2009年11月03日

みんなありがとう嬉しかった。だけども、、

 先週の話ですまんが、実は10月28日は私の誕生日だった。ちょうど「細菌学・若手コロッセウム」の会期中のこと。10月27日の夜は懇親会が開かれた。そのときに世話人挨拶をされた宮崎大学の林哲也教授が「明日は堀口さんの誕生日でーす」と紹介してくれて、そのあとホテルに戻っての総合討論飲み会で0時を回ったとき、私から少し離れたテーブルのグループが , , , Happy birthday to you ~ るんるん, , , とお祝いの歌を突然歌い出してくれて、それが会場全体に広がった。

 50歳である。はからずも会場に居合わせた皆さんにお祝いいただいて感無量。こんなにたくさんの他人(あ、血縁者じゃないという意味ね)に誕生日を祝してもらったのは物心がついてから初めてだ。んで、ほんのりほろ酔いの赤池先生が「A few words, please」とか言って(なんで英語やねん、なに言うてるかわからんかったわ)、なんか挨拶しろと云う。

 こういうの、キャラに合わんのよなー。なんだか恥ずかしいし。いま思えば「みなさんどうもありがとう」と簡単にコメントしておけばよかった。でも50歳。私よりずっと若い研究者達にお祝いしてもらってるというシチュエーションで語ってしまったのが、、

「私は研究者になりたいなと思い始めたのは23-24歳の頃、それからずっとstruggle して『何とか研究者としてやっていけんのかな?』と思い始めたのが33−34歳くらい。何とか目途をつけることができるようになるまで10年かかりました。最初に研究者という職を意識し始めた頃の倍の年齢になってそういうことを思い返すことができるようになりました」
「皆さんの中には今まさに研究を続けることに苦しんでる方もいらっしゃると思いますが、努力することをやめないで、ぜひ研究をやり続けてください。きっと道は開けます」
 というようなこと(もっとダラダラ話したかも、、)を云ったように思う。これ、実はちょっと後悔してる。

 とっさのことでもあったし、云ってることはおかしな事ではないのだが、これだけの話だとナイーブに過ぎる。それに、33−34歳を過ぎた参加者もたくさんいたはずなわけで、そういう人たちにはこの話はどんな風に聞こえただろうか? なによりもこの話は、「研究者としてやっていくためには最低限の能力が必要で、なおかつチャンスをつかみ取る積極的な姿勢や引きの強い運とかが必要なのだ」という真実を隠している。

 だから、あの話は実はこんな風に続く。

「とはいっても、必要最低限の能力は必要です。これは研究職が高度の専門職である以上、仕方のないことです。でも自分で自分に能力があるのかどうか、判断がつかないのが普通だと思います。そこで、若い方には是非、色々と話のできる親しい先輩を作っていただきたい。何でも話しができ、何でも話してくれる先輩です。アナタのことを正直に評価してくれる先輩です。批判しくれる先輩です。なんでも無批判に『よしよし』と可愛がってくれて、あなたの能力以上の評価や環境を与えてくれるような先輩は、科学というフィールドをバカにしているという意味であなたにとって決してよい先輩ではありません。もしあなたが能力に余る環境を与えられてしまったら、あなたは何年後かに大変な苦労を強いられることになります。ですからぜひ、正直にあなたを批判してくれる先輩を見つけて、その方を研究にとどまらないあなたの人生そのものの味方にしてください」

 まぁ、あの席でこんなことは言えんけどね。


 
posted by Yas at 21:25| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする