2014年05月22日

オープンアクセス・査読つき

 科学雑誌に投稿された論文の査読をするのは研究者の務めである。私は自分にそう言い聞かせて、よほど仕事が詰まってない限りは依頼された査読を引き受けることにしている。

 数カ月前にそんな調子で引き受けた論文は、中堅の電子ジャーナル(オープンアクセス・査読つきのあれ)に投稿されたものだった。論文を読んでみると、関係領域の研究者には有用な情報が含まれていて、知見は良いように思えた。電気泳動データの切り貼りもない(すいません、いらんこと書きました)。しかし実験の構成が緻密ではない。データの取り方も雑だ。とてもこのままでは雑誌への掲載を認めるわけにはいかないが、掲載を拒否するほどでもない。私の査読のモットーは「75点主義」である。だから、この場合は雑誌掲載の価値を認めつつ、新たな実験を3種類ほど提案し「そのうち少なくとも2つくらいの実験をすれば結論の正当性が確かになるよ」とコメントを付け、さらに本文や図表のいくつかの不備を指摘して、「Major revision(大幅修正)」の結論で雑誌社に報告をした。
 
 先日、その論文が修正されて再投稿されてきたようだ。雑誌社は再度私に査読を求めてきた。もちろん引き受ける。これは初投稿時にコメントを返した者の務めである。二回目の査読の時は、私の以前のコメントはもちろんだが、私以外の査読者のコメントとそれに対する論文著者の対応も目にすることができる。、、、それを見て、えらい驚いた。
 もう一人の査読者は、もしかするとあまり査読経験がないか、あるいは論文中の何かが琴線に触れて気負ってしまったか、あるいは性格が細かいのか、かなり長文のコメントを著者に返していた。その中でこの査読者は、思いつく限りの実験の追加を要求し、重箱の隅をつつくように執拗に論文の文言修正を指摘していた。、、、こいつは粘着気質か? 

 私の知っている生命科学の研究では、普通、ある作業仮説を検証するための実験は何通りも考え得るものである。しかしそれを全てやる研究者は普通はいない。それらを全てやったとしても、著しく研究内容の価値が高まるものではないし、100%の確度の結論が下せるようになるわけでもない。生命科学の実験は、ある条件に限った生命現象の一面を覗き見るようなものだ。それをいくら重ねても絶対の結論は得られない(何かを発見したとか同定したとかいう場合はそれもあり得るが、それは横に置く。この論文の場合は、解析的な仕事で仮説を確かめるという類の仕事である)。限りなく近づいても曲線が決して漸近線と接しないのと同じで、いくらデータを重ねても結論を支える知見としてはほぼ飽和してしまって完璧に結論を証明することはできないのが普通だ。それに、時間も予算も限られているのにそんなことをするのは現実的ではない。しかし、この査読者はそれを要求していた。これは妥当な査読コメントとはとても言えない。

 そしてさらに驚いたのは、それに対する著者の対応だった。

 この著者は、やっぱり何かが頭に来て気負ってしまったのかあるいはもともと粘着基質なのか、その査読者のコメントに逐一細かい反論をして見せ、その反論ごとに何種類もの文献を引用してかなり大部の文献リストまで作成していた。論文査読におけるやりとりとしては、私には経験がないくらい長い長い反論のメールを返してきたのだった。それもほとんどが科学的に意味のない子供の言い合いのような反駁だ。あるいは、査読者の意味のよくわからない追加実験要求に(意地になったかのように)応えたりもして、意味のわからないただ混乱を招くだけのデータを新たな図として付け加えていたりした。もう1人の査読者である私は、そんな幼稚な査読者と著者にはさまれて戸惑うばかりで、なんだか知り合い夫婦の痴話喧嘩に巻き込まれたような気分である、、。

 そこでできるだけ巻き込まれないように(巻き込まれることなんてないと思いますけどね)、「私のコメントに関しては充分に対処していただいている」として、「Accept(採択)」の結論にしようと思った。、が、、、追加実験のデータはあまりにひどい。研究の質を損なっているだけだ、、と思い直して、「この追加実験はもう1人の査読者のコメントに対処した結果だと理解はするけど、著者らの仮説を支持するデータになってないし、そもそも第三者である読者には意味がわからない("make no sense" というキツいかも知れない表現を使ってしまった)」と付記し、「Minor revision(若干の修正)」の結論に変えて雑誌社に返信した。そして、返信してしばらくしてから、科学論文の査読なのだから「なぜ仮説を支持しないのか」とか「なぜ意味がわからないのか」とかの理由を具体的に書くべきだったと後悔した。しかしそれよりも、その場を早く立ち去りたい「夫婦喧嘩を見た知人」の気分の方が強かったのだ。、実に後味の悪い論文査読だった。たまたま査読者と著者の相性が悪かっただけなのか、イマドキの中堅雑誌の査読って、あんなものなのか、、。なんか、世界の科学は大丈夫か? と余計な心配までしてしまった。

 そして今朝、雑誌社からその論文の取扱の最終結論を伝えるメールが届いた。「Minor revision」だった。私が再査読の返信をしてからずいぶんと時間が経っていたので、気になってその雑誌社からのメールを見ると、査読者が5人に増えていた。査読者の意見が大幅に違ったときは、査読人数を増やすことはよくあるが、、それにしても3人も増えていた(この3人は実に大人なコメントをしていた)。ところが、、あの粘着基質の査読者は再査読を拒否したとみえて、そのメールには彼(彼女?)のコメントは全く載っていなかった。もうっ、文句を一杯書いたのなら、最後まで責任もって査読しろよ、、、。

 最後は大人な結論で終わってホッとしたけれど、、、ほんと、世界の科学は大丈夫か?、、、、、

*:その結論が定説あるいは事実として受け入れられるためには、その結論に基づいて第三者が異なる目的で実験を構築して良好な結果を得るようなことが繰り返されなければならない。


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posted by Yas at 18:57| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月20日

「わかりません」は禁句にしたい

 前回からの続き(続編モノにするほど、話題がたくさんあるわけではないんですけどね、、)。

 16日。泊まっていた岡山三井ガーデンホテルで目が覚めたら、まだ頭のなかで「外は白い雪の夜」が鳴っていた。ちょっとだるい。朝食をとってタクシーで岡山大学医学部のある鹿田キャンパスに向かう。この日の講義の相手は学部3回生である。これまで様々な大学や学部で細菌学の総論や各論の講義を仰せつかってきたので、私には色んな話題を提供できる準備があるのだけれど、松下教授は「細菌毒素学の話題でみっちりやってくれ」とおっしゃる。そうですか、それではと「細菌毒素」だけの話題で3時間の講義をすることになった。基礎編60分、実例編60分、研究編60分。そんなマニアックな講義は全国を見回してもなかなかないんじゃないかと思う。

 いつもここで書いているが、私の講義はQ&Aを交えた会話形式である。これを私は talking class と呼ぶ。それぞれの話題ごとに次々と学生さんに質問をしながら講義を進めるやり方だ。この質問は学生さんの知識を問う類のものではない。わからなければウソでも口から出まかせでもいい、自分なりに論理的な説明をしてくれればよいのだ。そんな時に人は最も頭を働かせる。そういう作業を学生さんにして欲しいと思って質問しているのだ。いくら知識を問わないと云ったって、論理建てて説明するためには最低限の知識は必要だが、それを駆使して必死になって小理屈をこねてくれれば最高に嬉しい。そう思っていつも質問をしている。

 もちろん、こういった講義が楽しくなるかどうかは学生さんの回答の質に依存する。ところが、残念ながらこの時の講義は低調だった。みんな反応が鈍い。多くの学生さんは、基本的な生物学の知識が足りないように見えた。質問されてもまるで他人事のように空疎な受け答えをする学生さんも何人かいた。おかげで、いつもなら3時間でのべ120〜130人に質問するところが、この日は調子が悪くてその半分にも質問が進まなかった。こういう講義は時々経験するが、いつも同じ大学で同じように経験するわけではないので、決して岡山大学の何かに特有の問題があるわけではないと思う。実際、6年前の岡山大学医学部では実に楽しく質疑応答ができた。だから、たまたまこのクラスがそんな雰囲気だっただけなのだろう。しかし、、、。

 「学生さんには、自分の生活に関わる現実世界と教科書に載っているリアリティのない学問の世界があって、後者は自分に関わりがないと思っているんです」と松下さんが済まなそうに云う。体調が回復して、講義を見に来てくれていた岡大准教授で私の後輩のニシキくんも「彼らは知識の断片はあるんですけど、それぞれを関連付けて考えることができないんです。だから、知識の断片だけを『穴あけ問題のように』尋ねれば、かなりの正答率になるんですけど、論理的思考を要求されるとその断片的な知識も出なくなるんです」と寂しそうに云った。通年のカリキュラムに則った講義をしたことがない私には何も言えないけれど、二人の言葉に思い当たることはある。確かに、私に質問されると、多くの学生さんは質問に関した記憶を頭の中でただ探っているだけのような、無機質な顔になっていたような気がする。そこで一杯一杯になっていたら、論理的な思考なんかできるわけがない。

 でも、6年前は楽しかったよと言うと、「少し前に講義シラバスの細分化と強化が進んで、結果として大量の知識偏重の講義になってしまったのが影響しているのかもしれません」という答えが返ってきた。松下さんやニシキくんの話を聞く限り、岡山大医学部は様々な面で学生の教育にかなりの腐心をしている。けれど、肝心の講義カリキュラムが定型化しているために、◯✕問題や穴埋め問題しか答えられない学生を育ててしまっているとしたら残念なことだ。彼らは、一体いつになったら論理的な考え方ができるようになるのだろうか? それができなければ医者など務まるわけがないのは確かだ。臨床の現場に出てはじめて物事を考えるようになるのだろうか? 大学教育ではそういうのはもはや無理なのか? 学部も大学院学科も独自に持たない、学部の先生方の苦労も知らない附置研究所の教員だが、ちょっと心配になった。

 そんな話をしながら松下、ニシキ両先生と昼食をとったあと、岡山駅まで歩いて新幹線に乗った。
 来月には京都府立大学・生命環境学部で講義がある。ここでもやっぱり学生さんにたくさん質問をして、talking class をするつもりである。


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posted by Yas at 16:31| Comment(2) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月18日

岡山・サワラ・拓郎ちゃん

 岡山は大阪から新幹線で40分と少し。近いけれど、私にはそれほど縁のあるところではない。6年ほど前に当時の岡山大学教授の小熊先生にお誘いいただいて講義をして以来、多分訪れていなかったと思う。その岡山に15−16日に出張で出かけた。岡山大学医学部病原細菌学分野の現教授、松下さんに特別講義のお誘いを受けたのだ。

 講義は16日の朝一番からあるので、15日の夜に岡山入りし、松下教授を始め細菌学関連の先生方と夕食をご一緒することにした。メンバーは松下さんの他に、助教の美間さん、後藤さん、それに歯学部の中山さん。後藤さんはこの春まで微研にいた顔見知りである。中山さんはかつて長崎大学熱帯医学研究所の平山先生の研究室に所属していたので、その仕事はよく知っている。美間さんはお初にお目に掛かるが、岡山大学薬学部の教授だった土屋先生の薫陶を受けたとかで、それなら専門領域は想像がつく。皆さん細菌学領域のお仲間で、気楽にお話をさせていただけそうなメンバーだ。しかしただ今回、再会を楽しみにしていたニシキくんは、残念がら急に体調を崩したとかでこの夕食には不参加であった。

 皆さんに連れていただいたのは、山陽新聞本社の横から西川という川を渡ったところにある居酒屋さんだった。店内に入ると何やら懐かしい音楽が流れている。吉田拓郎の「外は白い雪の夜」だ。ふひゃぁ、この曲を聞くのは何年ぶりかしらん? その後に流れる曲も全て吉田拓郎。曲目からみて、おそらく名作と言われたライブアルバム「TAKURO TOUR 1979」から多くが抜粋されたオムニバスのようだった。これがエンドレスで流れている。ふひゃぁ、懐かしい、、、。店の人に尋ねると、店長さんが大の吉田拓郎ファンなんだとか、、、、いい店だ。 んで、皆さんと美味しい酒肴をいただきながら、先日急逝した清水徹教授のこと、日本の細菌学研究の将来のこと、私が再来年に世話人を務める学会総会のこと、細菌学会の運営のことなどをワイワイと話す。松下さんは真面目なので、決して話が馬鹿話に流れない。その辺が私とは違うところである。話の合間に聞こえてくる拓郎ちゃんの曲も心地よく、大変有意義な話をたくさんさせていただいた。

 この店を出たあと松下さんと別れて、美間さん、後藤さん、中山さんと「もう1軒行こう」と、ラーメン屋で美味しい餃子と豚トロでビールをさらに飲んだ。さらにシメに食べた長浜ラーメンも絶品だった。岡山はなかなか侮れん。この日いただいたのは美味しいものばかりだった。そしてみんなと別れたのは確か午前0時頃、ホテルでシャワーを浴びてベッドに入ったのが午前1時過ぎだった。

 頭のなかでは「外は白い雪の夜」がヘビー・ローテーションしていた。次の日は朝から3時間の講義である。(つづく)


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posted by Yas at 18:17| Comment(0) | 非科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月06日

くろまんぷ

 ゴールデンウィーク最終日。娘はスポーツクラブに行き、家内は仕事に行くというので、お昼すぎまで北摂猪名川方面を自転車で走ってきた。大学への行き帰りではない自転車行は昨年秋の神戸以来である。

大学からの帰り道に猪名川町方面に立ち寄るのはなかなか難しいので、もしかするとこの辺りを走るのは相当久しぶりかもしれない。この方面には、多田銀山跡と「くろまんぷ」という、前から行きたかった場所がある。多田銀山というのはそのむかし豊臣秀吉が直轄したという、んで埋蔵金伝説があるという、夢のある史跡である。「くろまんぷ」というのは、当時の地域の住民が、工事を完成させるために資金を出し合ったという、日本最古級の石造りトンネルらしい。北摂の自転車乗りには有名なスポットである。「まんぷ」とは坑道をさす「間歩」が転じたもので、ときにトンネルのこともこう呼ぶらしい。穿った岩肌が黒かったので、「くろまんぷ」という。あるいは「暗まんぷ」とも呼んだとか、、。んで、今回は、銀山に行ってもゆっくり見物する時間はとれないので、その「くろまんぷ」を目的地にすることにした。

140506 at EveryTrail
EveryTrail - Findhiking trails in Californiaand beyond

9時半ごろに家を出た。クルマの通行量の多い県道をできるだけ避けて伊丹から川西までは田舎道や旧街道を抜け、能勢電鉄滝山駅手前から旧県道12号に入り、ここからひたすらに猪名川(水の流れる川ね)の上流を目指す。
DSC01387.JPGゴールデンウィーク最終日のこと、道にはそれはもうたくさんのサイクリスト(ローディー)がいた。ハイカーと同じで、サイクリストも路上で出会った他のサイクリストに挨拶をする。それで皆さん気持ちよく挨拶をしてくださるのだが、これがまた皆が皆、ヘルメットからジャージ、パンツまでビシッと決めたローディーである。交通量の多い県道だろうと上り坂であろうと自分を追い込むように必死で自転車を漕いでいる。もしかするとこういう人たちはみんな、レースに出場して勝利を目指す人達なのか? それに比べて私はユニクロのドライTシャツとカーゴパンツの出で立ちで、横道に逸れては風景を眺めながらチンタラと自転車を流している。そんな私にも、ローディーたちは自転車をシャーッと走らせながら挨拶をしてくれる。ひゃー、えらいすまんこって。私みたいなしょうもない街乗りに挨拶してくれんでもええですのにと思わず恐縮をしてしまう。5人6人のグループで走っているローディーとすれ違ったりすると、それこそコメツキバッタのようにヘコヘコと頭を下げてしまう。、、ほんとえらいすまんこって、、。

DSC01395.JPG「くろまんぷ」は、道の駅いながわを過ぎて猪名川町立楊津(ようしん)小学校の前を林田という集落に向けて上り坂を上りつめたところにある。到着してみると、思っていたよりもずっと小さなトンネルだった。ここは、北摂ローディーの間で人気のブロガーであるasyuuさんのお好みのスポットである。あまりに有名なので、「くろまんぷ」の周りでは大勢のサイクリストが休憩してるんじゃないか?とか想像したが、全くそんなことはなく周囲はひたすら静かであった。林田側のトンネル出口で暫く休憩していたが、その間にも一人も通りがかる人はいなかった。、、、asyuuさんといえば、ブログによく登場する和菓子屋「うませ」も今回ついに発見した。、、和菓子は買わなかったけど、、。

そこから林田に出て、佐曽利という集落を抜けて再び道の駅いながわに戻る。ここで水分を補給して12時半に帰途につく。帰りは下り道が多いこともあって1時間。午後1時半には家に到着した。4時間の気分転換だった。

この季節に木立の中を走ったせいか、帰ってみると着衣や首筋にいくつも毛虫が付いていたというオマケ付きの気分転換であった。


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posted by Yas at 21:09| Comment(2) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月04日

研究室の人数

本年度の研究室の集合写真を撮った。総勢14名。

多くも少なくもない普通の規模のラボの人数だ。が、実はうちの研究室にとっては、今年の14人というのが史上最多人数になるのである。

DSC01348.JPG自分の研究グループを持って16年、教授になって13年。その間、メンバーの数は多くても8−9人くらいだった。べつに、たくさんのメンバーがいるビッグラボを望んでいるわけではない。でも、少なすぎては研究の最低限のクォリティーを保つのが難しい(とか言いながら、実際はかなりつらい時期もあったけど)。これまでの変遷を思い返してみると、ラボの人数は獲得研究費の多寡や、研究の進捗や成果とは全く関係がなかった。研究費が比較的潤沢にあってもメンバーが少なくて困ったことがあるくらいだ(あんまり書くと怒られるけど、その時はつまり、予算が余り気味で困った。、、、あくまで昔のことね)。その逆のパターンの、獲得予算に対してメンバーの人数が多すぎて研究費が足りなくなったということは幸いにもなかった。これまで少人数だったから、それなりに何とかなったわけだ。

このブログでは何度も書いているけれど、数年前に研究室のプロジェクトを大幅に方向転換させた。その前後の期間に、もし新しい学生さんがたくさんやって来ていたとしたら、それぞれに研究テーマを与えるのにも一苦労しただろう。しかし今はもういくつかのプロジェクトが動き始めているのでそういうことはない。もし人数が増えて問題があるとすれば、新人のためのスペースの確保だろう。もしそうなったら新しいデスクを買って、今は精製機器やディープフリーザーが置いてあるだけの上階の別部屋を整備しないといけないのかもしれない。それと、ボスとしての私の能力にも問題があるかも。メンバーが増えてプロジェクトの数があまりに増えると、きっと私の手に負えない。それに私は人間関係を丁寧につくり上げるタイプではない(つまり、人づき合いがゾンザイだ)から、たくさんの人間がラボをウロウロしていたら、それに耐え切れず精神的に病んじゃうかもしれない、、。

ということで、あと3−4人。総勢17−18人が限度だ、、と、研究室への参加希望者が殺到しているわけでもないのに、勝手な心配をしていたりする、。


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posted by Yas at 18:24| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする