2006年08月30日

いいもわるいもリモコンしだい、、

 少し前に、「新約巨人の星・花形」について書いた。物語には変なリアリティーよりもメッセージ性の方が大事であると主張し、「新約巨人の星」の安易な現代風の設定には違和感を覚えると苦言を呈した。そんな「新約巨人の星」の企画の対極にある作品に気がついた。「鉄人28号」だ。

 太平洋戦争末期に起死回生の兵器として帝国陸軍に開発されたロボットとその操縦機(リモコン)が戦後に少年探偵金田正太郎の手に渡り、正義のために利用する。しかし、本来強力な兵器である鉄人を悪事に利用しようとする人間がリモコンの強奪を企む、というのがむちゃおおざっぱなストーリーである。この物語の一貫したテーマは強力な兵器を生んだ苦しみとそれを扱う人間の心だ。Wikipediaによると、漫画「鉄人28号」の初連載は1956年で、私が覚えている白黒アニメは1963年に放送されている。そのときの主題歌に「いいもわるいもリモコンしだい、、、鉄人鉄人どこへ行く〜」とモチーフそのものの歌詞がある。2004年にテレビ東京系で復刻版のカラーアニメが現代の技術でよみがえり、それに続いて原作完全版の漫画が刊行されている。これらは1956年当時の原作ストーリーそのままで、ヘンな味付けはない。当時のメッセージが強烈に伝わり、ノスタルジックな昭和の風景が重なってとっても面白い。45歳以上のオッサン必見である。

 復刻版の鉄人28号が当時のメッセージをそのまま継承して成功した例ではないか。そうするとやっぱり「新約巨人の星」は気になるわなぁ(不安、という意味で。頼むから原作巨人の星を汚さないで)。ちなみに私はいまでもほぼ完全な鉄人28号が描ける。原作者の横山光輝先生は2004年の4月に亡くなっている。「鉄人28号」以外では、「伊賀の影丸」、「仮面忍者赤影」、「ジャイアントロボ」、「バビル2世」、「水滸伝」など、私に多大な影響を与えた作品を残されている。謹んでご冥福をお祈りしたい。
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2006年08月27日

酸素カプセル

 早実高校のハンカチ王子(このネーミングのセンスはどうよ!?)、斉藤君の人気が止まない。日曜日の今日の午前中、TVではいろんな放送局で斉藤君特集を組んでいたようだ。確かに決勝戦(それ以前でもそうだが)延長引き分け再試合後の第二戦の終盤に147km/hの速球を投げられるのだから、技術も体力もたいしたものなのだろう。
 ある新聞のスポーツ解説では、駒大苫小牧の選手は決勝第一戦の引き分け後にスタミナのつくものを食べて夜は素振りをし、一方で早実の斉藤君は酸素カプセルに1時間程度はいって体力の回復を図ったとか。解説子は、駒大苫小牧の昔ながらの対応準備に比べて科学的なリフレッシュ方法を取り入れた早実に注目し、「すでに前夜に勝負は決まっていたのではないか?」と分析する。そこまでのことをいうつもりはないが、この酸素カプセル、あのベッカムさまも使っているとかで疲労回復、美肌、けがの回復に効果があるそうな。、、、、そこでよこしまな教授は夢想する。

 「先生、実験することが多すぎていっぱいいっぱいです。」「なに?そうか、じゃぁ君ちょっとこっちへいらっしゃい。ふっふっふっ。」と教授室の奥にある隠し部屋に学生さんを連れて行き、酸素カプセルへ、、、、ふっふっふっ。
 これで研究のスピードアァップ!を目論んだがカプセルひとつ400万円するらしい。科研費では買えんしなぁ。
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2006年08月26日

世界バスケ

 ちょっと話題としては遅れているが、世界バスケ。10数年前までバスケットをかじっていた者として応援をしていたのだが、決勝トーナメントに進出できず開催国としては史上最低成績まで残してしまったようだ。だいたい、日本では競技者人口が多いはずなのに盛り上がりがなさ過ぎる。TBS系以外の局ではスポーツニュースでVTRもほとんど流れなかった。夜中の1時からの放送はないやろ。仕事が詰まってたら夜中にテレビは見られへんがな。その中でも昼間にちゃんと放送されたドイツ戦はテレビ観戦したが感動した。惜しかったらしいニュージーランド戦(こっちは夜中の放送)も見たかった。しかし、日本代表の選手たちに云いたい。「君たちはわれわれが現役だった頃の日本代表よりもはるかに力がある。(実はそのことに衝撃を受けた)」ニュージーランド戦で勝利していたら国内でも注目されていたと思うが、あの敗戦は五輪へ向けての糧である。トリノ冬季五輪のカーリングのように、北京五輪の予選と本戦で日本国内をあっと云わせてくれ。君たちにはその力が絶対にある。、、、ところで田臥選手は参加するのだろうか?

 今日は伊丹市の花火大会。地元ということもあって娘と打ち上げ場所のほぼ直下で楽しむ。近すぎて花火の大輪が視野の中におさまらんっ! 花火の火花(これで良いのか?)がこっちに向かってくる感じ。おっきな万華鏡を見ているような感じといえばわかってもらえるだろうか?短い時間だったがなかなかのものであった。

 来週は3度東京に出張する。全部日帰り。淡路フォーラム(感染症研究者ならご存知ですよね)の直前なので色々と打ち合わせがあるので東京泊ができないのだ。帰りの新幹線での時間の使い方に頭を悩ます今日この頃である。
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2006年08月24日

どってんかいめい

 ここ2, 3日のあいだニュースで取り上げられている、太陽系の惑星をいくつとするかというプラハの国際天文学連合の総会のはなし。これまで9つとされていた惑星を12個に増やすのか8個にするのかという話である。もし12個となったなら、以後の教科書では「太陽系の惑星は12個」とされ、地学や理科の試験で「惑星は9個」と書けば不正解である。もし8個と決まった場合も、それに当てはまらない解答は不正解になる。試験を受ける側にとっては大変なことであるが、実情は総会の議長が退任の花道を飾るために惑星の定義の改正をゴリ押ししているとか、冥王星を発見した合衆国がメンツをかけて改正に反対しているとか、科学とはほど遠いところで議論が回っているように聞こえてくる。私はそのような非科学的な理由で学界が百家争鳴することについてとりたてて批判をするつもりはない。そういうことはよく耳にする。、、、、それよりも、思いは「教科書にはこう書いてあります」と教科書を根拠に議論をしたがる若い人にとぶ。

 君たちが議論のよりどころにしたがる教科書はこういう事で簡単に内容が変わるんですぜ。たぶん本質は(ニュースの聞きかじりですまん)、海王星以遠に類似の小天体がヤマほどあるので冥王星を取り立てて惑星とするには根拠が薄い、という考え方にありそうだ。冥王星が惑星かそうでないかと云うことは、いわば定義の人為的な線引きに左右されるので科学的事実にとってはそれほど重要ではない。ここのところを見逃すと、新たな小天体が見つかったときに、君たちは「これは惑星になるんでしょうか?ならないんでしょうか?」と誰かのご託宣を待たなければならなくなる。

 「本質を見ろ!」というと偉そうで、何か大変なことのようだが実験によって検証できる科学について云えば「本質に目を向ける」ことはそれほど難しいことではない。ちょっと飛躍するが、諸君!「書を捨て街に出よう」。街には君たちの先輩が沢山いて、書が書になるまでの大切な話、書にはない大切な話、書は大切だという話、をしてくれるはずだ。
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2006年08月23日

ペット引き連れ行楽ジプシー

 夏は海である。高原じゃ山じゃ海外じゃという人もいると思うが、幼い頃から夏と云えば海水浴場で過ごした私にとっては夏は海なのである。私には昔からお気に入りの海水浴場が丹後半島にある。小浜という名のその海水浴場は両隣の琴引き浜と淺藻川海水浴場の喧噪からはほど遠いひなびた景色を見せてくれる。できれば毎年ここで夏を過ごしたいと思い、実際にこれまで何度もお世話になったところなのだが6年前にイヌを飼って以来、ペット連れOKの宿を求めて毎年の夏冬(冬はスキーね)に行楽地を転々とするはめになってしまった。

 夏冬あわせて、これまでたぶん10ヶ所程度の「ペットOKの宿」に泊まったと思う。今年も 日本海側のとあるペットOKホテルに泊まった。これが、う〜ん、、なのである。古くてぼろっちぃ施設で仕方ないからペットOKにして集客をはかろうという類は論外としても、どうも何かの事情でペットOKにしたからこれで許してね、のようなおざなりな宿が多い。もうひとつは、附設の動物舎にペットを入れて飼い主は普通の客室に泊まるパターンである。これもペットOKといえばそうだが、、、ちょっと飼い主としては楽しくない。今年の宿は全館ノーリードでイヌを連れ回しても良いという、おイヌさま御用達のようなホテルであった。いきおい、イヌ連れ客ばかりになる。これがまたちょっと変。もちろん、飼い主それぞれが飼い犬をかわいがる気持ちが変なわけではないが、、、。ホテルのフロアは安もんの居酒屋のようにお客が連れた犬のポラロイド写真があっちゃこっちゃに貼られている。ポラロイドの余白には「うちのポチちゃんで〜す」みたいなコメントが手書きされている。

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 ミュウちゃんで〜す。





 裏のドッグランでは顔見知りのはずもないお客同士がイヌをはさんで楽しく談笑している。それはそれでもちろん楽しいことなのだが、イヌが好きでも何でもない人が見たらちょっと異様に見えるのではないか?、、、いってみれば「私たちイヌ好きよねぇ、イヌ好きならすぐに分かり合えますよねぇ」みたいな、オタクの論理がホテル側に見え隠れするのである。確かに、このホテルではイヌ連れでない客はいなかったような気がする。そらそうだわな、エヴァンゲリオン(ちょっと古い?)のオタクが集まる宿屋にアニメに興味のない人が泊まるか? それから、もうひとつ我慢ならんのは、宿泊料金が設備やサービスに比べて異常に高いのである。これもペットを人質にとられたようでよい気分ではない。

 誤解を生みそうなので回りくどい言い方は避けよう。もうちょっと普通にペットOKの宿はないのか?というのが結論だ。当たり前のことだが、ペット(コンパニオンアニマル)は普通に人と一緒に生活できるべきだと思う。いつだったか国際会議の帰りにベルギー・ブリュッセル空港のレストランで沢山のイヌ連れ客を見た(あのイヌたちは飛行機に乗ったのか!?)。彼らは普通に飼い主に連れられ、飼い主はそこで普通に食事をしていた。普通にそのコミュニティーにペットがとけ込んでいるようなそんな状況に、日本がたどり着くのはいつのことになるだろう?ペットの躾がちゃんとできる飼い主が増えるということも条件だけれど、、。「動物のお医者さん」を一度は志した人間として、なんだか気になる事ではある。
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2006年08月18日

忙中閑あり

 今週はお盆の真っ最中(真っ最中?、、ど真ん中?、、真っ盛り?)。とにかくお盆で、うちの研究室のメンバーも半分がところお休みだ。いつもなら元気よく「毎度ありぃ」と入ってくる業者のヒトも来ないし、うるさく鳴り出す電話もない。静かである。実はこの直前に、取り掛かっていた論文が仕上がったので英文校閲業者に連絡したら「お盆で10日間休業」とのことだった。「なんじゃぁ?必死になって論文書いたのにお盆休みぃ〜?。」、、、許せん。当然、校閲業者を代える。木下タロウ先生の使っている業者を教えてもらおうと研究室へ。休みであろうと仕事する日本の風習に合わせる気がない業者をどう思います!?と私。「盆に休むねんから日本の風習に合うとるがな」と、自分も休んでないくせにしれっとタロウ先生が言う。こういう妙な冷静さが(時々むちゃくちゃ熱いが)タロウ先生の持ち味である。気を取り直して業者の名前を聞いて無事インターネットで校閲依頼をした。

 んで、いきなりやることが無くなってしまった。何とか委員会の資料作りとか何たら学会の手配とかも終わった。新着雑誌の論文チェックもした。、、仕事の進捗状況を聞くにも、実験しているスタッフが今はほとんどいない。仕事依頼の電話もメールも来ない。こうなると結構ヒマになる。勉強しろって?、、、う〜ん、こんだけ静かやとなぁ、、ちょっとなぁ、、とか何とかウダウダ云いながら、ダラダラしていると、なんとこの日は大学院生のはなちゃんの誕生日らしい。うちの研究室では、誰かの誕生日には三宅先生の肝いりでケーキを切ったりする。

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 はなちゃんはキティが好きなのだ(何歳なった?)。キティちゃんのカップに入ったケーキを持ってご満悦。




 彼女は学位の主論文にも目処がつき、就職も決まった。残された時間も自らの研究の展開を図るため実験に一生懸命だ。そういう学生さんの熱心な姿を見るのはまた楽しい。ここを卒業しても楽しく人生を過ごしてくれ。

 そして今日、校閲業者から論文の校正稿が戻ってきた。これを修正して脱稿。共同研究者の京大の北所さんに連絡を取って、雑誌に投稿する。来週はお休みを少しもらって海に行きます。今週はタレタレでした。
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2006年08月14日

ホウレンソウやがな。、、、ポパイですか?、、、素人みたいなボケすんなっ!

 今日は研究室のKMジュンが大事な実験の報告を忘れてしまった。「仕事で大事なホウレンソウを知っとるか?」「ポパイですか?」「素人みたいなボケすんなっ!(素人やがな)」、、とかいうその時のやりとりが冒頭のタイトルである。

 知っている方も多いと思うが、ホウレンソウとは「報告(ホウ)・連絡(レン)・相談(ソウ)」という日本の仕事に必須の三大要素である。仕事の結果は逐一報告し、経過は連絡、判断に迷ったら相談しなさい、ということだ。最近、このホウレンソウは日本で主に通用する考え方であって欧米でこの習慣を理解してもらうには説明が必要である、という英字新聞の記事を読んだ。その記事の内容によるとつまり、欧米でホウレンソウを要求すると「上司は部下の能力を疑っている」ということになって物議のタネになるらしい。私も実は、ホウレンソウを要求するのは研究に対する考え方の自由度を小さくするのではないかと思って差し控えていた時期がある。するとどうなったか?粗忽な実験が何度も繰り返されて全くデータの積み上げができない。研究費は使い放題で超浪費状態。実験方法に亜流自己流が続出して、精製タンパク標品のqualityが低下したり類似の実験キットが何種類も冷蔵庫に眠ってたり、さらにはわけのわからん理屈でわけのわからん実験が繰り広げられてたり、、ホウレンソウの差し控えだけが原因ではなかったと思うが、いずれにしても散々だった。

 もうひとつ。気づいたのは「多くの学生さんは、指示されることを待っている」という素朴な事実だった。私自身、他人に指示されるのは好きではなかったからこれは意外だった。それ以来 "Talking Laboratory" を標榜して研究室では「喋る」ことをみんなに要求するようにした。実験結果でも、思いついたことでも、迷っていることでも、研究に関することは口に出せ、と。分子細菌学分野版のホウレンソウである。スタッフの協力にも助けられて、おかげで最近は大きな問題もなく研究が流れているように感じている。

 ところが、担当している選択講義科目でこれまでの講義タイトル「分子細菌学の魅力!」に 同じように"Talking Bacteriology" を付けたら、途端に受講希望の学生が激減した。こちらはホウレンソウとは違って、各講義のテーマについて受講生に自由に語ってもらえるように付けたタイトルだが、なんだかこれで受講生が減った。考えてみれば授業で喋らされるのを厭う気持ちはわからんでもない。

 "Talking" は難しい。
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2006年08月09日

花形 満

 今日見かけたニュースから、、。名作「巨人の星」が花形満を主人公にリメイクされるらしい。本来の主人公は、ご存知(ご存知ない人もいるか)星飛雄馬。貧しい生活の中から野球に道を求めて這い上がっていくのだが、今やそんなストーリーは若い人には実感が無くてうけない、という判断らしい。それで「お金持ち」の花形満を主人公にしたらしいのだが、さぁどうだろう?

 記事を見る限り、そこには「うけるかうけないか?(あるいは現代の生活水準から見て実感できるかできないか)」がリメーク版の方針の判断基準になっているようだ。けど、そういう判断をしながら「巨人の星」をリメークして何を伝えたいのだろう?そもそも「巨人の星」が名作なのは、登場人物たちの人生に対する真摯な態度が強烈なメッセージとなっていたからだ、とあえて断言したい。そこには、生活実感も男女も老若も人種もない。飛雄馬や花形や一徹や明子や伴宙太や左門豊作やオズマや牧野春彦や日高美奈や沖診療所の沖先生が一生懸命人生を送る姿が世間の感動を呼んだのではなかったか?(巨人の星に詳しくない人、すいません)、、、「星飛雄馬は今は流行らない」という理由で主人公にされる花形(注:私はけっして花形満が嫌いではありません)は、前作中で高度成長期の昭和元禄の軽佻浮薄の象徴として描かれたオーロラ三人娘の橘ルミと重なって見える。(巨人の星に詳しくない人、ほんっとすいません)

 物語に大事なのはメッセージ性だ。表面的な共感のようなものではない。花形満版「巨人の星」(これって「阪神の花形」というタイトルにはならんのか?)がどんなメッセージを読者に送るのか、要注目である。、、、でもさすがに「少年マガジン」は今は読まんしなぁ。
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2006年08月06日

何かと話題の、、、

 何かと話題の、亀田選手のボクシング。8月2日にタイトルマッチのあった、あれ。試合直後に念のため2チャンネルでチェックしたら批判の嵐。アクセス過多で入れないスレッドもたくさんあった。TBSの番組構成は視聴者を馬鹿にしているという意味で、幼稚で知性のかけらも感じられなかったし、遊戯機メーカーの繰り返されるCMもとっても気になった。あの判定も疑問。現行の判定基準ではあーいう事も起こりうるらしいのだが、12Rを戦って雌雄を決するはずの格闘技、終盤にふらふらの選手が負けないようなルールにはやっぱり首をかしげざるを得ない。得点の積算で勝負が決まる球技ならわかるけれど。それなら、各ラウンドごとに得点を表示した方がよい。

 まぁ、それはともかくとして、ちょっとこんな事を考えた。

 自然科学系の研究者として大成したかったが、事情があって挫折した父親に育てられた子供が親の夢を引き継いで研究者を目指す。生命科学系の研究で指折りの大学に入学した彼は、論文の読み方、実験の基本、プレゼンの方法などを独自の論理を展開する父親に教え込まれながらハングリーな学生生活を送り、研究室に所属する前にすでに学生でありながら科学に関する本を上梓する。さらにどこかの研究室に潜り込み、名前をあげるためにたとえば論文を年間に10報以上発表して話題になる。「インパクトファクターの低い雑誌ばかりを選んで論文を投稿している」との批判をかわしながらそうして実績を積み、また上梓した本がマスコミで評判となって学問を志す若手旗手として、一躍話題の人となる。

 こうなると周囲がほっておかない。自らをアピールすることに長けた彼を利用しようと、いろんな立場の人間が共同研究や本の共著を提案したりしてチヤホヤともてはやすようになる。こうして実力(虚構の実力だが)を養いながら、やがて数年後、科学者なら誰でも知ってるようなメジャー雑誌に論文を採択されて有頂天だ。「この別刷を父親に贈りたい」とのたまうかもしれない。

 しかし、何かのきっかけでこの論文の内容の真偽が問われることになる。関係する研究ですでに高額の研究費を獲得している。これにも、虚偽の実験結果をもとに研究費を獲得したのではないかと疑いの声が上がる。これまでチヤホヤしていた人たちも、手のひらを返したように批判の目を向けるようになる。、、、、そんな中、孤立した彼は、「ええ論文出して、研究費を獲得したから次がある。研究費がとぎれたら次は無いんや」と独りごちる。

 危なっかしい動機や目標が無理を生み、軋みを生むような、そんな出来事は結構身の回りにあったりする。
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2006年08月03日

東京の一夜は、、、

 7月31日、8月1日と東京出張。「東京の一夜は、この町で過ごす一年のよう、、」と甲斐よしひろは歌ったが(どうーでもいいんだけど)、31日の一夜はK大学生命科学研究所の盟友AA教授とたらふくお酒を飲んだ。写真はそのときのスナップ。この時にはもうただの酔っぱらいである。同じ細菌学を志し、私の研究室の卒業生だったまっちゃんはAA教授のもとでポスドクとしてとてもよい仕事をしてYaleへと旅立った。彼と私の共著で論文もいくつか、、。自他共に認める(と勝手に思ってる)盟友であるが、残念なことに少し嗜好性というか、趣味が違う(だって俺はこんな赤い帽子、町中でかぶらんもん)。

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 この日は二人で通院(もとい痛飲)した。Talking over beer のテーマは人材の確保である。お互いMDではない。やって来る学生はぬるま湯を求め、われわれはちょっとはストイックであること(scienceに限ってですよ〜)を求める。そもそも研究室の門をたたく人間が少ないのに、これじゃぁ、人が集まるわけないぜっ!と意気投合。けど、「人を留めるために妥協はしたくないやろ」と下手な(大阪人をなめたような、というべきか)大阪弁で彼は言う。おっしゃる通り!われわれは附置研のあるべき姿として、学生におもねることなくがんばるのだ(学生の皆さんごめんね、でも、文句があったらかかってこんかい)!仕事に関してはここまで意気投合できるのだが、いかんせん趣味が合わん。が、きっとずっと続く関係だろう(どうよ!?、Aちゃん)。
posted by Yas at 23:11| Comment(0) | 私的先生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする