2009年09月26日

科学論文を書くのは難しいと思う

 世間にあまた存在する英文校閲会社の、またそのそれぞれに所属するあまた居る英文校閲者のうちどれくらいの人が英文法に精通しているのか? そんな思いを書いたのは少し前のエントリだ。そんな疑問を再び思い起こさせる出来事。

 今、とりかかっている論文の英文校閲が帰ってきた。以前のエントリを書いたときの思いもあったので、ちょっといつも依頼している校閲会社から別の会社に変えてみたのだった。この添削内容がひどかった。受験を控えた日本の高校生なら誰でも知っているような基本的な英文法(英文法と呼ぶのも馬鹿馬鹿しい)を無視した添削。材料に使った試薬のメーカーの所在都市名を勝手に(まちがって)変える。辞書の上では同義とされる単語の、意図のわからない変更の数々、,。採択後に印刷校正レベルでかわるであろうような単位表記や小見出しの大文字・小文字変更の数々。そのくせ、英文の構造に関わる添削はほとんどなし。おまけに添削内容を見ていると、「この添削者、論文を書いた経験がどれくらいあんの?」と思わせる箇所が数多く、,。今回は同じ雑誌への2回目の投稿なので、1回目の査読者コメントへの対応や、論文の重要性について編集者に再度アピールするためにかなり長いカバーレター(編集者への手紙)を書いた。これも添削をお願いしたのだが、なんだか不安、,。あきらかに、この添削者、経験が不足しまくっている様子。

 さいわい、この校閲会社は添削者のリストと経歴をWebサイトで公開している。返送されたファイルには添削者の名前が残っている。なので、その添削者のことを調べてみた。

 するとあなた驚くなかれ、その添削者は2005年に学位を取ったばかり、。データベースで業績を調べてみると、論文が二遍のみ、。うち一遍だけが筆頭著者になっている、,。論文が掲載された雑誌は添削者の国の国内誌。つまり、データベースでヒットした資料を見る限り、このひと自身は国際誌に論文を投稿したことがないようだ。カバーレターを書いた経験などないのかも知れない、,。決して安くはない校閲料を支払っているのにこれはひどい、。ということで、

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
○○○○○○○○株式会社 御中

 先日、受け取りました標記受付番号(××××××)の英文校正稿について、2回目の校正は不必要ですのでお知らせします。

 校正の内容について、非常に不満がありましたのでこれもご参考までにお知らせいたします。 校正内容を精査しましたが、どうも校正者は論文執筆に十分慣れておられない様子がうかがえました。具体的な箇所はここでは挙げませんが、基本的な文法の誤りではないかという校正や、雑誌社によって対応が異なるであろう表現について(計測単位など)不用意に訂正されたり、実在する都市名を勝手に変えたり、Figure legend でシンボルの種類を取り違うなど、これまでに私どもがお願いしていたいくつかの英文校閲会社に比べてあまりに不審な点が多いので、失礼ながら添削者のお名前から御社のWebサイトに掲載されている添削者の履歴、またScopus で業績などを拝見しました。そうしますと、2005年に学位を取られたばかり、しかもScopus で著者名と所属大学でヒットした論文は2編、筆頭著者のものはそのうち1遍である、ということがわかりました。

 業績が少ない研究者は優れた添削者ではないのか、というと必ずしもそういうことはないとは思いますが、添削内容の不用意・不十分なことと、添削者自身の未熟な経歴とを考え合わせますと、残念ながら今回の英文校正は料金に見合った質のものが提供されているとは判断できません。御社の今後のために、あえてクレームを申し上げます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

というメールをこの会社に送った。

 ネイティブスピーカーというだけで英語論文を書けるわけではない。 研究者としての経験が必要だし、なによりも科学論文を書くための道具としての英語を理解していなければならない。今日は、届いた校正稿を、また時間をかけて元原稿と見比べながら元に戻していくという、全く無駄な作業をした。料金を払わないとは言わんが、校閲依頼にかけた一週間を返せっ。

 この会社の全ての校閲者が同レベルとは思わないが、猛省を促したい、、。


posted by Yas at 21:25| Comment(2) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月24日

「プレゼンテーションを考える2」 ホリプレ12

 さて、あなたはある時にある所でプレゼンをする機会を得た。それで、プレゼンの構成を考えるということは以前にすでに書いた。だが実はそれよりも前に考えないといけないことがある。それは、どんなシチュエーションで誰に喋るかということだ。

 一般に、プレゼンというと定期的な学会やシンポジウムを思い浮かべるが、プレゼンの機会はそればかりではない。ポストやグラントを取るための人事選考のセミナーのようなものやヒアリングもあるだろうし、親しい間柄の研究室を訪問したときなどに頼まれて、研究室単位の小さなクローズドセミナーをすることもあるだろう。そのそれぞれで、同じような口頭発表をしているようではまだまだアナタはプロとは言えない。

 そんな、口演の種類と与えられる口演時間と、用意すべき口演の形式を表にすると下のような感じになる。
How to present.006.jpg

 たとえば、学会などの一般講演の時間はだいたい10分まで。さらにシンポジウムや基調講演あるいは特別講演ともなると30分から90分まで考えられる(90分なんてのは滅多にないが)。
 口演時間が短いと、内容は簡潔に。繰り返しは時間の無駄になる。ジョークを言っている時間もないのでどうしても紋切り型の公式的な形式になる。これがある程度時間に余裕がある場合(〜90分)だと、多少くだけても構わないし研究の舞台裏を披露することだって可能だ。ただ、あくまで学会である。自らの実験データ以外の、教科書的な情報やほかの研究グループの成果を延々とレビューしたりするのはルール違反である。そんなことをしていると聴者に不快感を与えてしまう。

 人事選考セミナーだと、短時間の口演というのはまずない。短くとも30分以上は用意してもらえるだろう。ただ、時間があるからといってくだけた様子で口演するのは禁物である。ひたすらフォーマルにフォーマルに、、、。服装だってしっかり吟味して、ちゃんとスーツを着ましょう。「えっ? そんな堅苦しいこといいじゃん」と思われるかもしれない。そうだ。堅苦しい。でも、それが人事選考セミナーというものだ。話の内容も、この場合は実験データだけでは見識が疑われる。自分の研究のスタンスや展望を披露できなければ、聴者達の将来の colleague には到底なれない。

 クローズドセミナーではフレンドリーに。ときにはインタラクティブに口演するのがいい。そうすることで、通り一遍の口演では語れないような実のある話ができることもある。せっかくの小さな会での口演なのに、カタい公式的な話ではもったいない。

 こうした使い分けは、すぐにはできるものではない。いくらかの経験が必要だ。けれど、口頭発表の初心者のうちからこの違いを知っておいても損ではない。

 まちがっても、人事選考セミナーでフレンドリーにインタラクティブに口演したり、10分の学会口演で、研究のスタンスや展望を語ったりしないように、、、、。

posted by Yas at 22:12| Comment(0) | ホリプレ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月20日

楽しみ

 昨日の土曜日。午後3時過ぎまで仕事をしたあと、ふと思い立って東淀川区にある「イトーサイクル」という自転車屋さんに行った。このイトーサイクル、あることで自転車マニアには有名な自転車屋さんである。そこでその「イトーサイクル」を有名にしているある自転車を注文したのだ。突然ですけど、、注文しちゃった。



 こんなの。

 アメリカ製で Built To Order が基本の直輸入車なので納車までは2ヶ月ほどかかる。 もともとシショーがこの春に購入してブイブイ自慢していたのと同じメーカーのものだ(マニアのシショーみたいにバカ高い車種は買わないけれど)。8−9年前から自転車通勤を始めてから3台目。納車されたら紹介しまっす。

 ところで、この日は大学・イトーサイクル・自宅と自転車でポタリングした。

イトーサイクルへ。 at EveryTrail

Map created by EveryTrail: Share and Plan your Trips

こんな感じ。
 新しい自転車が納車されたら、こういうポタリングをするのにも乗る自転車に迷うようになるんかな。うひっ。楽しみ。


posted by Yas at 21:11| Comment(0) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月18日

法被場酢泥

 少し前のエントリで書いたように、開き直って淡々とヤマほどある仕事を片付けていると、あやっちが「せんせー。誕生会をやりまーす」と教授室に呼びに来た。

 誕生会? なんかしばらく耳にしていない言葉の響き、、、誕生会? 誰の?

「神谷せんせと安倍せんせでーす」

 今日はシショー(安倍)の誕生日。んで一昨日はカミちゃんの誕生日だったという。
うーむ、、オッサン二人の誕生日をお祝いする研究室、、、な、なんて家族的な、、なんて暖かい、、。

IMG_0374.JPG


 甘味を抑えた誕生日チーズケーキ。オッサン二人がロウソクの火を吹き消す写真はおぞましいので出さない。




 二人とも40を過ぎている、,静かに忍び寄る研究室の高齢化、、、あ、おれもまだ40歳台だからね。,,。

 
posted by Yas at 22:04| Comment(0) | 非科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月16日

井上雄彦

 昨晩のNHKの番組「プロフェッショナル」で、漫画家の井上雄彦さんが取り上げられていた。「スラムダンク」「バガボンド」「リアル」などのメガヒット作を連発する超人気漫画家である。
 この人がドキュメント取材を受け入れるのは初めてのことらしい。静かな調子の、しかし重苦しくない、いい番組だった。

 井上さんは、あれだけ面白い漫画を書いていながら「ストーリー展開には興味がない」と言う。製作の時に力点を置いているのは「人間の心の動き」らしい。
 
 なるほど。

「井上作品の魅力はそれぞれのシチュエーションで登場人物達が何かを喪失したとき、あるいは何かを得たときの感覚のリアリティーにある」と、このブログで書いたことがあるが、その秘密がわかったような気がした。、、納得。

 それから、「手に負えない仕事をしたい」と言う。正確な表現は忘れたが、「漫画家でありつづけるために漫画を書くなんてつまらない」と彼は続けた。

 この言葉、研究者にも通用する。

「研究者であり続けるために研究するなんてつまらない」
「手に負えない仕事をしたい」

 全くその通りだ。


posted by Yas at 21:28| Comment(0) | 私的先生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月15日

「プレゼンテーションを考える(論文発表と口頭発表)」 ホリプレ11

 久しぶりのホリプレです、,。

 ちょっと自転車通勤のプレゼンから離れて、根本的な話をする(実は最初にするべきだった)。「プレゼンテーションというのはなにか?」という話だ。

 「自分の研究の成果を発表する」というのがプレゼンテーション(口頭発表)だ。それは正しい。もうひとつ、「自分の研究成果を発表する」手段には、論文発表というのもある。口頭発表と論文発表、この違いは何か? これを知ることはプレゼンの構成を考える上で重要である。

 論文発表された研究成果は、読者が何度も読み返すことができる。だから具体的に「材料と方法」を書き、客観的に「結果」を書き、論理的かつ情熱的に「考察」を書く。それを何度も読んで吟味してもらうことで、その研究成果を世に問うことができるのだ。

 一方、口頭発表、,。これはどっちかというと揮発性の発表である。言葉は発したシリから消えていく。だから言いたい放題で構わないということではないが、聴者は演者に聞き直すことはできないので消化できる情報量はたかが知れている。そこでいくら具体的に材料と方法を喋ったとしても全てを理解してもらえるわけではない。どちらかというとそんなものは演者の自己満足にしかならない。そして口頭発表では論理的かつ情熱的に発表することは大事だが、具体的に述べるには時間の限界があるし、客観的に「結果」を喋るためだけに時間を取るわけにもいかない。ということで、論文発表でいうところの「方法・結果・考察」は、口頭発表ではひとまとまりになって「メインメッセージ」として語られる。

How to present.007.jpg
 口頭発表と論文発表の全体的な構成を比較するとこんな感じ。

 論文発表の構成は皆さんよくご存知のとおり、要約(Summary)、導入(Introduction)、材料と方法(Materials and Methods)、結果(Results)、考察(Discussion)の順である。対して口頭発表はIntroductionではじまり、Main Message で語り、Summary で閉めるということになる。

 このことを理解されていない発表をときどき見かける。そういう人は、まるで論文発表のように(さすがにSummary で始める人はいないが)Introduction -> Materials and Methods -> Discussion とやってしまう。聴者は連続性がないと2枚ほど前のスライドの情報なんか忘れてしまうので、こんな構成で口頭発表をするのは全くの無駄である。

 ということで、今日はこの辺で。



posted by Yas at 21:20| Comment(0) | ホリプレ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月14日

それなりです。

 あわじフォーラムから帰ってきて、久しぶりに平日に研究室で仕事をした。ちょうど一週間ぶり。気持ちよく仕事をするために、あわじフォーラム中に溜まった雑用は土曜日のあいだに片付けた。

 やらねばならぬことはヤマほどあって焦る焦る。でも私にはあんまり作業効率のよくない身体がひとつあるだけだ。どうせ限られた時間でできることは限られている。そういう風に開き直って淡々と仕事をやってみて、、、1日の終わりに完了した仕事を振り返ってみると、、、、、、やっぱりそれなりにしか仕事ができてないがなっ!、、、

 でもこれでしばらくやってみる。どうせ一度に色んなことはできやしない。焦ると精神衛生上よくないしね、、。仕事の優先順位を決めて、それを淡々と片付ける、、、、、、そしてしばらくして振り返ると、、、、やっぱりそれなりにしか仕事ができてないかも、、。

 でもちょっと今はそんな気分だ。

posted by Yas at 22:45| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月13日

死語の世界

 みなさん。私はタダのブログ書きのオッサンではなく、大学の教員です。細菌学、それも細菌毒素を専門にしている、ということになっております。
 ということで、極めてまれに大学院生のレポートの採点などもします。昨日の土曜日はそんなことをしておりました。

 確か30名足らずの医学修士課程のクラス。オムニバスで20人ほどの教員が交代で講師を務める。その講義のうち4つを選んであらかじめ与えられたテーマについてのレポートを書く、というものだ。私のテーマに17名もレポートを書いてきた。多すぎるがな、、、なんかテーマが簡単やったんかなぁ? 来年はもっと難解にしてやろ、、。

 とまぁ、それはいいのだが、そのテーマとは「細菌性タンパク毒素を分類し、それぞれについて解説せよ」というやつである。それぞれ学生さんのレポートに出来不出来があるのは毎年のことだ。だからそのことについてあんまり感想はないのだが、ひとつだけちょっとイヤなことがあった。

 多くの学生のレポートの冒頭に、「細菌毒素は大別して菌体外に分泌される外毒素と菌体成分として存在する内毒素に分けられる。内毒素の本態はLPSで、外毒素はタンパク毒素である。」という意味の文章が導入部に書かれていた。
 「外毒素」(内毒素はエンドトキシン(内毒素)ショックという臨床用語が残っているので許容できる)という用語は死語ですぜっ。死語。30年近く前、私が細菌毒素研究に入った頃でさえ、「外毒素・内毒素という分類の仕方は古いんだよ」と教えてもらっていたのに、どうしたことじゃ? いまどきの学生がまだこんな死語を使うとは。

 この道の関係者ではない人には悪いがちょっと解説。

 現在の理解では、外毒素と内毒素の概念は細菌毒素を二分するものでは全くない。それに、外毒素=タンパク毒素でもない。内毒素=LPSというのも異論がたくさん出ている(寄生体性のリポタンパクなどがこの概念に入るといわれている)。今の知識では、外毒素ではないタンパク毒素は沢山あるし、LPSではない内毒素も沢山ある、ということになる。だから、外毒素と内毒素という用語で、細菌毒素の性状を解説することは不可能なのである。もちろん、講義中に私がこの用語を現在でも通用する概念として説明するはずもない。

 ところが、私の講義を聴講したはずのたくさんの学生がこの用語を使う。それはおそらく細菌学の教科書で、いまだに「外毒素・内毒素分類」が解説されているからだ。学生は講義の内容にかかわらず、キーワードを頼りにWebや周囲の教科書で文章をつなぎ合わせてレポートを書く。だから、そんな教科書を見た学生のレポートに「外毒素・内毒素」の説明文が入るのはある意味仕方ないことだ。寂しいのは、いまだに「外毒素・内毒素」を書く、教科書の書き手がいること。

 いやしくも教科書をものする立場ならば、ちゃんと調べて書いて欲しい、と思う。教科書の著者が、昔の教科書を頼りに伝言ゲームで大きな改訂もせずに連綿と今や間違いとなった概念を何十年も書き続けているのはどういうことか? 試しに、お近くにある教科書を調べてみてくださいな。どう書いてあるか? 手元の教科書の多くが「外毒素・内毒素」という分類で毒素を論じているとしたら、細菌学の将来はとっても暗い。

 あ、それと、医学修士課程1年の学生さん達、外毒素・内毒素の説明を書いた人はマイナス5点ね、、、。覚えといて、「外毒素・内毒素」の概念はもう通用しないのだよ。


posted by Yas at 20:47| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月12日

いっそうのご愛顧を、,

 あわじフォーラムの会場で、「ブログ見てます」とたくさんの方から声をかけていただいた。ほんとにありがたいことである。一応、大学教授が書いているという「肩書き」というか「ウリ」というか、そんなのがあるとはいえ、中身はかなりのアホブログなのに。

「1日3回はのぞきに行きます」と言ってくださったミシガン大学の金さん。ありがとー。
「ホリグチせんせのブログは面白いですよね」と木下研のかんざーくん(どこが面白いか尋ねたら言葉を濁していたのが気になるが、、)。
「人柄がとってもよくわかるブログですよね」って、誰だっけ、言ってくれたのは、,? 忘れてすまん。

 うぅっ、、うれしいぃっ。涙がチョチョ切れる、,,、。その他にも声をかけてくださった方がたくさん。ありがとうございます。

でも、

「最近は自転車に乗ってる話題ばっかじゃないですか」と嘉糠さんに言われた。
「ブログで先生の考えてることはわかりますが、実際どんな研究やってんのかちっともわかりませんよね」と嘉糠研のしんざーくんに言われた。
「僕にとってホリプレはためになる事が多いんですが、このごろちっともホリプレが更新されませんが」と阿部研のくるりんに言われた。

うぅむ。すべてのファンの要求を満たすのは難しいのだ、,,。 

でもなー
 自転車に乗ってるのは事実やしなー。EveryTrailも面白いし。それに就寝前に書くブログで、研究の話題を取り上げてたら、何か一日中仕事してるみたいになるし、ホリプレも結構面倒なのよ(なら最初から書くなという話だが)。

 まぁとにかく、、これからもご愛顧のほどよろしくお願いしまっす。



 
posted by Yas at 21:12| Comment(0) | 非科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月11日

The 9th Awaji International Forum on Infection and Immunity

 すまん。またもや長いあいだ更新できなかった。実は、この時期に毎年開催される、毎度お馴染み「あわじ感染症・免疫フォーラム」に出席していた。今回は9月8日から本日の11日まで。

 毎年の事ながら疲れる。プログラムの合間に溜まっている仕事を片付けようという目論見もどこへやら、、会場とホテルの部屋を行き来する(そして、夜は、飲む!)という毎日だった。

 確かに、阿部っちをはじめ嘉糠さんや鈴木さんや富田さんやらの仲間たち、それから感染症・免疫研究の世界で第一線を張っている研究者の先生方にお会いするのは刺激になるが、、、まぁ、でも疲れるなー。

 明日からまた、しっかり仕事をしよう。、と、「あわじ」のあとの感想はいつも同じだ。




posted by Yas at 22:14| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月06日

どこでもドア〜♪

 最近、いろいろゴタゴタと鬱陶しいことがあって、なかなか気分いい夜を迎えることができない。んで、気分がよくないのでブログの更新が滞った。すまん。

 研究者は研究するのが一番じゃ。土曜日もそんなことを思いながら、無理矢理に自分を集中させてかかっている論文を一応片付けた。午後4時。日の落ちるのが早くなったとはいえ、まだ暗くなるには時間がある。えい、気分を変えてやれ、と、自転車通勤の帰りに北摂方面に自転車を向けることにした。とりあえずの目標は勝尾寺。

 キャンパスを出たところで出会った仲野研のオーちゃんに「いまから暗くなるんちゃうん? だいじょうぶか? それにヘルメットは?(今日はメットをしてなかった)」と矢継ぎ早に心配されたが、なに、だいじょうぶ。自転車乗りにとって、吹田キャンパスから勝尾寺などすぐの距離だ。

勝尾寺 at EveryTrail

Map created by EveryTrail: GPS Trail Maps

 んで、こんなコースをたどった。ほんとは途中から箕面ダムの横を通って五月山ドライブウェイ(自転車通行可)から池田に抜けようと思っていたのだが道を間違った。

 勝尾寺までは登り坂。とくに吹田キャンパスの小野原側からは、比較的急坂(といってもしれている)が続くが、40分ほどで勝尾寺着。

IMG_0368.JPG



 時間が時間だけあってほとんど人がいない。境内を参拝しないで、入り口売店で飲料を買って箕面方面に向かう。

 んで、おきまりの、、、



IMG_0369.JPG
 
 箕面の滝。こっちの方はたくさんの観光客がいた。この滝、確か箕面新町へのトンネルが掘削されたときに水量が激減したのでポンプで水をくみ上げている、と聞いたけどほんとかね?

 吹田キャンパスからこうして数十分走ると、景色が一変して山間コースやら林間コースやら、川やら滝やらを感じて楽しむことができる。おかげで気分転換ができた。やっぱ、身体を動かして自然を感じるというのは無条件でいいもんだ。「向こう三軒両隣でちらちらする」人に気分を重くさせられても、こうやってるとなんとかリカバーできそうだ。

ちょっとしばらく北摂方面を集中的に走ってみようかな? いろいろと面白そうだ。

posted by Yas at 18:25| Comment(0) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月01日

There is no dark side of the moon

 麻生太郎さんを見ていてつくづく思うが、能力に見合わない大役を与えられた(この人の場合、自ら求めたという見方もあるが、、、)人間は気の毒だ。
 本人は「何をやっても上手くいかん」状態に苦しみ、周囲は「何をやっとんや?」状態に首をかしげる。そんな光景が目に浮かぶ。組織の運営は滞りがちになるし、業績も芳しくなくなる。麻生さんの場合は、先日の自民党の歴史的敗北でその結末を得た。いまや、首班指名で「麻生」と投票することに自民党員が難色を示すところにまで至っている(とーぜんですけど)。麻生さんを担ぎ上げた人達、引きずり下ろしたい人達、余録に預かりたかった人達、それと麻生さん自身、。あぁ見てられん、やだやだ。

 どうしてそんなことになるのだろう? ここからちょっと抽象的になるけど、、

「人は自分のことはわからない」というのはひとつの理由だと思う。自分で自分の能力がわからないということ。、、。それから、自分を取り巻く状況を客観視できない、ということ。「人は自分の見たい現実しか見ない」というカエサルの言葉もある。

 自分で自分がわからない、そして見たい現実しか見ないといわれる人達が、決定的に見解の違うことについてアンダーグラウンドで争えばろくな事はない。双方には信念があるとはいうものの、しょせん敵意や悪意や疑心暗鬼がやっぱり双方に生まれたりする。そういう人間心理の暗黒面って、たとえそれが自分の方に向かっていなくても目の当たりにするだけで気分は重くなるものだ。

 智に働けば角が立つ。
 情に棹させば流される。
 意地を通せば窮屈だ。
 とかくにこの世は住みにくいなんまいだぶ、、、。


 あ、昨日から参加募集しました、あわじしま「なかや」宴会。ただいま16名の方からご予約をいただいております。空席あとわずか! 参加予定の方はお早めにご連絡くださいませ揺れるハート

posted by Yas at 21:30| Comment(0) | 非科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする