2006年07月26日

ワインは赤

今日はある企業の方々の来訪を受けた。私の研究にも関わるあるタンパク質について相談したいとのこと。製品に直接関係があるだけに、私の論文をとってもよく読んでくださっている。ちょっとうれしい。役に立つとか立たないとかあんまり意識せずに研究をやってるが、この領域では結構役に立っているのかもしれない。「このタンパク質は本当に難しいやっかいな代物ですね」とおっしゃる。「おぉっ、わかってくださいますか」とわたし。嬉しいからじゃんじゃん無条件で協力したいけど研究室の運営や論文のことを考えると、新規性は確保しないといけないからそうもいかない。今日来てくださった先生方、ほんとにすいません。

 先日の人間ドックの結果。中性脂肪が異様に高い。最近は飽食を慎んでいるのに3年連続の3桁の高値だ。北里大学の盟友教授のAAも中性脂肪が高いとかで、ブラジリアン柔術を始めたらしい。こっちも負けずに、お酒を慎みなさいという周囲の言葉を受けてビールをきっぱりとやめてワインにしようと思う。自転車通勤の回数も増やすかなぁ?
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2006年07月22日

帯広へ

 7月20日、21日と帯広に行ってきた。さすがに涼しい。暑がりの私もシャツにジャケットでちょうどよい。帯広空港に到着すると帯広畜産大学の先生方が迎えに来てくださっていた。実は大阪大学COE「感染症・免疫学の融合プログラム」と帯広畜産大学COE「動物性蛋白質資源生産の向上と食の安全」のメンバーは毎年共同でシンポジウムを行っているのだ。 同じCOEといえども視点の全く異なるプログラムが共同シンポジウムを開催してどうなるのか?という心配をよそにすでに3回目を迎え、今回はこの時期に同大学の原虫病研究センターで開催された。20日の午後と21日午前で全プログラムを消化し、21日夜には伊丹空港に到着の予定だ。

 お迎えくださった先生方の乗用車に数人ずつのグループで分乗し大学までお送りいただいた。私は原虫病センターの西川義文先生の車に乗せていただいた。30歳前半かとお見受けする。昨年暮れに着任されたそうだ。お迎えいただいた先生の中には西川先生のほかにもうお一人、若い先生がいらした。
 シンポジウムはおもしろかった。特に帯広畜産大学側では、西川先生の発表ともうお一人お迎えいただいていた先生である嘉糠洋陸教授のグループの発表が私の興味を引いた。嘉糠先生も若い。やはり30代前半か?そのあとの懇親会のビアホールで両先生と同席した。非常に勢いのある、話して楽しい先生方だった。嘉糠先生も最近赴任されたとのこと、このあたりやる気も才能も実績もある若い先生を獲得している帯広畜産大学の戦略を感じる。 彼らは自家用車で懇親会に参加したためソフトドリンクで相手をしてくれたが、次回はゆっくりお酒を飲んでいただいて歓談したい。

 自分は若手研究者といつまでも考えていたが、嘉糠・西川両先生のような(たぶん)私より10歳以上若い先生がすでに活躍をはじめている。最近、自分でも研究の方向性に時折迷うこともあり、「俺も年取ったか」とちょっと感傷。が、帰りの空港で、COEメンバーで医学部の宮坂昌之先生がシャツに綿パン、ディバッグ姿で背筋を伸ばして颯爽と歩かれているのがふと目についた。シンポジウムでも宮坂先生は非常に印象深い講演をされたし、ほかの演題での質疑応答でもパワフルに質問されていた。宮坂先生はたぶん(いや絶対)私よりも10歳以上離れた年上だ。関係ないかもしれんが、塩分の多そうなラーメンもすこぶるお好きなようだ。「宮坂先生のようにがんばらなイカンなぁ」とビールを飲みながら待合いで座っていると、ミネラルウォーターを持って宮坂先生がこちらにいらした。それを見た木下タロウ研究所長が「見てみぃ、ミネラルウォーターや。ここでビールを飲んでるおまえと心がけが違うがな」と私に説教を始めた。

 「心がけと違うて、嗜好の違いでんがな」と口答えしつつ、自分は10年後(仕事の種類や能力やらは別にして)、宮坂先生のようにパワフルでいられるだろうかと自問自答した。そのためには、倦むことない好奇心とやる気と「研究者の熱(2006/7/12参照のこと)」が必要である。そうするとその原動力となるのはやっぱ勉強と探求心やなぁ。こんなblog書いてる場合やないがな。
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2006年07月18日

江橋節郎先生死去

 江橋節郎先生、死去。面識も何も、何かの学会でお見かけしたこともない。学生時代、ある細菌毒素の作用がきっぱりとカルシウムに依存するのを知ってカルシウムの生理作用を勉強した。そのとき読んだ何冊もの成書に江橋先生の功績や逸話が載っていたのでお会いしたこともないのに憧れていた。もう、ほとんど時代小説に登場する英雄たちに近い印象だった。坂本龍馬の逸話を読んで自分の来し方行く先を考えたように、江橋先生の逸話や業績を知って自分の研究者としての姿勢を考え直したりした。

 昨年は月田承一郎先生が亡くなっている。月田先生とは共同研究をさせていただいていた。しかしそれより以前は、やはり総説や学会などで颯爽と成果を披露する姿を憧れをもって見上げていたものだった。共同研究の相談のあと、河原町に飲みにいって、不思議な気持ちで一緒にカラオケボックスで歌ったのを覚えている。

 「金を残すは下の下、名を残すは中の中、人を残すは上の上」という。江橋先生も月田先生も(故人お二人を並べて論じる無礼をお許しください)、多くのお弟子さんや直接に影響を与えた研究者は数知れないと思う。加えて私のように、遠くからその姿を眺めて励みとしていた人間もいる。私が云うのは失礼かもしれないが、上の上の上の生き方ではなかったか。冥福をお祈りいたします。
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2006年07月12日

研究者の熱

毎日新聞の科学記者、元村有希子さんの記事が面白い。いつも感心しながら論説を読ましてもらっているが、今朝の朝刊からちょっと引用してみる。「、(略)科学者たちには何かを追いかける人特有の「熱」がある。理科嫌いの学生だった私でも科学記者を続けていけるのは、彼らの「熱」に触れたいと思う気持ちからだ。、、(略)」。元気づけられる言葉だと思う。一流新聞の科学記者という立場から、もちろん彼女が接するのは超一流の研究者が多いのだろう。自然、浴びる「熱」も強烈で魅きつける力も大きいであろうことは想像できる。が、もちろんそのような「熱」は一生懸命やっている人間が共通に発するもので、元村さんもまた懸命に仕事をされているのでそのような「熱」を喜びとともに感じることができるのだろう。と思う。
 
 そのような内なる「熱」はさまざまに変容して生活や態度や行動の中で研究者の表現型として現れる。たとえば、寝食を忘れることもあるだろうし、怒鳴ったり大喜びしたり、一心不乱にディスカッションしたり、何日も風呂に入らんかったり(これはないか?)、あるいは第三者から見て変人以外の何者でもないような奇矯な行動に現れたりするかもしれない。そんな行動は「研究が好きで仕方がない」という理由に収束する(はずである)。それ以外に研究のドライビングフォースはあってはならない、と私自身は思っている。

 ところが最近、研究者を目指す若い人たちにこのような「熱」の表現型を見ることが少なくなったような気がする。自分は「熱」を発しているか?、、、、常日頃から自問自答するのもよいかもしれない。なに?「俺は研究が好きでたまらないぜぇっ」って? カモォ〜ン。挑戦は受けてやるぜ。
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2006年07月11日

Blogの手習い

Blogの手習いである。手習いだから日々の出来事とは関係なく題材はそこら辺から採ってきてみる。んで、明田君の登場だ。

PIC00031.jpg 写真は明田夫妻である。明田君は先日、Yale大学での5年間の留学を経て帰国した。昨年にはnature誌に論文を公表し、その成果を引っさげての堂々の帰国である。写真は確か、渡米直前に私たちの研究室メンバーと一緒に赤倉スキー場に行ったときのスナップである。右は奥さん。明田君は微研の本田武司教授の研究室に帰ってきた。

 どういうわけか、同じYaleから永井宏樹さんが昨年に微研の特任助教授として赴任して奥さんの久堀さん(すいません、時に研究者は夫婦であっても別姓で呼んだりします。久堀さんは明田君と同じYaleのラボでやはりScienceやCellなどに優れた業績を出している。もちろん永井さんもすばらしい仕事でScienceやPNASに論文を連発している。)とともに研究グループを作っている。さらに、われわれの研究室出身の松澤君や柏本君がやはりYaleに留学中だ。わたしを取り巻く環境では、良い仕事をしたYale帰りと、良い仕事をしそうなYale留学中の知り合いがたくさんいる。留学経験を持つことができなかった私としては、彼らが羨ましくて仕方がない。留学先のボスとのディスカッションはどんな風に進められるのか、科学の歴史が日本よりもはるかに長い欧米ではさぞ効率よく研究室が運営されているのだろう、第一、外国のボスはデータを持っていったら半日で論文を書いてしまうに違いない、、。図表なんかも専門家の分業が確立していて短時間でエレガントな図表を作成してくれるんじゃないか、、、云々で夢は広がるばかりだ。、、、、翻って自分の研究室はどうか?う〜む、、国際的に優れた研究室には負けてはならない、、。と、研究室のシステムアップをはかるが、ちょっと待て!そういう問題か?やっぱりボスの企画力と能力とそのポスドク(明田君や永井さんや久堀さんのような)の能力と努力の成果ではないのか?いやいやそれとも国外では日本にいてはわからない打ち出の小槌のような仕組みがあるのかも、、etc.、、、。
 研究の世界に入って20有余年、教授になってもサイエンスの展開方法にわからないこと(自分が未熟なだけだと思うが、、)がたくさんある。
 このわからない部分を明田君をはじめとした優れた業績を得て帰国した彼らから学びたいと思っている。
posted by Yas at 22:17| Comment(0) | 非科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする