2009年11月18日

「感染症研究国際ネットワーク推進プログラム」の「感染症」について考える

 先日 SPring-8 の事業仕分けの話を書いておきながら、昨日行われた競争的資金(ライフサイエンス分野)の事業仕分けの話を書かんわけにもいかんかな、と思って昨日の夜遅くに会議の音声をダウンロードして聞いてみた。

 ここには、ターゲットタンパク研究プログラム・分子イメージング研究戦略推進プログラム・感染症研究国際ネットワーク推進プログラム の三事業が含まれている。私の研究分野に近いので、それぞれの事業で具体的な研究者の顔が頭に浮かぶ。それにこの三事業、研究者のあいだでも色々と云われているのを知っている。研究者によっては、嫌いなプログラムや首をかしげるプログラムもそれぞれあるようだ。それを知りながら事業仕分けの議論を聞くと、それなりに考えるところもあったが、それはまたの機会にして特に感染症研究国際ネットワーク推進プログラムの話をしたい。このプログラムの一部は、この大阪大学微生物病研究所で進行中なのだ。それで肩入れをするわけではないが、この事業についての議論では事業仕分け側の無茶な論理が目立ったように思う。

 曰わく(以下ニュアンス)
「感染症研究なら、なぜ厚生労働省と一緒にできないのですか?」
「文科省のこちらのプロジェクトでは基礎研究が中心で、、」との回答には
「基礎研究もあるかも知れないけれど、感染症研究はやっぱり予防でしょう、、国民の目線に立った観点からみるとやはり予防なんですよ。それなら厚生労働省の管轄になるでしょう?」

 と云う議論を経て、廃止または予算要求の2−5割の縮減という結論になった。
 
 感染症研究は予防の研究、予防なら厚生労働省、という理論にはとても与できない。感染症研究は、もちろん基礎研究があって、応用研究があって、臨床とも関係して、というので非常に裾野が広い。それぞれに連携があってしかるべきだが、一方で純粋な基礎研究は応用研究や臨床からは相当に離れているテーマも数多く存在する。私から見れば、「感染症の基礎研究は必ず予防・臨床研究に繋がらねばならない」という理論は「発生学の研究は必ず産科の臨床に繋がらねばならない」というのと同じほど無茶な理論に聞こえる。
 「なぜ厚労省と一緒にしないのか?」というのも無茶な話だ。以前に書いた「なぜJSPS(学術振興会)とJST(科学技術振興機構)で同じようなプログラムがあるのか?」という議論とはぜんぜん違う。JSPSとJSTは、同じ文科省の掌管内にある。厚労省は独立した省庁だ、「なぜ厚労省と事業をしない(厚労省が事業をしない)?」と文科省のお役人に詰問するのはお門違いだ。

 ただ、事業提案した文科省もこれまでに「予防・治療に貢献する」という売り文句を多分チラつかせてきたはずなので、ある意味では墓穴を掘ったところもあるのかも知れない。その時の反論のための理論武装を怠ったということか、、。

 前にも書いたが、予算縮減と聴くと、仕事上その予算の恩恵を被っている(関係がある、というべきかな)人間は目をむく。だがそれは他人から見ると既得権にしがみついている当事者の姿に他ならない。私はそういうのは好きじゃない。それでは国家予算の圧縮なんてできない。だからその話は脇に置く。でも、脇に置いても、このときの議論はムチャだ。仕分け人側に感染症研究についての固定観念がありすぎた、といわざるを得ない。

 ちょっと議論がちゅーとはんぱ、、。でもとりあえずアップしとく。

* あ、そうそう。今回の一連の会議で、事業仕分け側からよく「国民の目線に立って、、」という枕詞を耳にした。なんだか錦の御旗になりつつあるこのセリフだが、これは「国民の無理解に迎合しろ」ということとは違うはずだ。

 
posted by Yas at 23:45| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする