2007年08月31日

会議はまわる

 新幹線の車中でこれを書いている。

 これまで何度、「新幹線の中でこれを書いている」と書いただろう。今日も早朝の飛行機に乗って午前8時過ぎに羽田、9時半に某所着、10時より打ち合わせ、午後1時より本会議、予定より早く午後4時過ぎ終了。東海道新幹線の予約切符を携帯電話経由で早い時間発のものに変更して、今こうしている。

 今日の会議はそれなりに順調に進行した。しかし、いろいろな会議に出席する機会が増えてきて、どんな会議にでも話を混ぜっ返す人がいる、というのがわかってきた。こういう人が一人か二人いると、議事進行が途端に停滞する。そんな人が議長だと絶望的だ。新幹線の中でヒマなのでそんな人たちのことを考えてみた。

 議事進行を停滞させる人たち。まず、会議の主体となる委員会の裁量範囲がわかってない人。「それは、この委員会で考えることではないだろう」という話を繰り返す。それから、何ら建設的でない文句や不平や疑問ばかりを並べ連ねる人。「それを今ここで言ってどうする?」というタイプだ。そんな発言でも、正当にオーサライズされた委員の発言であるから、議事を進行する側は相手をしなければならないので面倒くさい。

 自分の立場や知識を開陳したいがため、としか考えられないような不要な発言を繰り返す人。「私は常日頃から、、、しているもんですから、、、」というようなセリフがたいてい枕詞になる。わかったわかった、その話はあとでお酒を飲みながら聴いたるから、、と言いたくなる。
 それから、ただの議論好き。議論好きの困るところは、どちらが合理的か正論かなどに関わらず、とにかく自分が相手を論破したいがために脊髄反射で無茶な論理を押し通そうとするところである。あ、それからすぐに実務的な各論をいう人。委員会ではコンセプトと基本線を決めればよい、という段階で「あれはこれの方が安い」とか「その文書ならエディタで作成して、スキャンした書類をイラストレータで開いて、そこに文章を流し込んで、ワードに貼り付けて、PDF化をして、、」とか親切に説明してくれる人。この場合は、「それならこの件は先生にお任せしましょう」と仕事を振れるので便利といえば便利だが、議事進行を急いでるときにこれを聞くのはちょっとつらい。

 ん〜、、名古屋から京都までのあいだでこんなにたくさん「議事進行を停滞させる人」の例が出てきた。会議の運営については、わたしゃ結構、文句が溜まってるのかも知れん。

 会議における議論というのはもちろん論理的に進められるべきである。論理的思考は科学者にはお手ものもののはず。物理学者で原爆製作のマンハッタン計画に参加したリチャードファインマンさんは、著書「ご冗談でしょう、ファインマンさん」で書いている。
 ある会議、議長はアインシュタインだった。ある事項を決めるのに、アインシュタインは参加者に一通り意見を聞く。全ての参加者が意見を述べたあとおもむろに、「なるほど、一通り伺ったところ、Aさんの意見が最も良さそうだ、Aさんの意見通りにいたします。」と言って会議を終了した。これを目の当たりにしたファインマンさんは「アメリカの頭脳が集結すれば、会議もこのように簡潔に、かつ確実適性にすすむのだ」と感動している(思い出しながら書いたので、細部は違うかも知れん)。ん〜、そんな会議があるのなら、立ち会ってみたいもんじゃ。

 人から聞いた話。
 ある高名な先生は会議中では、上に書いたような議事進行を遅らせる、支離滅裂な困った発言のオンパレードを繰り返し、とても議題のポイントをつかめているようには見えないらしい。ところが、一方でこの先生は素晴らしくポイントのついた多数の教科書や科学啓蒙書を書かれていることでも有名なのだ。私もこの先生の書かれたものを読んだことがあるが、誠にポイントのついた面白い文章を書かれていて感服したことを覚えている。

 科学者の頭の中の論理回路というのは、なんだかどうも複雑なようだ。

posted by Yas at 19:55| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする