2006年10月31日

急いではいけない

 科研費の計画調書を書き上げた。電子申請を終了した数時間後に、本学の研究協力係から訂正依頼のFaxが届いた。迅速で正確無比なチェックに脱帽。お役人といえば四角四面の紋切り型が不評をかったりするが、あの正確な対応は粗忽な私にはとても真似が出来ない。おかげで安心して申請が出来ます。しかぁ〜し! 申請が採択されるかどうかはまた別のハナシ。

 ところで、村上春樹さん、フランツ・カフカ賞受賞おめでとうございます。実は私には、一生かけてゆっくり作品を楽しむために続けて読まないように心がけている作家が数人いる。村上春樹さんや司馬遼太郎さんはその代表格だ。深く感銘を受けた作品は、司馬さんではご多分に漏れず「龍馬がゆく」だが、村上さんでは実はちょっと異質な作品「アンダーグラウンド」なのだ。それまでに「羊をめぐる冒険」や「1973年のピンボール」は読んでいたものの、まぁ楽しく読める作家という認識であった。ところが、「アンダーグラウンド」には頭を殴られたような衝撃を受けた。例の、オウムサリン事件の被害者やその関係者に村上さん自らインタビューをし、それを記録にとったというだけの体裁なのだが、これがあなた、文章家としての村上春樹さんの凄さを浮き彫りにしている。事件によって最愛の人を亡くした方が村上さんのインタビューを受けているあいだに感極まってすすり泣く、その声が行間から聞こえてくるのだ。この文章力はおそろしい。昨日紹介した井上さんの画がセリフの文字を凌駕して人物の心情を表現するのに似て、村上さんの文章はその空間の風景や音を紡ぎだす。これだけの文章力の人が書く小説が面白くないわけがない。、、、、でも急いで次々読んではいけない。ゆっくり読んで一生楽しむのだ。
posted by Yas at 23:17| Comment(0) | 非科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月30日

劇画・漫画に興味のない人は読み飛ばしてね

 新刊が出てるでぇ〜、と相変わらず下手な大阪弁で北里大の阿部ちゃんが教えてくれた「バガボンド」。新刊を早速読んだ。「スラムダンク」や「リアル」の作者でもある井上雄彦さんの作品である。ずいぶん昔に偶然見たバスケットボール漫画が「スラムダンク」だった。自身もバスケットボールプレーヤーである井上さんの描くバスケットは本当にリアルだった(恥ずかしながら、私もバスケットをやっておりましたっ)。それ以来無条件でファンになった。「リアル」という作品は車椅子バスケットボールをモチーフにしている。「バガボンド」は(吉川英治原作の)宮本武蔵の井上雄彦版だ。どの作品もとっても面白い。万が一まだ読まれていない方がいたらお勧めする。井上作品の魅力はそれぞれのシチュエーションで登場人物達が何かを喪失したとき、あるいは何かを得たときの感覚のリアリティーにある。井上作品の登場人物達は本当に頻繁に何かを失い、何かを体得していく。その時の舞台設定がまたリアルであるだけに、それぞれの場面で読者は既視感に似た感動を持つ。このような人物描写の巧みさはいったいどんな風にして身につけられたものなのだろう? そんなことを考えるだけでも興味深い作家だと思う。

 バガボンドは24巻まで刊行されている。最近、連載当初の作品と近刊の作品を読み比べたりしていて、登場人物のセリフが近刊作品では圧倒的に少ないのに気がついた。それと反比例して画の迫力は近刊の方が圧倒的に増している。最近の作品はセリフの吹き出しの代わりに画が語っているのだ。劇画家としては素晴らしい境地に達しておられるように思うのだが、、、、、、セリフが少ない分、読者によっては5分くらいで読んでしまうかも、、これから井上作品を読む人、画を読んでね。ん〜、ちょっと中途半端でゴメン。バガボンド24巻を読んだ感動の勢いで書きました。
posted by Yas at 23:36| Comment(0) | 非科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月29日

休日の風景

 午前中に散髪屋さんに行った。10年ほど同じ散髪屋さんに通っている。行き始めた頃は、先代の親父さんが奥さんと「てっちゃん」という若い子をひとり使って店を切り盛りしていた。親父さんは昔気質の職人風で、私のイメージに近いカットをしてくれていたので気に入っていた。ところが何年かして親父さんが病気でなくなり、奥さんがてっちゃんと店を続け、やがて息子さんがそれを手伝うようになった。息子さんは理容師の免許を持っていなかったのだろう、最初は下働きをしていて客あしらいも上手くなかった。それが今は、息子さんとてっちゃんがすべてを切り盛りし、奥さんは時々店に顔を出しているだけの様子だ。てっちゃんは「若い子」とはいえない堂々とした風格になったし、息子さんもしっかり散髪屋さんになった。二ヶ月に一度くらいしか行かない店だが、店の歴史を感じてる。てっちゃんは私の頭髪のことをすべて知っていて、行くたびに何かしらカットに工夫をしてくれる。一時は二人で私の茶髪化を計画したが、茶髪をきれいに維持するためには10日ごとの染め直しが必要と聞いて断念した。私が大学教員であることを知ってから奥さんが私のことを店の中で「先生」と呼ぶのには閉口するが、この店の人たちは気持ちがいい。

 散髪屋さんの帰りに本屋さんに立ち寄る。本屋をブラブラするのは私の趣味のひとつだ。本棚の本の並びから本屋さんの心意気が読み取れたりするときは結構楽しい。ところが私の住んでいる地域では本屋事情が今ひとつだ。近所で一番大きなチェーン店の本屋さんに行く。関西の40〜50代のオッサンにはおなじみの、テレビ番組「ラブアタック」のみじめアタッカー(知らない人、すいません)で今は放送作家である百田尚樹さんが小説を書いている。「永遠のゼロ」という。興味はあるが、滅多に新刊には手を出さない私は今回はパス。文庫本になったら買うかも。前出の花村萬月氏の「百万遍」も続編が出ているようだが文庫本まで待つ。んで、Mac系の月刊誌と、司馬遼太郎「世に棲む日日」三巻四巻を買って帰る。

 今日は午後三時からと午後七時半から、例の「つま恋コンサート」の番組がNHK衛星第二で放送される(てか、これを書いているいま午後七時半で、かぐや姫がテレビで歌ってる)。お酒を飲みながら、中島みゆきの登場を楽しみに待っていよう。 お、さ、け、を飲みながらね。、、、あぁ〜しあわせ。
posted by Yas at 19:58| Comment(0) | 非科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月26日

高校時代

 先日からお騒がせの、高校の履修不足問題。一部の学校では架空履修報告まで行われていたとか。ゆとり教育のあおりを受けての授業時間数減や受験競争のプレッシャーなど、原因となる問題は色々あったと思う。んで、偉そうなコメントはやめとく、というかできない。代わりに、自分の高校生時代のことを思い出してみた。

 私の卒業した高校は、いわゆる学区での一番校ではなかった。それに、今はどうか知らないが30年前の当時、その高校では多くの教員が受験競争に背を向けていて、「大切な勉強とは何か」とか言う、生徒にとってはどうでもよいご大層な念仏(当時の私にはそう聞こえた)を唱えるばかりで、質の高い授業を出来る人はきわめて少なかった(お寺関係の方すいません、「念仏」は単なる喩えです)。その結果、入学当時は一番校の入学生とそれほど大きな学力差のないはずであった生徒達は、卒業時には一番校の卒業生と大きく水をあけられることになる(このことは、この学区では有名なハナシであった)。勉強したい生徒は、当時まだそれほど一般的ではなかった現役生対象の予備校のコースに通うか、なんとか自己流で勉強方法を開拓して修行僧のように世俗(つまり学校での授業の進度や深度)とは無関係に自分を磨くしかなかった。わたしは、そんな念仏唱和派の教員達が好きではなかった。「教員の仕事をちゃんとしろよ」と高校生ながら生意気にも思っていた。

 そんな中でも個性的な先生方はいらっしゃった。岡竹先生という地学の先生。この先生は地球と月との関係を説明するのに、ボールを持って「このボールを地球と見立てる、僕は月だ」と言って月から見た地球の話をした。高校生の私は自分の住む地球を中心に考えない天体運動の解釈に感動した。東大の服部正平先生(私の高校の先輩です)も同じような、岡竹先生にまつわる話をされていた。先生は北極と南極を水平にして、垂直に自転する地球を書いて自転を説明されたそうだ。想像だが、そんな教え方にマニュアルはなかっただろう。岡竹先生オリジナルの考え方だと思う。そしてそんな先生のことを服部先生も私も印象深く覚えている。共通一次試験もセンター試験もなかった当時、地学は一般的には受験科目ではなかった。

 古文の飯田先生。年配の女性の先生で、非常に上品な方だった。物腰の柔らかい話し方をする方だったが、最初の授業だったと思う、「古文を読み解くには古文独特の文法を勉強しなければなりません」ときっぱり言い、生徒に配布された古文の文法書を手に掲げて「この本をボロボロになるまで読みなさい」とおっしゃった。勉強の仕方をストレートに説明された、私の高校ではあまり聞かないその言い方が印象に残った。私は言いつけを守り、文法書をボロボロになるまで繰り返し使った。おかげで在学中の古文の授業は楽しかった。理系の大学を受験した私には、結果として古文は受験科目ではなかった。

 英語の今田先生と数学の石原先生。三年次に行われた実力試験で、普段の定期試験の(わりあい簡単な)問題作成の鬱憤を晴らすかのような難問を出題された。その時の平均点は10点ぐらいではなかったか。その時にお二人の先生は、それぞれの授業中に示し合わされたかのように同じ趣旨のことを言われた。「この学校のぬるま湯になれてたらイカン。世間の受験のレベルはあれぐらいなんじゃ」。勝手な思いこみかも知れないが、念仏唱和教員が大多数を占めていた当時の高校でなんとか質の高い教育を施す、ということに腐心されているように感じた。

 履修不足問題で揺れる高校の先生方、がんばれぃ。
posted by Yas at 22:50| Comment(0) | 非科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月25日

病気のバイオサイエンス

 私の所属する微生物病研究所では教授・助教授層の教員が交代で担当する「病気のバイオサイエンス」という講義枠を持っている。主に一年次の医理工系の学生さんが履修しているようだ。受講者名簿を見ると、確かに医学部の学生さんが多い。今日は私が当番だった。これが結構面白かった。総勢50名くらいの学生さんがみなさん割合まじめに聴いてくれたのだ。私の講義は基本的に対話形式である。

「細菌が原因になる病気の名前で知ってるのをゆーてみ」。前の席の学生から尋ねていく。「エイズですか?」「エイズはウィルスやな〜。次の人どう?」「わかりません」「ん〜、考えといてな。じゃぁ次の人」「風邪、なんかはどうですか?」「風邪は、むずかしいなぁ〜、風邪という症状はひとつの原因で説明でけへんしなぁ〜」「じゃぁ、インフルエンザ!」「インフルエンザもウイルスやなぁ、インフルエンザ菌て言うのはあるけどな、これはインフルエンザの原因とちゃうんや」「次の人、どう?」「マラリア!」「マラリアは原虫やがな、ん?先々週は堀井先生の講義やったんとちゃうんか? マラリアの講義あったやろ?」「忘れました」「教育っちゅうのは無力なもんやの、まぁええわ(全然良くないが)」てな感じで講義が進む。学生さんの講義に対する姿勢というのは伝染するのだろうか、教室の雰囲気はその年によって全然違う。今年の学生さんは質問するとみんながみんな一生懸命考えてくれるし、それなりに熱をこめて答えてくれる人も沢山いた。こうなると講義する方も嬉しい。リステリアが細胞の中で動き回るムービーなんかは、食い入るように見てくれた。いいよいいよ〜。毎年こんな学生さんばかりなら講義も面白いんだが、残念ながらそうでもない。学生のあまりの無反応に、教壇上で「ちっ」と舌打ちしてしまった学年もある。今年の講義は盛り上がった、と思った。んで、最後に研究室の様子を映像で紹介して、「興味があったら遊びにきてねぇ〜、それじゃぁ、ぼちぼち終わりましょか〜」といって終わりを宣言すると、学生さん達はあっという間に教室からいなくなり、あっという間にひとり取り残されてしまった。誰もいない教室で、「あの盛り上がりは私の気のせい?」とか自問自答しながら後片付けをして講義場所の豊中キャンパスから吹田キャンパスの研究室に帰る。

 最後に肩すかしを食らったような気もしないでもないが、君たちは結構良かったよ〜。研究室に帰ると、どっと疲れが出て、ふくらはぎあたりに張りも感じて(私は講義中にダイナミックに動き回るタチだ)、研究室のセミナーが始まるまで30分ほど眠ってしまった。でも良い疲れだったように思う。充実充実。
posted by Yas at 22:43| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月24日

計画調書に四苦八苦

 科研費の計画調書を書いていると、どうしてこんなに言い訳がましく書かないといけないのか、と考え込んでしまう。研究目的や研究計画を書くことに問題は感じないのだが、今年から登場した「研究経費の妥当性、必要性」って、、、みなさんはいったいどんな風に書いてしのいでます? 採択されるかされないかわからない科研費の研究課題を複数申請して、採択された研究費をスタッフで協力して執行して何とか研究室を運営しているのが現実なのに、妥当性といわれても、ねぇ。それもこれも、あんな人やこんな人がいい加減な研究費の使い方をしてしまったのが原因であるのはゆーまでもない! 

 「ちゃんと仕事するから、黙って研究費ちょーだいな!」と、みなさんも思ってらっしゃるでしょ? そこで、研究費の使途内訳については、申請時にあんまり細かく申請しなくても良いようにして、さらに限度額内で予算の繰り越しも自由にできるようにする。そのかわりに年度末に外部の会計監査を研究室(か研究代表者)ごとにちゃんと受けるっていうのはどうでしょう? ん〜、国民の血税から研究費をいただいているということを考えたら、いろいろ問題あるかな。でも、ひとつの考え方としてはあり得ると思うんだが、どう?
posted by Yas at 23:25| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月23日

新幹線から見えたもの

東京丸の内で会議。今日は新幹線で往復。ちょいと本など読みながら、合間合間に窓外に見えたものなどについて書いてみる。

 ちまたで喧々囂々の栗東新駅の候補地あたりを過ぎると米原に向かう。このあたりの集落をよく見ると北国街道(多分そうだと思うけど間違ってたらすまん)沿いに立派な土蔵のある古民家がいくつもある。実は私は旧街道フェチだ。ええや〜ん。去年のちょうど今頃、自転車で琵琶湖一週を決行したのだがその時は琵琶湖沿いを走るのが目的で、実際それで精一杯だった。今度は大回りに旧街道巡りをするかな、、。伊吹山を抜けて関ヶ原、そして名古屋駅を抜ける。関西人が憧れる富士山は天気の良い日には豊橋あたりから見える。富士山といえば、新幹線の山側の窓からしか見えないと思ってません? 実は浜名湖を過ぎて少ししたあたり(だとおもう)からしばらく海側の窓から見えるのですよ。天気の良い日は眺めてみてチョ。

 掛川あたりで「つま恋」の看板が見える。看板は昔からあるが、あの「つま恋コンサート」の場所がどこなのかは車窓からはわからない。(ところで、今日はつま恋コンサートのドキュメントがNHKで放送される。実はそれを見ながらこれを書いている。)吉田拓郎の名盤といえばなにを挙げます?私は、一も二もなく「LIVE '73」を挙げる。二番目は(二があるやんけ)「今はまだ人生を語らず」、ほんで(三もあるんかいっ)「TAKURO TOUR 79」だ。この間、拓郎は音楽家として神がかり的に尖っていたように思う。私は中学生から大学生になった。しばらく離れていて、10年くらい前に「LOVE LOVE 愛してる」というテレビ番組のレギュラーとして登場した拓郎が、Kinki Kids を前に優しく丸い大人になっているのを見てなんだかホッとしたものだった。今回のつま恋コンサートも事前に知っていれば絶対チケットを手に入れたのだが、迂闊にも全然知らなかった。

 新熱海駅あたりから新横浜あたりまではトンネルが多くて景色が良くない。んで、品川にはいるが、新幹線品川駅は崖下というか、ほとんど地下に入っているので景色も何もあったもんではない。ただ、少し前のエントリに書いた「幕末太陽傳」の舞台である品川の景色(さらに舞台となった妓楼の「相模屋」も)は非常に綿密に当時を再現されていたとのことで、品川宿跡はいってみたいところだ。と思っていたら、いま読んでいる司馬遼太郎の「世に棲む日日」で高杉晋作が品川で「相模屋」にあがる場面が出てきた。やっぱ、川島雄三も司馬遼太郎もちゃんと調べてるんや。あたりまえか。

 帰路。もうほとんど真っ暗。少し以前から気になっていたネオンがあって、それを確かめるために目をこらす。場所は静岡駅と豊橋駅の間だと思う。関西には「横綱」という有名なラーメン屋があるのだが、そのネオンをこのあたりで見かけ、「横綱」も東海中部に進出しとるがな、と思ってよく見るとそのラーメン屋は「猫綱」だったのだ。ねこづなぁ〜? それはないやろ? とそれを初めて見て以来、謎のラーメン屋「猫綱」を探すのだが、今回も見つからなかった。何か情報を知ってる人がいたら教えてくださいな。

 そして、新大阪。ここでは何といっても高島礼子さんの日本酒の看板。「おかえりなさい」と笑顔でお酌のポーズの高島さんが大好き!「へい、帰ってきました。」と思わず返事する。1日のうち、およそ5時間半、やっぱ乗ってるだけでも疲れるのだ。


 
posted by Yas at 22:56| Comment(0) | 非科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月21日

ええやんええやん。

土曜日。天気もいいし午後にもこれといった予定がないので、ゆったり気分で自転車出勤する。心に余裕があるので伊丹から猪名川沿いに池田まであがる。猪名川沿いのグランドでは下流から上流に向けて小学生、高校生風、どっかの会社のおっちゃんのソフトボール大会みたいなのと、み〜んな野球系スポーツを朝の8時半頃からやっている。日本人って野球好きっ! さらに上流にいくと今度はサッカー少年達、さらに上流ではクロスカントリーだろうか、陸上少年と陸上少女が入念にウォームアップしている。みんな忙しそうに通勤通学する平日の朝と違って、土曜日はこんな風にゆったりしているのでまた趣がある。さらにその上流の池田市民コスモス広場(むっちゃストレートなネーミングもええやん)では、コスモスが満開。ええやんええやん、秋っていう感じで。さらに池田から箕面の山沿いを走る(大阪在住でない方に、、、これってムチャ遠回りです)。箕面の滝へとつづくハイキングコース(地元民は「滝道」と呼ぶ)では、まだ少し早いと思うが紅葉を求めて老若男女が山へと登っていく。ええやんええやん。そうそう、箕面には野口英世博士の銅像があるのを知ってます? ロックフェラー(研究所だったか大学だったか)で名を成した野口博士が日本に一時帰国し、お母さんを連れて観光に来たという縁で銅像が建ってるらしい。そのときの老母をいたわる世界的科学者のことが朝日新聞で取り上げられ、おかげで野口博士は日本の偉人のひとりとなったとかいうんだけれども、詳しくは渡辺淳一著「遠き落日」などをご覧くださいな。

 箕面を抜けて、西川きよし師匠のお宅を横目に見たあと吹田に自転車を向けて研究室に到着。科研費の計画調書を作成する。科研費の計画調書って、今年からやたらと書く分量が増えてません? 文献引用も出来るようになっていて、、。ええやんええやん。書きたいことが存分に書けて、、、しっかり審査していただきましょう。しっかり書きますから、、。とかいっている間に思いのほか筆が進んで予定のところまで作成完了。う〜ん、よっしゃ、これから淀川まで走って十三経由で伊丹の自宅に帰るか。ゆっくり走って。ええやんええやん。

本日のBGM:UA X 菊池成孔 「cure jazz」 、、、、 ええやんええやん。
posted by Yas at 21:48| Comment(0) | 非科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月20日

Impact factor バブル?

 Nature という雑誌社(正しくはNature Publishing Groupか)は面白い。雑誌の中身が面白いというハナシではなくて、売り方が、面白い。いま学内で図書関連の委員を担当しているのだが、そのいくつかの委員会では雑誌購読の予算繰りのハナシが絶えず審議されている。Nature関連誌は10数年前からどんどん増えており、いまは医学生命系と物理系をあわせて15か16誌、これにレビュー誌その他をあわせると30誌と少しになる。阪大では、これらをすべて学内のどこかでインターネットアクセス可能(すべての関連誌を自由にいつでもどこでもアクセスできるという意味ではない)にするのに○○○○万円(すまん、さすがにこれは書けん)程度を支出する予定である。というのはNPGの「2006年中に契約すると現行アクセス権は1997年から最新まで認め、解約後のアクセス権についても優遇するが、2007年以降に契約した場合ではアクセス権は契約年を含む過去4年間のコンテンツのみ、解約後も契約年のコンテンツのみしかアクセス権は認められません」、という脅し(「脅し」とあえて言う)に屈してのことだ。しかもこの契約には35%のディスカウントがあるものの、33%までの売る側の一方的な値上げを認めるプライスキャップが設定されている。これって、やりたい放題と違うのか?

 ここまでNPGが強気なのには、もちろんそれぞれの雑誌の高い impact factor が背景にある。そこに掲載したい学者が沢山いて、論文が掲載されることが高いステータスになる。そしてそれだけ価値の高い論文が掲載されるので注目度も高い。学問のあるところNature関連誌は必ず必要だ、というわけで、売る方は強気にもなるわけだ。実際、調べてみるとNature関連誌の impact factor は軒並み10点以上、高いもので30点前後だ。

 だが、私が研究のまねごとを始めた25年ほど前、impact factor が10点も20点もある雑誌がこれほどたくさんあったのだろうか?この25年のあいだにCellにもMolecular Cell だの Cancer Cell だのの姉妹誌が出来たようだし、今後も増える予定(Cell Host & Microbe というのも創刊されますぜ、ダンナ)だ。してみると、いまのすべての雑誌のimpact factorを合算すると、25年程度前のすべての雑誌のimpact factorの総和を軽く凌駕するのではないのか? ということはどういうこと? impact factor は被引用回数から算出されるから、ひょっとしたら総被引用回数(つまり総引用回数と言うことになる)が増えてるのか? そりゃ世の中の総論文数が増えれば引用文献数も増えるだろう、だから引用回数も増えて当たり前、と考えるアナタ! アナタは正しいかも知れない。だがその論文は学者が書くのだ。つまり今の学者は昔の学者よりも沢山の論文を馬車馬のように書き続けて、それで世の中の総 impact factor を高騰させてるってことにはならんのか? これって、、、地価高騰が地価高騰を呼んだバブル景気に似てない?、、「昔はNatureだけだったが今は色んな姉妹誌が出来たから論文が採択される可能性が広がったぜ、やれいけそれいけ!」と考えるオレたち、落ち着け! 
posted by Yas at 18:56| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月18日

「冬来たりなば春遠からじ」

 実は、うちの研究室は3年少し前から去年あたりまでまったく低迷していた。正直言ってその間、研究室として考え得る「底」まで落ちたと言っていい。その原因には色んなことがあり、いちいちを取り上げはしないが、とにかく研究室を主宰する者として反省しきりであった。実際、1984年に初めて論文を出して以来、私自身2003年に初めて年間論文ゼロを経験した。この低迷の分析についてはまた別の機会に譲りたいのだが、今なんでこんなことをあらためて言うのかというと、今日は月イチの研究報告会があったのだ。今日の報告当番はマミちゃんグループだった。マミちゃんグループといっても実情はマミちゃんとハナの二人だけだ。日ごろ親子のように言い合いをしながら実験をしているコンビである。今日の報告会で彼らは将来の芽になるネタをいくつか報告してくれた。またすでに投稿した論文もあり、こちらは今のところ返事待ちだ。マミちゃんグループ以外のプロジェクトでも投稿論文(こちらも返事待ち)があり、仕事の展開のネタがやっと出てきた。これは、もちろん今のスタッフの努力によるところが大きい。これからやっと、何年ぶりかでまともに仕事ができそうざんす。そんで、いきなり今の研究室ではそれぞれのネタを担当する人材が足りなくなったことが判明した。このブログを読んでる、細菌学・細菌毒素学に興味ある人、ウチで仕事してみんか? これからウチはおもろいで。
posted by Yas at 00:01| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月17日

自転車通勤の醍醐味

 久しぶりに自転車で出勤した。いい天気で風が涼しい。うひょ〜気持ちいい〜。今日はちょっとこまめに時間チェックをしてみた。伊丹の自宅から石橋の阪大下まで25分。さらに走って萱野で40分少し(余談だが、この萱野という土地には赤穂浪士の萱野三平邸が保存されている)、んで、55分で吹田キャンパスの微研に到着した。

 帰りは少し早めに出た。私は自転車では基本的に住宅街や旧街道を走る。(大きな国道は嫌い。自動車と張り合って走ろうとして、死ぬほどしんどい目に遭うから。)そして、なんと皆の衆、住宅街を走っていて私は見たのだ、一軒の家の庭でいち早くキラキラするクリスマスの電飾を! なんでやねんっ!(ハナちゃん、このタイミング!(詳しくは「なんでやねんっ」のエントリを参照してチョ)) まだ10月やんけっ! まだこっちは半袖 T シャツに半パンで自転車こいでるのに、なんでツリーがキラキラしとんねんっ! どんなセンスしとんねんっ! だいたい投稿した論文の返事もまだ来てないし、来年の初めには目処を付けたい仕事もまだ前実験がいっぱい残ってるがな。それでクリスマスが来たら、どないすんねんっ! 第一、今からクリスマスまで電飾し続けたら電気代がかかってしゃぁないやろ。それに、近所の人も注意したれよっ!、、、、、、、、、、あぁ興奮した。まぁ、とにかく、えぇっと、こういう発見も自転車通勤の醍醐味だったりする。
posted by Yas at 22:24| Comment(0) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月16日

ちょっとした心遣いか、客あしらいか

 本日も東京出張。今月はあと一回、週初めに東京出張することになっている。今日は、会議の場所が八重洲地下なので行きも帰りも新幹線を利用した。私は会員制のインターネット予約でチケットを予約している。新幹線の時は「ひかり」の早割でグリーン車を利用する。会員は通常の「のぞみ」料金で利用できるのでちょっとだけ時間はかかるがゆったりと移動できてお得感がある。会議が早めに終わり、予約した帰りの便まで1時間半ほどあったので便を変更。たまったポイントで「のぞみ」のグリーンへ変更。追加料金なし。ラクチンラクチン。

 検札の車掌さんにキップを渡すと「いつもご利用いただきありがとうございます」、と挨拶してくれた。なんじゃ? なんで私が「いつも利用している」のを車掌さんは知ってるんや? と、不審に思ってキップをしげしげと眺めると、「G(グリーン)特典」とちゃんとマークされている。車掌さんは多分これを見て挨拶してくれたのだろう。機械的に検札しているわけではない車掌さんの仕事ぶりに、なぁんかちょっと豊かな気分になった。そつのない客あしらいに乗せられているような気もしないではないが、まぁここはよい気分と言うことで余計なことは考えないでおこう。
posted by Yas at 21:20| Comment(0) | 非科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月15日

能勢の銀寄

 良い天気がずっと続いていたので、今日は能勢に栗ひろいに行くべしと先週から決めていた。思惑通り、今朝は超めっちゃごっついええ天気。娘は栗好きなので大喜び。日ごろ散歩に飢えているイヌのミュウも連れてって、おいしい栗もゲット。いい天気と栗ひろいも楽しめて一石五鳥くらいの効果があると目論んで、クルマで約1時間、伊丹から川西を抜けて大阪府豊能郡能勢町を目指す。能勢には江戸時代から維持されている品種で有名な銀寄(ぎんよせ)という栗がある。これをバンバン拾ってガンガン持って帰ろうぜ!と昼過ぎに栗ひろい園に到着。

 ところが、、、今や栗の季節はもうおしまいに近づいているらしい。栗を包んだイガはもうほとんどなくて、ぽろぽろと落ちている栗(虫食いのないやつね)を目を皿のようにして探し出しては拾う。「潮干狩りか?」と思いながらぬかるみに埋まりかかった栗を掘り起こす。斜面にせり出している木から落ちた栗は他のお客さんがあんまり採らない、ということに気がついてからは斜面に張り付く張り付く。わずかに残っているイガを落とそうと木を蹴る蹴る。必死で藪の中に入る入る。こうなると良い天気のもと、青空を楽しむとかイヌの散歩とか、そんなことは栗を拾うためにはもうどーでもよくなってしまう。落ち葉の中から栗を見分けるために目をこらし続けて、もう目がしんどいしんどい。

 でもしばらくすると、お客さんもまばらになり、栗園のご主人が自生の柿を採ってくださったりして結構のんびりとすることができた。ここらあたりは大阪府でありながらホントにのどかである。家内と娘と三人で 3 kg の栗を持ち帰った。それと一時間であんなにのんびりしたところに行けるというのをあらためて知った。行楽にはグッドかも知れない。これからも何かあったら出かけるかな。その気と時間があれば、ということで。
posted by Yas at 18:58| Comment(0) | 非科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月13日

運慶

 昨日のことになるが、審良研のスタッフ、河合さんのセミナーを聞いた。RIG-IやMDA5を介した抗ウイルス応答に関わるシグナル伝達分子の話である。彼の話に登場した分子名は正確にすべて覚えていないのと、ブログで正確に書く必要性も感じないので詳細はゴメンするが、仕事量の多さとその結果から紡ぎ出されるstory の美しさは素晴らしかった。この河合さんの話を聞いて思い出したのが、漱石の短編「運慶のはなし」である。ちょいと調べて紹介する。正確には「夢十夜」の「第六夜」である。

 漱石は近所で運慶が仁王を彫っているというのを聞いて散歩がてら見物に行く。野次馬が色々蘊蓄を垂れているが、その中にあって「よくあんなに無造作に彫ってみごとに仁王像を造形できるものだ」とひとりごとを言いながら感心する。すると、野次馬のひとりが応える。「なに、あれは造形しているのではない、木の中にすでに埋まっている仁王様を掘り出しているだけなのさ」と。

 河合さんの仕事もそのようで、まるでそこにある結果を丁寧に掘り出して、そして素晴らしい成果を挙げているかのような印象を受けた。私のこの例えは河合さんの仕事を過小評価するものでは、もちろんない。

 そこで、私の学生時代のボスでクリスチャンでもあった阪口玄二先生に教えられたことを思い出した。研究(research)が re (もう一度) + search (探す)と言うのは何故か? 真実ははじめから存在し、それを神が隠したもうたのである。われわれ人間はその神が隠した真実をもう一度探すので research という言葉を持って研究を指すのである、ということだった。、、、まさしく運慶でんがな。
posted by Yas at 23:04| Comment(0) | 私的先生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月12日

コバチホ

 先日、ここを中退していったコバチホからメールが来た。中退のひとつの理由であった「医学系・生物系の出版関係の仕事に携わりたい」という希望(私は少なくともそう理解している)をみごとかなえた様子。よかったよかった。学者としての素養という意味では未知数だったが、自分を知っていて教員の指導に対してまともに反応でき、機転も利くという意味で可能性のある学生だった。それだけに、彼女が辞めると言い出したときはちょっと残念だった。東京に行って色々と苦労したようだが、よかったよかった。一生懸命に積極的に人生を送ろうとする人を見るのは嬉しい。近況報告がわりに、このブログのことを教えた。その返事。「ブログ読んじゃいました。大阪の香りがぷ〜んとしてきて懐かしくなります。」、、、、、、、、、、「ぷ〜ん」はないやろ「ぷ〜ん」は。
posted by Yas at 23:34| Comment(0) | 非科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月11日

電話三昧

 今日は一日じゅう電話しまくりだった。仲野徹先生は「電話もメールも教授の仕事やないかぁ〜ぃ」と私にむかし言ったことがあるが、一日中電話してると何だかなと思う。多分延べ30人くらいと電話で話し、お昼過ぎにちょっとだけ小さな会議があって、それで終わり。今日はサイエンティストではなく電話マン(なんじゃそれは?)だった。

 あんまり電話ばかりしていると腕はだるいし耳たぶは痛い。そういや堀井俊宏先生はヘッドフォンマイクを付けて電話しながら自由になった両手でコンピュータを操作してたよな。なんかかっちょいいけど、ちょっとオペレータガールっぽい。いやいや何よりも堀井先生はそれほど忙しいのだ。私のような普通に普通の仕事しかこなせない凡人の及ぶところではない。ということでヘッドフォンマイクはやめとこう。

 メールはどうかな? メールは基本的に一方通行、出しっぱなしの連絡手段だ。返信というもんがあるとはいうものの、出したときにはいつに返事がもらえるやら全然わからんし、返事のないことが多い。返事のない相手には電話する。メールで返事くださいねって。、、で、その返信メールの返事をさらに忘れたりして、、。なんかヤギさんの手紙の歌みたい。「白ヤギさんからお〜手紙つ〜いた、黒ヤギさんたら読まずに食べた、し〜かたがないのでお〜てがみ書〜いた、さっきの手紙のご用事なぁに?、、、、、、黒ヤギさんからお〜手紙つ〜いた、白ヤギさんたら読まずに食べた、、、、、、、、」。
posted by Yas at 23:37| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月10日

東京出張(今月1回目)

 今日は、東京出張。前回までの東京出張報告で書いたことについて訂正。私が以前に使っていた、無線LANが使える東京駅丸の内側地下の広場は「動燃の広場」ではなくて「動輪の広場」でした。新幹線プラットホーム待合いのWiFi zoneという無線LANサービスも、設定を変えるとNiftyアカウントが使えました。ということで、いちおうブログで書いたので確かめてきた。いい加減な情報を出してすまん。

 出張中のインターネットアクセスのために、何度かPHSを購入することも考えたが少なくとも東京のような大都会では必要がなさそうだ。羽田空港でも、メトロの各駅でも使えるし、ファーストフード店などでも無線LANが使えるので不便はない。前回は東京駅の悪口を書いて、しっつれいした。東京は素ん晴しいっす。

 今回往路は飛行機で復路は新幹線。このパターンが一番ラクそう。帰りはパソコンでDVDを鑑賞した。んん〜っ、DVD鑑賞はわれながら名案!と悦に入って見たのだが、これが最悪の映画だった(わりと有名な洋画。でもタイトルは伏せる。すまん)。うぅ〜気分悪っ。次の東京出張がある来週までに名作DVDを探しとこっと(仕事せんか〜い。と心のどこかでは響いているような響いてないような、、、、)。
posted by Yas at 23:22| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月09日

ずっと気になっていたこと

 少し前に、安倍新総理の「すべての子供に高い学力、規範を身につける機会を保障しなければいけない。そのため公立学校をしっかり再生させたい」という教育改革の理念と実践は応援する、と言った。今日の毎日新聞の社説がこの安倍新総理の方針に噛みついた。曰く、「「規律ある人間の育成」を目標に掲げる安倍首相は、教育への国の関与の度合いを強め、管理の徹底を目指しているように見える。」、、、なんでそうなる? 曰く、「しかし、その方向は、教育をできるだけ学校や地域の自由に任せ、子供達をのびのびと育てていこうという教育本来の理念から、かけ離れてはいないか。」、、、教育本来の理念がのびのび?、学校や地域の自由?、、、また、子供達が行きたい学校を選択できるという安倍構想の教育バウチャー制度を取り上げて曰く、「しかし、学校間に競争原理が持ち込まれることになり、格差の拡大を招くおそれがある。教育現場の管理と競争が強まることで、子どもたちの心からゆとりが消えてしまいかねない。」、、、なんと天真爛漫な考え方だろうか? 

 規律ある人間の育成ってあたりまえじゃないのか?これを国が目標に掲げると、なんでまずい? 国がやっても地方がやっても、問題はしっかりした理念のある教育を行うかどうかということで、国か地方かと言う問題は本質ではない。北海道滝川市の教育委員会のいじめ問題の取り扱いを見ても、教育の主体として国が否で地方が是とは思えない。のびのび?、、のびのびは教育の本道なのか? だいたい、国が関与するとのびのび教育ではなくなると言う根拠はなに? ゆとり? 今年はゆとり教育一年目の学生が大学に入ってきた。私の受け持つ基礎セミナーを受講した学生は「私たちはゆとり教育でしたから、まともな教育されてないんですよ」と自ら卑下して言った。阪大の学生が、である。子供達の学習能力には差がある。運動能力、歌唱力、絵を描く能力に差があることを見ても当たり前のことだ。、私が経験する限り、学校には(小中高と段階を追ってという条件付きで)格差があったほうがよい。学習能力の高い子には高度な教育を与えるのがよい。あったりまえのことだ。

 あまりに安易な毎日新聞の論旨にムッときたので、しっかり論破しようとしたのだけどブログのサイズではちょっと無理っぽい、これ以上書くと極端な議論になりそうなのでやめる、すまん。ただ、規律や規範を持ち出すとそれは子供を管理することにつながる、子供の教育はのびのびとゆとりがあるべきだ、という脳天気な理論に反応してしまった。こういう考え方が「人に迷惑をかけなければ何をやっても良い」という浅薄な教育理念を生み、そうして法律にふれるかふれないかと言う基準はかろうじて理解できても、そのあいだに道徳という規準を持たない子供が育つのではないか、とずっと気になっていた。学力のある子には各々相応の高度な教育を、そうでない子には勉強で苦しむことのない、しかしプライドの持てる道を提供できる社会が理想ではないか? なによりも、「すべての子供に高い学力、規範を身につける機会(!)を保障しなければいけない。そのため公立学校をしっかり再生させたい」という安倍首相の言葉。経済的に恵まれていなくても学力のある子に教育を施せる公立学校、これは絶対必要だと思う。

 ずっと気になっていたことに、毎日新聞に火を付けれらたので書いてしまった。今日は気楽に自宅の熱帯魚水槽の自慢をしようと思っていたのに、妙に熱い議論になってしまった。当該の社説を読んだ方、もし私が社説の論旨を誤解しているか、ここに書いた議論が上滑りしていると感じたら教えてチョ。
posted by Yas at 23:20| Comment(0) | 非科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月08日

養護教育

 昨日土曜日は、娘の高校の体育祭だった。娘は軽度の知的障害があり、養護学校に通っている。いま、養護学校は生徒の増加で飽和状態である。生徒が増えたのは、親のあいだで子の障害に対する理解が深まり、子供にはしかるべき機会にしかるべき場所で教育を受けさせたいという考え方が広がったせいと言われる。教室が足りず、本来教室以外の目的で作られた区画をも教室にして何とかしのいでいる状態だ。私の住む兵庫県には地域の養護学校とはべつに高等養護という学校が存在する。高等養護は少人数クラスで行き届いた教育が多方面でなされており、設備も良い。就職の状況もきわめて良好だ。毎年度、高等養護の希望者は募集人員の10倍以上あり、これを面接などで半年以上かけて希望者を振り落とし、最終的に入学試験時には3〜4倍程度の競争率にまで調整すると聞いている。そして入学試験の結果、成績の良い方から入学が決まる。つまり、障害児の世界でも競争原理がしっかりと存在するのである。高等養護に進学できるのは、ほんの一握りの子供達で、そうでない子供は地域の養護学校に進学する。私の娘もそうだ。

 昨年もそうだったが、養護学校の運動会を見ると担当の先生方の献身的な指導に頭が下がる。子供達の障害はさまざまで、たとえば徒競走などでは「走ること」以前に気持ちが不安定で落ち着かない子、「走ること」の意味がわからない子、そもそも「走ること」ができない子、がいる。そうした中で先生方はさまざまに工夫を凝らして徒競走やリレーを成立させている。中には子供よりも大きな声を出し、運動場を何度も行ったり来たりして子供達の手を引いて走り回っておられる先生がいる。見学席でもじっとしていられない子供達に目を配り、団体行動を成立させようと努力されている。中学校の特別学級で娘がお世話になったかつての先生も運動会には駆けつけてくださっている。ここまでして、「養護学校に運動会は必要か?」と一瞬考えたが、やっぱり必要だ。生徒達はやがて卒業し、何らかのかたちで社会と関係する。関係できるように親は願っている。その社会ではルールが存在し周囲と歩調あわせて行動することが求められる。彼らには普通に高校生活を送ることが必要なのだ。こうした現場で先生方は妥協することがあったりするのだろうか? あるいは好んで養護学校教諭という職を選ばれたのであろうか? と考えたりする。障害のある子には多分ゴマカシはきかないだろうと思うが、、。障害児の親としては本当にありがたい存在である。翻って、大学院で学生の高度教育に携わる者として自分はどうか? ちょっと、養護学校のあの先生方の一生懸命さには負けてるかも知れない。
 
posted by Yas at 23:26| Comment(0) | 非科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月07日

幕末太陽傳

 秋の番組再編期とかで、ここのところのテレビ番組が全然面白くない。いろいろ事情はあるのだろうが、どうしてどこのテレビ局もアホみたいに同じようにバラエティー番組ばかり並べるのだろう?(テレビ東京系列は割合頑張ってるように思うけど)。企画らしい企画のない、タレントのキャラクター任せの番組は視聴者を馬鹿にしている。あの手の番組で、見るに値する話芸を披露できるのは島田紳助さんや明石家さんまさんなど一握りのタレントだけだ。ほんじゃぁ見なきゃいいじゃん、と言われるかも知れない。そう。んで見ないことにして、レンタルDVDを借りた。「幕末太陽傳」。品川の遊郭のハナシ。1957年の日活映画である。

 監督は川島雄三。ご存知だろうか?「人間根もなくヘタもない、道にさまようちりあくた」と陶淵明の歌の有名な意訳をした人だ。川島雄三という監督には熱烈なファンが今もたくさんいる。この映画は川島監督による日本史上最高傑作喜劇とされている。これが本当に面白かった。50年前の映画のこと、出だしは少しまだるっこしく音声もさすがにくたびれているが、最後まで飽きずに見ることができた。詳しくは書かないので興味のある人は「川島雄三」か「幕末太陽傳」でググってチョ。助監督のひとりに今村昌平氏がいる。出演はフランキー堺、石原裕次郎、小林旭、二谷英明、左幸子、南田洋子、金子信雄、山岡久乃、菅井きん、芦川いづみ、岡田真澄、とそうそうたるメンバー。当たり前だがみんな若い。(若い頃の岡田真澄さんは月田研の古瀬幹夫さんにそっくりである。また、驚くべきは、菅井きんさんが50年前のこの作品ですでに遣り手婆の役をやっていたこと)。

 この映画には有名な幻のラストシーンがある。ラストではフランキー堺の「居残り佐平次」が品川宿を逃げ出すのだが、川島監督はここで佐平次が逃げて逃げて映画セットも抜け出して現代(といっても1957年だが)の品川を走り去っていくというもの、、。今ならOKなアイデアだが、当時は映画の舞台裏をばらすなんてのは御法度だったそうで、周囲の猛反発にあって撤回された。川島監督が掲げたこの映画のテーマは「積極的な逃避」だった。川島監督は進行性筋萎縮症で日々身体が弱っていくなかこれを撮影し、前述のように日本史上最高傑作喜劇と評価されたがその7年後に45歳で夭折した。川島監督は会社から依頼された駄作企画も引き受けて結構いい加減な仕事をしている。その結果、駄作も多い名監督と言われている。

 秋の番組再編。バラエティー番組を嫌々制作しているものの、本当は志の高いテレビ屋さんも居ますように。
posted by Yas at 23:01| Comment(0) | 非科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月05日

SAVVY

 秋である。「あききぬと めにはさやかにみえねども かぜのおとにぞおどろかれぬる」。食欲の秋ともいう。おいしい魚でお酒を飲みたいな。イタリアンもええんちゃうん?とか思いながらマミちゃんの愛読する「大人のウォーカー」と「あまから手帖」をパラパラとながめる。そもそも阪大の吹田キャンパスは住宅街と万博公園に囲まれていて、ちょいとそこで一杯やりましょか、とはいかないところが味気ない。グルメ本でもながめて憂さを晴らす。だいたい私は「いい旅夢気分」や「ローカル線各駅停車の旅」みたいな旅行もののテレビ番組が大好きで、バーチャルでいい湯につかって新鮮な魚介類を楽しみながら家で安酒を飲んでいる。だから「あまから手帖」をながめても紹介されているその店に行くことはまずない。基本的に出不精の邪魔臭がりである。

 その点、目加田先生は違う。たいがい、言い方はわるいがあっちこっちをほっつき歩かれていて、例えば阪大キャンパス最寄りの阪急北千里駅から近場の盛り場である天神橋筋界隈(日本一長いアーケードがあったりする)や梅田の裏街などは妙に詳しい。おいしい餃子ならこの店、珍しい日本酒を飲むならここ、沖縄料理はこっちで鰻丼はあっち、と様々に興趣のあるお店に連れて行ってくださる。なんでも、ひとりで隠微な界隈をのぞき歩くのが好きらしい(注:これはご本人の言葉をほぼ忠実に再現したものです)。その徘徊は週末に限らず平日もお構いなしである。そんなことをしていてどうしてあんなに良い仕事ができるのか? 不思議でならないのだが、やはりそれは目加田先生の能力のなせる技なのだろう。

 少し前、細菌毒素仲間のJoe Barbieri とGiampietro Schiavo, と目加田先生と私で天神橋筋で食事やお酒を楽しんでいたとき、私と同じような感慨を持ったのだろうSchiavoが、「Prof. Mekada is savvy」と言った(と思う)。なるほどsavvyか、、。人生の達人みたいでかっちょいい〜。ここにも見習うべき点があるなぁ〜。しかし私は出不精だ。とりあえずおいしいものを食べに行きたいときは目加田先生にお願いすることにしよう。「先生、どっか新鮮な魚介類をふんだんに使った料理をリーズナブルな価格で出してくれるイタ飯屋ありませんか?連れてって。」
posted by Yas at 23:05| Comment(0) | 私的先生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月04日

河口さん、おっしゃる通り!

 日ごろ、研究室をどうやってドライブしていくべきか、どうやってレベルアップを図るか悩んでいる。本当に眠れないときもある。人材を獲得して育て、その過程で研究室の業績を積み上げる。これが理想だが、理想は理想。なかなか思惑通りには進まない。んで、そんなことを考えているとアスリートの世界でも同じらしいことを知った。

 今日の毎日新聞。アメフトの河口正史さんが書いている。河口さんはNFLヨーロッパと本場のNFLでプレーした超一流選手だ(あってるよな)。彼はいま、大阪の追手門学院大学客員教授として2部リーグに所属するアメリカンフットボール部をヘッドコーチの立場で指導しているのだが、結果が出ない。2部の中位から抜け出せないでいる。彼はコーチとしての責任を感じているわけだがその中にあって部員の成長には目を細める。彼が感心するほど、学生達は精神的に成長していくそうだ。彼は言う。「4年間でよくもここまで、、、と関心させられるほど精神的に大人になって卒業していく。私は精神的成長は自分の限界を知ることのみで得られると考えている。アメフットを通して自分と向き合い、彼らは成長を遂げていくのだろう。」、、、、、まったくその通り!、、みんな自分の限界を知れっ!サイエンスと向き合え!

 河口さんは続ける。「環境や人材を超えた「ハート」こそ最大の武器なのだ。ハートを持った選手を育てることが強豪に近づく最善の方法ではないだろうか。、、まったくその通り!、、、そうやっ! ハートやハートっ! 俺はみんなの頑張りを待っているぞっ!俺も頑張るっ!、、ハートやハートっ!ハートやハートっ!ハートやハートっ!,,,,,,,,,,,
posted by Yas at 22:26| Comment(0) | 非科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月03日

なんでやねんっ!

 ハナちゃんはあと6ヶ月で修了。予定では大阪を離れて東京の企業に勤める。もう暮らすこともないと、大阪の思い出づくりモードに入っている。そのひとつとして大阪弁習得キャンペーンを実施している。「なんでやねんっ」をしっかりとした大阪弁のイントネーションで言いたいらしい。実はこの「なんでやねんっ」、非関西人にとっては憧れの言葉のようだ。今はなきコバチホは、研究室でのディスカッション中に興奮したマミちゃんが「なんでやねんっ」と叫ぶのを初めて聞いて、「でたっ!「なんでやねんっ」だ!」と感動したらしい。「なんでやねんっ」はいわゆる漫才で言うボケに対して使用するツッコミの用語である。そこまで憧れている言葉、「なんでやねんっ」をまっとうなタイミングで使わせてやろうと、ハナちゃんの目の前でわざわざボケてやるのだがなかなか上手く出てこない。そりゃそうだ。われわれ大阪人は幼稚園の頃から人を笑わせるために(大阪では「笑かす」、という)日夜切磋琢磨をしてきたのだ。そこいらの非関西人に簡単に使いこなせるわけがない。横山ノック先生は、ツッコミにも段階があって最初は「なんでやぁねぇん」と優しく言い、次に「なんでやねん」、そして最後に「なんでやねんっ!」と鋭くツッコムことによってドッと笑いを誘うことができるのだ、と金言を残されている(まだ生きてはるがな)。それぐらいに使いこなすのは難しいのだ。

 そもそも、学生のハナちゃんが指導教官の私に「なんでやねんっ」を使うのは間違っている。大阪弁敬語の指針(誰が決めたんやっ?文科相の諮問機関かっ?)では、目上の者には「なんででんのんっ」か「なんででっか?」を使わなければならない。しかし、「なんででっか?」は本当に理由を尋ねるときに使う丁寧語なので、ツッコミ丁寧語としては「なんででんのんっ」だろう。つまり、「なんでやねんっ」は「どうしてだっ?」になり、「なんででっか」は「どうしてですか?」になる。「なんででんのんっ」も「どうしてですか?」だが、ツッコミ価の高い言葉だ。ここらあたりは気をつけていただきたい。

 そして、「なんでやねんっ」と「なんででんのんっ」の違いは、ノック先生言うところのツッコミの程度を加減するのに利用することもできる。最初は優しく「なんででんのんっ」、そして鋭く「なんでやねんっ」。さらに、「なんででんのんっ」と「なんでやねんっ」とセットで「ほんまでっか?」と「そんな奴はおらんやろぉ」を巧妙に組み合わせると大阪人の会話は成立する。さぁ、あなたも大阪の町、例えば大阪駅前の歩道橋の上で「なんででんのんっ」、、「ほんまでっか?」、、、「そんな奴はおらんやろぉ」、、、「なんでやねんっ」を使いこなしてみよう。きっと色んなお友達ができるに違いない。

 
posted by Yas at 22:21| Comment(0) | 非科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月02日

百万遍 青の時代

 先週のことになるが、花村萬月氏の「百万遍 青の時代」を読了した。氏の自伝的小説らしい。以前から気になっていた小説家なんだが、どことなく漂う露悪趣味のようなものがイヤで敬遠していた。んで、読んでみるとやっぱりで、う〜ん、正直言って読後感はあまり良くない。主人公の少年「惟朔」は世間を世渡り上手に過ごすことばかりを考えて学ぼうとしないのでなんだか不愉快である。小説の全体的な成り立ちが五木寛之氏の「青春の門」に似ているのでどうしても両者を比べながら読んでしまうのだが、「青春の門」の信介がもがきながら周囲の大人から何かをつかみ取ろうとするのとは対照的だ。ただ、「百万遍ーーー」では続編が進行中なので読み続けてみたいと思っている。惟朔がどう変わるのか興味がある。実は花村氏の術中にまんまとはまっているのかも知れない。

 ある微研の先生に、学位のための論文の執筆と雑誌掲載を学生からせっつかれているのだが、その研究そのものが中途半端なので困っている、と言う話を聞いた。「この頃そういう学生さんの話をよく聞きますよねぇ」と応えながら考える。なんで指導教官が学生の学位論文を書いてやらなあかんの? 学生に催促されなあかんの? そもそも最近の学生さん(みんなを一緒くたにしてすまん)は他から何かを学ぶことや自分を磨くことが好きではない、自分の未熟を棚に上げて主張ばかりする。と言うところでハタと思った。「百万遍ーー」は今読んだ。「青春の門」は私が中学生から高校生の頃に読んだ。惟朔と信介の印象の違いは読み手の経験の違いのせいかもしれん。中高生の頃の私は信介に共感し、今の私は若い人を批判的に見てしまう? 、、、うぅ〜っ、むやみに若い子を批判するのはやめよっかな。
posted by Yas at 21:44| Comment(0) | 非科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月01日

下半期スタートです

 10月1日、下半期スタート。関西地区では、阪急と阪神の統合がスタートした。少し前に、阪急電車の車内で阪神タイガースの中吊り広告を見かけて、違和感を覚えたのだが、、、。ついに本格的スタートとあいなり申した。(いかんいかん。「巧妙が辻」を見ながら書いてると時代劇がかってしまう、、。)今日は、たまたま梅田に買い物に出かけて百貨店をハシゴした。こういうことは滅多にないが、そこで気がついた。阪急百貨店と阪神百貨店では店内装飾の具合も商品の見せ方も、それから客層もぜんぜん違う。会社としてのこの方向性の違いは統合した後にはいかがあいなるのであろうか?(もうええって)。ヘンに融和した中途半端な阪急や阪神はたぶん受け入れられないだろう。今日のニュースでは、たとえ阪神タイガースが優勝しても阪急百貨店が優勝セールをすることはないと関係者が言っていたので少し安心した。もともと村上ファンドがらみで統合したのだから、すぐにしっかりとした展望は見出せないのが本当かなと思う。

 もうひとつ、10月1日から、Vodafone が Soft Bank に完全に移行した。 そんなことは忘れていたのだが、やはり今日、出先で必要なことがあって携帯でネットに出るとYahoo がポータルサイトに出てくるではないか。これがまた、以前のVodafone のポータルサイトに比べるとはるかに使い勝手がよい。携帯からインターネットを利用するのは今まで不便を感じていたのでほとんどしなかったが、これからは使えるかも、、。

 今年度もあと6ヶ月、頑張っていきまっしょい。
posted by Yas at 20:42| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする