2019年05月01日

令和元年5月1日

令和元年5月1日。

 連休明けを目処に仕上げないといけないことがいくつか重なったので、研究室に出てきて仕事をしている。静かである。
今月中に投稿したい論文もある。けれど時間が足りない。最近の大学は教職員ポストの任期制を大幅に導入したりして競争をあおっているくせに、休暇を充分に取れと指導する。全くもって意味不明だが、何事があろうと将来の責任は自分でかぶらねばならない。大学の研究職を選んでしまった因果である。とかなんとか頭の中でブツブツ言いながら仕事をしている。おかげで一段落を済ませることができたので、ちょっと息抜きをしているところだ。

 先週は日曜日から札幌の学会に出かけ、その前週の週末は東京出張だった。ということで2週間以上、正規の時間に仕事ができていない。中途の論文原稿を抱えた身としては焦る。そこで東京出張でも札幌出張でも、ずっとMacBook Air 2018を持ち歩いて隙をみては論文を書いていた。現行のMacBook Air は底面が熱くならないので、外出中に(とくに新幹線車中などで)膝に置いて仕事をするにはすこぶる都合がよい。 それと最近のMacBook シリーズに搭載されている精細なRetina ディスプレイは、あっちこっちにウインドウを開いてグラフやら文献やらを見ながら論文を書くのにも向いている。おかげで論文の方も少し目処がついた。でもね、。アップル製品の魅力は年々色褪せつつあるとホントは感じている。その事はまた別の機会に。

               *数時間後*

 おかげで(何のおかげだか、、)、予定の仕事を全て終えることができた。また明日から少し休ませていただく、。

IMG_3261.jpg

 本日のスナップ。研究室には誰もいないのに傘が16本。しかも今の研究室のメンバーは10人もいない。置き傘にもほどがある。





、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく


posted by Yas at 21:17| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月02日

新年度

 新年度になった。それから新元号「令和」が発表された。

 無論、当研究室も新年度を迎える。新たな1年を迎えるに当たって心機一転いよいよ研究に邁進しようと心を新たにしたところである。というのはウソで、附置研の研究室などは4月になってもほとんど何も変わることはない。ただ、メンバーは替わる。この春、任期満了を迎えたポスドクのシノダさんと、修士課程を無事修了して就職するオノダくんが当研究室を去り、替わって新たにポスドクとしてニシダくんがやってきた。そのほかに、いまのところ留学生1名と修士課程の学生さん1名が当研究室に参加する予定である。

IMG_3200.jpg そのシノダさんとオノダくんが記念品として研究室に贈ってくれたのがこれ。何と呼べばいいのか知らないけれど、前面がガラス張りで奥行き幅のある額縁のようなものである。ここにワインのコルク栓を入れてディスプレイとして楽しむ、というものだ。研究室などでは、論文の雑誌掲載が決まるとワインやシャンパンで乾杯し、そのコルク栓を並べておくという風習のあるところがある。物の収集癖のない私には無縁な風習だと思っていたが、さしたる理由のないまま数年前からなぜかそのようなことが定着してしまった。あまり関心もなかったが、一度並べてしまうと捨てるのは惜しくなる。ということで適当な容器に入れていたのだが、それを見かねて彼らが見栄えのいい容れ物を記念品として残してくれたということのようだ。

 せっかくいただいたので、定年退職までにこれをコルク栓で一杯にしたいなと思っている。あと6年、。ちょっと無理かな、、。

、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく



 

 
posted by Yas at 13:05| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月24日

輪行:姫路から播磨サイクリングロードを経由して帰宅

 本日、一昨年から行き慣れている北摂ではない別のところで長距離を走りたいと、姫路まで輪行してみた。輪行とは自転車を袋に詰めて鉄道(あるいは飛行機)で移動することを言う。

 朝の5時起床。自宅からJR西宮駅まで自走して6時10分過ぎの快速列車に乗る。という予定で自宅を出たのだが思ったより時間がかかって駅前に到着したのが快速列車の出発時刻の10分前だった。んで、輪行袋に収納するのにあわててバイクを倒して傷つけてしまった。購入以来初の痛恨の失敗である。しかしとにかく5分程度で収納を終えてなんとか電車に乗り込むことができた。

IMG_3186 (1).jpg 輪行では先頭車両か最後尾車両に乗車するのがバイク乗りの礼儀である。今日は先頭車両に乗り込んだが、輪行の先客が既に一人。さらに芦屋駅から一人乗り込んできた。サイクリングが流行ってるということだし、天気はよいという予報だったし、春先のよい気候だし、、輪行がかち合うのも無理ないことかもしれない。



IMG_3187 (1).jpg 姫路には7時半着。せっかくの姫路なので姫路城を拝んでから、播磨から明石まで続く海岸沿いのサイクリングロードを目指す。

Relive '朝のライド'



 明石で美味しいお昼ごはんでも食べようかと、周囲を少し走り回ってみたが、日曜日ということで休業の店が多いし、営業していても自転車を駐輪しにくかったりということで断念。結局、神戸駅手前の中央市場の前にあるレストランビルで1軒だけ営業していた海鮮丼屋さんで「魚河岸どんぶり」をいただいた。昼時を過ぎていたこともあって店内は空いていて、ゆっくりと海鮮丼を楽しむことができた。

 そのあとは旧西国街道ー国道2号線をひたすら走り続け(三宮から西灘までの旧西国街道は走りやすい。街中を抜けるお気に入りのコースである)、午後3時過ぎに帰宅した。

 走っているときはそうでもなかったが、帰宅して風呂に入って一服すると身体がかなり疲れているのが判った。やたらと甘いものや酸っぱいものが欲しくなるし、春の日差しで顔が日焼けしていて少し痛い。でもそれだけの価値のあるサイクリングだった。計画したときは期待していなかったのだけれど、とくに姫路から明石まではかなり楽しいサイクリングになった。ただし、播磨から続くサイクリングロードはもう少し舗装をきれいにして欲しいな。

、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく





posted by Yas at 19:05| Comment(0) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月19日

新潟大学基礎配属の学生さん達

 昨日、新潟大学医学部の基礎配属制度で母校を離れて当研究室で実習した学生さん二名の訪問を受けた。ミタニさんとオカザキさんである。彼女たちは学年が違うので当研究室で実習した時期も違う。けれどお互い知り合いだったらしく、春休みを利用して連れ立って訪問してくれた、ということらしい。

IMG_3180.jpg ミタニさんは実習をきっかけに細菌学に興味を持ったらしく、新潟に戻ってからも細菌学教室の松本教授に願い出て、今も結核の研究に参加しているとのことだ。来年度で6年次を迎える。オカザキさんは、今度4年次らしいので彼女たちは学年が2年違うということになる。二人とももちろん臨床志望である。ミタニさんは出身地の関西で卒後研修ができるようにと、この春は医療機関の見学に余念がない。オカザキさんは実習期間中もそうだったが、何を考えているんだか判らない「ホワッ」としたところがある。そんなことでお医者さんになれるんかいなと心配するが、小児科なんかだったら子供達に受けそうだ(子供の親は心配するかもしれんけど)。

 新潟大学の基礎配属の期間は2ヶ月である。そのわずかな間に、何を気に入ってくれたのか実習生達は実習後にもよく当研究室を訪問してくれる。昨年も、ミタニさんとオカザキさんのあいだの学年のタカハシくん達(同じ名字の二名の男子学生さん)が遊びに来てくれた。当研究室はメンバー人数も少なく、決してアットホームでワイワイと賑やかに実験をするような研究室ではない。何が楽しかったのか不思議なのだが、よく考えてみれば新潟から離れた地で実験をするということ自体が楽しい印象となって残っているのかもしれない。実験することが楽しい思い出になってくれてるのなら、実習生を受け入れる立場としてこれほど嬉しいことはない。さらに願わくば、その中から基礎研究(特に細菌学がいいなー)に進んでくれる人が出てくればいいなと、ありそうもないことを夢想してしまうが、、。まぁちょっと、難しいやろね。

 この制度で実習生を受け入れはじめてもう5年が経つ。今年も配属学生がいるのかどうか判らないが、受入側にとっても少し楽しみな行事のようになっている。

 
、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく

posted by Yas at 12:35| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月07日

3月初旬

 この月曜日と火曜日、あるグループグラントの申請計画の作戦会議のために高知にいた。

 高知空港から歩いて行けるという、世界でも珍しい高知大学・海洋農林学部が会場だった。お集まりいただいたお歴々は、原核細胞(真正細菌)研究分野の第一線でご活躍されている研究者ばかりである。しかし実は、「細菌学」は生命科学の中ではもう終わった学問で辺境の地にあるというイメージがあるのかどうか、生命科学全般を対象にするような大きな研究予算の獲得は、どの先生でも上手くいっているとは言えない。まぁ、大きな研究費をもらえずに苦しんでいるといっていい。そこで、細菌学でも色んな分野で活躍されている方々の力を結集して正面突破を諮ろうというのが、この研究グループの趣旨である。その中身については、これ以上書くとグチっぽくなるので書かない。とにかく全国から先生方が高知に集結してきたのである。

 高知はすっかり春だった。大阪の3月初旬の格好をしていると、暑くてとてもやってられない。でもその分、ビールが美味しかったので許す(誰に許すのか知らんが)。先生方の中には北海道からお出での方もいて、北海道用の厚手のコートやらなんやらを抱えて大変そうだった。んで、その先生に「いやー、大変ですね」と笑いながら声をかけていた私はいま伊丹空港にいる。札幌への出張である。

 天気予報を調べてみると、札幌は−2℃〜2℃くらいの気温だとか。大阪は10℃前後だ。ということで、厚手のコートやらなんやらを抱えて「ふぅふぅ」と空港ロビーをウロウロしている。くそっ、向こうでジンギスカンやら海鮮やらを食べながら美味しいビールを飲んでやるっ。

、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく


posted by Yas at 10:33| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月04日

北摂解禁。しかし。

 昨日のこと。3月に入ったので北摂サイクリングを解禁して、おなじみのコースを走ってきた。

 伊丹から川西加茂の旧道を走って猪名川沿いに出て、いつものように県道12号(旧道)を北上して猪名川町に入る。そこから後川まで出たあと、お気に入りの羽束川沿いに南下するというコースである。寒さも緩んできて、ご機嫌のサイクリングになるはずだったのだが、実はチェーンの注油をし損ねて走り始めてすぐにチェーンがキュルキュルとなり出した。ペダリングが明らかに重い。せっかく評判のチェーンオイルに交換して調子がよかったのに、注油をしなけりゃ全く意味が無い。

 いつもの峠も、心なしか登りが厳しい気がする(いや、絶対チェーンが重かったと思う)。おかげで宝塚西谷あたりを通過する頃には息が上がって苦行のようにペダルをふみ、ようやくたどり着いた宝塚山手台の坂をホッとしながら下ってやっとの思いで帰宅。すかさずチェーンに注油した。

 昨年来、長距離走はほとんど北摂だったので少し慣れすぎてきたようだ。ちょっと趣向を変えることを考えなきゃと、、、帰宅後にリビングでビールを飲みながら考えた。

、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく


posted by Yas at 10:28| Comment(0) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月22日

2月22日はニャンニャンの日でもあるらしいが

IMG_3168.jpg
本日2月22日は愛車レヴォーグの納車記念日だった。

一週間ほど前からエンジンスタートのたびに、クルマのダッシュボードに「記念日の2月22日が近づいています」という表示が出ていた。2月22日は昨年の4月に飼い始めたヨークシャテリアのピコの誕生日だ。

レヴォーグくんは誕生日を登録しておくと、ダッシュボードに表示して誕生祝いをしてくれるのだが、「ピコの誕生日なんて登録したっけ?」と思ってたら実はレヴォーグの納車日だった。クルマの納車日と愛犬の誕生日が偶然同じだった、ということで記念にブログを更新してみた。

IMG_3159.jpg
こやつがピコ。先代の素直で大人しかったミューに比べてやんちゃくれである。きかん気が強いくせに甘えん坊なので、時に面倒くさい。トイレの躾はなかなか入らないし、いたずらはするしで、先が思いやられるなーと思っていたが、そのピコも一歳を迎えた。我が家にやってきてから10ヶ月だ。

愛車は、納車から4年が経った勘定になる。私は今年還暦だ。

時は流れる。

、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく

posted by Yas at 18:38| Comment(0) | 非科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月10日

伝仁徳天皇陵まで走ってきた

 すっかり自転車ブログになっちゃった当サイト。本日も少し走ってきた。目的地は伝仁徳天皇陵である。

 とにかくどこかに走っておきたい気持ちがあるが、あてもなく漫然と自転車を走らせていては危険だ。特に冬場は市街路を走る事が多いので余計危ない。という事で、とりあえず目的地をしっかり決めて走る事にした。実は、私は大学院生時代に今回の目的地である伝仁徳天皇陵のすぐ横に住んでいたのである。世界文化遺産登録を目指しているという仁徳さんがどんな風に変わっているのか、はたまた自分の住んでいたアパートがどんな風になっているのか、これを確かめてみる、というだけで目的地にしてみた。



 「寒いよ寒いよー」と天気予報で脅されていた割には、それほど寒くない。大阪市内に入るのに淀川を渡るのにどうすればいいのか色々と検討してきたけれど、国道2号線が一番よさそうだ。鬼門は阪神野田駅横の複雑な交差点。自転車でこれを一度に右折するのは難しい。というよりも危険なのでやめておいた方がよい。堺市に入るには大和川を渡る。淀川に比べると大和川を渡る橋は自転車にとって優しい橋が多いので気が楽だ。仁徳天皇陵に北からアクセスするには三国ヶ丘駅の東側に出た方がよい。 

 仁徳陵界隈は大学院生時代に意味もなく徘徊したものだが、30年以上経った今は記憶に残る景色の面影もない。仁徳陵脇の道路は何の変哲もない町裏の道路だったのが、敷石のステキな散歩道に変わっていた。この”散歩道”(当時は町裏の暗い道路)に面していた私の住んでいたアパートは、若干リノベーションされていたみたいだけどまだあった。もう築何年になるのかしらん? 

IMG_3163 (1).jpg
 目的地到着。さっさと帰路につく。紀州街道を北に走って住吉大社横から西に走って木津川沿いに出る。工場街を走る木津川沿いの道は信号もなくクルマもいない(お休みの日だからだと思う)ので気持ちよく走れる。大阪ドームの脇を通って再び国道2号線へ。JR尼崎駅をかすめて伊丹に戻る。

 お休みの日は午前中を走って50〜60 km。パターン化してきたかな。

、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく



posted by Yas at 18:56| Comment(0) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月03日

大阪南港へ

 冬場は北摂には行かない、と決めたのは昨年だ。

 「寒い」「凍ってて怖い」という理由だ。でも冬と言ったって寒い日もあれば暖かい日もある。天候のよい日を選べば行けない事はない。というか、みんな行ってるし、ぜんぜん問題はないのだが、実は「北摂は行かない」ということにして、冬場は平地のポタリングを楽しむ事に決めている。寒いと体調を崩しやすいし、街の中は交通網が発達しているので天候の急変にも対応できたりするので便利だ。冬は「ポタリング」がテーマである。

 前回のエントリでは、「近つ飛鳥」のお話をした。今回(今日)は、大阪市内を抜けて南港に行ってみた。



 いずれ、オレンジフェリーに乗ってまたしまなみ海道に行きたいので、フェリー乗り場の下見を兼ねて、、、。南港はATC(アジア太平洋)トレードセンターやインテック大阪の周辺以外は、休日はほとんどクルマが走っていない上に道幅が広いので、自転車には天国だ。まるでゴーストタウンを一人で走っているかのようだ。(ゴーストタウンを走るのが楽しいのか?といわれると、、まぁちょっと「はい」と云いにくいけれど)ただし、南港で特にする事もない。自販機で温かいジュースを飲んで、そそくさと帰路につく。

 帰りはReliveでどうぞ。大阪市内にいくつかある渡船にも乗ってみた。

Relive '朝のライド'




 ところで今回チェーンオイルを変えて臨んだ。

9004_00081371L.jpg 
(株式会社エーゼット様 ウェブサイトより) 

 AZ Blc-004 ロードレースSPという代物である。いままではフィニッシュラインのドライワックス・クライテックというのを10年以上使ってきた。このドライワックスはとにかくチェーンが汚れないので愛用してきた。ホントにチェーンが汚れない。一般ホビーサイクリストにとっては助かる潤滑剤である。でも冬場はワックスが固まってしまうという欠点があって、いままでお湯で融かしたりしてごましてきたのだが、今回ネットでやたらと評判のいいこちらに変えてみた。
 すると、あら驚き。ネットの評判どおり潤滑性能がとてもいい。大げさではなくギヤ1枚くらい軽くなった感じがする。登坂がとても軽くなったし、平地でやたらスピードが出るようになった、。しかもお安い。

 スポーツ系自転車に乗り始めて15年以上になるんだけど、まだまだ知らない事だらけである。


、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく

posted by Yas at 19:05| Comment(0) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月14日

自転車で「近つ飛鳥博物館」まで:Bryton aero60

 長らくご無沙汰している間に、実は色んな自転車グッズを買い入れた。

 そのうちのひとつ。Bryton (ブライトン)aero60。サイクルコンピューターというヤツである。それなりにお値段が張るのだが、クレジットカードでたまったポイントを使って購入した。
aero60_01.jpg (イメージ:Brytonウェブサイトより)。

 この手の製品を出しているメーカーはたくさんあって百花繚乱の感がある。老舗では Garmin という有名な会社があるが、ここのEdge シリーズという製品は機能満載だが高価だ。バッテリーの持ちもよくないと言われている。それに対して最近ではこのブライトンとか、レザインとかいう新興のメーカーが廉価で機能の充実した製品を矢継ぎ早に発表している。

 私のような、まもなく還暦を迎えるなんちゃってロード乗りにとっては、走行時の出力やケイデンス(ペダル(クランク)の回転数)やらラップタイムやらはあまり必要ではない。まぁ、そういうのも表示してもらえるとサイクリング自体は楽しくなると思うが、それよりもどちらかというと走行ルートの設定とナビゲーションがありがたい。ブライトンもレザインもルートナビゲーション機能は備えているが、全国の地図を本体に格納していて表示してくれるのは 20,000円前後の価格帯だと Bryton aero60 しかない。ということで本機を選んだ。

function_07.jpg (イメージ:Brytonウェブサイトより)。日本語表記ももちろん可能。Bryton社のスマホアプリやウェブサイトでルートを作成してダウンロードすると、通りの名前や交差点までの距離も表示してくれる。GPXファイルを本体にダウンロードしてもルートナビできる。しかし、その場合は地図上に通りの名称は表示されない。

 購入は昨年11月の終わり頃。昨日、今年初めての長距離使用をした。目的地は「近つ飛鳥博物館」。往路はこんな感じ。aero60の位置表示はGPS以外の複数の衛星システム(みちびきを含む)を利用しているらしくて、かなり正確である。


 帰路はこちらでどうぞ。Bryton のアプリやウェブサイトでルートを作成すると、最短でかつ信号機の少ないルートを選択しているようで、私好みのご機嫌な裏道を教えてくれる。でも時々、田んぼのあぜ道みたいなところを行けといわれて難儀する事もある。

Relive 'ランチタイム ライド'





、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく


posted by Yas at 11:17| Comment(0) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月06日

膝が痛い:その後のその後

 明けましておめでとうございます。お久しぶりです。「膝が痛い」のその後の報告。

 去年の2月に左膝に激しい痛みを覚えて、それから「あーじゃこーじゃ」と原因を探っていたところまでは、これまでに報告した。結局、その痛みの原因はわからずじまいで時が経ち、春を過ぎた頃には痛みはほとんどなくなった。ところがそのあと、調子に乗ってサイクリングの距離を伸ばしていると、6月のはじめに今度は右膝が同じように痛くなった。期間をおいて休んでも、「逆療法じゃっ」と負荷をかけて無理矢理自転車に乗ってみても、痛みは止まない。そんな9月のある日、膝に鈍痛を感じながらいつものように北摂を流していて、ふと、ペダリング中に右側の足首に変に力が入っているのに気がついた。ペダリングしながら足の動きを探っていると、どうやらクリートの位置が母指球によりすぎていてシューズのソールがわずかに撓むのを足首で補正しようとして変な力が入って膝に痛みを感じているらしい。

               *               *

 そこで、その場で自転車を降りて工具を取り出してクリートの位置を 3 mm ほど足の外側に寄せてみるとあら不思議、その直後から、長い間苦労していた膝の痛みがウソのようになくなった。そのあと40 kmほど走ってみたが、余韻のような違和感は膝に残るものの、ペダリングのたびに軋むように感じた痛みはすっかりなくなった。これまで、どのシューズのクリートも(私は3足持っている)同じ位置に調整していたのだが、これまでのシューズはシマノ製でソールの剛性が高かったので足がたわむような事がなかったのだ。一方、膝痛が始まったときに履いていたシューズはシマノ製ではないカジュアルなもので、ソールが柔らかい。だから足がたわんで足首に力が入って、膝が痛む。、、、一件落着である。

               *               *

 それからあとは何の心配もなく自転車に乗る事ができて距離も伸びたのだが、2018年の年間走行距離は 2341.4 km で、年初の目標の3,000 km には残念ながら届かなかった。そこで今年は一層の精進を励むべく、目標を 4,000 km にしてみた(目標を決めるだけならお気楽である)。



本日、走り初め。寒くなってきたので北摂を避けて、午前中だけ西宮ー尼崎界隈をポタリングしてきた。目指せっ、4,000 km。

 長らく休んでいた当ブログも今日から再開する(かもしれません)。


、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく

posted by Yas at 16:49| Comment(0) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月29日

女性研究者に敬意を表して

先日、10年以上掛けて仕上がった仕事がようやく論文になった。その研究の内容からして完結するのに10年は長すぎるのだが、それにはそれなりの理由があった。それを書きたくなって久しぶりにこのブログを更新している。

この論文の仕事には、オーニシ2号、トッシー、アヤッチという3名の女性研究者が関係していた。彼女らが研究室に参加した時期はそれぞれ違っていて、オーニシ2号は 2004-2007 年、トッシーは 2007-2012年、アヤッチは2002年-2016年のあいだで研究室に在籍していた。オーニシ2号は今回の研究のネタを見つけたのだがそれを調べる間もなく、その前段階の論文をひとつ書いたところで契約期間の満了で当研究室を去った。結局、今回の論文にはオーニシ2号の実験結果は盛り込まれていないので彼女の名前は論文の著者リストにはない。

そのあとしばらくは人手不足でそのネタには手を付けることができなかった。細菌学の領域はいつだって人手不足である。それから2年ほどしてから、他のプロジェクトに携わっていたトッシーがオーニシ2号のネタを引き継ぐことになった。トッシーはひとつ目の決め手となる実験結果を出して、それを第3回の細菌学若手コロッセウム(若コロ)で発表した。今年の若コロが(台風で中止になったけれど)第12回だったので9年前のことになる。

そのトッシーも任期満了を迎え、最後に引き継いだのがアヤッチだった。アヤッチは苦労に苦労を重ねて、ネタになった疑問を説明できる実験結果をやっと全て揃えたところで、ご主人の転勤に伴ってやむなく退職していった。そのあと、私とメールとテレビ電話のやり取りをしながら仕上げたのが今回の論文である。

彼女たちはそれぞれ独身の頃に研究室に参加し、オーニシ2号は退職後まもなく結婚、トッシーとアヤッチはその間に結婚してそれぞれ2児の母親になった。一時期はトッシーとアヤッチが同時に産休に入ったりして、実験を承継する者が誰もいなくなってこのプロジェクトを諦めかけたこともあった。しかし、これを論文化できたのは彼女たちが丁寧に申し送りをしたり正確な実験ノートを残したりしてくれて、それを元に生データに辿れたり過去の実験方法を確認できたおかげである。彼女たちに敬意を表して、本当は第12回若手コロッセウムで私が(若手ではないけど)この成果について感謝を込めて発表させていただこうと思っていたのだけど、前に書いたように台風で中止になっちゃったので代わりにここに書いた。

論文はASM(American Society of Microbiology:米国微生物学会)が刊行するmBio という中堅の雑誌に掲載することができた。真核細胞にあって本来は細胞内のリン酸化シグナル伝達を制御する14-3-3 という分子が、細菌の病原因子を不活化する例を世界で初めて示した研究である。

、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく


posted by Yas at 19:22| Comment(1) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月01日

膝の痛み、その後3

 ケイデンス・スピードセンサーを購入してから、二度の日曜日があった。最初の日曜日は仕事の関係で吹田キャンパスを往復、今日の日曜日は前日に事情があって置いて帰った車を取りに吹田キャンパスまでの片道を走った。前者は素直なコースを走って往復30 km、後者は片道だけど回り道をしたので40 km の距離だった。


 本日のコース。出発してから4 kmほどログをとるのを忘れていたので、実際には40 km ということになる。伊丹の南側を走る山陽新幹線に沿って神崎川に出て、その右岸を北上する。途中で分岐して支流となる安威川をさらに茨木まで遡って
西国街道から吹田キャンパスに入った。神崎川と安威川の下流部は河川敷のコースが整備されていて走りやすかったが、安威川の中流域は整備がよろしくない。河川敷コースでは通行止めに遭ってバイクを背負って土手の階段を三度登った。しかし中流域より上流は水も澄んでいるし景色もよい。土手うえの道路を走る車も少ないので、サイクリングコースとしてはそんなに悪くなかった。でもさすがにこのコースを走るローダーは全くいなかった。

 さて、先日購入したケイデンス・スピードセンサーだが、これをセットした最初の走行で私の平均ケイデンスは65-75rpmだということがわかった。今後はこのペースを基礎にして距離を伸ばしていけばいいのかなと思っていたら、今日は全くセンサーが動かなかった。iPhone との接続を調べてみると、全くセンサーが検知されていない。ネットで調べてみると「Topeakの製品に付属している電池はほとんどもたない」という書き込みを見つけた。なんだよー。前回のエントリでTopeak製品を褒めたのにさー。

 ということで、とりあえずは電池を変えてみることにする。あ、。膝はまだ完治していない。痛いというほどではないが、やはり違和感がある。しかし着実に距離を伸ばしていけているので、次回のリハビリサイクリングは60 kmを目指すことにする。んで、今年の秋は東海道走破だっ。


、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく


posted by Yas at 20:20| Comment(0) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月21日

膝の痛み、その後2

前回のエントリから2週間が経った。その間、一度も自転車に乗っていない。いい天気な週末もあったけれど、自転車で乗り出して道中で膝が痛くなったりしたらイヤなので自重した。

しかしこの2週間、ぼんやり過ごしていたわけではない。二度とこういう事が起こらないようにと色々と考えていた。なぜ、膝なんか痛めたのだろう? いまのアンカーくんを購入してから、1日100 kmの距離を何度も走ってきたけれど、それまで膝を痛めたことなど一度もなかった。だから、自転車のポジションが極端に悪いということは考えにくい。アンカーは発注時に特別な機械でフィッティングしてくれるし。

やはり、最初に膝を痛めた日、寒かったのでスピードを上げて早く目的地にたどり着こうとしてガシガシとペダルを踏んだせいだと思う。無茶な踏み方をしたので、もともとスマートではない乗り方も重なって膝を痛めたのだと思う。そこで、二度とそういうことにならないように、こんなものを買ってみた。

4FDB3A07-4997-4571-A4F9-6B9217237B8F.jpeg ケイデンス(クランクの回転数)・スピードセンサーである。これからは無茶な走り方をしないように、これで自分の走行状態を管理する。このセンサーをbluetooth経由で iPhoneに繋いでサイクルコンピュータ(サイコン)代わりに使う。サイコンを買っても良かったのだけれど、せっかく高価な iPhone を持っているのだ。こいつにしっかり働いてもらおう。センサーのメーカーは Topeak という。無骨だが機能的にはしっかりした製品をつくるので、いつの間にか私の自転車周りは Topeak ばかりになった。
いそいそと荷物を開封して、センサーをチェーンステーに取り付ける。

B5706971-3C85-49F7-A4DA-DDBAD900E2A8.jpeg
こんな感じ。さらにクランクの裏側とリアホイールのスポークに磁石を取り付けてセッティングは終了。 スポークへの取り付けには付属のホルダーを使うが、クランクにはペダルの取り付け穴の裏側に磁石をそのままくっつける。んで、iPhoneにインストールした Panobike+ と Runstatic road bike で動作をチェックする。

A055E118-756D-4F0C-AB3B-ADD2311864E4.jpeg

これは Panobike+ を起動したiPhoneの画面。今日は雨だったので、スタンドに立てたアンカーくんのクランクを手で回してみて動作確認した。ちゃんと速度とケイデンスが表示されている。これでオーケーだ。今度の日曜日(最後に自転車に乗ってから3週間! お医者の言いつけを一応守ったことになる)に実際に走って(センサーとサイコンアプリと自分の膝の)具合を見ることにする。







、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく


posted by Yas at 12:19| Comment(0) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月07日

膝の痛み、その後

前回のエントリで報告した膝の痛みのその後。

ちょっと危険な痛みを膝に感じてサイクリングを中止して電車で帰宅したのが2月11日。その後は膝のことを慮ってしばらく安静、にできるはずもなく、、、、我慢できずに2週間後に試しに北摂に出てみた。膝が大丈夫なら能勢街道を抜けて篠山まで行こうとぼんやりと考えていたが、そんな思いもむなしく、 15kmほど走ると早々と膝に違和感を感じ、一庫ダムにたどり着いたところで違和感が痛みになった。これはあかん。前回は市街地だったので電車に乗って難を逃れたが、この辺りには適当な公共交通機関はない。もし痛みがひどくなって走れなくなったりしたら厄介だ。、、ということで、一庫ダム周辺を回って帰ることにした。

激しい痛みでも出たら大変だーたいへんだーと、おっかなびっくりで帰路についたが、一庫ダムから自宅までは基本的に下りなのが幸いしてか、痛みがひどくなる事もなく無事帰宅することができた。でも繰り返された膝の痛み、これは不吉なパターンである。そこで翌日、スポーツ整形を看板にする近所のお医者に行ってみたら、「腸脛靱帯炎ですね、。安静にしてください」と言われた。この病気はランナーに多いらしいが、自転車でも起こるとのことだ。安静というが、どれくらいの期間安静にしたらいいのだろう? お医者さんは目安として最低2−3週間という。じゃ、2−3週間後どうしたらいいのかというと、明確な説明がない。ただ、膝が痛くならない程度なら自転車に乗ってもよいと言う。

 そこで、毎日湿布を交換して1週間後、おそるおそる自転車で大学まで行ってみた。片道15 kmである。この時は6-7 kmで早くも違和感を感じたのだが、何せ怖々とペダルを踏んでいるので、「羮に懲りて膾を吹く」の言葉通り、過敏になっているだけかもしれない。そんな見極めが出来ないまま極端に速度を落として走り続けて、痛みを感じることなく何とか大学にたどり着いた。帰路も同じようにゆっくりと走って事なきを得た。

 うー、こわい。こんな調子ではとても長距離を走りきれるものではない。ということでしばらくは、10−40 kmの距離をたまに走って様子を見ることにした。(対策編につづく)


、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく


posted by Yas at 13:14| Comment(0) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月13日

膝が痛い:目指せ、東海道走破5

ここのところずっと、めちゃくちゃ寒い。
「もうええかげんにせな、おっちゃんも怒るよ」と天に向かって言いたいくらい寒い。

その寒い中、「トレーニングじゃ」と称して、この日曜日も自転車で出かけた。目的地は大阪府の南東部、千早赤阪村の観心寺である。楠木正成公ゆかりの名刹で、小学校だか中学校だかの遠足で訪れたことがあったりして、なんとなく親近感があったので今回の目的地にしてみた。しかしこれが大きな間違いだった。
観心寺までたどり着くのには、とにかく伊丹から大阪市内を斜めに走り抜けて、八尾南あたりから大和川沿いに大和川・石川サイクリングロードに出れば簡単だ、と考えた。前回「面白くもない、あまり好きじゃない」と言っていたのに、またしても大阪の市街地を抜けてサイクリングロードを走るようなコースを選んでしまったのである。

朝、8時半頃に出発。伊丹方面から湾岸経由で大阪市を抜けようとしたが、大阪湾にそそぐ数多くの川を渡る国道の橋は、ことごとく自転車の通行を阻むかのような作りになっている。そのためにある時は歩道橋(自転車兼用)を渡り、ある時は川底トンネルを自転車を押して渡り、ある時は橋の路肩のゼブラゾーンを縫うように走って、大正駅あたりから恵比須町あたりに着いた頃にはすでにかなり消耗し、さらに大和川沿いの府道にようやく出た頃には、観心寺を目的地に選んだことを後悔していた。

しかしここからサイクリングロードに続く道は自動車の通行がほとんどなく存分に走ることができる。んで、この日は風が強かった。川沿の堤防などはなおさらである。しかも寒い。早く目的地に到着したいと、この時ついペダルを踏む足に闇雲に力が入ってしまったようだ。

大和川から石川に入ったところでようやく我に返り、「風も強いし寒いし全然楽しくない」と悟って目的地を観心寺から、すぐそばの道明寺に変えてそこから帰路につくことにした。ところが、近辺で昼食(ラーメン)をとって再び自転車にまたがると、膝に妙に違和感がある。最初は違和感があるだけだったが、地下鉄長原駅の近辺を過ぎたあたりで膝の外側にはっきりと痛みを感じ始めた。帰路はまだ40 kmほどある。激しい痛みではないけれど、これは危険だ。電車の駅が近くにあるうちに輪行して帰ったほうがいい。歳も歳だし、へんに膝を痛めたりしたら治るのに手間取るかもしれない。そんなの嫌だ。

ということで携行してきた輪行袋を取り出して、そそくさと自転車をたたみ、出戸駅から地下鉄に乗って、南森町駅でJR東西線乗り換えで伊丹駅に帰った。

この日の走行ログ。
伊丹駅で再び自転車を組み立てて恐る恐る自宅まで自走で帰ったが、この時には痛みは全くなかった。

しかし膝が痛くなるなんて初めての経験だ。これまで軽いギアでゆったり走るのがモットーだったのに、寒い中で我を忘れて力を込めてペダルを踏みすぎたのかもしれない。んで、結論。めちゃ寒い日はもう自転車で遠出しない。幸いなことに、今月の残りの週末は予定が入っているので自転車を乗る時間はきっとない。ということで、次の遠出は3月まで待つことにする。

、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく


posted by Yas at 21:41| Comment(0) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月03日

清滝峠を越えて。:目指せ、東海道走破4

 この水曜日(1月31日)、大学センター試験監督の代休をいただいたので、自転車で出かけることにした。せっかくの平日のおやすみだし(何が「せっかく」なのかわからんが)、東海道走破のトレーニングを兼ねて少し長距離を走ってみた。

 自宅のある伊丹から、東に真っ直ぐ進んで旧国道163号線で清滝峠を越えて木津まで走り、そこから木津川沿いの嵐山・木津サイクリングロードを北上して、木津川・桂川・宇治川が合流する背割堤で有名な御幸橋から大山崎へ渡って西国街道を伊丹に帰る、というコースである。
 伊丹から豊中、吹田、守口、寝屋川を抜ける道はほとんど普通の道路である。面白くもないが、街の景色が変わっていくのでそれなりに飽きることはない。四條畷から集落のあいだを縫うように清滝街道かと思われる坂道を上がって旧163号線に合流した。部分的に勾配はあるが、それほどキツいわけでもない。そのまま淡々と登坂してGoogle先生が示してくれた近道を行こうとしたが、途中で未舗装山道になったのであえなくUターン。無事に足をつくこともなく清滝峠を越えた。ちょっと満足感があったが、あとでネットで調べてみるとこの峠は「初心者にはトライしやすい」と紹介されている。なんじゃ、そうですか。それじゃタイムトライアルでもしない限り、淡々と登れるのは当たり前だ。

 さらに163号線を走り、ときどき脇道にそそられてあらぬ方向に行ったり来たりしながら、木津駅前に着いたときはちょうどお昼時だった。駅前のひので食堂というところで、かやくごはん定食と食後のコーヒーをいただいて30-40分ほどまったりして再出発。ここから嵐山・木津サイクリングロードを北上する。が、ぜんぜん面白くない。

 以前にもこのブログのどこかで書いたことがあるが、街中にしろ山中にしろ、自転車は風景のなかに紛れてこそ走る味わいがある。隔離された鉄道路線のようなお仕着せのサイクリングロードはやっぱり性に合わない。おまけに川沿いに設定されたコースは風が強くて難渋する。それでもブツブツ文句をいいながら18 km ほど走って御幸橋についた。そこで木津川・宇治川・桂川をわたって大山崎に出て、ダイハツ京都工場横のファミリーマートで小休憩。しかしこの日はライトを持って出なかったので、日没の早い冬場は時間が心配だ。ということで、そこからは西国街道をひたすら走って帰宅した。

 今回のコースのなかではゆったりと景色が変わっていく西国街道が最も走りやすくて楽しかった。久々の100 km超えのサイクリングだったけれど大阪府内をご機嫌で横断できるコースを見つけないと、ちょっと何度も行こうという気にならないかもしれない。やはり北摂が一番楽しいかな。ただ、いまの季節はきっと寒いので北摂行は春まで待つことにする。

、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく



posted by Yas at 16:22| Comment(0) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月29日

目指せ、東海道走破3

 さて前回の続き。今年の秋あたりに自転車で東海道走破をしようかなと思っているという話。

 これは行き当たりばったりのテキトーな思いつきではない。実は小学生の頃に、少年サンデーだか少年マガジンだかで江戸時代の東海道の旅の様子を書いた読み物(当時の漫画雑誌は、漫画ではない読み物も掲載していた)を読んで、いつか自分も旧東海道を辿ってみたいと思っていたのだった。そこにちょうど自転車という(私としてはまともな)趣味ができたので、じゃぁ自転車で旧東海道を走ろう、、というごく当たり前の考えになった。

 自転車を趣味にしてまとまった距離を乗り出したのは、このブログの記事によると2001年からのようなので、私にしてはかなり長い趣味になっている。しかし意識して長い距離を走るようになったのは、昨年の人間ドックの健康指導で「このままろくに運動していないとまずいことになりますよ」とお医者さんに言われたからである。そんなことも手伝って、去年の7月にはシクロクロス(自転車の種類)のプロントくんから、より走行性能の高いRNC7(セブンくん)に自転車を乗り換えた。その結果、Strava(サイクリングのログなどをとるアプリ)によると、昨年の自転車総走行距離は1,859.3 km、獲得高度は18,439 mになった(年間を通じてログをとったことがなかったので、これがどの程度なのかよくわからないけどね)。

 今年は東海道走破のトレーニングと本番の東海道走破を合わせて 3,000 kmは走るつもりをしている。今年はまだ130.4 kmしか走っていないけれど、もう少し暖かくなったら距離を伸ばすつもり。、、んで、。「目指せ、東海道走破!」である。

、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく


posted by Yas at 18:58| Comment(0) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月23日

去年のことなど:目指せ、東海道走破2

さて、とびしまーしまなみ海道サイクリング2日目。
岡村島の岡村港から自転車を分解せずにボートに乗り込み、小大下島、大下島を経て大三島の宗方港に午前9時前に到着した。そこから小一時間ほどで大山祇神社である。日本の甲冑類の国宝・重要文化財の約4割が保存されているという由緒正しい大山祇神社だが、午前中の早い時間とあって参拝客がほとんどいない。境内はきれいに掃き清められていて清々しい。そんな境内を歩いて、安全に帰宅できるように真面目にお詣りする。重要文化財満載(なんか不敬な言い方だけど)の国宝館や博物館にも立ち寄りたかったが、明るいうちに新尾道駅まで行きたかったので、それはまたの機会とすることにした。



大三島から多々羅大橋をを通って生口島、生口島から生口橋を通って因島に渡り、生口橋たもとの和食店「ことのは」さんで昼食をとる。時間に余裕があるので、ここからはさらに淡々とゆっくり尾道を目指す。しまなみ海道はとびしま海道よりもさらに整備されていてコースは走りやすいし、サイクリストをサポートする事を唱っているカフェやレストランがたくさんあった。これはこれで安心して走ることができるのでいいのだが、私自身は野趣のあるとびしま海道の方がちょっと好きかもしれない。

因島からしまなみ海道最後の向島に渡る前に、因島名物・はっさく屋の「はっさく大福」をいただいて、サイクリングの証拠写真にこれから渡る因島大橋をパチリ。

IMG.jpg向島に渡るとサイクリングを楽しめるのはあと少しだ。海岸線から街中へと県道を入っていくと尾道行きのボートの案内看板に何度も出会う。実はこの時に初めて知ったのだが、向島ー尾道間の渡船会社は複数ある。そのうち、尾道駅の目の前に渡してくれる会社の渡船に乗って尾道に着いた。そこから新尾道駅までは数10分である。



IMG_2892.jpg新尾道駅にて、、。
予定よりも2時間ほど早く到着したので、窓口で予約の時間よりも1本早い新幹線に替えてもらった。この時、窓口で何もお願いしなかったのだが、駅員さんはちゃんと輪行のしやすい車両最後尾の座席をとってくれた。さすがサイクリングのメッカ、尾道の新幹線駅である。そのおかげで5時頃には新大阪に到着。1階入口の動輪のモニュメントの横で自転車を組み立て、マミちゃんと別れて伊丹まで小一時間。2日で伊丹−新大阪間を含めて約200kmの走行だった。

実は、今年の秋に、東京の日本橋から自宅のある伊丹まで、東海道を自転車で走破してみようと目論んでいる。その準備の様子を「目指せ、東海道走破」シリーズで書いてみようかなと思っている。ブログも日常生活も、マンネリ打破が今年の目標である。

、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく



posted by Yas at 21:18| Comment(0) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月21日

去年のことなど:目指せ、東海道走破

 お久しぶりです。いままで読んでくださっていた方にも、このブログの事なんてもう忘れられてるかなぁ、と思いながらも、少し去年の話から。

           *                *
  去年の12月上旬。お休みをいただいて2日間の日程で、大府大の三宅先生(マミちゃん)と一緒に瀬戸内海のとびしま海道としまなみ海道を自転車で走ってきた。朝の5時半頃に新大阪駅に集合、始発の新幹線に乗って広島まで行ってそこからとびしま海道からしまなみ海道を抜け、新尾道から帰阪するという計画である。



 広島駅から呉線に乗り換えてとびしま海道最寄りの仁方駅まで行くつもりだったが、通勤列車のラッシュに揉まれてあえなく断念。広島駅隣の天神川駅で途中下車して、自転車行をスタートした。この日は平日だったので朝の通勤自動車の列を横目に見ながらおそるおそる広島市街を抜けて呉に到着。ここで海上自衛隊呉資料館(てつのくじら館)を見学して少し休憩。そこから音戸の瀬戸方面経由で遠回りして安芸灘大橋からとびしま海道に入る。

 この頃にはちょうどお昼時になっていたので、とびしま海道の最初の島、下蒲刈島でお好み焼きを食べた。私とマミちゃん。大阪人の二人である。大阪のお好み焼き屋さんでいつもやるように、焼きそばとお好み焼き(そばなし)を二人でシェアしようと一つずつ頼んだのだが、あいにくここは広島文化圏だった。関西のブタ玉お好み焼きなどない。出てきたのは、そばのない広島お好み焼き(想像してくださいな)と小麦粉の生地のない広島お好み焼きで、これを、ぼそぼそと二人で分け合って食べる羽目になった。いや、美味しかったんですけどね、。広島と大阪には大きな隔たりがあるということを実感させられたお好み焼きだった。

 そのあと下蒲刈島から投宿先のある岡村島までひたすらゆっくりと走る。このあたりの島は、利用できる土地という土地がほとんどミカンやらレモンやらの柑橘類の畑に利用されている。それ以外は雑木林だ。植林されていない林は植物相が豊で見ていて飽きない。大崎下島の御手洗町で柑橘生ジュースをいただいて、岡村島にある唯一の宿であるコテージシーガルに到着。冬期のためか、平日だったためか、この日はコテージ到着直前に出会った一人以外、サイクリストには出会うことはなかった。コテージの客もマミちゃんと私の二人だけだった。

 とびしま海道は呉市から島に渡るが、実はとびしま海道の西側から4つの島までが広島県呉市で、その次の我々が宿泊した岡村島は愛媛県今治市になる。だがすぐ東の同じ今治市管轄の島々とは橋で繋がっていないので全く親近感がない、というのをコテージのママさんから聞いた。翌日は午前8時過ぎに今治市営のボートに乗って、その「親近感がない」という大三島へ向かった。

、、、つづく。


、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく


 
posted by Yas at 18:17| Comment(0) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月31日

10月の出来事

2ヶ月のご無沙汰でございます。

どうしても最近はブログを更新するモチベーションが上がらず、気になりながらも捨て置いていたら2ヶ月も経った。明日からは11月になる。いっそのことどこまで放っとけるのか試してみてもよかったのかもしれないが、この10月はいくつか書きたい出来事があったので、まとめて書いちゃうことにした。
*                     *

バスケットボールと野球の話。
10月1日。初めてBリーグの観戦に行った。私はこう見えても(どう見えているのか知らないけど)、高校時代から大学院を出て千葉県の研究所に就職するまで、10数年間バスケットボールを嗜んできた。割と真面目に取り組んだと思う。くじ運が大きいとはいえ、大阪府のクラブチーム大会で4位にもなったことがある。まぁつまり、真面目にやってきた。真面目にやってきた経験者にとって、昨年から始まったバスケットボールのプロリーグはやはり気になるところである。特に今年は地元西宮(私の居住地は伊丹ですけど)のストークスがB2リーグで優勝してB1に昇格してきたので見逃せない。ということで、西宮に住む高校時代のチームメートのフルセとホームアリーナの西宮市立体育館に出向いてみた。西宮ストークスのエースである谷直樹選手は、フルセがキャプテンを務めた大学チームの後輩だ。対戦相手は富樫選手のいる千葉ジェッツである。

行ってみると思ったより楽しかった。そうやって観ていると、プロ野球の観戦経験が何年あろうとやはり自分は野球は素人だ、ということを痛感した。自分が選手として経験したバスケットボールを観ていると、プロ野球観戦よりも色んなことがわかって楽しいし、色んなことがわかって歯がゆかったりするのだ。試合中は完全に西宮ストークスの一員(しかもコーチ目線)になってしまって、「リバウンドやろっ」とか、「そこっ、シュートチェックっ!」とか、なんだかエラソーな声援になってしまったのはご愛敬である。試合の合間のエンターテインメントも割と楽しいし、また来てもいいと思った。ただ、試合場の西宮市立体育館はやはりプロのアリーナとしてはかなり物足りない。プロのリーグができただけでも、自分が現役だった時代とは隔世の感があるが、プロ野球のスタジアムのような専用のアリーナでゆったりとビールを飲みながらバスケットボールを観戦するのにはまだ少し時間が必要なんだろう。

試合後に、西宮北口駅近くの居酒屋でフルセと少し飲んだ。この店は美味しいものを出してくれたのだが、いかんせんカウンターの向こうの板前さんの愛想が悪い。注文をしようとすると聞いてくれず、「フロアの係に注文しろ」と言う。なんや、商売する気ないんかい。苦々しい気持ちで飲んでいて、ふと見るとカウンターの隣に野球解説者の小山正明さんがいらっしゃった。あの村山投手と双璧で阪神タイガースのマウンドを守った名投手である。声をかけようかどうしようか迷ったが、結局店を出られるときに握手だけしていただいた。

小山さんは「もうただの80過ぎのじいさんです」と仰ったが、その声や話し方はラジオやテレビの野球放送での解説のそれそのものだった。小山投手と云えば、絶妙のコントロールで有名だった。確か無四球試合の連続記録も持たれていたと思う。野球解説での口癖は「プロのピッチャーともあろうものが、狙おうたところに投げられないというはね、信じられないですよ」だった。そんな話をフルセとしていると、急にカウンターの向こうの板前さんの態度が変わった。常連客の小山さんの往年のことを私が知っているとわかって嬉しかったのか、急に愛想が良くなってイカ刺しのイクラ和えをサービスしてくれたが、あまり嬉しくなかった。お前、そんなことより客を区別せんとちゃんと商売せぇよ。

小山さんはとても元気そうだった。

*                    *

10月4日。午前4時半。父親の誠士(”あきお”と読む)が亡くなった。誕生日を目の前にしての数え年93歳だった。9月20日頃に「息が苦しい」と言いだして、近くの日赤病院で検査を受けて間質性肺炎と診断された。26日に自分で歩いて受付をすませて入院したらしいが、あまりに経過が早くてその一週間後に息を引き取った。前日に見舞いに行くと、私に茶碗を持たせて酸素マスクを外しては少しずつ、しかし一杯のおかゆを全部食べていた。息を引き取ったのはその12時間後だ。おそらく最後の最後まで自分が死ぬなどとは考えていなかったことだろう。いよいよの時、ベッドサイドにいた兄に銀行口座の暗証番号を伝えて、さらに小さく「南無阿弥陀仏」と唱えて逝ったそうだ。私は伊丹からクルマを走らせたが間に合わず、残念ながら死に目に会うことはできなかった。

大正の生まれである。通った四條畷高校では剣道で大きな大会などにも出場していたらしい。戦時中、二十歳になるかならないかで招集されて満州まで渡ったがそこで終戦を迎えた。復員してきて京橋駅辺りの空襲の惨状を見て、なぜか母親(つまり私の祖母)のもとに帰らずに、鶴橋で商売を始めたと聞いたことがある。最初は素人の商売ゆえに何度か人に騙されたりもしたという。高度成長時代に乗ってそれなりに商売は順調に進んで、おかげで兄や私は無事に(金持ちではなかったが)育ててもらえたのだが、日本の経済状況をもろに受けてやがて鶴橋の店も閉め、ここ10年以上は隠居状態で兄夫婦と一緒に暮らしていた。私の母親は確か1978年に亡くなっているのだが、それから40年近く独りで過ごしたことになる。頑固で気楽な変人だった。ピンピンコロリでこれ以上ない亡くなり方だったと思う。ありがとう。お疲れ様でした。

*                    *

明日から11月になる。実は1日付けで、愚息の一樹(”いっき”と読む)が阪大工学部に助教として就職する。採用していただいた研究室は、私のいる微生物病研究所の道路をはさんだ向かい側の建物にある。本人は将来に漠とした不安があるようだが、私の見るところ工学系と生物系では色々と事情が違うのでアドバイスできることはあまりない。「まぁがんばりぃや」と言うしかない。これから数年の人間関係や仕事の成果がきっと人生を左右することになるかもしれないね、、。確実に言えるのはそんなことしかない。子供の頃に微研のソフトボール大会にもぐり込んでバットを振っていた彼がお向かいさんの助教とは、、、私も息子も歳をとったものだ。きっと時々、微研下のセブンイレブンで顔を合わせることだろう、。向こうの先生にご挨拶なんぞに行ったらきっと本人は嫌がるだろうな、、、、、、、、。



、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく



posted by Yas at 22:58| Comment(0) | 非科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月28日

2年ぶりの「なかやパーティー」お知らせ

第16回あわじしま感染症・免疫フォーラム(AIFII)にご参加の皆様へ。

 2年ぶりの「なかやパーティー」を開催します。9月6日、午後7時くらいから、、。場所はもちろん「なかや」さんです。予算は5,000円+交通費。定員は30名までで、現在10名程度の参加者が決まっています。

 あと15-20名ほど、どなた様も奮ってご参加ください。研究分野、年齢、ポスト、国籍、全く問いません。ご参加希望の方は、ホリグチまでメールか、あるいはこのブログのコメント欄から申し込みください。あるいはどなたか知り合いを通じて連絡いただいても構いません。

 それではみなさま、楽しみにお待ちしております。


、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく


posted by Yas at 18:25| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月27日

ANCHOR RNC7 その2

 ANCHOR RNC7(セブンくん、と命名)の納品からほぼ1ヶ月経った。 ここまでにだいたい200kmほど走ったので再び感想を書いてみる。

 セブンくんはとにかくニュルニュルと走る。前のプロントくんは、どちらかというとガシガシ・ガチガチと走る感じだったのに比べると対照的だ。どのくらい対照的かというと、在来線に乗って新大阪駅にゴットンゴットンと揺られたあとに、新幹線に乗って「あらあら、えらいニュルニュル走るやん、なんて気持ちいいのかしら」というくらい対照的だ。ギヤシフトもプロントくんの10年以上前の105(コンポーネントの名前です)よりもカチカチ決まる。セブンくんのコンポーネントも105なのだが、やはり10年間の技術革新は侮れないということだろうか。

 自転車がニュルニュル走って、シフトがカチカチ決まると、やはり楽しい。楽しいのでついついペダルを踏む足に力が入って、速いスピードで長い距離を走ろうとしてしまう。



 んで、こんなに走ってしまった。このログによると距離はそれほどでもないが、獲得高度が1,789mにもなっている。多分、人生最大の獲得高度である。

 ゆっくりゆったりが信条だったのに、新車購入でサイクリングスタイルが変わりそうな予感がする。


、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく


posted by Yas at 16:13| Comment(0) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月30日

ANCHOR RNC7 EQUIPE

 昨日のお昼に、新しい自転車を受け取りに行った。購入した自転車ショップは大学近くの「バイシクル かごしま」さんである。3ヶ月ほど前、プロントくんの修理のことで相談に行ったら、マスターがとても懇切丁寧に説明してくれたので、もし次の自転車を買うならこの「かごしま」さんにお世話になろうと決めていた。それから1ヶ月ほどして、自転車の購入を相談に行ったときも色々とアドバイスをしてくれた。んで、その1週間後、自転車をオーダーした。

 それで昨日、受け取ったのがこれ。
IMG_2833.jpg
 ブリジストンのブランド「ANCHOR」のRNC7 EQUIPE という自転車である。クロームモリブデン鋼という金属でフレームができている。この金属は強度に優れているので細身のパイプでフレームを構成できる。ハンドル部からサドル部までを繋ぐチューブ(トップチューブという)が地面と平行(ホライゾンタルフレームという)になっているのが特徴だ。私らの世代の子供の頃は、ホライゾンタルフレームのクロモリ自転車に憧れていたものだ、。そのあこがれを引きずって、ええ年になっても、今さらのクロモリ自転車を注文したというわけだ。だって、カッコいいだもん。

 ただしクロモリは重い。軽量素材のアルミやカーボンファイバーに押されて、今や時代遅れのフレーム素材であるとも言われている。でもいいんだ。カッコいいから。、、、しかも侮ることなかれ、アンカーのクロモリは独自の「NEO-COTテクノロジー」に基づいて、職人さんが手作りするという、とてもとてもありがたい世界最高峰のクロモリなのだ。しかも、この RNC7 はオプションでいくつかコンポーネントの構成を変えることができる。そこで、なるだけ軽量化を図ってホイールをフルクラム・レーシング3というのにしてもらった。それとペダルもおごってPD-A600という軽量上級品を選んだ。それで車重は9 kg を切るので、まぁそこら辺のアルミよりは軽い、という構成になった。

IMG_2834.jpg 取りあえず、昨日と今日で、短い時間だけどそれなりに50 km ほど走ってみた。プロントくんとの比較でしかわからないのだが、、まず走りが柔らかい。路面の凸凹の衝撃を優しく受け止めてくれる。プロントくん(アルミフレーム)は、路面の状況を律儀なくらい受け止めてしっかりハンドルに衝撃を伝えてくれる(あんまり伝えていらんのだが)のに比べて、RNC7くんは、その衝撃を優しく柔らげてくれる。あと、色々とあるのだが、その感想は次回にいずれ、、。

、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく


posted by Yas at 18:57| Comment(0) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月28日

プロントくんと10年

 私の愛車(といっても自転車)のプロントくんにはチェーンホイール(前のギアのこと)が三枚ある。ホイールの性格はその歯の数でだいたい決まる。プロントくんには52/42/30の歯数の三枚がついている。

 普通のロードバイクのチェーンホイールは二枚である。プロントくんは、道なき道を走ったりするシクロクロスという範疇の自転車なので、細かいギヤ比を構成するためにチェーンホイールが三枚になっているわけだ。初心者の頃にプロントくんを購入した私は「ギヤ比が色々ある方が便利かも」という程度の認識だった。そんな私の普段使いのホイールは、最も気楽なセンターホイール(42枚歯)だった。

 それから10年たった。お世話になっていたプロントくんもかなりくたびれてきて、修理の必要な箇所も出てきた。その修理見積を出してもらうと相当な額になっていたりする。走りにも慣れてきたので、シクロクロスではなくて正調ロードバイクも欲しい。そういう成り行きで(なにが「成り行き」だか)、新しいロードバイクを注文した。無論、チェーンホイールは2枚しか無い。ふむ。次のロードバイクはチェーンホイールが2枚だ。そう思うと、予行演習のつもりでアウター(いわゆるハイギア。52枚歯)を中心に使ってプロントくんを走らせたくなった。それでこの日曜日。走ってみたのが下のコースである。



 走ってみて驚いたのだが、アウターを中心に使って走ると平均速度が1.5-2 km ほど速くなる。この後に通勤コースでも同じ事をやってみたが、やはり速かった。
 「あー、10年走ってても、色々試してみんとわからんことはわからんままなんやな」と反省した。んで、注文したロードバイクを手にする日が楽しみになった。今度の自転車は、シクロクロスだったプロントくんよりも 1 kg以上軽いし、チェーンホイールが2枚だ。しかも世界最高峰の「クロモリ」である(クロモリが何かわからん方には申し訳ないが解説なし)。

 んで、今日の夕方「自転車が組み上がりましたー」というお電話を、注文した自転車屋さんからいただいた。明日、その自転車を受け取りに行く。


、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく


posted by Yas at 22:01| Comment(0) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月23日

ミュウ

愛犬のミュウが亡くなった。ヨークシャテリアの17歳と2ヶ月。寿命を全うしたと云っていいと思う。

DSC00128.jpg亡くなったのは、7月11日午後9時50分。私は有馬温泉で開催されていた毒素シンポジウムに参加していた。ちょうどこの時間は、懇親会の最中だった。もしかすると隣に居た金沢大の藤永さんとペット談義をしていた頃かもしれない。その夜には家内から連絡があったがどうすることもできず、シンポジウムの終了を待って早いうちに帰宅し、すぐにペット霊園に行って荼毘に付した。

それまでほとんど何の病気も無く元気に暮らしていたのが、昨年末に白内障が出始めるのと同時にほとんどの躾が外れて(要するに「おすわり」も「待て」も「お手」もしなくなった)、トイレのルールもほぼ守れなくなった。今年に入るとほとんど寝てばかりになって、6月には足腰が立たなくなった。それから1ヶ月は流動食などで繋いできたが、ついに大きな欠伸を三度繰り返したかと思うと静かに息を引き取ったということだ。

ミュウが我が家にやってきたのは2000年の6月下旬のことだ。生後50日くらいだった。ほとんどの躾は3日ほどで入ったし無駄吠えもないし、実にやりやすい愛犬だった。絶妙な甘えん坊で、必ず家族の誰かとスキンシップをしていないと落ち着かないようで、いつもみんなの後をついて回っていた。そんなミュウに飼い主達はあっさりと籠絡されたものだ。そのミュウがもういない。巷ではペットロス・ストレスがしばしば問題になったりするが、それも「宜なるかな」と実感するほどである。

IMG_2829.jpg

ペット霊園では充分な配慮のもとねんごろに弔っていただいた。いま彼は、我が家のリビングで静かに佇んでいる。




、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく




posted by Yas at 19:08| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月19日

丹波篠山 ー往きはよいよい帰りは怖いー

 このブログ、最近はすっかり自転車ブログの様相を呈してきたが、、また自転車行の報告をする。

 昨日、自転車トレーニングの距離を稼げないことに業を煮やして、無理矢理に目的地を設定して100 km 弱のコース設定で走ってみた。その目的地は丹波篠山、、篠山城下である。朝8時前に家を出発し、昼まえに篠山市内に到着、名物の「麦とろ」か「蕎麦」をいただいて帰ってくる、という計画である。


 往路途中でログを取り損ねたので中途半端なルート表示になってしまったけれど、往路と復路でほぼ同じコースを取ったので、どこをどう走ったのかはわかっていただけると思う。復路の距離から大雑把に計算すると大体 95 km を走ったようだ。県道12号線を北上し、西峠を越えて後川(「しつかわ」と読む)から、さらに篠山への峠(不勉強で名前を知らない)を越えて篠山に入る。すると、

 IMG_2802.jpg こんな風景の広がるご機嫌なコースが篠山市内まで続く。サイクリングの醍醐味といっていい。機嫌よく篠山城下の旧街路を抜けて、適当に良さげな蕎麦屋で蕎麦会席をいただく。ここまではご機嫌だった。「どちらから自転車でいらっしゃったんですか?」と店員さんに聞かれたのだが、
「伊丹からですけど、、どうやって帰ろかと思てます」
 そう応えたのは本心からだ。

IMG_2801.jpg 実は、大阪と篠山を結ぶ県道12号線の二つの峠は、大阪側からよりも篠山側からの方が登りが長くてキツい。大阪側から見ると、まさに「往きはよいよい帰りは怖い」だ。案の定、帰路は二つの峠を越えるまで、何度も何度も休憩する羽目になった。大阪側に出た頃には、自分のトレーニング不足を嘆きながらも、疲労困憊で事故に遭わないように安全に走るのに精一杯でサイクリングを楽しむどころではなかった。

 んで今朝。菊谷先生と会ってその話をすると、「後川から籠坊温泉を抜けて峠を避けるコースがあるよ」と教えてくださった。そうかー。自転車ブログで大阪から篠山に行く話がたくさんネットにアップされているのに、篠山から大阪への帰路で峠までに全くサイクリストに遭遇しなかったのはそういう事なんだー、と勝手に納得した。

 ということで、もう一度、近いうちに篠山へのコースを挑戦してみようと思っている。


、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく


posted by Yas at 22:24| Comment(0) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月17日

ガチャピンが来た

 6年前に大学院修士を出たガチャピンがラボを訪ねてきてくれた。

 ガチャピンとは、もちろん本名ではない(当たり前ですけど)。ハシモトマキコという歴とした名前があるのだが、博士前期課程(修士課程)に入学しラボに参加してきた彼女が、「ガチャピンが好きなんです」とばかりガチャピングッズで身を固めていたためにあっさり「ガチャピン」というあだ名が付いた。それ以来、たぶん私は彼女をガチャピンと呼び、ハシモトとも、マキコさんとも呼んだことはない。

 ガチャピンは笑いの閾値が低くてなんでも笑ってくれるのでよいが、「笑かし」のテクニックを磨く(何のために?)相手としては向いていない、というまぁ、とにかくいつも陽気な学生だった。彼女の地元である徳島にある化学系のメーカーで、バイオ系の研究をするというので就職したがバイオ部門はすぐに閉鎖されたために今は純然たる化学系の仕事をしているらしい。しかし、そのことを気に病んでいる様子はない。久しぶりのわがラボで見かけたオートクレーブテープ(生物系の実験でしか使わない消耗品)を見て、「なつかしいですわー」とケラケラと笑う。その化学系の仕事に関わる学会が、すぐ近くの関西大学で開催されるというので立ち寄ってくれたらしい。

IMG_2798.jpg 学会の開始時間にはまだ少し間があるというので、一緒に昼食に出た。時々、本ブログを覗いてくれているようで、私の近況もよく知ってくれている。

 パスタを楽しみながらの話は徳島での生活のことにおよんだ。そうだ、徳島に帰ったら「いさみ寿司」というところに行ってみてよ。いさみ寿司の若主人はオレの行きつけやった福島/奴寿司で板前をやっていたのでよく知ってるんや。名前はね、「スズエユースケ」やったかな、、、。と言うと、「『スズエユースケ』という幼稚園の同級生がいました」とガチャピンが言う。スズエくんはFacebookの友達だ。生年月日を調べてみたら、まさしくガチャピンと同い年だった。
 へぇそりゃ、もしかするともしかするかもね。じゃ「いさみ寿司」には必ず行って、知り合いだったかどうかわかったら、また知らせに来てね。北千里駅まで送りながらそう言うと、ガチャピンはまたケラケラと笑いながらクルマを降りた。

 じゃぁガチャピン、今度は「いさみ寿司」で会おう。その時はよろしくね。

、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく


 
posted by Yas at 18:49| Comment(0) | 科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月12日

甲山から岡本曾呂利

 昨日、神戸方面に自転車を走らせた。

 以前にお医者さんに指摘された体調維持の問題もあるし、東海道走破に向けたトレーニングもあるし、ということで機会のあるごとに自転車で走ろうと最近は心がけている。それでこのコース。


 これだと仁川から高台の住宅地を越えて、山側から甲山森林公園に入る。ここまでの登り坂はそれなりに険しく、私にとっては鬼門だが自分の登坂能力を確認するために、あえてこのコースを選んでみたら、あら不思議、割とあっさりと最上部までたどり着くことができた(息は上がりましたけど)。

IMG_2795 (1).jpg 公園から神呪寺を抜けて、真っ直ぐに住宅地のなかを下ると、突然大阪湾を望む光景に出くわす。こんな景色のよいところに住んでいる人がうらやましい(それはそれで不便かも知れんけど)。坂を下りきると夙川である。ここまで来ると早くも目的がなくなってしまって、まだ10 kmほどしか走っていないのに途方に暮れた。仕方がないのでもう少し足を伸ばして、先日も行った岡本にある「せいろそば曾呂利」で昼食をとることにした。一応目的ができると、自転車で走る気が起こるのである。しかし1時間も走らないうちに到着。おそばを食べちゃったらまた目的を失って走る意欲がなくなった。海岸まで降りて海辺沿いに埋め立て地を巡るか、とも思ったがこの時にはすっかりやる気がなくなって真っ直ぐ自宅に戻ることにした。

 ということで、午前中に意気込んでスタートした割には 40 km にも満たない走行距離で、あまりトレーニングにもならん自転車行であった。どうやら私は明確な目的地がないと走る意欲を失うようだ。普段の生活は割合と行き当たりばったりなのにもかかわらず、行き当たりばったりでポタリングを楽しむというのは性分に合わないらしい(と今ごろ気がついた)。今度は、40 km くらい先に目的地を設定して、往復で80-90 km くらい走ることのできるコースを考えて走ることにする。

、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく


posted by Yas at 19:58| Comment(0) | 自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月07日

マスダゴロウはどこにいる?

 少し前のこと、。 キタのお初天神界隈で小学校時代の友人3人と飲んだ。クラス同窓会を企画するための集まり(飲み会)である。メンバーはミネくん、ウーさん、ミヤギくんだ。昨年の末にミネくんが同窓会の開催を持ち出したので、それに協力しようと他の面々が集まった。しかし何のことはない、45年前のクラス名簿の確認と大体の開催期日を決めてしまうと、あとは決めることもないのでただダラダラと飲むだけになった。そこで、当時のクラスメートのマスダゴロウの話になった。マスダゴロウはいわゆる越境通学組だった。

 私たちが小学生だった1970年前後は、学区外からの越境通学が盛んだった。子供の頃のことなので、その規模や経緯はよく知らないが「しない、させない、越境入学」とかいう標語が出回るほどだったので、きっと社会問題になっていたのだろう。この日集まったメンバーにしても、ウーさん以外は私も含めて越境通学組だ。私などは隣の小学校の学区からの越境だったので可愛いものだが、ミネくんやミヤギくんは違う行政区から通学していた。小学生の感覚では「途方もなく遠いところから来ているな」という感じだった。

 そんな越境通学組のなかでも、マスダゴロウは(確か)東大阪市から通うというツワモノ中のツワモノだった。私の記憶の中の彼は男前で温厚でクラスメートに絶大な人気があったのだが、遠いところから来ていた彼のこと、卒業後は全く消息がわからなくなった。ここ20年ほどで小学生の同窓会のようなものが何度も開催されるようになって、その度にみんなマスダゴロウを懐かしむのだが、今も彼の行方はようとして知れない。小/中学の私たちの同窓会専任で、行方不明の同窓生を探し出す役目を担っているナガイ調査員(古書店経営)の調査網にも引っかかってこない。

 今度の同窓会でマスダゴロウと会えたらいいねぇ、会いたいねぇ。この日の飲み会ではそんなことが何度か話題になった。マスダゴロウはどこにいる? どなたか、1959年度(昭和34年度)生まれのマスダゴロウという人を知っていたら,ぜひお知らせくださいな。


、、人気ブログランキング参加中です、、
人気ブログランキングへ
応援のクリックをよろしく

 
posted by Yas at 19:27| Comment(0) | 非科学的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする