2010年01月25日

小林繁さんの死と「空白の1日・江川事件」の終わり

 先週に小林繁さんが亡くなった。

 小林繁さんは阪神タイガースの名投手だった。でもその前は読売ジャイアンツ(世間はこのチームだけ、なぜか巨人軍と呼ぶ)の阪神キラーだった。ドラフトにより決定した球団の交渉権が次のドラフトの前日の1日だけ失効するというドラフト協定の不備を突いて巨人が江川選手とドラフト外契約をした「空白の1日・江川事件」のあおりを受けて、翌年に江川との実質上の交換トレード(建前はそうではない)で、小林氏は宮崎キャンプに向かう羽田空港から呼び戻され、阪神への移籍を通達された。詳しくはWikipediaを見てくださいな。

 この江川事件で、世間は大騒動になった。江川選手は極悪非道の自分勝手な人間というレッテルを貼られ、小林氏には同情が集中した。小林投手はその後は阪神でも二桁勝利を挙げ続けたが4−5年後に引退、江川投手も期待通りの活躍を見せたが、確かまだ野球選手としては若いうちに引退した。江川事件以来、両者がそのことについて公で語ることはなかった。3年前に黄桜のコマーシャルで「空白の1日を語る」と題して企画された対談が、わずかに公衆の記憶に残るばかりである。このとき江川さんは最大の礼をもって小林さんを迎え、小林さんは「お互い大変だったな」と笑った。

 この対談で、「空白の1日・江川事件」は一段落をした。でも終わってなかった。どうしてそう思うのか? それは小林さんの訃報を聞いたとき、「あ、本当に『空白の1日事件』は終わった」と感じたからだ。それまで、「終わった」と思っていたのは勘違いだった。小林さんの死で、「あ、終わった」と本当に感じた。それはもし例えば江川さんが亡くなっていたとしても同じだろう。少なくとも片方の当事者である小林さんが何も語れなくなったとき、本当にこの事件は終わったのだ。

 人間の死って、やっぱりほんとの終わりなのだ。その人が関わった何もかもが「ジ・エンド」 になる。

 50歳を過ぎて、自分がどんな風に老いてどんな風に死ぬのかということをときおり意識するようになった。だからこういうことに敏感になったのかもしれない。自分が死んだときに、どんなことが「ジ・エンド」になるだろう? そんなことを考えさせる小林さんの死だった。

 謹んでご冥福をお祈りいたします。


posted by Yas at 22:17| Comment(0) | 非科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする