2007年12月01日

Call me Yasu.


 山梨大学で女子学生を「ちゃん」付けで呼んだ教授がアカデミックハラスメントに該当するとして減給処分を受けた(12月1日付、産経新聞)。厳しすぎるのではないか、という識者の意見もあるようだが処分はすでにくだっている。女子学生は不快に感じていた、というところがポイントになるようだ。

 寒々とした気分で自分の研究室を振り返る。私はスタッフをマミちゃん、カミちゃんと呼んでいる(男ですけど)。今のところその様子はないが、彼らがもしこれを不快に感じたらアカハラになるのか?(繰り返すが、彼らはオトコだ)。女性スタッフはどうか? 「アヤっち」と「トッシー」と、「スズキさん」と「ハットリさん」と私は彼女らを呼んでいる。「スズキさん」と「ハットリさん」は問題ない。私は「アヤっち」を「アヤちゃん」と呼んだことはないが、「アヤヤ」と呼んで「それは止めてください」と言われたことはある。戸嶋ひろ野の「トッシー」を私は最初「ピロピロ」と呼ぼうとしたが定着することはなかった。そういえば先日、ハットリさんが「トッシー」を「トシちゃん」と呼んで、「それはちょっと、、、」とトッシーに嫌がられていたっけ。

 ところで、私は外国人研究者と少し親しくなったら自分のことを「Yasu」と呼んでもらうように頼む。欧米人にはそんな風に言った方がお互いの関係を築くのには良いのだ、というハナシもよく聞く。んで、彼らは機嫌よく「Yasu」と呼んでくれたりする。ところが、そんな彼らとしばらく会わなかったり、公の場所だったりすると、「Dr. Horiguchi」「Professor Horiguchi」と彼らは私を呼ぶ。彼らは彼らの情報として、「日本人をFirst name で呼ぶのは失礼になることがある」ということを知っているんじゃないかと感じる。

 このブログでもたびたび登場するフランス人細菌学者のEric Oswaldが東大医科研の笹川先生のことを指して、「オレは彼をチヒロと呼んでるが、お前はどうだ?」と聞かれたことがある(あほかぁ、愚問じゃぁ)。それから、何年か前の細菌学会で招待演者としてやってきたG.P. Schiavo が自身の講演中に、司会の私のことを「Professor Horiguchi」と呼び、そのたびに戦時中の軍人が天皇陛下のことを言うときのように直立不動の姿勢をとったときは閉口した。

 人をどう呼ぶのかは、呼ばれる方とのコンセンサスが必要だということである意味難しい。ただ、相手をどう呼ぶかという問題の前に大事なのは、相手と自分との距離がどれくらいかを正確に知る感性だろう。それをなくして自分のことを「やっちゃん」とか「やーさん」とか呼ばれたら、私だってイヤだ。

posted by Yas at 22:06| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする