2008年09月30日

ムードでロマンを、、

 先日、京都・伏見にある船宿の寺田屋は鳥羽伏見の戦いで焼失しており、現存のものは立て替えられたものらしい、というニュースが新聞等で報道された。寺田屋は薩摩藩士同士の切り合い「寺田屋騒動」(ちょっと前の「篤姫」でもその場面があった)の現場でもあり、坂本龍馬が幕吏に取り囲まれて命からがら伏見薩摩屋敷に逃れた「龍馬襲撃事件」の現場でもある。

 このニュースは結構ショック、、。ちょっとネットで調べてみると、中村武生という歴史地理学者の方がすでに2005年の10月13〜25日のブログに根拠を示してはっきりと書かれている(知らない人なので直リンクは避けた。興味のある方はググってチョ)。どうも再建説は間違いなさそう、、。

 現地には2度ほど行ったことがある。確かに隣の公園に「寺田屋遺址」という石碑があったのでちょっと変には思っていたのだけれど、、。幸い、建物内の見学料をケチって中には入ったことがないので「お龍の駆け上った階段」とか「お龍の入っていた風呂」とか、「龍馬の部屋」とか、当時の刀痕や弾痕とかには騙されないですんだ。

 寺田屋は何度か持ち主が代わり、現在の経営者はあまり事実を知らない様子である。それもどうなの? と思う。 なんとなく、あまり深く考えずにロマンをかき立てるようなムードで「当時そのままの寺田屋」を演出してしまったのだろう。心情的には、わかるけどねぇ。

 ところで、私が育った街には大坂冬の陣で真田幸村が大阪城と出城(真田丸)との連絡のために用いたといわれる「真田の抜け穴」の跡があった。三光神社という神社の境内にあって、そこは地元小学生にとって缶蹴りのメッカだったのでよく知っている。中にも入ったことがある。ちょっと行って左だか右だかに曲がるとすぐ行き止まりだったように覚えている。地元の人はこの抜け穴をあまり信じてなかったのではないだろうか。

 そんな感じで「真田の抜け穴」跡は私が子供の頃は全く放置されていたはずなのだが、今やその入り口は鉄の扉で堅く閉ざされ、ご丁寧にその扉には真田の六文銭の紋様があしらわれている。さらに、その前には真田幸村の銅像まで建てられている。大阪城天守閣(博物館になっている)の付近史跡案内にも「伝真田の抜け穴」と紹介されている。

、、、なんか、これもムードでロマンをかき立てているニオイがするのだが、こちらの方はネットで調べても正面から異議を唱えるサイトには行き当たらなかった。最近、20年以上振りでその三光神社に行ったとき、私の子供時代には考えられなかった観光客らしき人がそこに何人かいた。その、ムードでロマンをかき立てたかも知れない結果だろうか、、まぁそのかわり(と違うけれどね)、缶蹴りする小学生はいなかった。
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2008年09月28日

バーテープくらいで大げさな、、

 昨日、アホ高校生にぶつけられてプロント君のハンドルバーテープが破れた。

IMG_0098.JPG 破れた左側のハンドルバーテープ。アホ高校生のよそ見運転のせいでかわいそうにプロント君はこんな姿になってしまった。バーテープを破ってさらにハンドルそのものにまでキズが入っている。

 これはあまりにあまりなので、ぶつけられた当日のうちに、大学からの帰りに自転車屋さんに立ち寄って代わりのバーテープを購入した。これを自分で巻くことにする。自転車のことはなるだけ "Do it Yourself" を目指すのだ(んな、大げさな、、)。

 バーテープを巻くのは難しい、と云われている。そのうえ人それぞれに流儀があって決まった巻き方というのが無いようだ。初心者には困るが、それでもネットを調べまくっているとだいたいの標準的な巻き方がわかってくる。やっぱ便利だわ。いんたぁーねっとは、、。

 んで、こうなった。
IMG_0099.JPG ビアンキ純正のバーテープはなかなか手に入らない上に高価である。そこで、ちょっと色目が薄いがシルヴァというメーカーの緑色のテープを買った。巻き方のコツは「引っ張りながら巻く」ということらしい。これはクロマトの配管時に使うシーリングテープの巻き方のコツと同じだ。これは実験のテクニックが日常生活に応用できる好例である(って、また大げさな、、)

、、、ということでそれなりに上手く巻けたみたい。

 しかし、プロント君を買ってから8ヶ月と少しでもうタイヤとバーテープを交換した。ちょっと部品交換のサイクルが早い、、。でもまぁ、そうやって既製完組の自転車がホリグチオリジナルになっていくのかも、、。

PS:阿部ちゃん、誕生日おめでとう。
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2008年09月27日

アホ高校生とアホ主婦

 秋晴れの気持ちいい朝、久しぶりに自転車で神崎川・淀川方面に回ってから研究室に出ることにした。、、、んで、高校生の自転車と衝突した。

 私は国道をビュンビュン一心不乱に走るよりも町中の歩車道の区別のない道路をゆっくり走るのが好きだ。しかも交差点にいきなり飛び込んでくる無法自転車をよける余裕を作るために、自動車が少ないところではなるだけ道の真ん中を走っている。ところが、今日のアホ高校生は私の進行方向手前の交差点左側から、通ってきた交差点の方を振り向きながら(つまり後ろを見ながら)猛スピードで交差点を私の方に向かって曲がってきた。

 一体全体、何のつもりでノーブレーキで後ろを見ながら交差点を曲がってきたのか?、、私はこのアホ高校生が曲がってきた時から見えていたが、なんせ猛スピードで突進してきたために正面衝突を避けるのがやっとだった。結局、衝突するまでこちらに気がつかなかったこのアホ高校生は激しく転倒し、私の方は一応回避運動していたこともあって転倒はしたが、ヒジとヒザに擦傷をしただけでそれほどダメージは受けなかった。ただ、愛車プロント君のトップチューブ(フレームの一番上の部分ね)に傷がつき、バーテープが破れたけれど。


「すいませんっ 大丈夫ですかっ? すいませんっ」とアホ高校生は一生懸命謝る。一応ちゃんとした奴のようである。
「お前、どこ見て自転車こいどんねんっ」
「すいませんっ すいませんっ」

 腹のうちはおさまらなかった(「あほんだらっ ボケッ カスッ、、」と言いたいレベル)が、どうも教員として学生と接触するクセがついてしまっていて、ついつい教育口調になってしまう。
「いったい、何を見てたんや? 危ないやないか? こっちが自動車やったらキミ、今ごろ死んどるで、、、どこの高校や?」
「○○高校です。今朝、テストがあるので急いでいて、、すいませんっ」、、やはりちゃんとした奴のようだが、いかんせん「自転車は軽車両で交通法規をちゃんと守らなイカン」という教育がされていない。

 プロント君をチェックしたが、ホイールは曲がっていないしワイヤー系も大丈夫のようだ。念のため電話番号と名前を聞いてその場を去った。研究室に出てそのことを話すと、安倍師匠なら「警察を呼んで事故証明をとって、それなりの損害賠償交渉をする」と云う。、、そうかも知れんな。自転車は軽車両である、という認識ならそうするべきかも。まぁ、しかしそういう手続き的なこともそうだし、アホ高校生への自転車教育も必要だと思うし、色々あるけれども、何よりもそういう事故を経験したらそのあとのサイクリング/ポタリングが楽しくなくなるがな、、、、頼みますわ、、ホンマ。

 そして大学からの帰り道。今度はアホ主婦にやられた(いや、衝突したわけやないんですけどね)。比較的広い街路から車道に抜けるのに自転車でも対向通過しにくい短い小径を通らねばならない箇所。前からの自転車を気にして徐行した私のうしろからアホ主婦がいきなり私の前に出て、両方向からの自転車を急停車させた。私はビンディングペダルだ。急停車を余儀なくされると、こけるしかない(すんでのところで転倒は免れたが)。
「ちょ、ちょっとぉ〜」と思わず声がでる。すると、
「あら、何かしら? あんた私に言いがかりつける気?」という顔でにらまれた。、、、アホ主婦! だいたい、狭い小径でなんで前に出る必要がある?

 頼みますわ、、ホンマ。、、、ちゃんとしてくれっ、、 頼むわ。
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2008年09月25日

経験という厄介なもの 2

 昨日の続き、、。

 研究の次への過程で、いくつかの選択肢があるとする。私は自分の経験に基づいて、そのうちの一つを研究室のメンバーに指し示すことができない。なぜなら、経験というのを信用していないからだ。という話である。

「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」と云う。一方、塩野七生さんは「そりゃぁ、歴史も経験も大事だろう」と著書「ローマ人の物語」で書いている。私は塩野さんに賛成だ。私だっていっちょまえの経験を重ねて、若造の頃よりは小マシな人間になったと思っている。経験が人を育むのは間違いない。けれど、実験の話に戻れば、方法論も材料も取りまくインフラもすっかり様変わりしているのに、それでも自分の経験を振り回すような恥ずかしいまねはできん。私はとくに成功者の経験談は参考にならん、と思っているし。

 おまけに、色んな制度疲労で社会のあちこちがおかしくなっとるという時に過去の成功体験なんぞは役に立たん、という思いもある。先を示すことができるのは、しっかりした知識と予見性に基づいた判断である。自分の経験で自分が成長しているのは間違いないが、他人にそれを当てはめることができるのかどうか、、ということも疑問。

 では、自分に正確な判断をもたらす十分な知識と予見性があるのか、、? ということで、やっぱり、

「そう、、君がそう思うんやったら、そうしなさいな、、」ととりあえず言ってしまうのだ。


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2008年09月24日

経験という厄介なもの

 本日、長い夏休みをはさんでの久々の大面談会。担当プロジェクトはパスツレラ毒素およびウエルシュ菌エンテロトキシン、チームリーダーはカミちゃんである。午後4時から始まって7時半まで、ほぼ休みなしの3時間半の報告&ディスカッションであった。当研究室ではこのようなプロジェクトチームと私との密なディスカッションミーティングを「大面談会」と呼んでいる。

 このブログでは何度も書いていると思うが、この面談会ではそれぞれの研究の進捗状況の報告、問題点の洗い出し、プロジェクトテーマの整理を行う。報告するべき実験結果の整理が悪かったり、無思慮な計画や考察が露見したりすると容赦なく罵声が飛ぶ。まぁそういうミーティングだ。

 この大面談会は当研究室のプロジェクトの進捗によく役に立っていると思う。ただ、以前からよく思うことなのだが、将来の実験計画について適当な選択肢がいくつかあり、それぞれを平行して走らせるのが不可能なとき、PIとしてそのうちのひとつを指示するのは色んな意味で難しい。こうした判断をする時、多くは自分(PI)の経験則に従うことになるのだが、その経験というものを私はあまり信用していない。それで、実験者の考えるように次の方向性を決めてもらうことが多い。それがいいことなのかどうか、、、これが自分でもわからない。

 ちょっとゴチャゴチャと話が長くなりそうなので、続きはまた次回。
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2008年09月23日

秋とは名ばかり、まだまだ暑い。

 久しぶりに祝日をほんとにゆっくり休ませていただいた。

 朝、寝覚めがすっきりしていたので、プロント号で武庫川を南に下ってみた。武庫川西岸の河口は鳴尾浜一帯である。ここには温泉プールのあるリゾート風設備、釣り公園、それから阪神タイガース2軍の練習場である鳴尾浜野球場がある。

 そのあたりをひと回り、、んで、せっかくここまで来たので、、、

IMG_0096.JPG やはりここに来ない手はない。昔は熱狂的な阪神ファンだったというよしみで、苦しい戦いが続くタイガースに声援を送る。今日は横浜戦のナイターが予定されている、といってもまだ朝の9時前、周囲は閑散としている。、まぁ頑張ってくれたまい。「ろぉぅっこー おろ〜しにぃ〜♪、さぁぁっそぉお〜とぉ〜♬、、」昔は声が嗄れるほどよく歌った六甲颪を口ずさみながら伊丹の自宅に帰る。甲子園球場から自宅まで、まっすぐ帰ると自転車でも30分の距離なのだ。

 帰ってきて、音楽を聴きながら、寝そべったり熱帯魚水槽の手入れをしたり、、去年買ったスピーカが iTunes からの音楽をいい音で鳴らしてくれている。久しぶりに気持ちいい休日じゃ。

 それから、近々購入する予定の液晶テレビとそのオーディオ出力機器を物色に近所の家電量販店に行く。、、が、最近はネット経由で買うのが一番安い。圧倒的に安い。だがそのためには品物の知識をしっかり仕入れねばならん。そんなこんなで、量販店の中で iPhone を駆使しながら値段調査やらスペック確認やら、、。iPhone には、best価格(やっけ?)という、価格.com にダイレクトにアクセスして値段を調べてくれるソフトがあるので大変重宝した。まぁこうやって商品選びをしている時が一番楽しいんですけどね、、。

 あ、それでその阪神X横浜戦がいま終わった。、、引き分け。、、3安打の阪神が引き分けることができたのは、きっと私の六甲おろしのおかげじゃ。

*本日のBGM:高中正義/夏・全・開、Norah Jones/Come Away with Me、Yes/And You And I

** そうそう、それと私の7年来の愛車だったランドギアくんは愚息に引き継がれ、今日、京都の彼の下宿へと旅立った。初めてのロングライドで4時間と少しで伊丹から京大近郊に到着したらしい、、、まぁまぁ、上出来である。

 
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2008年09月21日

血の汗ながせっ 

 わが研究室では、実験の合間の非常食にカップ麺を常備している。これは「お菓子屋フルセ」が定期的に納入してくれている。彼は私の高校時代からの友人だ。最近、このブログの様子から「お前は忙しすぎる。しんどそうや」と心配してくれたことは前回のエントリに書いた。

 そこで、「元気が出るように」?と励ましもかねて、カップ麺と一緒にこんなものを持ってきてくれた。

IMG_0083.JPG フルセと私は共に認める「巨人の星」フリークである(ただし二人は野球部ではなくバスケットボール部のチームメートなのだが)。二人で話しをすると、10分に1回くらい「巨人の星」の話題が出てくる。「飛雄馬も頑張ってるからお前も元気出せ」ということか、、、。

 オモロイから研究室の入り口に置いてみた。、、しばらく置いておくから、記念写真を撮りたい方はご自由にどうぞ、、、。

 
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2008年09月17日

そんな感じ、、

 昨日、古くからの友人の「お菓子屋フルセ」と電話で話していたときのこと。
「またどっか飲みに行こ、、」という私に、
「オレはええけどお前が忙しそうやがな、ブログ読んでもしんどそうやし、、」という応えがかえってきた。

 え、このブログ、そんなにしんどそう? ん〜、、読み返してみると確かに「しんどい、しんどい」とよく書いている。そういえば、研究室のみんなからは「ため息が多い」とよく指摘される。

 いや、別にしんどくないですよ、、。いやしんどいですけどね、でもそんなにしんどくないです(どっちやねんっ!?)。

 だって、しんどくない人って、世の中そんなにいないでしょ? この年格好で、それなりに仕事してれば、、。そんな程度です。みなさんと同じ程度しんどいし、同じ程度頑張ってますし、同じ程度ウキウキしてますし、、、、、そんな感じでございます。

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2008年09月16日

Money ♪! という曲もあった

ピンク・フロイドのキーボード奏者、リチャード・ライト死去。

 ピンク・フロイドといえば、キング・クリムゾンと並び立つプログレッシブロックの草分け的グループである。たぶん中学生くらいの頃に夢中になった。「Atom Heart Mother」(このアルバムの邦題は「原子心母」だった。なんと根性のある直訳でありましょうか、、)とか、「The dark side of the moon」とか、、、。あの頃は斜に構えた、生意気ないやな中学生だった。プログレッシブロックと言っとけば進歩的なんだと勘違いして、「プログレッシブロック」を標榜したロックグループのアルバムを買い漁ったものだ。その中にはもちろん、エマーソン・レイク&パーマーとか、Yesとか、四人囃子とか、本物もたくさんあったが、泡沫グループもたくさんあった。そんな違いもわからずに流行に乗っただけの底の浅い趣味だったように思う。

 その時のレコードは今も(実は教授室に)ある。レコードプレーヤーも持っているので、かける(今はPlayするというのだろうか)ことはできるのだが、もう何年もかけたことがない。

 今の時間の流れでは、iPod で音楽は聴けても、「レコードをかける」というような穏やかな行為はどうも合わない。時代が悪いのか、コセコセと忙しく毎日を過ごす自分が悪いのか、、。今度ゆっくりと聴きたいな。

 リチャード・ライトさん、いずれまた、必ず聴くからね。安らかにお寝みください。
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2008年09月14日

武田尾〜名塩・福知山廃線

 今日、明日と娘は作業所の親睦旅行でいない。そこで今日は犬を連れてハイキングをすることにした。一種の下見である。様子を見てよければ次は娘を連れてくるつもりだ。

 行く先は、福知山線廃線あとのハイキングコース。尼崎から福知山に至る福知山線は1986年に宝塚以遠が複線化された。そのときに宝塚〜道場間の路線は完全に付けかえられて、残された廃線あとはハイキングコースになった、というか口コミでたくさんのハイカーが訪れていつのまにやらそんな感じになった。いまでも名塩/生瀬側の廃線への入り口にはJR西日本が掲げた「ここはハイキングコースではありません。立ち入って何か事故が起こっても個人の責任に帰します」みたいな立て札が立っている。

 今回は西宮名塩で車を駐めて電車で武田尾まで行き、そこから下流に向けて歩いて名塩にもどる、という計画だ。
こんなかんじ。

武田尾駅からしばらくはよく整備されていて歩きやすい。が、1時間ほど歩くとそこが廃線あとであることを思い知らされたりする。

PICT0096.jpg

PICT0098.JPG 歩き進むと、いくつもこんな風景に出くわす。トンネルの中には照明なんかない。、、なんかインディ・ジョーンズみたいでしょ。たいした柵もない崖からのぞむ武庫川渓谷の眺めもなかなかのもの、、。今日の予定のコース(武田尾駅から西宮名塩駅まで)をたどるのに約3時間。なかなか良かった。


 次は紅葉の季節、、娘を連れてやってくるか、、。箕面もいいけど、このコースの紅葉も素晴らしいようだ。

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2008年09月13日

あわじ・ラプソディー2

 あわじフォーラムでは避けては通れない、英語のことを書く。

 8年間のあわじフォーラムに毎回出席してきて、つくづく「日本人の(いや若い人の)の英語は上手くなった」と実感する。あわじフォーラムには、一般演題ポスターからピックアップされる口頭発表がある。ここで登場する演者はどちらかというと若い人が多い。フォーラムが始まって最初の3〜4年ほどは、なんとか発表はこなせても質疑応答で破綻するというか、ハナから応答できない人がたくさんいたが、今はほとんどいない。

 たとえば、私の良く知っているマッティーの発表。彼女にとっては初めての英語での口頭発表だが、これが、アベッチも書いているが、とても良かった。はっきりと澱みなく喋り、質疑もちゃんとこなした。あとで尋ねると、何度も籠って練習したという。「初めての英語発表の前に練習するのは当たり前じゃん」と思うなかれ。これができない奴が多いのだ。

 私は、「何度も練習しなさい」と言われたにもかかわらず、練習せずに何となく中の下か下の上の破綻しない程度の発表で本番をやりすごした学生たちを何人も知っている。はっきり言うが、そういうヒトタチにはプロとして研究者を目指す資格はない。上の上を目指して研究のアウトプットをできない奴は、ペケポンである。マッティーの努力を評価したい。
 今回のフォーラムでは、発表者だけではなく、なんとか慣れない英語を絞り出して果敢に質問していた若者たち(し○○わ、のような、、天狗になるといかんので名は伏せる)にも好感を持てた。

 そういえば、何年か前のあわじフォーラムの招待演者のGisou van der Goot も「むかしは日本人の英語発表は聴けたものじゃなかったけど、最近は上手くなったわね」と私に言っていた。その時「何か理由があるの?」と尋ねる Gisou に、マミちゃんが「最近は英語に触れる機会が日本でもたくさんあるからじゃぁないかねぇ」と答えていたっけ。

 それはそうなんではあるけれども、、こんな話がある。

 江戸時代、通詞という幕府役人の専門職があった。当時の彼らの外国語力を示す逸話というのがいくつかある。
 ●オランダ・ハーグの国立中央文書館には、当時の日本の通詞によるオランダ語文書が残っているが、これが完璧なオランダ語であることが証明されているらしい。
 ●幕末、シーボルトの入港に立ち会った通詞が、シーボルトのオランダ語がオランダ人にしては下手だ、として疑いをかけたという。実際シーボルトはドイツ出身で、オランダ人と偽って入港しようとしていたのだった。このときシーボルトは、極東の島国の通詞が見事なオランダ語を話すのに狼狽し、これはオランダの一地方の方言である、と言い逃れた。

 江戸時代の彼らに「シャワーを浴びるほど外国語に触れる」機会などあるはずもない。教材も少なかったに違いない。そうすると触れる機会と育まれる外国語力との相関関係もある意味では怪しいのかもしれない。

 やっぱ、個人の努力と能力によるところが多いのかも、、と絶望的に考えてみたりする。
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2008年09月11日

あわじ・ラプソディー

あわじフォーラム、終了。

 今年で8年目。毎年書いているような気がするが、あわじフォーラムは疲れる。一昨年は「優れた研究発表に当てられて、激しい日焼けのあとのように疲れる」と書いた。昨年は、連続で「毒素シンポジウム」に突入したのでとにかく疲れた(こことか、ここ周辺を見てチョ)。
 だが、8年前に始まった時から毎年のこのフォーラムは、いつもずっと疲れる。この疲れのもとはいったいなんでありましょうか? と考えてみる。

 まぁ第一にプログラムが無茶苦茶 tight である。実質4日間のフォーラムのセッションに全部出席して一生懸命講演を聴いていると、まぁ疲れる。あと(私にとっては)リラックスしにくい、厳粛な雰囲気。それと英語。このブログでも研究室のサイトでも書いているが私は英語が嫌いだ。その英語を聴いてるだけで疲れる。よく英語習得の教材の宣伝文句で「英語をシャワーのように浴びましょう」とか「1000時間ヒアリングマラソン」とか、、「マゾか?」と思ってしまう。そんな私が、イヤでも英語のことを考えながらフォーラムの4日間を暮らすのは疲れる。そして何よりも、、、会期中の「飲み」。○ミタさんに代表されるようなウダウダ飲み助があわじフォーラムの参加者には多い。私も好きで飲むが、疲れる。

 しかし、「しんどいしんどい」とばかり言ってられん。今年は開催者側が夕食をセットしていない中日(なかび)に仲間たちで釣りをし、その獲物を会場近くの居酒屋さんでさばいてもらって、みんなで酒肴を楽しんだ。酒でしんどい時は酒で発散する。、、、これを逆療法という、、、。

 居酒屋さんは貸し切り、、。この居酒屋さん、ウェスティンホテルで紹介してもらった。「なかや」さんという。これがただ者ではなかった。料理がおいしく、ご主人、おかみさん、もうひとりの店の方、みんな愛想もいいし元気だし、店はきれいし、、、。私の中では、あわじ最高の店である。

 ハイジさん、きさぶろ、ちっちゃい阿部ちゃん、おっきぃ安倍ちゃん、久堀さん、永井さん、福本くん、新澤くん、カミちゃん、あかりさん、タクトくん、中山さん、上野くん、マミちゃん、マーくん、ミムミム、○ミタさん、ソーキっつあん、木元さん(イカをたくさん釣ってくれてありがとう)、東さん、すてふぁんさん、ばんどーくん、テルテル、アヤッチ、水井さん、いつも挨拶してくれる菊谷研の学生さん(すま〜ん、名前忘れた、、今度あったら教えてくれ)、、、みんな大満足の様子。私ももちろん大満足。楽しかったよねぇ〜。来年もたのしもーっ。

 明日は東京出張。

あ、「飲み」以外のあわじフォーラムの話題は次の機会にご報告しまっす。
posted by Yas at 22:04| Comment(2) | 非科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月07日

役に立たない iPhone レビュー

iPhone 購入後1ヶ月。
IMG_0001.PNG 特にマニアでもない、一般「アップルのイヌ」大学研究者としての使用感を少し書く。

●デザイン・筐体
 iPhone のシンプルな姿は私は嫌いではない。ただツヤのある表面にはベタベタと指紋の跡がつくし、小さなキズが反射でよく目立つ。そこで色々と筐体/画面カバーが売り出されている。私はパワーサポート社製の「クリスタルAirジャケット・クリア」を使っている。このカバーはかなり薄く装着違和感がなくてよろしい。それから、iPhone にはストラップをつける穴がない。私は以前の携帯には落下防止のクリップ付きコイルをつけていたので、iPhone に代えたときにちょっと不安だったけど、もう慣れた。その程度。

●OS
システムの使用感はいい。ただ、出張中に歩きながら急いで情報が欲しい時の操作で画面を頻繁にタップすると動作が極端に遅くなり、ひどい時にはアプリケーションが落ちる。iPhone はモバイルガジェットだが、どうも移動中なんかにアセって操作するのには向いていない。レストランやカフェで座りながら、心を落ち着けて操作する方が精神衛生上よろしいようだ。

●アプリケーション
 iTunes の App Store には iPhone 用のアプリケーションがたっぷり。無料・有料でダウンロードして使える。しかしさしてマニアでもない私にはそれほど用がない。ゲームもしないし、、。使って感心したものを少しだけ簡単に紹介する。

  マップ:GPSと携帯基地の位置情報から検索される現在位置表示機能は秀逸。表示までの所要時間が早いし正確。表示されるマップが見慣れたGoogle map なのもいい。

  乗り換え案内:電車等での目的地までの所用時間を計算してくれる。時間指定もできるし、ネットに接続されている利点もあって、指定駅の時刻表も検索できる。かなり使える。

 あれ、便利アプリがふたつしかない? いやいや、そんなことはないですよ。いろいろかゆいところに手の届くアプリがありますよ、、。あとは自分で探してくださいね、、。

  
●日本語入力
 いわゆる普通の英文キーボードのほか、携帯日本語キーも装備。あちこちのネットで紹介されている iPhone 特有の日本語入力法(指を滑らせるやつ)もある。これは割と使いやすい。ただ、文節変換してほしいなぁ、、。

● Mac と連携
 アップルのサーバー提供サービス「Mobile Me」の会員になっていると、アドレス帳、カレンダー、サファリのブックマークを自動で共有できる。ただし、To Do、スティッキーズ、メモの内容は同期できない。 iPhone にはBluetooth が装備されているが、Bluetooth 経由で Mac と通信はできない。このあたり、いくらアップル社の製品でもオールマイティーで何でもシンクロできるわけでもない。

●携帯電話として
 携帯電話としての使用を重視するなら iPhone はお薦めできない。日本製の携帯電話の方が日本の携帯事情にあっているし、性能も高い(ようだ)。私は以前に Nokia のスマートフォンを使っていたが、こちらの方が携帯電話としてはかなり便利だった。 iPhone でメール着信をサウンドで、リアルタイムで知らせてくれるのは、SMS(いわゆるショートメール)とMobile Me経由のメールだけ。あとはスリープ解除したときに表示される「メールの受信あり」みたいなメッセージだけ。さらに、メールを実際に受信するには「メール」アプリケーションを開けなければいけない。自動でメールを受信しに行ってくれるわけではない。これは不便。それから、着信音はリアルだが上品なものが多いので、雑踏の中などではたいてい聞こえない。緊急性の高い連絡にはちょっと不安。
 カメラ機能は私にとってはかなりダメダメ。まえのNokiaの702NKIIは130万画素。iPhone は200万画素。だけど、702NKII の方が当たり外れのない(Web掲載用の)写真が撮れる。iPhoneカメラにフラッシュがないのはかなり不便。ちまたでは、iPhone カメラの写真の愛好家もいるらしいですけど、、。
 電池の持ちが悪い、ともっぱらの噂だが普通に使うぶんには、それほどでもない。まぁちょっと早いかな、という感じ。

●モバイルコンピュータとして
 定額で、そこそこのスピードでメールチェックができて添付書類付きのメールを送信でき、ネットを閲覧できるのはやはり便利。おかげでちょっとした出張にMacBookを持って行くことはなくなった。
 ただし、、すべてのPCサイトを普通に見られるわけでもない。Flash を使ったサイトの閲覧はおかしくなる。それと、JR東海エクスプレスのチケットレス予約のサイトはちゃんと表示されない。出張中に、予約した新幹線を変更できないのはきつい。ただし、こちらの方はどうやらJR東海のサイトの方に問題がありそう、、。
 それから、「iPhone は携帯電話ではない、コンピュータだ」という論評をネット内でよく見かける。おおむね賛成だが、ワードやエクセルや iWork のようなアプリをバンバン入れてガンガン仕事できるわけではないので、誤解されないように、、。

 こんな感じ。なんか、いろいろ不満ありそう? いやいや、「アップルのイヌ」ですから、、。iPhone に不満なんかいっさいありません。
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2008年09月04日

メールは見ますので、、

 明日は東京出張。んで、来週からはあわじフォーラム(昨年のあわじフォーラムの様子はこちら)。あわじフォーラムがあけて金曜日はまた東京出張。ということで出張三連発だ。ミニマムやらねばならぬことは今日中に片付けた。

 公式には10日間ほど研究室を空けることになる。なんか、海外出張並み、、。

、、、疲れんようにやります。はい。
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2008年09月03日

I am asking me in the mirror

 ,,for the past 33 years, I have looked in the mirror every morning and asked myself: "If today were the last day of my life, would I want to do what I am about to do today?" And whenever the answer has been "No" for too many days in a row, I know I need to change something.

 これは2005年、スタンフォード大学卒業式での Steve Jobs のスピーチの一節である。アップル社の CEO の Steve Jobsだ。感動の名スピーチとしてよく知られているので、You Tube や色んなところで動画やテキストを見ることができる。最近も、どこかのブログで取り上げられていたような気がするけど、、思い出せん。興味のある人はググってみてチョ。いっぱいヒットするから。

 まぁ、とにかく。

 「今日が人生最後の日だとして、今日する予定のことはほんとに自分がやりたいことか? と鏡の中の自分に毎朝尋ねる。んで、その答えが何日も "No"だったりしたら、そろそろ何か変えなきゃ、と考えるわけだ」という。
 この一節はスピーチの中の二つ目か三つ目の話題の導入部の挿話である。これだけ聴くと、聴衆の興味を引く上手い導入だと思う。さすが Steve Jobs。

 だが、「こんなことのために、オレは微研で教授にしてもろたんかぁ?」と自問自答する毎日の私には、腹の立つ言葉だ。

 ほんとにやりたいことができる日、ってそんなに人生に何日もあるものか? 少なくともここ数年、私にはそんな日は記憶にない。その状況のなかで悶々として過ごすのと「そろそろ何か変えなきゃ」とほんとに変えてしまうというところで、私と Steve Jobsの違いがあるのさ、と言われればそれまでだけど。

 私には、状況は変えられん。

 変えることができるのは自分の心持ちだけだ。


「あぁ〜、、今日も楽しかった」って。
「今日は楽しかったぞ〜」って、鏡の自分に言い聞かせる。
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2008年09月01日

福田さん

 くっそ〜、、。

 第三者(国民)にはよくわからん理由で辞任して、、、、。よくわからんということは、自民党か自公連立与党かの内向きの論理が働いた、と考えざるを得んような辞め方で辞めよって、、。

 テレビ局もテレビ局じゃ。解散総選挙をするならまだしも、、そんな辞任にたくさん時間を割いて特番なんかすることないがな、、、。

「嫌われ松子の一生」、、、、楽しみにしてたのに、、。
posted by Yas at 23:30| Comment(0) | 非科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする