んでくれていた奨学生候補者と面談した。やはり、優秀で素直そうな学生さんだった。

そして昼食後、午後1時からの私の講義だが、ここで予想外のことが起こった。

(つづく。すまん。今日は疲れていて根気がないので、また次回です)


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posted by Yas at 21:02| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月05日

インドネシア

 インドネシアのバンドンにいる。11月3日の昼前に関西国際空港を出発、シンガポール経由で夜にジャカルタ市内に着いた。同道者は私と同じ微研の三木教授と今回の仕事の秘書業務をしてくれている堀田さんである。ジャカルタ市内のホテルで、先着されていた目加田所長と松浦副所長と落ち合って、4日の朝にインドネシア大学の医学部を訪ねた。微研が来年度から計画している外国人留学生支援制度に応募する学生の面接のためである。

 この奨学金制度はこれまでのものと少し違う。大学院在学中に250万円/年の奨学金を支給する(ここまでは普通の奨学金と変わらない)のに加えて、奨学生の就学態度や業績、将来性などが評価されると、有給研究員さらには微研教員としてのポストが用意される。優秀な学生には存分に研究業績を挙げていただき、学者としての地位を確立してから母国に戻ってもらう、という計画である。留学元の国の研究教育機関にとっては、小さいながらも人材育成の道が立ち、微研にとっては国際交流とともに優秀な外国人学生の確保につながるというわけだ。今回は微研の紹介をかねて、そんな留学制度に応募を希望する学生と面接するのが主要な目的である。

 インドネシア大学医学部はオランダ植民地時代に建築された堂々たる建物にあった。面接した学生はそれぞれみんな優秀で、控えめだが意欲があって近頃の日本の大学ではあまり見ないタイプの学生ばかりであった。残念ながらインドネシア大学に提供できる奨学生の枠は多くてふたつである。「できればみんな採用したいね」と先生方と話をしながら大学をあとにした。そのあと、チャーターしたタクシーで100 km ほど離れたバンドンに移動した。今度はバンドン工科大学の学生達に会う。今、11月5日の午前6時15分。午前中にホテルを出る予定である。まぁそれは予定通りでいいのだけれど、。

 実は、10月下旬に、急にバンドン工科大学から「訪問される先生に学生対象の講義をして欲しい」という要望があった。しかも、Bacteriology が専門であることがポイントだったのかどうか、なぜか Prof. Horiguchi にお願いしたい」と名指しされた。講義時間は1時間。英語の講義はそれなりに準備しないといけないのだけれど、他の仕事も詰まっていたのでいかにも時間がない。急遽、自分にとって(英語で)喋りやすい内容を選んでスライドを組んだ。その講義は今日の午後1時から始まる。どうなることやら。

IMG_2213.jpg んで昨晩。スライドの確認をしていて、帰国後すぐ(次の日)の宮崎出張で使うために用意していたスライドファイルが壊れていることに気がついた。ラボの iMac で作成したファイルを Dropbox にアップロードする時に何かをやっちまったらしい(決して Dropbox のせいではないと思う)。
、、、、ちょっとピンチである。

(写真はバンドンの夜明け。宮崎用スライドを朝から修復していて、イライラしていてもいかんと気晴らしにホテルの窓から撮った。)


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posted by Yas at 08:35| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月02日

世界 細菌学系のどじまん

 現在、私は少なくとも3つ(実はちゃんと覚えていないので、他にもあるかもしれない)の科学雑誌のアカデミックエディターを務めている。

 ひとつめの出版社からはほとんど論文が回ってこない。ホントに編集業務をやってんのかね?と思うくらい何の連絡もないが、その雑誌のウェブサイトを見ると確かに自分の名前が Editorial Board に載っているので、正式に編集委員ではあるらしい。
 ふたつめは、私の所属する日本の学会が国際的な出版社に委託して出版している雑誌である。色んな行きがかり上、最初の5ー6年間は編集長を務め、その任期を終えたあとも編集業務から足を洗うのを許してもらえずに、いまだに associate editor を務めている。

 みっつめの雑誌の associate editor は、三ヶ月ほど前に依頼された。これ以上忙しいのもイヤやしなー、、と躊躇したが、私には「これも経験である」とすぐに考えてしまう悪いクセがある。そのクセが災いして、結局引き受けることになった(、、「なった」って、自分で決めたんですけどね)。この雑誌は、超メジャー誌を筆頭に多数の有力誌を擁する有名出版社が発行している。そんな雑誌から編集担当の依頼があったのだから、研究者としては光栄に思ってもいいのかもしれない。それに、噂ではこの雑誌の編集委員になっても、年間に処理を割り当てられる論文は4ー5編だということだった。

 ところが、実際に引き受けてみると全く違った。引き受けて少し経ってから、ほぼ確実に2週間に1編の割合で論文が割り当てられる。ふたつ目の雑誌でも、2ー3週間に1編の割合で論文が割り当てられるので、わりに忙しい。

 Associate editor の最初の仕事は、割り当てられた論文を読んでしかるべき研究者に論文の査読を依頼するか、あるいは査読依頼をせずに不採択の結論にするか決定することにある。モタモタしていると次の論文がやって来るので、どうするのか即決しなければならない。それでこの三つめの雑誌だが、実は、届いてくる論文の質が必ずしも高くないことがわかった(よく知られている雑誌なんですけどね)。今まで、論文を査読者に回したのは一編だけである。あとはすべて associate editor (つまり私)の段階で不採択だ。そんな論文を読んでいると、読み終わるまでにだいたい不採択にする結論が出る。のど自慢で出演者が歌っている最中に「カン」と鐘が鳴って歌を中断させて、出演者には退場してもらうのとよく似ている。

 論文を読むと、だいたい results の途中当たりで「カン」と私の頭の中で鐘が鳴る。不採択だ。それより先に論文を読むことはない。Immature とか entirely inconclusive とか理由を付けて in-depth review は行ないません、と宣言して不採択とする。

 んで、この頃は、2週間に一度くらい、私の頭の中で「カン」と鐘が鳴っている。


、、、ところで、明日からインドネシアに出張してきます。リアルタイムで更新していないブログなので、別に予告しなくてもいいのだけれど、、3泊4日で帰ってきたら、次の日からは宮崎出張。一週間はちょいと飛び回ってます。


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posted by Yas at 20:35| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする